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キャラクターメイキング

 私は某地方都市に住む42歳の独身男性。職業は会社員。

 外見も能力も特筆すべきことはない。まあ一応、平均点には達していると思う。残念ながら結婚にだけは縁がなかったが。

 趣味といえばゲームくらいだ。

 特にテーブルトークRPGと呼ばれるマイナージャンルでは、コンベンションを主催したり、同人誌を作ったりとそれなりにディープに遊んでいた。ここ10年ほどはほとんどプレイできていないが。



 しかし、そんな平凡な人生は突然終わってしまった。

 今、私は何もない空間にいる。

 上も下も、自分の身体も認識できない。ただ『私』という意識だけが虚空に浮かんでいる、そんなイメージだ。


「あと20年は生きたかったなぁ……」


 どういうわけか、自分が既に死んでいるということだけは理解できていた。

 会社の仲間や友人、親類、隣人。やりかけの仕事。まだ読んでいない小説やTRPG本、プレイしていないゲーム。

 それらが全て失われたという空虚さが、私を包んでいた。

 好きなゲームも我慢して働いてきた20年間に不満はないが、こうなってみるともっと自分の好きなことをやっていても良かったと思う。



 時間の感覚もなくなっていた私に、語りかけるものがいた。


「私は『見守る者』、その末端です」


 姿は見えない、声が聞こえているわけでもない。だがその言葉は私に伝わった。


「貴方にはこれから、こちらの世界から見て到達限界点を越えた世界、いわゆる異世界へ転移していただきたいのです」

「異世界? 転移?」


 聞きたいことは山ほどあるのにそれを上手く相手に伝えることができない。


「こちらの次元の情報を検索しましたが、異世界転移、という言葉が最も近い概念です」

「分かりました」


 反射的に承知してしまった。

 社会人としてどうなのかと思うが、もともと、心のどこかでこの状況を受け入れてしまっていたのだろう。

 最近、ラノベやアニメでそういうジャンルが流行っているのは知っている。そもそも、ラノベなんて用語が存在しない時代にも、異世界転移や転生ジャンルは存在したのだ。『アーサー王宮廷のヤンキー』とか『ジョン・カーターシリーズ』とか。


「異世界転移をすると、どうなるのですか?」

「異世界の活動のための肉体を用意しますので、必要な情報を提示してください。異世界はこちらで言う『剣と魔法のファンタジー世界』ですので、それに適応していることが望ましいですね」

「ファンタジー世界での肉体……」


 ファンタジー世界? 新たな肉体?

 その単語を聞いてまっさきに意識に浮かんだのは、学生時代何年も夢中で遊んだ海外製TRPG『ダンジョンズ&ブレイブス』のキャラクターだった。

 7年間かけて超級ルールの最高レベルまで成長させた、最も愛着のあるキャラクター。


 『大魔法使い(ウィザード)』ジオ・マルギルス。


「検索しました。貴方の自室にあるルールブック、サプリメント、設定資料ノート、キャラクターシートを元に『ジオ・マルギルス』の肉体的・精神的能力、所持品を再現します。ただし貴方の精神に悪影響を及ぼすため外見の変更は行いません」


 つまり私が学生のころに妄想を書き綴ったノートを、この神とか超越者っぽい存在に見られたということか。今は不自然に落ち着いているので何も感じないが、本来なら頭を壁に叩きつけて悶える状況だ。

 いやそんなことよりも……本当に?


「ジオ・マルギルスの作製が終了しました」


 『見守る者』の言葉と同時に、空虚だった私の身体に感覚が戻ってきた。




 黒いローブに背負い袋、片手には杖。

 外見は黒髪黒瞳の平均的日本人のままなのだから、コスプレ感満載である。ただし、中身は確かに変わっているようで、信じられないほどの活力を感じた。


「意識や記憶に障害はありませんか?」

「……大丈夫のようです」


 私の頭の中には確かに、『ジオ・マルギルス』というキャラクターが持っていた魔法の能力、マジックアイテム作成などの技術、所持品の使用方法……かつて私自身がゲームマスターと協力してせっせとノートに書き記した様々な『設定』が、『知識』として刻み込まれていた。


「本当にTRPGのキャラクターなんだな……」


 『ジオ・マルギルス』は36レベル魔法使い、『D&B』の超級ルールでも最強レベルのキャラクターだ。

 そんな存在になってしまった・・・・ことに対する興奮と不安が私を包んでいる。


 『D&B』というゲームは、ネズミやコウモリやゴブリンが主な敵となるしょぼいダンジョンを、HP3とか5のキャラクター達がひぃこら言いながら探索していき、ダンジョンを制覇するころには必ず何人かのキャラクターが死んでいるゲームだと思われている。

 最近の、派手なキャラクターや繊細な物語を重視するTRPGに慣れた者からすると信じがたいことだろうが、実際『D&B』というゲームはそういうものだ。

 ただし、そのしょぼさは基本ルールでの話だ。キャラクターが成長していくと冒険の様子はがらりと変わる。レベルの上昇に応じて基本、中級、上級、超級の四つのルールがあり、超級ルールともなればどのキャラクターも自分の王国やギルドを持つのは当たり前、異次元や宇宙にまで飛び出して神や悪魔と歴史に残る戦いを繰り広げる。場合によっては自身が神になるための冒険すらできるのだ。

 そこまで成長させるには少なくとも百回程度はシナリオをこなす必要があり、私もジオを育てるのに7年以上かかった。

 これが単発のTRPGのセッションで私がゲームマスターだったら、こんなキャラクターを使用することは認めないだろう。

 超高レベルキャラクター向けに特別に練ったシナリオでない限り、ゲームが崩壊するのは目に見えている。


「こんなことをして、私にどうしろと言うんです?」

「転移後の貴方の行動に干渉や指示をすることはありません」

 

 わざわざ異世界転移させておいて、後は自由にしろと?

 絶対に何か裏の意図がある。

 言葉だけではなく、『見守る者』と名乗った存在から感じる雰囲気の中にそれがあった。


「……まさか魔法使いのキャラクターを作ったはいいが、異世界ではジオの魔法は使えないという落ちじゃあないでしょうね?」


 もしかするとこれは『異世界転移もの』ではなく、ブラックSFかも知れない。美味い話にはまず疑ってかかる会社員の習性から、私は『見守る者』に聞いた。


「このゲームの魔法は、あちらの世界の魔法とは根本的な原理からして違いますが、それでもあちらの世界の法則の範囲内で処理が可能です。肉体的な能力や知識にしても同様ですね」

「本当にそれで良いんですか? 私がそちらの世界を滅茶苦茶にしてしまうかも知れませんよ?」

「貴方がそうされたければ構いません」


 いや、私が構うよ。

 確かにジオになってみたいという夢はあったが、その力で世界を救おうとか滅ぼそうとか、大それた行動を起こす気力も欲望もありゃしない。もう20年早くこんなことになっていたら、また違っただろうが。


 いうなれば、ちょっと早い定年退職みたいなものか?

 異世界だろうと日本だろうと、毎日美味しい物を食べて温泉に入って、面白い本が読める生活が送れればそれで良い。贅沢を言えばTRPGで遊べればもっといい。もういい年だから女性だって別に欲しいと思わないしな……。


 自分をそう納得させていると、『見守る者』が言った。


「では、これから貴方を異世界に……当地の言語で『セディア大陸』と呼ばれる場所へ転移させます」



 その言葉を最後に私の意識は暗転した。

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