始まりの日 2
短いですが切りが良かったので続けて投稿です。
「なんか、すごい事にまきこまれちゃったね〜」
ノンビリした口調で少女が口をひらいた。
現在、馬車で移動中で、ここには召還された私たち3人しか居ない。
さっきまでいた場所は、王都の城壁の外に位置する森の中にあったらしく、現在お城に移動中なのだ。
「…確かに、な。なんの冗談かと言いたくなる現状ではあるな」
それに応えて少年が頷いた。
まぁ、そうだよね。誰かの描いた壮大なドッキリならどんなにいいか。
ため息の1つもつきたくなる。
「ま、いいや。とりあえず、自己紹介しよう。私は今井月乃。16歳の女子高生でよろしく」
にっこり笑顔。
「ちなみにそっちの無表情男は双子の片割れだよ。あんまり似てないけどね〜」
指さされて、少年が肩をすくめた。
「陽哉だ。多分、勇者とやらの位置付けなんだろう。何かあれば、遠慮なく頼ってくれ」
無表情と評された通り、ピクリとも表情筋は動かない。
整った顔立ちだけに、迫力満点だ。
これ、私が本当に子供だったら怯えるんじゃないかな?
案の定、隣に座った月乃ちゃんに愛想笑いぐらいしろとこずかれてる。
さて、次は自分の番なんだけど、悩みが1つ。真実を話すべきか、隠して子供のふりをするか……。
他はともかく、この2人には言っといたほうがいいかな?今の所、味方と言えるのはこの2人だけだし、最初が肝心。ていうか、このタイミング逃すとずっと言えなくなりそうだし……。
うん。そうしよう。
「近藤希です。こんな姿になってますが、33歳。1児の母やってます」
「「は?」」
おぉ、ハモった。さすが双子。息ぴったり。
「なんでか若返っちゃったんだよね〜」
あえてかる〜く笑顔で言ってみる。
「なんでかって、じゃあ、そんな格好してるのは…」
驚きの表情で指差してくる月乃ちゃんに、肩をすくめてみせる。
「自前だよ。夜ご飯の準備中だったの」
「母親の服着てママゴトでもしてたのかと思ってた」
うん。まぁ、そう思うよね。
「2人はそのままの年齢なんだよね?」
確認すると頷かれた。
やっぱりか…。
「そうなった心当たりがある…んですか?」
驚きから復活したらしい陽哉君が突っ込んでくる。語尾が微妙になったのは、実年齢思い出して慌てて敬語にしたせい、かな?
しかし、良い勘だな。
「敬語、使わなくていいよ。しばらくは、他の人には子供のふりをする予定だし。心当たりっていうか、推測だけどね」
「「推測?」」
またハモった。仲良いね。
「大した考えじゃ無いよ。聖女様が三十路女じゃ格好がつかないなぁって」
茶化してみるけど、実はそれだけじゃ無い。
けど、まだ言えない理由を思い浮かべてツキンとどこかに小さな痛みが走った。
だからその痛みに蓋をするように、おどけて長い髪を漉いてみせた。
「この格好で白装束でも着たら正しく聖女様って感じ、しない?」
「あぁ〜確かにね〜。姫巫女様って感じだねぇ」
楽しそうに笑いながら賛同してくれる月乃ちゃん。そのままの笑顔で爆弾を落としてくれる。
「ちなみに私は多分完全なイレギュラーなんだよね。突然足元光って消えそうになった陽哉にとっさに飛びついちゃったから。完全に巻き込まれ」
「本当に?」
そんなのあり?双子ゆえに繋がりが強かった、とか?
「笑い事じゃ無いだろう。どうするんだよ」
苦虫を噛み潰したかのような声に月乃ちゃんはあっけらかんと笑う。
「大丈夫。私が陽哉のオマケなのはいつもの事じゃん。しっかり守ってね、お兄様♪」
陽哉君のため息が響いた所で、馬車が停まった。
…双子もいろいろ抱えてそう。面倒だなぁ。
お城は西洋風でキラキラしてた。
某テーマパークのお姫様のお城を思い出すなぁ、と呟いたら月乃ちゃんに激しく賛同された。出身地でかなり通い詰めたらしく、年間パスポート持ってると自慢された。
…羨ましく無いやい。
どうせ息子はあんまり付き合ってくれなくなってたしね。
夜も遅いし今夜はとりあえず解散って事で部屋に案内された。
えぇ、部屋もキラキラで天蓋付きのでっかいベッドが鎮座してましたとも。
軽食食べてお風呂はいって(メイドさんが手伝ってくれようとしたけど全力で拒否。見えなくっても中身は三十路女。なんの羞恥プレイだ)後は寝るだけ、とベッドに入ったけど、……寝れない。
しばらくゴロゴロしてみたけどどうにも眠気は遠く、諦めて、夜風にでもあたってみるかとバルコニーへ出てみた。
「うわぁ〜異世界って感じだなぁ」
空を見上げて思わずつぶやく。
そこにはまあるい月が1つ。そして、少し離れた場所に三日月がもう1つ。
月の光が明るくて星はほとんど見えないけど、かろうじて見える星の並びも知らないものばかりだ。
同じ空を見上げる事すら叶わない。
淋しさが胸を占める。
俯くとサラリと長い髪が視界に入った。
何気なく手を前に掲げ眺める。
本当の私の手とは違う、幼い手。
「呼ばれたのが本当にこの頃だったなら、こんなに悩む事無かったのに」
呟きは誰の耳に入る事もなく虚しく消えた。
しばらくぼんやりと月を眺める。
と、ふいに空気が動いた。隣のバルコニーに誰かが立つ気配。
あえて顔をそっちに向けずにいると、こちらに近ずいてきた。
「眠れないのか?」
耳に優しく響く低めの声。
もっと大人になれば艶が出て、すごい美声になりそう。
そういえば、少し旦那の声に似てるかも。
ちょっと性格チャラかったけど、落ち着いたトーンで話すとすごく優しい声の人だった。
「今日ね、息子の誕生日だったんだ」
ポツリとつぶやく。
返事はないけど、続きを促されてる気配を感じてひっそりと笑う。
本当にイケメンだなぁ。16歳にして、この包容力。
「母子2人暮らしだから普段はあんまり贅沢させてあげられないから、この日だけは、好物いっぱい作って、大好きな人たくさん呼んで、欲しかったプレゼントあげて、めい一杯甘やかしてあげるの」
さっきも浮かんだ風景が再び頭をよぎる。
用意された誕生日パーティーの中、私だけがいない。
「……泣いてない、かな」
頬を一筋、涙が伝う。
切なくて、悔しくて……。
だけど、それ以上泣きたくなくて私は空を見上げた。
月が滲んでる。
「同じ時に帰ればいい。そうすれば、何も問題なく祝ってやれる」
淡々とした言葉に苦笑がもれた。
見なくても、相変わらずの無表情なんだろうな、と何と無く分かる。
「そう、上手くいくかなぁ」
「そうなるように、努力すれば良い。もしダメでも、戻ったら祝えなかった日の分まで祝ってやればいい」
淡々と呟かれる前向きなセリフのギャップに笑ってしまった。そこは、もっと明るい声で言うべき所じゃないかな?
まだ月は滲んで見えたけど、すこし気持ちが浮上した。
そういえば、こんな状態によく似た昔の歌があったな。
有名なワンフレーズを小さな声でうたってみる。だけど、この歌と今の私の決定的に違う所。
「ありがとう。一人じゃなくて良かった。おやすみなさい」
なんとなく、顔を見ることができず、そのまま返事も聞かずに部屋に戻る。
ガラスが閉まる直前、「おやすみ」とささやく声が聞こえた気がした。
そうだ。
悩んでてもしょうがない。
どんな手を使っても、意地でも元の世界に帰ってやるんだ。
だから、とりあえず今は遠い場所にいる息子の幸せを祈っておこう。
「ハッピーバースデイ、悠生」
ありがとうございました。