敬老の日なので醜い老婆を助けたら行方不明だったクラスメイトの女子だった
「誰か三澄さんが何処にいるか知っている人はいないか?」
ある日の帰りのホームルーム、担任の先生が神妙な表情になっているから何かと思ったら、とんでもないことを聞いてきた。
三澄さんは高二になって初めて一緒になったクラスの女子で、誰にでも優しくておしとやかな美少女で男子からの人気が高い。ただ、ここ数日学校を休んでいたから気になっていた。
「先週の日曜日に自宅を出たきり、家に帰ってないそうなんだ」
行方不明とかマジかよ。
超怖いし、すげぇ心配なんだが。
「何か知っていることがある人は先生に教えてくれ。それと警察の捜査も始まってるから、何か聞かれたら協力してあげて欲しい」
もちろん協力するけど、三澄さんとは話したことがほとんど無いから何も情報提供が出来ないわ。
にしてもおかしいな。
先週の日曜日に居なくなったとすると、もう一週間以上経ってるぞ。どうして捜査が始まったのがこんなに遅くなったんだ。
「ということで今日は以上だ」
そしてどうして先生はこんなにあっさりと話を終わらせるんだ。
一人一人呼び出して彼女との関係を詳しく聞き出したりはしないのだろうか。
変だ。
何かが変だ。
でもまぁいいか。
今週末は三連休。
クラスメイトと街に遊びに行く予定だから楽しみだわ。
三澄さんの話を聞いたクラスメイト達は一様に不安げな雰囲気になっていたはずなのに、ホームルームが終わると彼女の話題など一切出さず、笑顔でいつも通りの放課後を過ごし始める。
その異様さに気付いている人は俺を含めて誰もいなかった。
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「釜山すげぇ上手いな」
「取ってくれてありがとう!」
「くそ、俺が良いところ見せる予定だったのに」
「いやあんなに下手だったら無理でしょ」
九月の三連休。
俺はクラスメイトと男女混合で街に遊びに出かけていた。
合コンだとか混合デートだとか、そういうのではない。
クラスメイトのとある男女が恋仲ではないかという噂があり、その真偽を確かめるためにクラスメイトの女子がこのイベントを企画し、俺はその人数合わせで誘われたってだけのこと。
ただの人数合わせなんて悔しいから、クレーンゲームで良いところを見せて少しだけ株を上げさせてもらったがな。これ以上やると本来の企画を無視して俺だけが目立つことになってしまうからやらないけど。
「次は何処に行くのか決まってるのか?」
ゲームセンターで遊び終えた俺達は、今回の集まりを企画した女子に次の行き先を聞いてみた。
「うん、次は……げ」
「げ?」
またゲームセンターに行くのかと思ったが、単語の先頭の『げ』、ではなく嫌なものに遭遇した時の『げ』であった。
俺達一行の目の前に腰を大きく曲げて杖をついた一人の老婆が立っていたのだ。
「うわ、なにあれ」
「きも~い」
「しかも臭いな。こっちまで漂ってくる」
「近づきたくないし、迂回しようぜ」
その老婆はボロボロの服を着ていて見た目がみすぼらしく、杖も市販品ではなく木の枝を拾ったようなもので、体臭らしきものが物凄い。
そして何よりも近づきたくない嫌な感じをとても強く感じさせた。
俺も関わりたくない。
最初はそう思った。
「皆は先に行っててくれ」
「釜山!?」
嫌で嫌でたまらない気持ちを必死に抑え、俺はその老婆の元へと歩いて行く。
「やめとけって!」
「関わっちゃダメだよ!」
クラスメイトが俺の行動を止めようとする。
何故止めたがるのか。
そんな疑問すら抱かない。抱けない。
それでも俺は歩みを止めない。
「今日は敬老の日だからお婆さんには優しくしないとな」
なんて本心を誤魔化しているが、本当は目の前の老婆が困っているように俺の目には見えたから。
深い深い悲しみを抱いているような、そしてその目がとても優しさに満ちているような、一人の老人に見えた。
感覚と雰囲気が乖離している。
その違和感に気持ち悪さを感じながらも、俺は老婆に声をかけた。
「何かお困りのことがありますか?」
すると老婆は少しばかり驚いたような顔になり、皺くちゃな口を小さく開いた。
「☆〇▲★×◎◆□●」
うん、何を言ってるか全く分からない。
訛っているのか、口が回らないのか、歯が全部無いのか。
でも俺を舐めて貰っては困る。
俺のお婆ちゃんも亡くなる寸前はこんな感じで、それでも俺は言葉の意味を理解できていたんだ。
お婆ちゃんっ子の力を見せてやる。
「お腹が減ったんですね。もしよければこれをどうぞ」
散策中に小腹が空いた時のことを考えてゼリー飲料を持って来ていた。
これなら歯が無くても食べられるだろう。
「〇▲★?」
「遠慮なくどうぞ」
「●★〇□▲」
老婆は震える手でゼリー飲料を手に取ると、ゆっくりとゆっくりとそれを飲み始める。
するとすぐに老婆の瞳から涙が零れて来るではないか。
「え、あの、もしかして美味しくなかったですか?」
老婆はゆっくりと顔を横に振った。
よかった、やらかしてしまったわけではなさそうだ。
ゼリー飲料を飲み終えた老婆は、ゴミを自らの懐に仕舞うと俺に問いかけた。
「□◆▲●〇×★◎☆?」
ううむ、これは解読が難しいぞ。
どうして親切にしてくれるのか、みたいなニュアンスかな。
「お婆さんに優しくするのは普通の事ですよ」
「□●★◆〇×▲■?」
でも私こんなでしょって質問かな。
見た目とか臭いのことを言ってるのかな。
「あはは、それが優しくしない理由にはなりませんよ」
むしろ亡くなったお婆ちゃんとまた話が出来ているみたいで懐かしい気分になっているくらいだ。
もちろん見た目は全然違うけど、優しそうな雰囲気が少しだけ似ているんだ。
「◇×◎□◆▽●★◎×☆?」
ううむ、難しい。
本気で私なんかに優しくしたいと思ってくれているんですか、的なニュアンスかなぁ。
「もちろん本気ですよ」
「◎●□★?」
「本気ですって。他に何か要望があれば教えてください。何ならご自宅まで付き添いますよ」
後から思えば会ったばかりの俺とするには奇妙な会話なんだけど、老婆の言葉を理解するのに必死で全く気付いてなかったな。それともう会話したくないという気分が何故か湧いてきそうなところを抑えるのが大変だった。
「☆◎×◆◇□★▽◎×●?」
「え?」
あれ、おかしいな。
俺の翻訳って間違ってたのかな。
「ええと、冗談ですよね?」
「●□◎★」
冗談じゃない、と。
やっぱり翻訳は出来ている。
「…………」
「…………」
どうしてだろう。
明らかに異常な『お願い』をされていて、拒否しろと脳と体が全力で叫んでいるのに、何かを懇願しているかのような老婆の瞳を見ると拒否できない。
嫌え。
無視しろ。
存在を否定しろ。
老婆を見た時から、俺の心が勝手に囁いている。
それを無視して語り掛けると、より強固な負の感情が湧きあがってくる。
それがあまりにもムカついた。
この人が何をしたって言うんだ。
ただ年老いただけの老人に対し、勝手に嫌うなど愚の骨頂。
この感情はお婆ちゃんっ子だった俺にとって最もありえない忌まわしきもの。
きっと俺はそれを認められなかったんだ。
だからこそ老婆の『お願い』を聞こうと思ってしまったのかもしれない。
俺は老婆の肩に優しく両手を添えると、ゆっくりと、優しく、あなたのことを本気で優しくしたいと思っていますよという想いをこめて、額にキスをした。
「!?」
その瞬間、老婆の全身から眩い光が発せられて、俺は思わず飛びのいた。
「何だ!?」
「何々!?」
「うわ、眩し!」
集中していて気付いていなかったが、どうやらクラスメイト達はまだ背後にいたらしい。
俺のことも含めて無視して迂回して先に行ったんじゃなかったのか。
老婆の光は俺達、それに他の通行人からも注目される。
そしてその光が収まると、なんとそこに立っていたのは。
「戻って……る……」
震える手で自分の身体を確認している三澄さんだった。
どういうこと!?!?!?!?
「戻ってる!」
いやだからどういうことなのさ!
「戻ってるようわああああん!釜山君ありがとうううう!」
「わわ!三澄さん!?」
三澄さんが号泣しながら抱き着いてきた。
老婆の臭いとは全く対照的にとても良い女子の香りが漂ってきて、俺の混乱を加速させる。
「老婆が三澄さんになった!?」
「そんなことある!?」
「というか、あれ、何で俺、三澄さんのこと忘れてたんだろ」
「そうだよ。クラスメイトが行方不明だったのに、呑気に遊んでたの!?」
混乱しているのはクラスメイト達も同様で、誰もこの状況を説明してくれそうにない。
とりあえず行方不明の彼女が見つかったということで警察に連絡し、その日は大混乱のままお開きとなった。
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「祠をね、間違って壊しちゃったの」
三澄さんが学校に登校して来た日、俺達は何があったのかを彼女の口から聞いていた。
どうやら彼女は今にも朽ちてしまいそうなボロボロの祠を見つけ、それを綺麗にしてあげようとしたら壊してしまったらしい。
「そうしたら神様っぽい声が聞こえて来てとても怒っていて、直すつもりだったんだって慌てて弁明したけど信じて貰えなかったの」
それって本当に神様ですかね。神様だとしても邪神の類じゃありませんかね。
「この祠を直そうとする人間なんているわけがない。人間は他人に冷たく愚かな存在だって言われたから、そんなことない、他人に優しい人だっているって思わず反論しちゃって」
謎の声が聞こえてきたら怖くて逃げ出してしまいそうなのに、良く対話出来たな。
案外度胸が据わっているのかもしれない。
「そうしたら醜い老婆の姿にされちゃった」
優しい人がいるなら助けてくれるだろうってことなんだろうが、そこには酷い罠が仕掛けられていた。
「しかも私の存在を無視したり嫌いになったりする呪いまでかけてきたんだよ」
だから三澄さんの両親は行方不明届をすぐに出さなかったのだろう。
俺達がホームルームで彼女の話を聞いてすぐに興味を失ったように、両親に対してもその効果があり全然心配しなかった。学校も警察も本気で捜査する気は無かったに違いない。呪いが解けた今は大騒ぎになっているが。
老婆を見て俺が不快な気持ちを抱いたのも、クラスメイト達が嫌悪感を隠そうともしなかったのも、その呪いが原因だった。
「更には本気で優しく想ってキスしてもらわないと元に戻れない。酷いと思わない?」
醜い姿にされて、嫌われるような呪いをかけられて、それでも本気で優しい気持ちでキスしてもらわなければならない。確かにあまりにも酷すぎるコンボだ。
「酷すぎだよ」
「私だったら絶望して死んでるかも」
「良く生きてたね~」
誰も助けてくれない状況で死なずに生きて来れたのは、畑のものを借りて飢えを満たしたかららしい。借りは元に戻って急いで返したし、ことがことなので罪に問うのは難しいとのこと。というか、呪いなんて非科学的なことが起きてどう判断すれば良いか警察も困ってるらしい。監視カメラに例の光チェンジのシーンが映ってたので妄想とか変装だとかって断じることも出来ないしな。
「にしてもあんな不思議なことあるんだな」
「マジ怖え。祠なんて近づかないでおこ」
「そういえばその祠、三澄さんの話を聞いて警察が確認しに行ったら、厳重に封印がされてたんだって」
「マジ怖え!封印したの誰だよ!」
本当に誰だよ。
出て来てちゃんと説明してくれ。
「結局何が何だったんだろうね」
「良く分からないけど、一つだけ分かることがあるよ」
「というと?」
「三澄さんと釜山くんの関係」
「あ~、まぁ見れば分かるよね」
そう、見ればわかるのだ。
クラスメイトに説明している最中、三澄さんは頬を染めて俺の腕を強くぎゅっと抱いている。
つまりはそういうことである。
「あんなに絶望的な状況で優しくしてくれて額にキスまでしてくれたなんて、そりゃあ惚れるよね」
「まさに白馬の王子だもん」
「白馬の王子は恥ずかしいから止めてくれ。ほんとあの週刊誌どうにかならねぇかな」
今回の事件は世界的なニュースとして知られてしまい、俺のことを白馬の王子だなんて表現する週刊誌が出て来て恥ずかしくてたまらない。
「王子はこう仰ってますが姫はどうお思いですか?」
「釜山君が嫌がるなら言わない。でも好き」
大人しい清楚系だったはずが、人前で好きとか普通に言っちゃうぐいぐい来る微肉食系に進化していた。いやまぁそれでも可愛いし優しい人には変わらないから俺としては問題ないし、むしろ嬉し恥ずかしって感じだが。
なお、三澄さんからは学校で再会する前に個人的に連絡が来て、そこで感謝と告白をされた。美少女が全力で好き好きオーラを放ち告白してきたら断れる訳がないだろう。
「あ~あ、これから毎日バカップルを見せられるのか」
「多分それ死ぬまで続くよ」
「だって釜山ってお婆ちゃん相手にもキスしちゃうような人だもんね」
あの時は特別だったんだ、と反論したいが止めておいた。
だって俺自身がその幸せな未来が来るだろうと自然と思い描いてしまったから。
三澄さんがお婆ちゃんになるまでずっと、トラウマになっているであろう地獄の想い出を塗りつぶすくらいに幸せを与え続けられたならば、きっとそれは俺にとっても最高の幸せに繋がるに違いない。
本作は敬老の日関連で急遽生み出したものですが、祠ネタはいくつかストックがあります。例の祠ブームのせいで逆に投稿しにくくなったものが……