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教訓2:初対面を罵らない。

 気がついた時に、最初に気がついたことは。



 私の頭の中で「彼」に対する様々な感情というか、そういう感性そのものというか、そういうものがごっそりと欠如してしまっていたことです。

 削除されてしまった、という方が適切なのでしょうか。

 いまいちよく分かりません。

 何故私はトラックに轢かれる直前まで、「彼」に惹かれていたのでしょうか。「彼」と、それ以外の他人との間に引かれていた線引きが、いまいちよく分からなくなっています。

 そんな自問自答をしている私ですが、何故このようなことになっているのかと言えば、私の眼前で、それはもう「彼」そっくりの……まあ、多少余分な筋肉は付いてますが、「彼」そっくりの……。

 男の人が、心配そうにこちらを見つめているからだとしか言えません。



「お、気がついたか……」


 心配そうに、かつ安堵するように、病床に就く私にこんな感じで男の人が声を掛けたのは、実はもう3分ほど前の話です。

 現状、私はそれに返答することはなく、ただ臆しているというわけでもなく。

 「彼」の生き写しのような男の人に対して、ただただ驚嘆するばかりなのです。なんでこんなに姿形の似た別人がいるのだろう、と、ずっと身体を硬直させながら感傷に浸りこんでいるのです。

 でなもんで、男の人も、反応しない私に対する反応に困ってしまっているようで。

 現在、二人は無言で見つめ合っている状態であるわけなのです。



 しかし、昔の私なら、目の前の男の人の顔を見て、瞬間抱きついたのでしょう。

 でも私は今、「彼」に対しての恋愛感情を生憎と持ちあわせていませんので、ただただ過去の思い出からの引き出しを漁って、以下のような自問自答を重ねているのみです。


 何故私はこの男の人を一瞬でも「彼」だと思わなかったのか。


 私は別に外見だけでモノを言っている訳じゃないのです。雰囲気ですら「彼」と男の人は一緒で、見紛うばかりです。これはバレない、と思います。私の目がおかしくなければ、じっと見つめて確認しない限りは。

 私だけが彼の全てを知っている、だから私は「彼」と見間違えることはなかったのだろうか、という一つの回答はすぐに導きだされます。

 しかし、棄却。

 その何よりの理由は、「彼」に対する興味 関心が、私の内から消えていっている故、正直に言って「彼」そのものへの、私の失着の感情がほぼゼロに近しいからです。


 まあ、例え恋愛感情が未だ現存していたとしても、多分判別つかなかったとは思いますけど。


 そう。

 まるで、思い出の一ページにそっと、彼をしまいこんでしまったような。

 「かつての、楽しかった日々」に、まるごと綴じ込んでしまったような。


 元、「彼」の男の人を、私は何故好きだったのでしょう。



「あのさ」


「ひっ」


 考えに割り込まれるように、いきなり掛けられた声に、つい、びく付いてしまう私。声なんか、出ちゃいました。

 それにつられて、目の前の男の人も反射で少し身体をゆすってしまったようです。


「あ、よかった。生きてた」


 続いて紡がれるその言葉。

 なんて無神経な。元「彼」の男の人に少し似てます。


「生きてた、って、何」


 とにかく予想以上に腹が立ったので、冗談だとわかっている上で意地を悪くします。

 腹が立ったことを誇張するような声のトーンと話し方、女の子特有の、男を黙らせるそれ。


「あ、や、……ごめん、冗談のつもりだったんだが」


 狙い通り、あからさまに落ち込んでいます。ざまあみろ、と言ってやりたいところです。

 が、キャラ付けをし始めた私は止まりません。


「失礼ですけど、初対面だよね?」

「私と貴方って、そういうこと言い合える仲じゃないと思うんだけど」

「ていうか何、本気で冗談のつもりだったの。信じられない、センスない」

「考えもなし、常識もなし。そんな男って、本当に最低」


 屈強な男の人が、だんだんと頬を緩ませていきます。上ではなく、下に。テンション的にも。

 歪む目尻と瞼の上弦は、感情表現の苦手な男の、気持ちを示す貴重なパラメータ。

 目は口ほどに物を言う。己の役割を奪われた口は、ただ何かを言いたげに微かに唇を開きかけ、しかしすぐに閉じられます。

 木と白いなめし皮が、自らの匂いを充満させている、そんな大きめのテントの内で、だんだんと男の人は身体を縮めていきます。

 なぜなら私が口を挟むから。その口に文句を挟むから。


「……すまなかった……」


 いくら私でも矢継ぎ早に何度も何度も舐めきった言葉を吐けるほどの語彙も肺活量もありません。

 猛攻が途切れた瞬間、小さな、本当に小さな声で謝罪が聞こえてきます。

 その言葉は私に向けて、というより、自分へ責め立てるようでした。



「……俺はあんまり、女性の扱い方を知らなかったようだ……許してくれ……」


 それだけ言い終えると、男の人はいきなり立ち上がり、とぼとぼと、扉もない吹き抜けのテントの出口へと足を運んでいきます。

 悪いこと、したかな。なんて。

 出て行ってしまいました、あの人。


 私が自責を繰り返してる横から、藪から棒に下手なジョークを飛ばしてくれたあの男の人に、正直若干辟易してしまいます。

 ああ、今だって、とても不愉快です。


 でも。

 さっき、あの男の人をガッと罵っている時。

、私は顔にこそ出しませんけれど、なんだかとっても。


 楽しい。


 そう感じてしまっていたのでした。

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