カヤの話
カヤは一人っきりだった。親の顔も知らない。
育ての親はじい様であり、領主夫妻である。
話はこうだ。
ある日、村の森で猟師のじい様が行き倒れを拾った。痩せこけてぼろぼろの子供で、辺りに人影は無い。しかも、手足には縄のような痕があったらしい。近くの道に見慣れぬ轍の跡があったから、馬車に乗っていたのでは?と、じい様は考えていた。人買いか何か、とにかく碌でもない連中と一緒に馬車で近くまで来たものの、逃げ出したのか、放り出されたのか。森を彷徨い倒れていた、という訳だ。
この推理はじい様から直接聞いた訳でなく、カヤが聞きかじった話をつなぎ合わせた辻褄だが、真実からそう遠い訳でもないだろう。
どちらにしても、カヤは全く覚えていない。物心ついた頃にはもうじい様と暮らしていたし、じい様が亡くなると領主夫妻に引き取られた。
もちろん養子ではなく、使用人としてだが、幼いカヤには他に行く当てもない。幸い領主夫妻は、幼い自分の娘より更に幼い子供に過酷な労働を強いたりする人間ではなかったし、どちらかといえばそんな人間を軽蔑する方だった。この頃のカヤの仕事の半分はフキと遊ぶことであり、もう半分は何か起こる前に大人を呼ぶことだった。
もう少し年を取ると女中に交じって仕事を手伝うようになり、更に年を取ると人前でフキとは呼ばなくなった。
フキは泣いたり怒ったりしたが、いつの頃からか周りに人がいない時以外は、お嬢様と女中として過ごすのが当たり前になっていった。
先ぶれがやって来たのは昼もだいぶ過ぎてからだ。女衆はとっくに花婿の家に着いていて、宴の準備を終わらせて、お茶を飲んだり髪を直したりしている所だった。
熱い中、幟を背負って太鼓をたたき囃し立てながら移動するのだから、男衆はみんな汗だくになる。婚家ではリザの実の搾り汁に塩を一つまみ入れて、冷たい井戸水で割ったものが用意されていて、蟻のように群がっていた。
黒い幕で覆った馬車へ着飾った花婿が近付く。緋色の衣装に白糸と所々金糸で刺繍がしてある。恐ろしく手間の掛かった衣装だと、花嫁衣装の縫い子に刈りだされたカヤにはわかる。花婿に手を取られ、花嫁が降りてきた。フキだ。真っ白な花嫁衣装に、赤い刺繍。襟や袖口には婚家より送られたという金糸の縫いとり。金糸なんて、いくら花嫁衣装といえど、小さな村を三つ持っているだけの領主さまにはとても買えなかったろう。そして、頭巾には梅鼠色の糸が使われている。フキの体に宿る宝玉の色だ。花嫁が宝玉持ちである証。
貴族の家というのは身分にとても厳しい。でも花嫁が『宝玉持ち』であるならば、家格の不釣り合いや無いに等しい持参金にも目を瞑るだろう。
花婿と顔を見合わせほほ笑むフキは、ちょっと信じられないくらいに綺麗だった。もともと整っていたけれど、そんなことじゃなくて、幸せそうに笑うっていうのはそれだけで人を見惚れさせるのかもしれない。
2人が座席に着くと、招待客が周りを取り囲んで手を叩く。
もちろん、カヤだって、花嫁のすぐ横、も、正面、も、無理だったので泣く泣く後ろに陣取って拍手していた。
そうすると人垣が割れて、お坊様がやってくる。
お坊様は両腕の金輪を鳴らしながら、祝福を寿いでゆく。
その時、お坊様がカヤを見た。目が合った。
寿ぎはぷつんと途切れた。