消えた世界
時刻は丁度六時頃。すっかり日は暮れている。今までずっと遊んでいたから四人とも疲れきっていた。
帰る途中の学生や、仕事帰りの一般客で賑わう夕暮れの街をのんびり歩く。
「あー楽しかった!」
「ずっと受験勉強で忙しかったから、中々四人で集まれなかったものね。」
まだ卒業後の進路が決まっていない奴もいたが、俺達は既に全員行き先が決まっていた。まだ頑張っている奴には悪いが、一足先に羽を伸ばさせてもらった。
「なぁ、そろそろ解散だし、ボタン交換しようぜ!」
伽楽はもう待ちきれないようで、言いながら鞄から小さな鋏を取り出す。
「ちょっと待って!」
新奈が早速ボタンを外そうとする伽楽を止めて、鞄から小さな巾着を四つ出した。
「新奈、それはどうしたんだ?」
「私が昨日家で作ってきたの。男子も女子も、ブレザーのボタンは全部で四つでしょ?だから、全員で一つずつボタンを巾着に入れて、四人で一つずつ御守りみたいにできないかなって思ったんだけど………」
駄目?と首を傾げる新奈に、俺達は笑って答える。
「いいんじゃないか?一つずつバラバラのまま持っているより、無くさないで済みそうだ。」
「俺もサンセーイ!早速入れようぜっ。」
伽楽はいつの間にボタンを取ったのか、新奈が持っている巾着を一つ取り、ボタンを一つ入れる。いつになくせっかちな伽楽の様子に郁哉も新奈も俺も苦笑いしつつ、ボタンを入れていく。
「何か、皆一緒って感じで……嬉しいけど、照れ臭いな。」
「ふふっ…紅、無くしちゃ駄目だからね?」
「当たり前だろ!」
「どうだか。お前は昔から物を無くすのが得意だからな。」
口角を上げ、郁哉がからかうように言う。
「アッハハ!言えてる!」
「お前らなぁ~!!」
これだけは絶対に無くさねぇ!と思いながら最後の自分のボタンを入れる。
いや、正確には、入れようとした。
「あっ!」
カッ、と音を立ててアスファルトの上に落ちたボタンは、そのまま店と店の間の通路に転がっていってしまった。
「ヤバ………!」
見失わないように、俺はボタンを追いかけて通路に入る。
「ちょっ、紅!」
心配した新奈が俺の後に続いて入ってくる。
「オイオイ、どこまで行くんだよ!?」
どんどん奥に入っていく俺達の後を伽楽が着いてくる。
「ったく、言ったそばからこれか。」
呆れた様に郁哉も通路に入る。
ボタンはそんな四人を引き連れていくかのように、止まることなく転がっていく。
「ちょっと紅!どこまで行くのよ!?」
表通りの喧騒が遠くに聞こえる。
「あと、もうちょいっ……」
転がるボタンをタイミング良く掴む。
無くさなかったことが嬉しくて、満面の笑みで後ろを振り向く。
「よっし!ほら見ろ、ちゃんとここに……」
だが、次の瞬間にその笑顔は消えていた。
まだ日が完全に落ちるには早い時間。けれど目の前に広がるのは、ただひたすら闇。辺りを見回しても、建物も道もない。
闇。
「は……?……ぇ……!?」
突然の事に頭が追い付かず、一瞬でパニックに陥る。
何の前触れもなく、世界で自分独りになってしまったような。
何が起こったかわからずに呆然としていると、微かに音がした。
「………ぃ、紅……」
「!!!」
(新奈!!)
瞬間、声のする方に迷いなく走り出す。
声はどんどん大きくなる。
「紅!!どこ、紅!?」
「新奈!」
新奈の姿を見て安心していたら、新奈も安心したのか勢いよく抱きついてきた。
「おっ、と」
「あぁ良かった…!一人じゃ無かった…!」
俺も、と言おうとした所で、はたと気が付く。
後ろから着いてきていた筈の伽楽と郁哉がいない。
「…伽楽と郁哉は?」
「え…?」
一つの疑問を口にすると、堰を切ったように色んな疑問が出てくる。
新奈の肩をガバッと引き剥がす。
「ここは何処だ…?何故俺達二人しか見えない?何故こんなに暗いんだ?街は?ここは路地裏じゃ無かったのか?何が起こったんだ!?」
「ちょ、落ち着いて、紅!」
新奈の肩をガクガクと揺らしながら叫ぶ。
「ここは何処だっ!!」
その時だった。
カッと二人の目の前が光り出した。
「「!!?」」
今までとは逆に、辺りが眩しい程に白く白くなっていく。
そのうち目が開かなくなって、もう新奈の姿は見えない。
「新奈っ!」
そこで、俺は気を失った。