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第4話 理想(中編)

突然カリムに釘を刺されたセレナ――

彼女の反応は?

セレナは一瞬、驚きに固まった。


(…ほぼ初対面の私に、そんなことを?)


胸の奥にぐっと熱がこみあげ、荒れた指先がじりじりと痛んだ。

(だいたい泣きたいのは、私の方よ…!)


視線を逸らさず、唇を固く結んだ。

怒りを押し殺すように、きっとした眼差しで彼を見据える。


セレナは声を澄ませて口を開いた。

「それは……私たちがどのような思いを抱いているか、承知のうえでの申し出にございますか?」


リサが思わず息を呑む。

普段は控えめな彼女の顔に、驚きと動揺がはっきりと浮かんだ。


カリムは眉間に皺を刻み、強い眼差しを崩さぬまま、わずかに言葉を詰まらせる。

その表情には、初めて押し返された戸惑いがにじんでいた。セレナの胸に、ひどく苦いものが広がった。

(まったく…私なんて誰も守ってくれない状態なのに…)


毅然と姿勢を正し、まっすぐカリムを見据え、静かに言葉を続けた。

「そうおっしゃるということは――あなたは、彼女を泣かせない努力をなさっているのですよね?」


リサが思わずセレナを振り返る。

普段控えめな侍女の瞳に、驚きと誇らしさが混じった光が一瞬走った。


カリムは短く息を呑み、目を細める。

強い眼差しを保ちながらも、その奥でわずかな揺らぎが走る。

(俺はずっとサフィアを守ろうとしてきた。泣かせたことなんて――いや、本当にそうか?)


胸の奥にざらりとした迷いが広がり、言葉が喉で張りついた。

「…ああ」低く答えたが、その声はかすれていた。


続けようとしたが舌が動かず、唇がわずかに震える。

(姫に言い負かされるとは…)


書庫の静けさが一層重くなり、紙擦れの音すら遠のく。


セレナはきりりとした表情を崩さず、一歩退いて声を整えた。

「ご安心を…私は、人の恋路を邪魔するほど落ちぶれてはおりませんので」

声は低く抑えられていたが、その奥に硬い光が宿っていた。


(いいもんね…今回の人生では、自力で王子様を見つけるもんね)


すっと視線を目の前の羊皮紙に戻し、再び読み始める。


リサはその背を見つめ、目に光をにじませた。

胸の奥で「強い方だ」と呟くように、唇がかすかに震える。


まるで祈るように両手を胸元で重ね、指先をぎゅっと握りしめた。

(どうか、この方が孤独なままになりませんように…)


カリムはしばし言葉を失い、唇を噛んだ。

(…恋路を邪魔しない、か。だが――あんたの目は、人を巻き込まずにはいられない目だ)


「…そうか。ただ――サフィアを泣かせたら、その時は俺が許さない」

低く言い残し、視線を逸らした。


(にしても、本当に失礼しちゃう…)


セレナはそっと羊皮紙をめくった。そこに並ぶのは粗い走り書きの陣形。


(…盾を重ねた壁は、ここにはないのね)


視線を落としたまま、短く息をついた。


リサにも不思議がられた。私が躊躇なく軍記を読める理由――それは前世の彼の影響だ。彼とよく見ていた映画は、戦争ものだった。


「…」

(失礼されたついでに――前から疑問に思っていたことを聞いてみようかしら)


巻物を棚に戻し、くるりと振り返る。

真っ直ぐに引き締まった表情で、


「…少し、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


カリムは顎をわずかに上げ、探るようにセレナを見返した。

(何を聞くつもりだ…?)


現代で生きていた私の感覚だと、戦争なんて絶対に駄目な行為だ。

でも、この時代の人々はどう考えているのだろう。

(仕方がない、あって当たり前――そういう捉え方なのかしら)


セレナは顔を上げ、まっすぐに見据えた。

「――戦争は……必要なのでしょうか?」


一拍置いて紡がれた問いは、書庫の冷気に深く沈んだ。

リサは目を丸くし、思わず口を押さえる。


カリムの瞳が一瞬大きく見開かれ、すぐに眉間に皺が寄る。


「…姫様、ずいぶん直球で聞かれるんだな」

苦笑を浮かべたが、声には重さが残る。


カリムは腕を組み、しばし沈黙。呼吸を整え、低く続ける。

「戦争は、本当は誰も望んでねぇ。兵も、民も、将もな。血を流して笑う奴なんざ狂人だけだ」


厚い胸板の奥から吐き出す声は短く切れて重い。

「だが、力を持つ国が隣にある以上、剣を捨てりゃ踏み潰される。戦なんて、理屈じゃなく“起こされる”もんだ。俺たちはただ、それを防ぐために剣を抜く」


組んだ腕の留め具が小さく鳴った。


「殿下はよく言う。『争わずに済むならそれが最上だ』と。…だが、理想だけじゃ兵は守れん。だから俺が剣を持つ。殿下の理想と兵の現実――その橋を渡すのが武官の役目だ」


吐息をひとつ落とし、わずかに口元をゆがめた。

「必要か不要かなんて答えは出せん。だが、戦場に立ってきた身から言えるのは一つ。“避けられるなら避けろ。避けられねぇ時は全力で勝て”。それだけだ」


琥珀の瞳が、セレナを射抜くように向けられる。

リサは息を詰め、胸に手を当てていた。


セレナは深く礼をし、静かに告げる。

「…貴重なご意見、ありがとうございます」


(この時代の人たちも、本当は戦争なんてしたくないのよね。同じなんだ…)


肩の重みが少しほどけ、頬に熱がさした。

リサはその横顔を見て胸を熱くし、口元に小さな笑みを浮かべる。


カリムは腕を組んだまま目を細め、ぽつりと呟いた。


「…妙な姫様だ。武官にそんなことを聞くなんて」

(他の姫にはできねぇ真似だ)


その時だった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマや感想を頂けると、とても励みになります_(._.)_

Twitter始めました!裏話とか載せる予定ですのでよければ覗いてください→@serena_narou

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