聖地
カヤは怖くなった。
このお坊様は頭がおかしい。怖い人だ。
情けない声が口から洩れた。同時に腕をつかむ力が緩んだので、カヤは脱兎のごとく逃げ出した。もう結婚式どころではない。
一目散に村へと逃げ帰り、誰も追いかけて来ない事に気が付いてから、結婚式の御馳走を食べ損ねた事に思い至った。女中頭が結ってくれた髪も崩れて、酷い事になっている。
フキは綺麗だったけど、怖いお坊様に訳のわからない事を云われるし、御馳走は食べ損ねるし、いつもは怖い女中頭の気遣いを台無しにしてしまったし、第一、フキがお嫁に行ってしまう。
最悪の日だった。
次の日、領主さまに来客があった。
カヤは丁度出払っていて、屋敷に帰ってくるまで知らなかったが、それは昨日のお坊様だった。
知っていたらカヤは屋敷に戻らず、移るかもしれない病だのなんだの言ってじい様の残した家に隠れていただろう。
カヤが戻って来た時には、領主さまとお坊様との間で一通り話が済んだ後だった。
カヤが昨日の事を誰にも言わなかったのも悪かった。
結婚式の翌日に、寿ぎをしたお坊様の頭がおかしいなんて言っても誰も取り合わないだろうし、もともと無口な性質だから元気が無いのも、お嬢様を取られて拗ねてるんだろ、結婚式も終わってからってのがカヤだよねぇ、なんて言われてしまうくらいなのだ。
とにかく、カヤの雇い主であり後見である領主さまは、お坊様がカヤを聖地に連れてゆく事を了承してしまった。
恐怖と驚きで呆然としている内に、奥方様に抱きしめられ同僚に涙ながらに見送られ女中頭に餞別を渡された時、やっとカヤは事と次第を理解した。
カヤが泣き出してお坊様の事を告げようとした瞬間、お坊様は挨拶と共にカヤを連れ出した。