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居てはいけない場所

 ”宙を泳ぐ巨大クラゲに吊り下げられた船に乗り、空を飛ぶ”。

 ファンタジーでなければ許されない一文だが、事実だから仕方がない。


 私自身は御馴染みの【幻馬(ファントムホース)】や【飛行フライ】の呪文を使い、飛行した経験そのものは多い。

 それでも、自分の想像力を遥かに越えたこの状況はとてつもなく刺激的だった。


 頭上を見上げれば、薄い紫に発光するクラゲ本体が視界を覆う。

 左右を見てもほとんどクラゲの身体や触手しか見えない。それほど、私達が『乗船』している『月光船』とクラゲ……『夜怪虫』にはサイズの差があるのだ。


 むしろこのサイズ差が、大気中をゆったりと泳ぐクラゲが全長20メートルの船を運ぶことができる理由なのかも知れない。

 ……いやもちろん、魔術が関わっているのだろうけども。


 「凄いなこれは。これは凄いな」


 セダムはさっきからすっかり興奮していた。

 船のコントロールをしているらしいカンベリスやかんなぎたちに盛んに質問したり、船のあちこちを見て回ったりと忙しい。


 「……せっかくの空中旅行だが、景観を楽しむというわけにはいかないな」


 『月光船』は船室部分のない船だ。

 私は船のヘリから顔を出して地上を覗き込んだが、案の定真っ暗闇で何も見えない。


 「あ、あ、主様……まだ着きませんか?」


 そんな私のローブの裾を強く引くのはレイハだ。

 扇情的な革鎧ボディスーツをまとった彼女は、珍しく床にへたり込んでいた。

 それもお尻をぺたりと床につけた、いわゆる女の子座りである。


 私を見上げる紫の瞳はしっとりと潤んでいる。尖った耳も後ろに下がっているし……。


 「この程度で怯えるか? ちょいと高いところにいるだけだぞ?」

 「う、うるさいっ! 主様の魔法ならともかく、わけのわからないクラゲにぶらさげられて安心できるわけがないだろうっ!」


 いつもの無愛想な顔で挑発的な言葉を吐いたレードに、レイハが言い返す(もっともな言い分だ)。

 言い返しながら、ますますこちらにしがみ付いてくるものだからまったく迫力はない。その代わり可愛いが。

 私と違って彼女の目は暗闇でも地面や周囲の状況がある程度見えるはずだ。だから怖いのだろう。


 「うーむ。考えてみると本来なら私ももっとギャーギャー騒いでもおかしくないんだよなあ……」


 かなり衝撃を受けているのは確かだが、私はまだ冷静だった。

 むしろ、普段と違うレイハの姿を有難く鑑賞し、頭を撫でてやる余裕まである。


 この世界セディアにきてから、他にもいろいろ想像外のものを見てきたせいもあるのだろう。それにしても以前の私とはずいぶん違う。これも成長と言うのだろうか。




 「そちらの従者には悪いが、あと四日ほどは我慢してもらいたい。昼間には着陸して休憩するから安心してくれ」


 レイハが手を離さないので、固定式のベンチに腰を下ろしているとカンベリスが話しかけてきた。操舵手(?)は護衛の一人が代わったようだ。


 「四日か、構わない」


 このクラゲがどれほどの速度で飛んでいるのか分からないので、何ともいえないが。

 目的地は思っていたよりも近い、のだろうか。


 「『宿』はいま・・北方の王国シュレンダルのとある山にある」

 「ほう、そうなのか。……んん?」


 私は軽く首を捻るが、カンベリスは気にせず続けた。


 「先に言っておくが、宿についたらすぐに長老たちと面会してもらいたい。……それまで他の戦族とは接触ないよう頼む」

 「……それはつまり、今回の預言について他言するなということだな?」

 「話が早いな。この件を知っているのは、巫様ご自身と長老三人、二人の戦将軍、二人の戦士長、そしてあの護衛二人だけだ。……あまりにも、戦族にとって危険な話だからな」


 カンベリスの風雨を耐え抜いた巌のような顔に、苦しげな色があった。

 それほどに巫の預言……というより巫の権威そのものが戦族にとって重要なのだろう。

 私は頷き、彼に問いかけようとする。


 「……ところで」

 「ところで、どうして戦族の『宿』なんだ? 普通は町とか拠点とか、故郷とか言うものだろう?」


 私の横から顔を出したセダムが私の質問をぶんどった。


 「そこが、町でも拠点でもなければ、ましてや故郷などでは絶対にないからだ」


 カンベリスは小さく息を吐いて続ける。

 その声は瀕死の老人のように、疲れ果てていた。


 「……俺達戦族はこの世界セディアに『居場所』を持たない。俺達にあるのは、『居なければならない場所』……すなわち暗鬼の存在する地だけだ」





 三日後の昼。


 『月光船』が着陸した山中から『宿』までは徒歩で移動することとなった。

 どうもそこは『港』であるらしい。

 同じような船とクラゲのセットが三組ほど『停泊』していたのに、また驚かされた。


 岩肌の多い山道を数時間歩く。

 ジーテイアス城周辺よりもいくぶん風が冷たく、空の色が暗い気がする。


 途中、下方を見渡せる場所を歩くと、西方に広大な平野が広がっていた。緑の割合が多く、河川も何本か見える。

 街らしき影もぽつぽつと見えたから、それなりに豊かな土地なのかも知れない。


 私の視線を追うように平野を見詰めていたレイハが何やら目を細めていた。どうしたのか聞いたが、彼女は『何もございません』とだけ言っていた。


 やがて曲がりくねった山道は、左右を高い崖に挟まれた谷間にさしかかった。

 谷間の入り口には丸太で組んだ簡素な防護壁と門、そして見張り台が設置されている。


 「どうやらここが、戦族の宿というわけか」

 「左様で御座ります。ようこそ、ここまでおいで下さいました」


 「巫様っ!」

 「巫様、おかえりなさいませ!」


 意気揚々とセダムが言うと、巫の少女もにこやかに答える。

 こちらが何もしなくても待ちかねたように門が開き、多数の男女がわっと飛び出してきた。

 

 「皆、息災でしたか?」

 「はっ! 問題ありません!」


 巫はわが子に対するように優しげに話しかける。一方、話しかけられた戦族の屈強な男は直立不動の姿勢で答えた。

 他の戦族たちも、男も女もみな敬意と畏怖に満ちた顔で巫を見詰めている。

 戦将であるカンベリスも、ましてや客である私達のことも眼中にないようだ。


 「ようし、皆、仕事に戻れ! これから巫様は客人と大事な話があるからな!」

 「了解です、戦将殿!」

 「さて、今日の宴の準備でもするか!」


 カンベリスが大声で告げると、人々は素直に一礼して解散していく。

 戦将の声にも幾分かの温かみがあったことで、私は戦族への評価をまた少し上げていた。


 「……あれが客人、か」

 「魔法使い、とか? 胡散臭いな……」

 「……」


 一方、彼らの方は私達に良い感情を持っていないらしい。


 「誠に……」

 「ああ、気にすることはない。それより長老殿たちのところへ向うとしようか?」


 エルフの少女は申し訳なさそうにお辞儀する。まあ、(彼らにどういう説明をしているのか分からないが)事実を伏せている以上仕方ない。




 巫たちに案内され、私たちは戦族の『宿』に足を踏み入れた。


 「……こいつは……」

 「ふむう……」


 まず目についたのは、戦族たちの住居。

 谷間の底に整然と並んでいるのは、幾何学的な紋様で飾られた布や革と、彫刻の施された木製の骨で組み上げられた簡易住居テントだった。


 ジーテイアス城の中庭で見慣れた、戦族の戦士たちが住んでいたのと同じものだ。二人用がメインだったあの中庭のものよりは流石に大型だが、基本は同じである。


 たまたま仮設の住宅として使っている……わけではなかった。


 谷間の底を進んでも、彼らが住居として使っているのは全て同様の簡易住居である。

 それどころか、谷底の小川のほとりに建っていた水車小屋や家畜小屋も分解可能なようだ。


 「……まさか、戦族の宿というのは」

 「それほど驚くほどのことではないだろう。羊や牛を追って移動する部族もいる。俺達はその相手が暗鬼というだけのことだ」


 カンベリスはこともなげに言った。

 なるほど。

 月光船で彼が『いまは』といったのはこういうことか。

 彼らは(恐らく巫の預言に従って)暗鬼が出現するであろう場所から場所へ移住する部族だったのだ。


 「確かにこれは『宿』だな」


 セダムも頷きながら周囲を見渡す。

 戦族の人々は、例の悪趣味な鎧姿でないものは、どこか和服に似た前合わせの服を着ていた。

 格好こそ多少違うが、彼らは糸車を回したり、井戸端で洗濯をしたり、薪を割ったりとごく普通の村人と同じような生活をしている。


 そんな人々が、実は暗鬼を狩るために終わることのない放浪の生活を送っているとは。

 さすがにセダムも、彼らを見る目に好奇心だけでなく同情も浮かべていた。


 「巫さまぁーっ!」

 「おかえりなさーい!」


 と、数人の子供がこちらへ駆け寄ってくる。

 みな満面の笑みを浮かべて……あ、こけた。


 「う…………いだい……」

 「だ、大丈夫?」


 裾の短い着物を着ていた子供の膝小僧が大きく裂けて出血している。

 見るからに痛そうだ。

 私がこの子供だったら大声で泣き叫ぶ自信があるが、歯を食いしばって耐えているのはさすが戦族、といったところだ。


 「まぁまぁ。強い子は泣いてはなりませんよ?」

 「が、がんなぎざまぁ……」


 ポーションを分けてあげようかと考えていると、エルフの少女が先に動いていた。

 膝を抱えて蹲る子供の前にしゃがみ、傷口に白い小さな手をかざす。


 回復呪文でも使うのか? と私が覗き込むと……。


 「治った! ありがとう巫様!」

 「「!?」」


 呪文の詠唱も精神集中も、視覚的な変化エフェクトも何もなかった。

 ただ一瞬で、無残に肉の覗いていた傷口が『消えた』のだ。

 私もセダムも、レイハまで息を飲む。


 「驚いたか? 今のが巫様が先代から授かった力の一端だ」

 「……ああおどろいたよ」


 例によって無愛想な顔で自慢気にいうレードを喜ばせたくなかったので、なるべく棒読みに聞えるように答える。

 しかし驚いたのは本当だ。


 あのエルフの少女が現れてこちら、一つの謎が解けるよりも新たな謎が出現する方が早い気がする。



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