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喪服少女とカラオケマイク  作者: Omixi
プロローグ
1/4

教訓0:最初に名前を名乗りましょう。

 生を受けてこの方、往々にして「変人」というレッテルを貼られ続けて生きてきました。


 私としては自分が変人であることなど自覚があるはずもなかったので、初めてそれを指摘された小学三年の夏の日のことは、それはもうよく覚えています。小学三年と言えば、ちょうど女が連帯感を持ち始める時期ですね。私はそんな初々しい烏合の衆の、格好の餌食と言ったところでしょうか。


 なんだったんでしょうね。

 黒が大好きだからいけなかったのでしょうか。ランドセルが黒だったから。

 それともその中身でしょうか。教科書を押しのけるように、小さな虫籠と、掌サイズのうさぎのお人形。箱ティッシュと、鼻眼鏡と、彫刻刀。全部「おかしい」と指摘されたものです。手鏡と髪留めは、女の子としてはたぶん普通の持ち物なのでしょう。

 とにかく、どこで何をするにも人を見て模倣するやり方しか知らなかった私ですから、言動に問題はなかったと思うのです。

 ただ、自分の好きなものは肌身離さず持ち歩きたかっただけなのです。

 そんな在り方が他人から嫌われることを、その時初めて分かりました。

 でも、なぜそれが嫌われる要素なのか。私にはついぞ分かることはありませんでした。


 なんだったんでしょう。

 それが分からないままだから、咎められた事を止めることなく、留め続けていました。

 今の今まで、分かる日が来ると信じてました。


 だいぶ飛びます。ランドセルは学校指定カバンになり、やがて指定はなくなり、私が一面真っ黒のトランクを持ち出すことを覚える頃です。

 高校生にもなれば、そんな奇特と形容された私にさえ、「お友達」ができます。そこそこ。

 大切な「お友達」でした。

 私が笑えば、笑い返してくれる。私のことを、厳しく咎めない。私が行きたければ、付き合ってくれる。

 対価として、私も「お友達」に同じことをしなければいけないのが辛かったけれど。

 彼女達のいる時の私は、彼女達を本当に好きだった。

 私がいない時の彼女達は、私を罵っていただろうけれども。


 そんな「お友達」との離反もまた突然でした。初めて変人と言われた時に似ています。

 どちらも、それまで信頼してきた人に言われたものでした。

 どちらも、私を孤独にさせる根因となりました。

 ただ、一点だけ違うことがあるとすれば、今度は私が明確に原因を理解していること。

 「お友達」はみんな揃って、男の人が好きでした。


 というか、女の子なら当たり前です。

 私だって、男の人に興味を持ったことがないわけではないのです。

 そんな「お友達」の一人が、個人的に大切にしていた男の人がいました。私とも、彼女とも同級生の男の人。

 でも、その男の人は「お友達」を大切に思っていた訳ではないようでした。

 なんと、私を大切に思っていたようなのです。

 初めて聞いた時は驚いて。それはもう、驚いて。二つ返事で受け取る、というのでしょうか。受け取ってしまいました。驚きながら。

 驚きついでに勢いで、「お友達」にもご報告という形でお話をさせてもらいました。


 「お友達」は、私を大切に思ってくれなくなりました。


 それでも私の大切な男の人は、私を大切に思い続けてくれました。

 「お友達」がいなくなったと淡々と話す私の身体が、肩からくっと前に寄せられ、気がつけば彼の胸の中で勝手に涙を流していた時です。

 実はその時、やっと、初めて、私は彼のことを好きになったのでした。


 彼は奥手でした(と、元「お友達」がまだ「お友達」であった頃、彼について散々聞かされていました。今思えば、あの時の彼女は、硬い城壁を崩せず苛立っている様にも思えます)。私が何か言わなければ、こっちに触りかけてくることはありません。少し寂しい気もしましたが、私は彼のスタイルにとやかく言いませんでした。言っちゃえば、そんな彼との付き合いは精神的に楽でした。


 彼には何度も褒められました。二人で初めて行ったカラオケの時が一番印象に残っていますね。私自身、カラオケというものにはニ、三回程度しか行ったことなかったんですけど。

 これ言うと、意外に思われることが多いんですが、私が聞く曲は普通にポップスが多いんですよ。あんまりプログレッシブな感じの曲は苦手なんです。それでまあ、入れた曲があまりにもメジャーなので彼にも驚かれましたけど、やけに褒められました、歌ったら。ちょっと引くくらい。「感動した」とかなんとか、大げさだな、とか思ってても、やっぱり私もまんざらじゃなくて。

 ええ、カラオケマイクと小型スピーカーを、既にいっぱいのトランクに押しこむのは大変でした。


 彼に私の印象を聞いたことがあります。そうですね、一日に三回ほどでしょうか。

 正直、しつこいかなぁ、って思ったこともありますけど、それでも、いつでも、問いかける度に、彼は一々真摯な目で「大好きだ」とか、「嫌いだと思ったことは一度もない」とか、直球な言葉を投げつけてくるので、それはもう何回でも聞きたくなります。


 もう聞けないんですけどね。


 さっき会場から抜けてきたところです。彼の人望は確かなようでした。

 私の一千倍はあるでしょう。彼はこんなにたくさんの「お友達」に包まれて、本当に幸せだったんだな、と思います。

 そんな彼のご両親は、とても優しい方です。

 初めて挨拶に向かわせていただいた時、一瞬怪訝な顔をされたことがあります。

 ですが、そんなことを忘れてしまうほどの、生前のお付き合いに対する感謝と謝罪の言葉を重ねて頂くことができました。彼はこんなご両親の元に生まれてきて、本当に幸せだったんだな、と思います。

 私は今にも涙が零れそうなお二人の顔を見て、軽い返礼を行うことしかできず、遺影写真もロクに見ることなく、もちろん彼の顔なぞ拝むことは叶わず。


 そんなこんなで、今は大きな道路のど真ん中に居ます。

 陽が沈んだ空の下で、喪服の私はいつのまにか車道に立って、白線踏んでました。

 無理して履いた靴の、高いヒールが折れてしまっています。多分なりふり構わず、半狂乱で無我夢中に走って来たのでしょう。顔中がヒリヒリするのもその証拠の一つです。


 でも、それ以上に右腕が、どうしようもなく痛いのです。

 肺から口へと、空気がヒュウと抜ける感覚。腕を挟んで、肋骨が押しつぶされています。体内で、私しか聞こえない鈍い音が何度も何度も鳴り響きます。肩を強く打ったかと思えば、今度は右顎にまるごと食らってしまい、瞬間身悶えするほどの痛みが全身に走り、首がありえない角度で曲がったのだと理解します。さっきからずっと足が引きずられています。下手な切り傷よりも擦り傷の方が到底辛いもので、ぐっしゃぐしゃな痛みから、アスファルトのせいでぐっしゃぐしゃな足を想像することができます。

 トラックは、止まる気がないようです。

 彼もこんな感じだったのかなあ。


 そう言えば、申し遅れてしまいましたね。


 私の名前は新田ハヤと言います。

 そのまんま、ハヤと呼んで下さい。


 もう呼ばれる機会もないかとは、思いますけれど。

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