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転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳
二章

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第7話 揺

今後の最新話は、改稿版のこちらに投稿していきます。


『シウアルマ』

https://ncode.syosetu.com/n3082lp/


よろしければ、引き続きお読みいただけると嬉しいです。

後宮の一隅、陽の入る広間。

花模様の絨毯に小卓が並べられ、果実を練り込んだ甘い焼き菓子と、香草の茶が柔らかく湯気を立てていた。


妃候補たちは彩りの衣を揺らしながら席に集い、宴の余韻を口々に咲かせていた。


「まあ、あの宴……本当に素敵でしたわ」


「ええ。わたくし、砂漠の交易都市から来た使節と香の話をしたんですの。あちらの香料は、まるで太陽の粒を閉じ込めたみたいで」


「私は北方の商家の若君と贈り物のお話を。見せてくださった絹の染め模様が、本当に美しくて……」


声は甘やかに弾み、頬には昨夜の熱がほんのりと残っていた。


アシェラが盃を置き、手にした扇をひらりと揺らす。


「ほらね、やって正解だったでしょ。あんなに皆が笑う宴なんて、めったにないわ」


その言葉に、周囲の女たちが一斉にうなずく。


「本当に。セレナ様のおかげで、素晴らしい夜になりましたわ」


「ええ、ええ。あの仕掛け、次もぜひ!」


一通り称賛の声が重なったあと、ふいに誰かが茶碗を傾けながら首をかしげた。


「……でも、姫様ご自身は?」


「あら、確かに。どなたかとお話しされてました?」


「果実を薦めてくださったり、私たちを輪に入れてくださったけれど……」


「結局、ご自分は……?」


空気がふわりと一点に寄る。


セレナは菓子を摘んだ指を止めた。


「え、えっと……皆さまが楽しんでくださったなら、それで……」


「セレナ様は仲介人でしたっけ?」


いたずらっぽい声が重なり、くすくすと笑いが広がる。


アシェラが扇で口元を隠しながら、俯きがちなセレナに目をやった。


「まあ、かわいらしい顔をして。次は姫様の番ですよ」


他の候補たちも「そうですわ」「今度は譲りませんからね」と声を弾ませ、茶会はますます華やいでいった。


うう……今なら先生の気持ち、痛いほどわかる……。





茶会の余韻がまだ後宮にぬくもりを残す頃。

二人の歩幅が静かに重なっていた。


「……愉快な宴でしたな」


ラシードが口端を上げる。


ナヴァリスは淡々と返した。

「姫様の仕掛けはよく働いておりました。妃候補たちも、久方ぶりに声が明るい」


「ええ、まるで采配でも取ったかのように場が動いていた。

……内の記録も、人の流れも、静かに整っているのでしょう?」


「ええ……放っておいても乱れぬようになりました」


ラシードの目が愉快げに細まる。


「なるほど。あなたにしては随分な言いようだ」


「事実でございます。

 後宮というものは、数字より“癖”のほうが重い。

 それを読み取り、形にしておられる……

 芽は、想定より早い速度で伸びております」


「摘むには?」


「……もう遅うございます」


短い沈黙が落ちる。


「宴も、内の整えも――

 姫様はご自身が盤面に触れていることに、

 まだお気づきでないようですが」


ナヴァリスは歩を緩めず、声だけをわずかに低めた。


「放せば勝手に広がり、我らの意図を越える。

 ゆえに――こちらで舵を握る他ございません」


「飽きませぬな」


ラシードのひと言が陽光に溶けていった。





庭に面した回廊では、

侍女たちが水瓶を運びながら、声を弾ませている。

頬には、まだ昨夜の熱が残っていた。


「本当に素敵な夜でしたわ……」

「姫様が輪に入れてくださって……あの笑顔、忘れられません」


その声音に、サフィアの歩みが止まる。


……また、その名だ。


剣帯がかすかに鳴り、彼女は足早に回廊を離れた。


訓練場でサフィアは剣を構え、一息に振り抜く。

鋼が空を裂き、乾いた音が地に吸い込まれた。


……皆、あの女に浮かされて。

正妃の座は揺らがない、なのに。


刃を握る手に力がこもった瞬間、背後から声が落ちた。


「相変わらずだな」


振り返ると、腕を組んだカリムが立っていた。

険しい顔つきのまま、こちらをじっと見ている。


「昨日の宴、見事だったな。

 姫様のおかげで女たちも使節も笑っていた」


サフィアの眉がわずかに動く。


「……浮かれているようだな、カリム」


「浮かれてはいない。事実を言っただけだ」


その声音が、余計に癇に障った。

サフィアは目を逸らし、再び剣を振り下ろす。


刃を止めた瞬間、カリムが近づき、低く言った。


「……お前はお前らしくでいい。

 殿下の隣で盾を構えられるのは、お前だけだ」


その一言が、冷えた内側に静かに落ちていく。

苛立ちは薄れたが、奥に熱い火種が残る。


そうだ、私は殿下の剣。その座は揺るがない。


目が逸れたところで――いずれ戻る。積み上げた年月は、そう簡単に崩れない。


決意を刻むように、サフィアは剣を握り直した。


鋼の音が熱気を切り裂き、訓練場の空へ澄んで響いた。





油皿の火が小さくはぜ、香炉の煙が部屋に夜の静けさを落としていた。


机には開きかけの薄板が積まれたまま。

セレナは机の前で、そっと肩を落とす。


「……そんなつもりじゃなかったのに」


ぽつりとこぼれる声。


「セレナ様……」


リサが湯を運んでくる。

小さな卓に置き、心配そうに膝を折った。


セレナは両手で湯呑を包み、わずかに口元をゆるめた。


「……なかなか良縁を得るのは難しいわね」


リサは湯気の向こうから主を見つめた。


「……セレナ様は皆のためにお力を尽くされました。それは決して無駄ではございません」


言葉を選ぶように間を置き、声を落とす。


「ですが――どうか、ご自身のお幸せも忘れないでくださいませ」


リサの瞳はまっすぐで揺らぎない。が、どこか切なげに光っていた。


幸せを探していたはずなのに……いつの間にか黒子に徹していた。


セレナは湯呑を見つめながら、小さく苦笑した。


「……ありがとう、リサ」


国の為にも、良縁は欲しかったな……。


湯気がゆらりと立ちのぼり、香の香りが淡く混じる。

セレナは目を伏せ、内側の痛みをそっと抱きしめた。





夜気に混じって、薄板を擦る乾いた音だけが執務室に残る。


アルシオンは筆を走らせ、積まれた書簡へ黙々と印を押し続けていた。


「……お疲れのご様子ですな、殿下」


軽やかな声とともにラシードが入室した。

手にしているのは、薬草を溶かした温い茶の杯。


「例の宴――盛況であったようで。妃候補も使節も、皆ご機嫌だったとか」


アルシオンは書板から目を上げない。

ラシードは杯を卓の上に置く。


「ただ……姫様ご自身は良縁を得られず、少々肩を落としていたそうで。

 場を整えておきながら、自分は一歩も動かぬとは……ふむ、実に興味深い」


筆先がわずかに止まる。

油皿の火がぱちりと音を立て、沈黙が落ちた。


「……そのような話をわざわざ持ち込む必要があるか」


低く押し殺した声。

ラシードはわざとらしく眉を上げる。


「いえ、ただ……殿下が珍しく“気に留められた”ように見えましたのでな」


その直後、筆先が紙を裂く音がした。

墨が滲み、白が黒に染まる。


「……失礼。図星でしたかな」


「――黙れ」


短い一言が油皿の火を震わせた。


くだらぬ。


アルシオンは破れた書板を脇へ寄せ、深く肩を落とす。

だが内側には、拭い切れぬざらつきが残っている。


――あの娘の、まっすぐすぎる願いの響き。

軽口でも義務でもなく、自分の“生”を見つめる言葉。


……なぜ、あの時の声だけが残る。


次の瞬間、扉が荒々しく開いた。


「殿下! ルナワの使者が参っております!」


旅塵をまとった使者が駆け込み、深々と頭を垂れる。


「ルナワ公王陛下が……ご倒れに!」


空気が一転して凍りついた。

アルシオンは立ち上がり、ラシードの笑みも消える。


「……セレナに伝えろ。直ちに」


その声が夜の静寂を裂いた。





深夜、後宮の回廊。

香炉の匂いも薄れた静けさの中、慌ただしい足音が響いた。


「――ルナワの使者だ!」


侍女が戸口へ駆け寄り、短く合図を送る。

許しを得た使者が、旅塵をまとったまま、頭を垂れて入室した。


「姫殿下……! 大変にございます。ルナワ公王陛下が……ご倒れになられました」


部屋の空気が凍りついた。


「……お、お父様が……?」


使者は頷き、さらに言葉を続ける。


「国中が騒然としております。姫殿下には直ちに御帰国を――と、宰相よりの命にございます」


リサが言葉を飲み、机に置かれた茶器がかすかに震えた。

セレナは鼓動だけが耳の奥で強く鳴り、声が出ない。


衝撃の下で、別の思考が容赦なく顔を出す。


泣いている暇はない……帰らなきゃ。

お父様、どうか無事でいて……。


リサが潤んだ瞳で見つめてくる。

セレナは小さくうなずき、声を整えた。


「支度を整えて。……殿下にお伝えしに行かなくては」


慌ただしく衣を整え、肩に羽織を掛ける。

使者が先に立ち、リサと侍女が左右に寄り添う。

夜更けの回廊に足音が響いた。


セレナの足取りは重い。


侍女たちと積み上げた日々も、「座」の務めも、まだ途中だったのに。


……まさか、こんな形で後宮を去ることになるなんて。


月明かりが石床に淡く伸び、影は揺れながら執務棟へと続いていく。

歩を進めるごとに、喉の奥が締まりそうになる。


帰国をすれば……。

もう二度と、この宮には戻れない。


冷たい夜気が頬を撫でた。

やがて重い扉の前に辿り着き、使者が低く告げる。


「殿下……ルナワの姫殿下を」


扉が静かに開かれる。

蝋燭の明かりが流れ込み、執務机の前に立つアルシオンの姿が現れた。

すでに報せを受けていたのか、青い目は静かに据わっていた。


セレナは深く一礼し、唇を震わせながら声を絞り出した。


「……殿下。ルナワより急報が届きました。父王が……倒れられたのです」


アルシオンは机に置いた手を動かし、目を伏せる。


「……聞き及んでいる」


淡々とした声。

それだけで、指先に力が入る。


アルシオンは顔を上げ、まっすぐに言った。


「帰国の命が下ったのだろう」


セレナは強く唇を噛み、うなずく。


「……はい。宰相からの命にございます。直ちに帰国を、とのことでした」


膝を正したまま、もう一度うなずいた。


「後宮を去ることになりますが……どうか、お許しくださいませ」


震えを押し込めるように、言葉を選ぶ。

そしてふと気づく。


そっか……この人と会うのもこれで最後――


アルシオンの指先が机を静かに叩く。

一度、二度。蝋燭の炎がそのたびに揺れた。


「……勝手に去ることなど、許される立場ではないはずだ」


低い声が空気を裂いた。

セレナははっとして目を上げる。


「殿下……?」


アルシオンはしばし黙し、やがて小さく間を置いた。

指先が机を叩き、低く口を開く。


「……帰国は認める」


セレナの瞳が大きく揺れる。


「ただし籍は残す。お前が正妃候補であることに変わりはない」


「……!」


思わず上げた目を、青い瞳が射抜いた。


「国の務めを果たせ。

 ……だが忘れるな。まだ、お前はここに属している」


突き放すようでいて、縛るような声音。

セレナは熱と重みを同時に抱え、静かに頭を垂れた。


てっきり正妃候補は剥奪だと思っていたのに……。


「……畏まりました、殿下」


アルシオンは机上の巻物に目を落とした。


「……それから」


セレナが目を上げる。


「帰国には侍女を同行させろ。念には念を入れる」


「侍女を……?」


「道中も国許でも、女一人では不都合が多かろう」


「……殿下……お気遣い、痛み入ります」


セレナは内側に残った温もりを抱えたまま、深く一礼した。


アルシオンは答えず、ただ蝋燭の炎を見据えていた。

揺れる光が彼の横顔を照らし、影を深く落とした。





翌朝の後宮。

まだ陽も高くならぬうちから、廊下や庭にざわめきが走っていた。


「……ルナワの姫様が、一時ご帰国なさるそうよ」


「まあ、本当? 昨夜の宴の後だというのに……」


「父王が倒れられたとか。使者が慌ただしくて……宮廷中がざわめいているらしいわ」


侍女や女官たちが口々に囁き合い、慌ただしく布や荷を運ぶ姿が広がる。

衣装を畳む者、文箱をまとめる者、馬車の支度を命じる者――皆の動きが早い。


「けれど……籍は残すと殿下がおっしゃったらしいわ」


「正妃候補のまま、ということね」


「では戻っていらっしゃるのかしら……?」


「きっと。姫様なら……」


期待と不安が入り混じったささやきが後宮を満たす。

その断片を耳にした瞬間、サフィアの内側に冷たいものが走った。


「残す……?」


てっきり、これで後宮から去ると思っていた。

そうなれば余計な騒ぎも収まり、殿下の隣は自分だけになるはず――そう信じていたのに。


「きっと戻ってきてくださいますわ」


侍女の明るい声が背に刺さる。


苛立ちが指先にこもり、サフィアは無言で剣帯を締め直した。





「……まさか、一時帰国を許されるなんて」


荷をまとめる手を止め、セレナは小さく呟いた。


正妃候補の籍を剥奪するのは、外交的によろしくない。

そういうお考えなのでしょうけど。


淡く苦笑を浮かべながら、包みに衣を畳み込む。

けれど、心の底には小さな引っかかりが残っていた。


でも……リサを連れて行くことを、自ら提案してくださるなんて……。


突き放すような声の端に、微かな気遣い。

セレナは唇を噛み、指先を強く握った。


……いや、王太子として当然の配慮よ。

変に深読みしない、しない。


そう言い聞かせながらも、その余韻は消えず、

内側で静かに揺れ続けていた。


衣を包む手を止めたリサが、はっと顔を上げた。


「セレナ様……」


黒い瞳に決意を宿し、両手をぎゅっと胸の前で握りしめる。

「私、しっかりお供して、姫様をお支えいたします」


声は震えていたが、その奥には強い光があった。

「道中でも、ルナワでも……セレナ様がお一人で寂しい思いをなさらぬように」


セレナは思わず微笑み、彼女の手を取った。


「……ありがとう、リサ。あなたがいてくれるなら、心強いわ」


二人の掌の温もりが重なり、静かな部屋の中で絆のように確かに繋がっていた。


ーー翌朝、後宮の中庭。

金の装飾を施した馬車が整えられ、白毛の馬が鼻息を荒くして待っていた。


候補の姫や侍女たちが並び、口々に別れの言葉をかける。


「姫様……ご無事で」

「必ずお戻りくださいませ!」


その声に涙ぐむ者もいた。

セレナは裾を整え、ひとりひとりに深く礼を返す。


「……皆さま、ありがとう。どうか後宮をよろしくお願いします」


荷を抱えたリサがそっと寄り添い、馬車の脇へと導いた。

扉に手をかけたそのとき――ふと遠くの回廊に青の影が見えた。


アルシオンが、黙ってこちらを見ていた。


わざわざ見送りに来てくれたんだ……。


セレナは小さくうなずき、その視線に静かに応えると、馬車に身を乗せた。


扉が閉まり、車輪がきしみを上げる。

白馬が一歩を踏み出し、馬車はゆっくりと門を抜けていく。


セレナは揺れる窓越しに後宮を見やり、最後にもう一度、微笑んだ。


「……ありがとう。必ず戻ってきます」


陽光の中、鈴の音だけが遠ざかり、やがてその姿は王宮の門の向こうへ消えていった。


回廊の影に立つアルシオンは、目を落とし、何も言わなかった。

ただ、内側に沈んだ何かが、言葉にならぬまま残った。


今後の最新話は、改稿版のこちらに投稿していきます。


『シウアルマ』

https://ncode.syosetu.com/n3082lp/


よろしければ、引き続きお読みいただけると嬉しいです。

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