始まりの日 1
一応脳内でお話は出来てるので、忘れないうちに突っ走れたら良いなぁ、と思ってます。よろしくお願いします。
私は、戸惑っていたいた。
何にって、この不可解な状況に、だ。
ついさっきまで、私は住み慣れたオンボロアパートの我が家のキッチンで、本日13歳の誕生日を迎える息子の為にせるっせとご馳走を作っていた。
そう。
作っていたはずだったのだ。
なのに……
「何?この状態?」
マカロニサラダのミニトマトをうっかり床に落とし、拾おうとしゃがみこんだ時、足元が光った。
よくよく思い出してみれば、光は自分を中心に何か複雑な模様を描いていたように見えた。が、そんな事は後付けだ。
その時は、あまりの眩しさに思わず目を閉じ、なんだか立ち眩みのような感覚を覚え、つい座り込んだ。
そして、目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。
薄暗い部屋の中、複数の人がひしめき合いどよめきが起きていた。
「成功だ」「勇者が…」「世界は救われるんだ」「最後の希望が…」
どよめきの中の幾つかの言葉をうっかり拾ってしまった自分の耳を罵倒してしまいたい気分になる。
嫌な予感しかしない…。
その時、唐突に部屋に灯りがともり、視界が開けた。
目の前には20人近い人の群れ。
その大半が、現代日本人からすればありえない格好をしていた。
まずは、黒いローブに身を包んだ人達。
そして、まるで中世ヨーロッパの貴族のような服装の人達。
さらには、物々しい鎧を身につけた兵士らしき姿……。
おまけに、目にも鮮やかな色彩の髪と瞳。
(今回のお誕生日会、仮装指定なんてしてたっけ?)
思わずボンヤリと考えてしまった私を、誰も責められはしないと思う。
それ位、状況は、非現実的だったのだから。
座り込んだまま現実から逃避していた私の視界を遮るように、人影が2つ割って入ってきたのはその時だった。
黒い詰襟の学生服の少年は、真っ直ぐの黒髪に同じく黒い切れ長の瞳。長い睫毛のせいで少し伏し目がちに見え、整いすぎてきつめに見える印象を和らげている。すらりと伸びた手足に細身ながら均整の取れた体の持ち主だった。
もう1人はセーラ服に柔らかなウェーブを描いた茶髪をポニーテールにした少女で、どこか少年と似通った雰囲気の持ち主だったが、 長い睫毛は綺麗な弧を描き、少女の印象を華やかなものにしていた。
(綺麗な子たち……)
明らかに、自分側の世界の人間の姿に、どこかに逃亡を試みていた意識がひき戻される。
「ここはどこですか?貴方達は誰なんです?貴方達が、僕達をここに連れてきたんですか?」
どこか幼さを残した声が、凛とした響きを持ってその場に響き渡った。
まさに、私が聞きたかった事をズバッと言ってくれた少年に心の中で喝采を送る。
マジで、なんだここ?
そこで、私は慌てて立ち上がった。
ボンヤリと息子と幾ばくも変わらない少年少女に庇われている場合じゃない。
責任ある大人として、どう考えても、私が矢面に立つべきだろう。
(って、分かってはいたけれど、最近の子供は大きいなぁ)
立ち上がっても、自分の視線が少年の背中の中程しかない事に少々ショックを受けつつ、私は前に出ようと足を踏み出し、2歩目で転けた。
「大丈夫!?」
何かに足を取られ盛大に転んで顔面からダイブした私を、少女が慌てて助け起こしてくれる。
恥ずかしさと痛みに涙目になりながら体を起こした私に、驚いたような周囲の視線が突き刺さった。
……いたたまれない。
シリアス空気ぶち壊して本当にごめんなさい。
思わず俯いた視線の先には小さな手。
白くて細い指は、どことなく丸みを帯びて、まるで幼い少女の物のよう……って、あれ?コレって私の手……だよね?こんなんだったっけ?
握って、開いて……。
「痛めたの?大丈夫?」
違和感に動かして確認してみる私に、少女が心配そうに尋ねてくる。
「いえ、大丈夫です…けど…」
とっさに否定の言葉と共に首を横に降るとサラサラと黒い髪が揺れて前に流れ落ちてきた。
…違和感、その2。
思わず、髪をムンズっとつかみとる。
艶やかな黒髪は座った状態で床につき、広がるほどに長かった。
いやいや。
私の髪はこんなに長くないし、そもそももう少し明るい色にデジタルパーマをかけていたはず…。
美容師の薦めるままに春の新色とやらにしたのは、まだ数日前のことだったから間違いない。
息子がまた年齢不詳にって、呟いてたっけ…って、また話がそれた。
再度立ち上がって、全身チェック。
膝裏までありそうな長い黒髪。
ダボダボのワンピースとエプロンは裾を床に引きずった状態で、どうやらこれにつまづいた様だ。見えないが、これまた、大きなスリッパの中では足が泳いでいる。
まるで、いたずらをして母の服を身につけて遊んでいるかのような……
コレハナンダ…
「ごめん。鏡ないかな?」
呟きに少女がどこか恐々と手鏡を渡してくれる。目が座っていて怖かったのだろう。ごめん、後で謝る。
そうして受け取った鏡の中には幼い少女の頃の私がいた。
眉にかかるくらいで真っ直ぐに切り揃えられた前髪に、零れ落ちそうなほど大きな瞳は驚きにまん丸になっている。コレはたぶん10歳くらいの……。
挙動不審な私の行動にみんなが何事かと固唾を呑んで見守る中、私の素っ頓狂な叫びが響き渡った。
「なんじゃ、こりゃぁぁぁ〜〜!!!!」
某俳優張りに叫び声を上げた私に、周囲の反応は早かった。
速やかに殺風景な石畳の部屋から、居心地いい応接間のような場所に移され、目の前には温かい飲み物。……紅茶、かな?
人間、取り乱している人を見ると周囲の方は冷静になる物である。
うん、取り乱したのが私だ。
申し訳ない。
だが、私の身にもなってほしい。
御歳33歳、母1人子1人のシングルマザー。
それなりに人生の水も甘いも噛み締めたアラサー女が、いきなり10歳の子供に戻ったら……そりゃぁ、松○優○にもなろうってもんだろう。
これはなんだ、体は子供頭脳は大人な某少年な自己紹介でもするべきなのか?
そんな風に内心混乱したままの私をおいて、周囲ではサクサクと現状の説明がなされていた。
おそらく、取り乱してる子供に何を言ったところで無駄なので、そっとしといてあげよう、という大人の配慮だろう。
……泣いてもいいですか。
曰く
現在国の至る所で魔物の被害が多発している。
原因は、隣国の境にある魔の森に巨大な魔穴が空いたためらしい。
魔穴とは、空間の裂け目のようなもので、そこから魔物が湧いてくるのだという。ちなみに、その中がどうなっているかは不明。
塞ぐためには、特殊な術式と大量の魔力が必要で、小さい物なら魔術師でどうにかなるのだが、今回の様に大きな物だと聖剣と聖女の祈りが必要になる。
ちなみに、聖剣はこの国の人間には使えず、聖女もまた然り。
で、慣例に乗っ取り召喚の儀を行った。
実に300年振りの事らしい。
「うわぁ〜、なんかどこかで聞いた事あるぅ」
私の隣に座った少女から、思わずという様な呟きが漏れた。
「なんと、勇者様たちの世界にも同じ伝承が伝わっていらっしゃるのですか?!」
対面のソファーに座り、一生懸命説明をしてくれていた黒ローブのおじいさんが、驚きの中にも喜色を交えた表情で叫んだ。
それに、少女が違う、と首を振る。
「伝承とか、そんなご大層な物じゃなくて、単なる娯楽小説。
剣と魔法の世界に突然召喚されて冒険する、みたいな。
この状態によく似てない?」
あっけらかんと言い放つ少女に、周囲がどよめき、少年はため息をついた。
「お前、そんな簡単に」
「だって、コレってそういう事でしょう?つまり、その魔穴を封じて世界を救ってね、っていう」
あまりにも明るく、あっさりと言い放たれて、おじいさんの額に汗が浮かぶ。
まぁ、国の危機的状況をこんなにかるくまとめられちゃったら、複雑な気持ちになるのも、分からないではない。
「御察しの通りです。どうか、この国をお救いください」
それでも、すぐに気を取り直してそう言うと、深々と頭を下げてきた。
後ろに控えていた者達もそれに倣い一斉に頭を下げる。
複数の大人達に頭を下げられて、少年達が居心地悪そうに顔を見合わせる中、私は、ムクムクと怒りが湧いてくるのを感じた。
「あの…顔をあげ「ふざけてるんですか」
気がつけば、少年の言葉を遮るように口を開いていた。
怒りで体が熱くなっていくのと比例するように、頭の芯が冴え冴えとしてくる。
今まで、ジッと俯き黙り込んでいた私の突然の発言に、周囲の視線がザッと集まった。
「そちらのお国事情は分かりました。さぞ、大変な状況なのでしょう。
だからと言って、なぜ、見も知らぬ貴方方の為に、突然なんの説明もなく連れてこられた私達が協力しなければならないのですか?」
おじいさんの目を見つめ、淡々と告げる。
だって、そうだろう。
いきなり、問答無用で連れてこられて、命がけで悪と戦ってね。大丈夫、貴方にはその力があるんだから…って、それってどんな無茶振り?
まだ、100歩譲って、大事な人の命がかかってる、とかなら分かる。
うん。息子の為なら、たぶん頑張るし、多少の無理もする。その生活を守る為なら、その力があるというなら、世界だって守ろうとする、かもしれない……けれど。
「申し訳ありませんが、理由もなくかけられる程安い命ではないし、救国の英雄と崇めたてられて浮かれるような性格でもありません。どちらかというと、勝手に巻き込まれてかなり頭にきてるんですが」
淡々と言葉を重ねる私に、おじいさんの顔色がどんどん悪くなる。
それは、周りの人たちも、だけど。
あいにく、それに同情する気は起こらない。
そんな事よりも、私には大事な事があるからだ。
「とにかく、私はお断りします。家に帰してください。今日は、大切な用事があって、その準備の真っ最中だったのですから」
脳裏に浮かぶのは作りかけの料理と飾られた部屋。用意されたプレゼントとケーキ。
これで、私だけが消えていたって、なんのホラーだ。
とてもじゃないが、自分で家を出た状況にも見えず、攫われたと考えるにしても、不思議な状態に、途方にくれる様子が見えるようだ。
何より、ウキウキと帰ってきた息子の事を考えると泣きそうになる。
中学生になって、急に大人びてきて生意気な口を利くようになったとはいえ、まだ12歳の子供だ。
私が消えたら、誰があの子を守るというのだ。
唇を噛み締め、精一杯睨みつける。
今の自分の容姿を考えると、迫力なんてほとんど無いだろうけど。
ふいに、慰めるように頭が撫でられた。
隣に座った少年が、困ったように目を細め私を見下ろしていた。
少しぎこちなく動く手に、ささくれ立った気持ちが少し落ち着く。
不安定な気持ちをもう少し落ち付けようと深呼吸した時、ふわりと甘い花のような香りに包まれた。
気がつくと、少女の柔らかな胸におし包まれるように、しっかりと抱きしめられていた。
その動作に反応したように、少年の手が遠ざかる。
そして、正面からの目を少しでも遮ろうとしたのか、座ったままの私たちの前に立った。
自然に女の子かばうなんて、なんてイケメンな。ぜひ、ウチの息子にも見習ってほしい。
少年が何か言おうとした時、唐突に扉が乱暴に開き、王子様が飛び込んできた。
金髪は眩く光を放ち、瞳は夏の空を写し取ったかのような鮮やかな空色。走ってきたからか頬はほんのりと染まっている。
女の子が、一度は思い描くであろう夢の王子様がそこにはいた。
だけど、私が驚きに目を見開いたのはそのせいでは無い。
瞳と髪の色は違うけど、それを除けば、なんとその子は息子に瓜二つだったのだ。
「本当に呼んでしまったというのか。あれほど、私が反対したというのに」
ぐるりと部屋を見渡し、最後に私たちに目を止めると、王子様は低いひくい声でつぶやいた。
……あれ?なんか怒ってる?
慌てだした周囲の様子に、違和感を感じる。
この召喚って、国の総意じゃなかったって事?あ、でも王様がゴウサインだしたら、いくら王子様が反対しても無理、か?
「ライナー、私は、反対していたはずだ」
瞳に冷たい光を宿し、彼は私たちの前に座っていたおじいさんを睨みつけた。しかし、おじいさんはその眼光にひるむ事なく、淡々と言葉を返す。
「わかっております。ですが、これ以上何をしても、犠牲者が増える一方でございます」
「だからと言って、国外どころか異世界の人間に責任を押し付けてどうする。父上とてそれを良しとしなかったからこそ……」
彼は言葉を濁し、唇をかんだ。
「そう。それを良しとせず、自ら出向き、尊い命を散らしました。今度は、貴方様が同じ事を繰り返しますか?
自国のものでどうにかしようという理想は立派でございます。ですが、我らはこれ以上、王をなくす事はでき無い。可能性がある以上、召喚の儀を。咎はいかようにも。
これが、ここに居る我らの意志でございます」
堂々と言いきったおじいさんに王と呼ばれた少年は言葉を無くしたようにうつむいた。
……てか、おう?王様って事?この男の子が?まだ子供みたいなこの子が?
俯いてしまえば、更に頼りなく細い肩に疑問と共に憐憫の情がわき起こる。
さっきの会話が本当なら、この少年はつい最近父親を亡くし、後を継いで王様になったばかりって事だ。
胸に憐憫の情がわき起こる。
父を亡くした子供。
幼い息子の姿が、俯く彼にかぶって見えた。
思わず、駆け寄って抱きしめたくなるのは、余りにも似たその面差しのせいだろうか?
「最強の魔法師と謳われた先王亡き今、他に打つ手はございません。
貴方の肩には、数多の民草の命がかかっているのです。
伝承の中の勇者と女神は、夢物語ではございませんでした。かの者達は此処に居るのです!」
わずかに震える肩に、どれ程の重責がかかっているのだろう。
噛み締めた唇に苦悩が見えた。
父と共にした他者を巻き込みたくないという矜持。
今この時にも失われていっているであろう、民の命。
部屋に集う全ての者の視線が集まる中、彼はつかつかと歩み寄ると私たちの前に膝をついた。
真っ直ぐに向けられるのは、決意を秘めた強い瞳。
「勇者様。聖女様。無理矢理にこのような場にお呼びした無礼をお詫びいたします。
そのうえで、どうか我らの願いをお聞きくださいませんでしょうか?
私の全てをかけ、皆様に害が及ばぬよういたします。元の世界へと帰る道もきっと探してみせます。
どうか、我らに力をお貸しください」
そうして、静かにこうべを垂れる姿に、場を沈黙が支配した。
一国の王が、勇者として召喚されたとはいえ、どこの誰とも知れぬ者達に頭を下げるなんて、異常なことなんだろう。
私を背に庇ってい少年が振り返った。
この場に、一番反発していたのは私で、だから決断を私に委ねてくれたんだろう。
未だ私を抱きしめている少女を見上げれば、コクンと頷いてくれた。
ずるいなぁ。息子と瓜二つのその顔で、真剣なでも、泣き出す一歩手前のようなそんな表情されたら、私が断るなんて出来るはずない。
私をこの世界に導いた神様が本当にいるのなら、随分と的確な人選をした者だ。
母は、子供の真剣なお願いに弱いのだ。
「私たちにかの可能な事ならば協力します。その代わり、絶対に元の世界へと帰して下さいね」
「約束しよう」
私の言葉に息子そっくりの王様は、やっぱり泣きそうな顔でコクリと頷いた。
読んでくださってありがとうございました。