旅路
お坊様はガンヒと名乗った。法名だということだ。出家以来、聖地デーガントラで修業して現在は修業僧として旅をしているという。
ここまで一緒に過ごして見て、悪い人ではない、という事がカヤにもわかって来た。
最初にカヤを連れ出した時以降乱暴な事はしないし、声を荒げる事も無い。夕食にはその辺の野草と干し肉から作ったとは思えないくらい、美味しいスープが出てくる。
ただ問題は、カヤの事を無色を宿す者だと思い込んでいることなのだ。
カヤの村から出てすぐ、ガンヒ様は必死に、それはもう必死に頼み込んできた。
貴方は無色を宿す稀有なる方だ、どうか私と一緒に聖地へ来てほしい、と
あまりに必死なので、とにかく落ち着くように頼んで、話を聞いた。
ムシキをヤドす者というのは、無色の宝玉の力を持つ人の事だという。無色を宿す者、と言っていたわけだ。
無色の宝玉は、人の身体に宿っている訳ではない。ただその人の力としてのみ現れるのだそうだ。
だから、無色の宝玉の力を持つ者に特徴がある訳ではない。けれど、宝玉持ちにはそれが感じ取れるのだという。
ガンヒ様は、なんと宝玉持ちだった。宝玉持ちの一人旅は危険も多いので隠しているそうだけど、私に説明する時にはその赤い宝玉を見せてくれた。
ガンヒ様が悪い人じゃない、と思ったのはこれが大きい。だってフキを見ていたら、無防備な宝玉持ちがどれだけ危険かってことがわかる。フキが宝玉持ちである事は村中で隠していたけれど、それでも何処からか噂は漏れて、フキは何度も危ない目に遭っていたから。
もしカヤがその辺で、この人は『宝玉持ち』なのだと口を滑らせたら、ガンヒは大変な目に遭うことだろう。
カヤは思った。
これはもうしょうがない。いっそ本当に聖地へ行って、もっと偉いお坊様にお会いすれば、カヤが無色を宿してなどいないことがわかるだろう。
そう考えてみれば踏ん切りもついて、ちょっと変わった物見遊山だと思う心の余裕が出来た。
カヤがお屋敷を連れ出されてからしばらく過ぎた。
この辺の田舎では、お坊様はなかなか居ない。町へ行けばお堂の一つもあるけれど、管理は町の衆で行って、何かの時には近くの寺院からお坊様を呼ぶ。だから、ガンヒのような修行僧は、何処へ行っても歓迎された。
ガンヒはどんなにみすぼらしい家でも、人里から離れた一軒家であっても、頼まれれば出向いて行って祈祷を行った。
ある時は、もう一月以上は雨が降っていない、という村に請われて雨乞いの祈祷をした。
ひび割れ始めた畑に即席の祭壇を儲けて、祈祷を始めた途端に、ぱらぱらと雨が降り出した。
カヤも驚いた。
お嬢様以外にもこんなにすごい人がいるなんて、と褒めると、何か言いたそうな顔でカヤを見たが、なにしろ雨が降って大騒ぎの最中だったから、とてもゆっくり話している時間は無かった。
大抵は野宿だったが、夕暮れまでに人里へ着いた時には、一晩の宿を請うた。町にお堂があれば、そこに泊まることもあった。ごく稀にだが、みすぼらしいなりをしているからと邪件にされることもあったが、概ね旅は順調に進んだ。
長い距離を歩くのはきつかったものの、なにしろカヤは村の外に出るのが初めてだった。あれは何、これは何と、ガンヒを質問攻めにしたが、ガンヒは嫌がる風も無く答えてくれて、暇のある時には薬草や歴史、法典についての知識を語った。行く先の人々は道連れにすぎないカヤに対しても丁重で、カヤの方が申し訳なくなってくるくらいだった。
カヤが食べられる野草や果物の見つけ方を覚え、そこそこ美味しい野営料理が作れるようになる頃、二人は聖地に到着した。