第一章 修復の不在──使い捨て化する関係と制度
1.1 修復という文明的技法
壊れることは、世界の自然な前提である。
物質は摩耗し、制度は劣化し、関係は軋み、身体は衰える。
文明とは、この「壊れる世界」と共存するために編み出された、数多の技法の総体である。
その中でも、もっとも基礎的で、もっとも見落とされがちな技法が 修復 である。
修復とは、破損を否定する行為ではない。
むしろ、破損を前提として受け止め、
その履歴を保持しながら継続性を回復する行為である。
修復は、
• 破損を「例外」ではなく「必然」とみなす態度
• 時間の重さを引き受ける覚悟
• 断絶ではなく継続を選ぶ意志
によって成立する。
修復を行う社会は、時間を「積み重ね」として扱う。
修復を放棄する社会は、時間を「消費」として扱う。
この違いは、文明の持続性を左右する決定的な分岐点である。
1.2 使い捨て化の構造
現代社会は、修復よりも「廃棄」を選ぶ方向へと傾いている。
この傾向は、単なる文化の変化ではなく、
資本主義・デジタル技術・効率性のイデオロギーが絡み合って生じた構造的現象である。
予定的陳腐化(planned obsolescence)は、
本来は物質的製品に適用されていた概念である。
しかし現代では、この論理が人間関係や制度にまで浸透している。
● SNSにおける断絶的関係
ブロック、ミュート、フォロー解除。
これらは「関係の修復」ではなく「関係の廃棄」を選ぶ技法である。
摩擦が生じた瞬間に関係を切断できる環境は、
修復の技法を学ぶ機会を奪う。
● ギグエコノミーと短期契約社会
労働は「交換可能な部品」として扱われ、
長期的な関係性や育成の文脈は切り捨てられる。
労働者は履歴を積み重ねることができず、
社会は「経験」という重さを保持できなくなる。
● 政策パッチとしての制度運用
制度は根本的な修復ではなく、
短期的なパッチによって延命される。
これは制度の「修復」ではなく「応急処置」であり、
長期的な持続性を損なう。
こうした現象はすべて、
修復よりも廃棄を優先する文明的傾向の表れである。
1.3 履歴の断絶と社会的時間の喪失
修復が行われない社会では、履歴が断絶する。
履歴とは、単なる記録ではなく、
**継続性を支える「時間の厚み」**である。
履歴が断絶すると、社会は「浅く」なる。
● 浅い関係
摩擦が生じるたびに関係が切断される社会では、
深い関係が育たない。
関係は「積み重ね」ではなく「消費」になる。
● 浅い制度
制度が修復されず、短期的なパッチで運用される社会では、
制度は歴史的連続性を失い、
「その場しのぎ」の集合体となる。
● 浅い時間
履歴を保持しない社会は、
過去から学ぶことができず、
未来に向けて重心を置くこともできない。
時間が浅くなると、
社会は「長期的視野」を失い、
短期的な効率性だけが価値となる。
これは、文明の基礎的な時間構造の劣化である。
1.4 修復文化の比較
修復を前提とする文明は、破損を価値の一部として扱う。
その象徴的な例が 金継ぎ である。
金継ぎは、傷を隠すのではなく、
むしろ傷を強調し、
その履歴を美として昇華する技法である。
金継ぎの思想は、
「破損=価値の低下」という近代的価値観とは対照的である。
破損は、恥ではなく、
継続の証として扱われる。
一方、Right to Repair運動は、
修復の権利を市民に取り戻す試みである。
これは、修復を「個人の技法」ではなく、
社会的権利として位置づける点で重要である。
修復を前提とする文明と、
廃棄を前提とする文明。
両者の差異は、
単なる文化の違いではなく、
文明の持続性を左右する構造的差異である。




