後日談
どうしてなの。どうしてどうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。私はあんなに頑張ったのに。どうしてまだ彼と一緒になれないのですか。私の何が悪いのですか。どうしてまだあの屋上にとどまらなくてはならないのですか。どうしてどうしてどうして。私はただ彼といつまでも一緒に居たかっただけなのに、どうしてここまでのひどい仕打ちを受けなくてはならないのですか。
もう誰も許さない。彼もあの女も自分も私の産みの親も。皆が私に関わらなければ、こんな結果にはならなかったから。
どうしたらまた会える……? どうしたら。
少し考えていると簡単に、ある一つの結論に至る。
全ての元凶を壊せばいい。
激しく降りしきる雨の中。駅ビルにある、すっかり人が寄り付かなくなった屋上には青い傘が一つ咲いている。
私だって本気だった。あいつさえいなければ、私と彼は今頃笑いあって幸せで。こうなったのも全てあいつが未練を残して大人しく引き下がってくれないせいだ。どうして『本気で好き』と言っていたわりには、彼の気持ちを配慮しないのか。それが私には解せない。
あの女が目の前から消えてくれただけではなく死んだのは嬉しいが、結局はなんの罪もない彼までいなくなってしまったのだ。邪魔者のおかげで。
雨に濡れるアスファルトを憎しみを込めてぐりぐりと踏みつける。ここで起きたことの痕跡なんてものはとうに消えているが、彼とあの女が仲良さげに折り重なっていたということだけはどうしても許せなかった。踏んだところで出来事を払拭できるはずもないけど、取り憑かれたかのように踏む。まだ足りないから踏む。踏む。踏む。
「私だって本気だった」
確かめるように零す、嘘も偽りも無い想い。
口調だって馬鹿な子を演じたし、化粧や服装も彼好みの派手な物にするように常に心がけた。
やっと彼が振り向いてくれて、これからだという時になぜ……。これからだというのに、どうしていなくなってしまったのか。
花屋で買ってきた花と彼の大好物を供え、その場を後にする。
私の気持ちをそのまま表しているかのような重たいドアを静かに開け、ショッピングフロアへと繋がる階段を下りる。
なにかがおかしいことに気がついたのはすぐだった。明らかに変だ。この階段がこんなに長いはずはないし、先が真っ暗でなにも見えないなんてことはありえない。
下る下る下る下る下る下る下る下る下る下る下る下る。あとどのくらい下ればいいのだろうか。下る下る下る下る下る――。
下りていくうちに、ぼんやりと白く浮かびあがるなにかが見えた。やっと着いた。やはり疲れていただけか。
一気に安心した私は、疲れも忘れて白い光の元へと走る。……あれ。細長い。顔。
ソレは薄ら笑みを浮かべ、こちらを凝視していた。その様子から、私がどう足掻いても無駄なのだということがわかってしまった。
引き返すこともできずにその場にへたり込むと、ソレは足音すら残さずにこちらへと近づく。
手で触れ合うことができる距離になるとソレの動きは止まり、代わって気持ち悪い笑みを白い顔いっぱいに貼り付けていた。
「くくくっ、お前が生贄になれば私は彼ともう一度結ばれるの! くひひひひひひひひ!」
あ、あ、あ、ああああ。こいつ。こいつはなにを――。
「……なにを言っているの?」
恐怖を表すメーターが振り切れたのか、自分でも驚くほど静かな声が出た。本当は怖くて仕方がないのに。一刻も早く逃げ出したいくせに。
「あら。この前の喋り方と全然違う。やっぱり演じてただけなのね」
「そんなことよりもここから出してくれない?」
「随分と冷静ね。残念だけど要求には応えられない」
「そう。じゃあさっさと殺せば」
私が死んだら、もう一度彼に会えるかもしれない。それなら辛い気持ちを抱えてこれからの人生を空費していくよりも、死んだほうが。
「今、死んだらまた彼に会えるなんて甘いこと考えたわね。言っておくけど、お前みたいな卑しい雌豚には地獄しか待ってないよ」
ソレは何をしたのか。突然、握り潰されるような激痛が全身を襲う。
「あうっ……! くぁっ…………」
痛みが強すぎて立つことができない。脚からは力が抜け、その場にゆっくりと倒れこむ。
「あっはははははははははははははははははははははは!」
思考がソレの高笑いや痛みに掻き消されていいいああああああああああああああ。
ぐしゃりとなにかが潰れる音をたて、女の首から下が弾けてあたり一面に飛び散った。頭だけはそのままの形で地面に転がっていく。恐怖や怨恨などといった負の感情に支配された顔面を上側に向けて。
私が起こした事件は、どんなに有能な警察でも解決できずに迷宮入りをするのであろう。幽霊が殺人を犯したなんてことは誰一人考えないはずだから。
怨みも晴れたことだし、早く彼が待つ天国へ行ってしまおう。
魂が消えていく。思考も全部、なにもかもが消失。……なにかが間違っている気がする。その先になにがあるのかなんて知らない。それでも私は。
「ま、待って! これは違う! 私が行きたいのは――」
絶望のあとに残された物は、なにもない。