お城にて①
よろしくお願いいたします。
無事に城に帰還して、まずした事は王様への報告、とかではなく、お風呂に入る事でした。
ってか、メイドさん達に速攻連れ込まれたよ。ありがたかったけど、そんなに薄汚れてたのかな?
一応、大聖堂で入ったから、そこまでひどくは無いと思ったんだけど……?
磨き立てようとするメイドさん達を丁寧にお断りして、ゆっくり手足を伸ばして湯船に浸かる。
行くとき同様、帰りも強行軍だったから、馬車に揺られ続けた身体は強張ってガチガチだ。お湯の中でゆっくりマッサージすれば、疲れが溶けていくような気がした。
細い手足がお湯の中でゆらゆら揺れて見える。自分の身体を見れば、本当に子供になってしまったんだな〜と、しみじみ思う。
みんなと一緒にいるときの方が意識しないなぁ。基本、誰も子供扱いしないから。
最初はされてたんだけど、付き合いが深まるほどみんな扱いが変わってくる。
やっぱり、見た目幼女でもなにかアラサーの残念臭のようなものが滲み出てるんだろうか?
ばちゃん、とトトが湯船に飛び込んでスイスイと泳いで近づいてきた。
「どしたの?」
「どしたの、って呑気やなぁ。いつまでもあがって来いひんから心配されとるで?待機してるメイドさん達がオロオロしてたから気の毒で呼びに来たったんや」
手を伸ばして抱き止めれば、呆れたようにため息をつかれた。
犬のくせに生意気な。
にしても、そんなに時間たってたんだ。
ヤバい。気づかなかった。
トトを抱いたままいそいそと上がり、用意されていたドレスに着替える。
そんなにフリルの多くない昼用の服なので、どうにか1人でも大丈夫。
コレが夜会服なら、とても1人じゃ無理なんだけどね。
「ちょい待ちよ〜?」
脱衣所から出ようとしたら、トトがちょいっと尻尾を振った。
ふわりっと、温かな風が吹き、髪の水分を飛ばしていく。
……コレは、風と炎の合成魔法?
本当に、トトって魔法に関しては何気に有能だよね。
人の感情に微妙なのは、人間じゃないからしょうがないのかな?
「ありがとう」
「どういたしまして〜」
お礼を言えば、パタパタと嬉しそうに尻尾が振られた。……かわいいなぁ。
今度こそ、脱衣所から出れば、待ち構えていたメイドさん達に捕まり手早く髪を整えられた。
そして、促されるままに移動する。
連れてこられたのはいつもの食堂よりも広い部屋で、なぜか10人は余裕で座れそうな円卓が置かれていた。
普通、こういう時って端に座った人の顔が見えないくらいの長〜いテーブルが置かれてたりするもんなんじゃ?
で、上座のお誕生席に王様が座ってるの。
なぜに円卓?
疑問はありつつも促されるままに陽哉君と月乃ちゃんの間の席に座る。
途端に、食前酒(私たちにはジュースね)と前菜らしき皿がしずしずと運び込まれてきた。
どうやら私待ちだったらしい。申し訳ない。
「かなりの強行軍で辛い旅だったと聞いている。良く、1人の死亡者も出さず戻ってきてくれた。感謝している。いろいろと積もる話もあるだろうが、まずは食事を楽しんでくれ」
グラスを掲げそんな言葉で食事が始まった。
暫く、静かに食事だけが進んでいく。
慣れない雰囲気は、とてもリラックスして食事の味を楽しむどころでも無く、微妙な気持ちになる。
ねぎらう気があるなら、もう少し相手を見て考えて欲しい。
チラリと両隣の二人を見れば、綺麗な所作で食事をしているけど、陽哉君はともかく、月乃ちゃんは私と同じ気持ちっぽいなぁ。
ため息をつきたい気持ちを押し殺し、どうにか最後のデザートにたどり着く。
アァ、緊張した。
だいたい、ナイフやフォークがずらりと並んだフルコースを余裕で楽しめるような育ちじゃないんだよね。
せめて、和会席だったらまだなんとかなったのに……。うん、虚しくなるから愚痴は控えよう。
「もうそろそろ、本題に入っても良いですか?」
食後のコーヒーを優雅に傾けながら、ズバリと陽哉君が切り出した。
気のせいか、目が冷たいよ?
もしかして、君が1番イライラしてたの?
隣で月乃ちゃんが澄ました顔で紅茶飲んでるけど、なんか目が笑ってる?
君達双子は目で語るのがデフォなのかい?
「……ああ、構わないが」
王様、迫力負けしてるよ?頑張れ!
隣でカリオスサンが目だけで笑ってるよ?
なんでも試練っぽくするのやめたげようよ。いくら、就任したばかりで経験値足りないからって、怒った陽哉君の相手なんて私だってしたくないし……。
「だいたいの流れは、そちらのサーフィス殿から聞いていると思いますので、こちらからは1つだけ。コレに……」
そういうと、急遽用意された椅子に大人しく丸まって寝ていたトトにチラリと目をやり、陽哉君が言葉をきった。
訪れた沈黙に緊張感がジワリと高まる。
……やな間の取り方するなぁ。
「聖剣の守護としてついてきたオマケに聞いた情報と、あなた方からもたらされた情報に齟齬があるようなのですが、いかがお考えですか?」
あれ?ズバリ聞いちゃうんだ。
もう少し、駆け引き的な何かを駆使するのかと思ってたよ。
あ、でもみんな固まったって事は、こっちの方が不意をつけてよかったのか。
固まるって事は、少なくとも何か隠してたものがあるって事だもんねぇ。
しかし、そこまで考えてストレートに聞いたのなら怖いよ、16歳。
出来過ぎ16歳にコッソリ慄いているうちに我に帰ったのは流石の年の功なカリオスさんでした、と。
その間約2秒。
素晴らしいタイムです。
「はて、齟齬とはどのような事で?そもそもそのオマケとは、何者なのです?獣の形をしているが、サーフィスの話では人語を解し自らも話す、との事。そのような魔物、見た事もきいた事もありませぬな」
おっと、普段と変わらぬ表情と共にガード、及び話題をさりげなく反らすというカードを繰り出してきたぞ!
「さぁ、この世界にそもそもどんな魔物がいるかなど、僕は知りませんから。少なくとも、これは聖剣と共に封印されていて、悪しき者ではない、との聖女のお墨付きですよ」
これに対して陽哉君。さらりと嫌味を交えつつ返したぞ。若干コッチに飛び火してチョット迷惑だ。
とりあえず、頷いとこ。
「てか、アレだのコレだのオマケだの。なんや失礼なやっちゃな。わいにはトトっちゅう立派な名前があるんやけど」
お〜っと、ここで静観していたトトが参戦だ。あれこれ呼ばわりでチョット機嫌悪そうだぞ〜。どう出るのか、両人!?
「「「と、いうか、希(聖女様)静かに(して下さい)」」」
3人揃って突っ込まれた。
声には出してなかったはずなんだけどなぁ?
「もうね、言葉以上に目が語ってたから。緊張感が無くなるから、本当にやめて」
ため息まじりにつぶやく陽哉君の顔がなんだか疲れてる。
うん、なんか、ごめんね。
「だって、内心茶化してないと場の空気に耐えられなくて……。こういう腹の探り合いというか、険悪というか……苦手なんだよね」
ボソボソと呟けば、気まずそうな顔をされた。
「別に、ね。国っていう大きなものを背負っている以上、言えない情報があるのはしょうがないかなぁ、って思うんですよ?
でも、コッチも命かかってるんだし、そこに響きそうな情報まで出し惜しみされるのはチョット……ですね。
辛いっていうか、納得できないっていうか……」
ちょっと俯き加減になりながらも、それでも目を離さないようにジッとサーフィス君を最初に次々と見つめていく。
苦い顔をする若手メンバーの中で、カリオスさんだけが変わらない。てか、少し目が笑ってる?
うん、青いって思われてるんだろうなぁ〜。
まぁ、せっかく子供の姿なんですからこのまま青臭くも無邪気さ装って攻めさせてもらいますけどね。
世知辛い世の中を渡ってきたシングルマザーなめんなよ?
「ので、本当の事を教えてください。
嘘はもうイヤです。知らないことで失敗して誰かが傷つくことになるかもしれないのは困ります」
あえて、カリオスさんは見てやんない。
王様に視点集中です。
息子そっくりの困った顔に心は痛むけど、そこらへんは割り切る。王様と息子は別人で、心は動くけど、それは息子にソックリだから。そう、思えば優先すべきは自ずと分かるってもんで。
叩くならやっぱり弱そうなところだよね。
「そんな矢継ぎ早に言われてもですな……」
フォローしようとするカリオスさんに、笑みを消した視線を向ける。
「私には大事なものも帰りたい場所もある。それを置いても協力しようと思えたのは、ユーウィンの誠実な対応があったからこそです。そこが根本から崩されると言うのならば、私達がここにいる意味すらも揺らいできますよね?」
あえて王様を名指ししてから、適当な事を言うなよ、という牽制を込めてジッと見つめれば、ヒクリと目の端が引きつった。もう一押し、かな。
「私に力を使わせないでくださいね?」
ニッコリと微笑んでみる。
けっこう万能な言霊の力。嘘を封じてしまえば簡単なんだよ?だけど、そうしてしまえば今後、彼らとの信頼関係を築く事は出来ないだろう。
カリオスさんの顔が今度はハッキリとひきつる。
隣で小さく月乃ちゃんが「こわっ……」とつぶやいた。失礼な。なんで、トトまで同意を示してるかな?
憮然としていると、ユーウィン君がクックッと笑いだした。
私と目が合うと耐えきれなかったのか、ケラケラと爆笑に移行する。
「お前の負けだ、カリオス。どだい聖女様を謀ろうとしたのが無駄な事よ。過去の言い伝えより、聖女は真実を見抜くものとあるのだから、我らの卑小な思惑などお見通しだ」
あっけらかんと言われ、カリオスさんが苦虫を噛み潰したかのような顔になる。
その顔に更に笑いを誘われたらしいユーウィン君がようやく笑いを収める事ができたのは優に10分後で、その頃にはすっかり私達も毒気が抜かれていた。
「本当に申し訳ない事をした。言い訳をさせて貰えるのなら、この食事の後に全てを話す用意はあったのだぞ?そこの翁は難色を示していたがな」
そういうと、まだ笑いの気配を滲ませたままユーウィン君が1冊の古ぼけた皮表紙の本を手ずから運んできて、私達の前に置いた。
「300年前の聖女が残したと言われる古書だ。魔穴についての情報や推論、当時の世論などが纏められている。代々の王と筆頭魔術師のみが見る事が許されている禁書だ。私も、あなたに父王の生存を示唆され、カリオスの元に走った時にようやく知らされたものでな」
言葉尻に申し訳なさを滲ませながらも示された本は長い年月を越えてきたためか、所々インクの色が劣化していて非常に読みづらかった。
「端から読み下すには結構な時間がかかる。
良ければ、私が纏めて話そうと思うのだが……」
言葉を濁すのは、信頼云々の先程の言葉が残っているからだろう。
確かに、重要な情報を巧みに端折られてしまえは前回の二の舞だ。
だけど、私はとうにこの若すぎる王様の事は信頼しているのだ。
と、いうか、若く潔癖な彼は必要な嘘すらもつけなさそうで心配すらしているのだ。矛盾してるのは承知の上だ。
「よろしくお願いします」
私の言葉に両隣からも頷きが返る。
それにホッとしたように笑うと、ユーウィン君は口を開いた。
「では、しばし昔語りにおつきあい頂こう」
読んでくださり、ありがとうございました。