聖人
実のところ、カヤは石の色が変わった事に気が付いていた。
本当は、お風呂に入った時に気が付いていたのだ。
その時は、本当にこれが今まで身に付けていた首飾りなのかと疑った。疑ったところで、朝に預かって以来ずっと身に付けていた事は、自分だって判っている。
それでも疑わずにいられないほど、顕著な変化だった。
白っぽい薄緑色だった宝玉は、若葉を思わせる鮮やかな緑色となっていた。光は半ば透きとおり、とろりと滴り落ちる液体を固めたようにも見える。
ロクショウは首飾りを手に取るとしげしげと眺め、松明に透かしながら、これほどとは、と呟いた。
そしてカヤに向かって、手を合わせると深々と頭を下げた。聖人に祈りを捧げる際に行う仕草だ。
カヤはうろたえて助けを求めるようにガンヒを見たが、すぐに後悔した。ガンヒも師に習い、同じようにしたからだ。カヤの味方は居なかった。
「ロクショウ様、ガンヒ様、そのような事をするのは止めてください!
確かに私には、無色の宝玉が宿っているのかもしれません。
でも、私は人に拝まれるよう立派な人間じゃありません!」
カヤが取り乱してもガンヒは冷静なままに見えた。
それでも、目には隠しきれない輝きが浮かんでいる。
彼にとって、今日という日が来る事は、カヤと共に旅だった時から決まっていた事なのだ。
語る言葉には、最初にカヤを人の輪から連れ出した時ともまた違う熱が感じられた。
「しかし、カヤ。貴方は宝玉の、そして宿り人の幸い(さいわい)そのもの。
何処に行こうとも崇められる身分となることは間違いありません。
どうかこのまま、この地に留まって下さい。
何れは聖人として、皆の支えに…」
「聖人!」
聖人は、祈りの対象だ。
デーガントラ派において、聖人は教祖の生まれ変わりとされる。存命の僧が列聖されればそのまま最高権威者として扱われることになる。
「カヤ殿」
ロクショウは静かにカヤを呼んだ。その声は毅然として、まったく冷静なままであり、ガンヒのような興奮は感じられなかった。それでカヤも、少しだけ気を取り直してロクショウを見た。
「貴方は間違いなく無色の宝玉の宿り人であらせられる。
それは、貴方に宝玉を、そしておそらく宿り人をを癒す力がある、ということでもあるのだ。」
ロクショウはそのまま、カヤの目を見て静かに語った。