敗走。の後、手に入れるもの。①
陽哉君が消えた後のお話、です。
ちょっとシリアス?希ちゃんが頑張ってます。
月乃ちゃんに抱えられ、隠匿の魔法に隠れながらその場を離れる。
前を向き走る月乃ちゃんの肩越しに、魔穴の中に飲み込まれていく陽哉君をジッと見ていた。後ろ姿から、その感情を読むことはでき無い。
遠ざかる背中がジリジリと飲み込まれていく。
『光よ、陽哉君を護って』
叫びに呼応して、陽哉君が結界に包まれるとともに、彼の体の全てが魔穴の中に飲み込まれた。
その一拍後、魔穴の口を塞いでいた光が消え蓋をされていた魔物が再び現れる。
「1度ひいて態勢を立て直す!全隊退避!!」
アリアスの叫びに反応し、少し離れた場所に待機していた隊列が踵を返し、一斉に走り出す。
それぞれの騎馬に飛び乗り、私達も走り出した。
基本魔物は出現した魔穴周辺から遠く離れる事はしない。
魔穴を守ろうとしているのか、一定数以上に増えなければその場に留まり続ける習性があるようなのだ。
つまり、一定距離離れて仕舞えば、しばらくは大丈夫。
魔物の数が増えて、魔穴の周辺から動き出すまでの僅かな間だとしても、陽哉君が身を呈して作り出してくれた貴重な時間だ。
振り向いちゃいけない。
立ち止まっては、ダメだ。
後ろ髪どころか体全体を苛む未練を振り切るようにキツく唇をかんだ。
私なんかより、きっと月乃ちゃんの方が何倍も苦しい。なのに、私が泣く資格なんてない。
何より、ここで泣いて仕舞えば2度と動けなくなりそうで、込み上げてくる感情を無理やりに飲み込んだ。
そうして、ようやく隊列が止まったのは、魔穴から馬で2時間ほど駆けた後だった。
一先ずは安全な距離。
そして、馬の体力の限界距離、だった。
流れる小川で馬に水を与え、暫しの休憩に入る。
いつもなら、誰ともなく火を起こしお茶の準備をする所だが、皆、ぼんやりと立ち尽くすだけで動こうとはしなかった。
いや。
動く事が出来なかった、が、正しいだろう。
異世界からわざわざ呼び出した勇者と魔穴を塞ぐ為の最終兵器である聖剣を1度に失ってしまったのだ。
これからどうすれば良いのか、途方に暮れてしまってもしょうがない。
私は、大きく深呼吸するとアリアスの手を引いた。
「火を起こして。お茶を飲もう」
ぼんやりとした瞳をとらえ、もう1度、ゆっくりと繰り返す。
「アリアス、火をおこして。お茶を入れたいの」
ギュッと強く手を握れば、アリアスの瞳が困惑に揺れた。
「魔穴からもう少し距離をとった所に陣を張りたいの。だから、移動するための力が出るようにお茶を飲もう。お砂糖を入れて、甘くして、ね」
「……わかりました」
ゆっくりとアリアスの瞳に理解の色が湧いてくる。
それを確認して手を離すと、私はパチンッと手を叩いた。
「みんなも、動いて。ボンヤリしている暇なんて無いの。早く動ける力を取り戻して夜に備えないと。彼らの時間が来るわよ」
魔の物は夜の方が活性化する。
理屈は不明だが、それは明確な事実だった。
術と魔具で結界を張り巡らせ、安全に眠れる為の場所を用意しなければならないのだ。
此処でも出来るが、出来ればもう少し先に作られているベースまで戻った方が、格段に使う労力も魔力も少なくてすむ。
ようやく、場の空気が動き出した。
問題を棚上げにしただけと取れなくも無いが、人間食べて眠らなければ生きていけ無いのだ。
そう。
陽哉君が消えたとしても、生きていかなきゃいけないし、どうにかして魔穴を塞ぐ方法を考えなければいけない。
そして、中に消えていった陽哉君を探さなきゃ。
湧いたお湯で機械的にお茶を入れながらも、頭の中は色んな考えでぐちゃぐちゃだった。
本当は泣いて喚いて、全て投げ出してしまいたい。
許されるなら、陽哉くんについて魔穴へと飛び込みたかった。
1人よりも2人の力の方が、生存率は高いはずだから。
だけど、出された指示は「逃げろ」。
確かに、私や月乃ちゃんまでが消えてしまえば、こっちに残された人達がどうなるかは火を見るよりも明らかで。
だけど。……だけど。
表情を取り繕ったまま、あくまで穏やかにお茶を配り、気落ちしている人達を励まし、怪我をしている人がいれば癒していく。
心を隠して笑顔を浮かべる事ができる。そんな自慢にもならない特技がこんな場所に来てまで役立つなんて、思わなかった。
一頻り、やるべき事を終え、そっと人目を避けれそうな場所に身を潜める。
大きく息を吐いて、吸って。
もう一息。
とりあえず、今夜の野営地に着くまでは、たとえハリボテだとしても、余裕ある態度を崩すわけにはいかない。
霞をつかむような物だとしても、みんながギリギリで持っているのは聖女の存在があるからだから。
その信頼のなんて重い事か。
今までは、陽哉君が半分以上持ってくれていた物が、一身にのしかかってきている。
わたしの勝手な妄想かも知れないけれど、そう、感じていた。
(頑張れ、私。もう、良い大人なんだから、出来るでしょ!)
自分を奮い立たせる為に心の中で喝を入れ、握りしめた拳にふいにふわりと柔らかい物が触れた。
「……トト」
つぶらな瞳が、心配そうに私を見上げていた。
何か言おうとして口を開きかけ、そんな余裕は無いことに気がついて、ヘニャリと笑ってみる。
ずいぶん、情けない顔になっていたんだと思う。
トトは、トンッと身軽に私の肩まで駆け上るとペロリと頬を舐めた。
「愚痴は夜に聞いてやるさかい。はよ、仮面をかぶりや。出発やで」
「……はぁい」
ほかに言える言葉もなく、素直に返事をすると気合い入れの為に頬を軽く叩く。
私は聖女。私は聖女……っと。
唇をほのかな微笑みの形に作り、みんなの場所に戻る。
月乃ちゃんの心配そうな顔にこっそり頷き返すと、今度はアリアスの後ろへと乗せてもらった。
いくら月乃ちゃんが軽いからって、同じ馬にずっと2人乗りしてたら負担が大きい。
そういえば、陽哉君が乗っていた馬はどこに行ってしまったんだろう。
まさか、置いてきちゃったのかな?
向こうの結界は固定していたから、私たちが居なくなっても暫くは持つはずだけど、あの中で大人しく待っててくれたら良いなぁ。
一直線にひた走る馬上でボンヤリとそんなことを考えている内に、いつの間にか野営地予定の場所についていた。
そこは、簡単に言えば管理者のいないキャンプ場だった。
井戸や簡単な生活用品が収められた小さな小屋があり、誰でもそれを使うことが出来る。
地面もならされている為、テントも張りやすいし、簡易の竃も作られている。
誰が使っても良いけど、後始末はシッカリとする、が暗黙の了解となっている場所だそうだ。
既に太陽は傾き、夜が直ぐそばまで来ていた。
テントを張る騎士団と結界の発動・補強に走る魔術師達。
私は勿論結界組だ。
甘やかされてるのは百も承知で、私は食事の準備を免除してもらい自分用のテントへ引きこもった。
月乃ちゃんとトトもついでに引っ張っていく。
「さて、これからどうしようか?」
そうして、プチ会議を開催するのだった。
読んで下さり、ありがとうございました。