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転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
二章

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第5話 宴

……殿下に“良縁の宴”の許可をいただけて嬉しかったのも束の間――


「姫様のお考えですから、ぜひ段取りもお任せを」

にっこりとしたナヴァリスの一言で、すべてが決まった。


客人の名簿、料理や楽の内容、招待状の文面。

机上はたちまち薄板の山となった。


丸投げするなんて。


……確かに、言い出しっぺだけど。


それでも手は止められない。リサは夜更けまで筆を執り、女官は衣装や装飾案を出して支えた。

アシェラやアナヒータは座の務めの合間に、小道具や舞台を手配し、

冷ややかなレイラでさえ「失敗すれば後宮の恥」とぼやきつつ、帳簿整理に加わった。


ありがたかった。

皆の手がなければ、とても形にならなかった。


それでも、微笑む後宮監の顔が脳裏から離れない。


こうして慌ただしい日々は過ぎ、宴の当日が迫った。

高鳴りと不安と期待がないまぜのまま、セレナはその時を迎えようとしていた。


宴の当日、控室は香が満ち、化粧の筆が頬をなぞるたびに息が浅くなる。


「姫様、少し動かないでくださいませ」

侍女に窘められても、口元だけは勝手に上がってしまう。


唇に紅、髪に飾り。鏡の中の自分は疲労の影を残したままだが、少女のように輝いて見えた。


「姫様、本当に楽しそうですね」

リサが笑いを含んで囁く。


セレナは頬を染め、目を伏せた。

「だって……わくわくしているもの」


今宵は妃候補だけの宴。――女官や侍女たちは当日の準備や応対に追われ、参加には至らなかった。


「ねえ、リサ。今回は妃候補だけの宴だけれど……

次は内命婦のみんなのためにも、小さな“縁談の集い”を後庭で試してみたいの」


リサの目が丸くなり、すぐに熱を帯びる。

「……セレナ様……!本当に……?」


「ええ。だって、皆だって出会いの場、欲しいでしょう?」


やわらかに微笑むセレナの声に、リサは強く頷いた。

「はい……! 私……セレナ様についてきてよかった……!」


そのやり取りを耳にした侍女たちが、そっと顔を見合わせる。

「……素敵……」「本当に、あの方なら……」

喜びを押し殺すような囁きが広がり、控室の空気がほのかに熱を帯びた。


セレナはそんな声に気づき、息をひとつ飲んで立ち上がる。

侍女たちに囲まれながら、回廊へと歩み出た。


セレナは肩をそっと落とし、口元だけ整えた。


前世で友達と身につけた“立ち回り”――使う時が来たわね。


灯火の並ぶ道を進むごとに、喉がからりと乾いていく。


“婚活は戦場”

――戦いの場に出る気持ちで、臨まないとね!


目を合わせて微笑む、会話の聞き方――

一つひとつ思い返し、セレナは扉へ歩を進めた。





会場の大広間は灯火と布飾りで彩られ、果実と香の甘い匂いに包まれていた。


セレナは足裏に力を入れ直した。


妃候補たちは色とりどりの衣を揺らし、各国の使節達と談笑している。

 

黒紺の礼服のナヴァリスが進み出る。

「本日は、陛下の御厚意により各国の使節と妃候補を交え、盛大なる宴が催されます――」


口上に視線が集まる。

そこへ、奥から低い靴音。


黒地に金糸の礼服をまとったアルシオンが舞台へ進む。


「諸国の賓客に感謝する。

この宴は我らの友誼を深め、新たな縁を結ぶためのもの。

互いに心を開き、今宵を楽しんでほしい」


力強い挨拶に拍手が湧き、楽が満ちた。


壇上に立つアルシオンは、広間の流れを点検するように目を走らせた。


その眼差しがセレナを一瞬だけ掠め――すぐにラシードの方へと戻った。


目が合った?……気の所為よね。


胸の奥に熱が広がる。


殿下がこの企画を認めてくださったおかげね。

――ありがとうございます!





宴は本来、席を立つものではない。

だから、出会いが限られてしまう。


壁際の卓には肉や果実、香辛料の煮込みが並び、

人々は自ら杯を受け取り、皿を選んでいく。


だから、あえて“立ち上がらせる”仕組みにした――前世で言うビュッフェスタイル。


この案を出した時、ナヴァリスはわずかに口端を動かした。

「……奇抜ですが、合理的ですな。人の流れが生まれる。――姫様らしい」


使節と妃候補は自然に立ち、同じ卓で言葉を交わしている。


セレナは広間全体に目を走らせた。

うん、回ってる。


戦場みたいな緊張と、恋みたいな高揚が、胸の内で入り混じる。


よし、いよいよ“立ち回り”の出番!


杯を受け取ったセレナは、隣に立った若い使節へふっと目尻を和らげる。

「遠路お疲れさまでございます。お衣装もとても素敵で……きっと皆の目を引かれますね」


思いがけない褒め言葉に使節は頬を紅潮させ、配膳担当の侍女が驚いて口元を押さえた。


ふふ、やっぱり効く。

“目を見て笑顔で褒める”……定番ね!


別の客人には身を少し傾け、話を聞く姿勢で応じる。

「……ええ、わかります」

そのひと言だけで相手の顔がぱっと明るむ。


皆ごめんね、この戦……私が勝つ!


ふと視線を向けると、人だかりができていた。


「まあ、あれが近衛副隊長殿……」「背が高くて凛々しいわ……」


礼服に身を包んだカリムが、人目をさらっている。

その眉間には、見事なまでの不機嫌のしわ。


……本当にモテるのね。


少し前。

「副隊長殿も参加を」

「……姫様、勘弁してくれ」

「貴方に参加してほしいって希望者が多いの!お願い!」

――と、セレナが半ば押し出した結果である。


相変わらずぶすっとしてるのに。

でもヘラヘラするよりも真面目でいいわよね。


その時、広間の別の輪がぱっと弾けた。


レイラが淡い金糸の袖を揺らし、北方の若い使節と杯を合わせている。

「まあ……貴国では祭礼の舞を“男”が舞うのですか? 興味深いわ」

扇越しの微笑みに、使節の表情がみるみる熱を帯びる。


そのすぐそばでは、ほかの妃候補たちが思い思いの輪をつくっていた。

端麗な黒髪の少女は、緑衣の青年に果実を勧め、

「この香り、お好みに合えばよいのですが……」と頬を染めている。


別の妃候補は、学問に明るい使節と地図を前に盛り上がっていた。

「この交易路……実は父が整備に関わりまして」

誇らしげに語る声に、相手の青年が目を輝かせる。


自分が仕掛けた場で、それぞれが輝き始める――

その光景が、どこか誇らしくもあった。





高座のアルシオンは杯を手に、静かに場を見渡していた。


妙な仕掛けだ。だが、人の流れはできている。混乱もない。よく考えた。


使節達と笑顔を交わす妃候補たち。

その中で、ひときわ鮮やかな姿が目に留まる。


ルナワの姫――セレナ。

隣の使節へ柔らかく微笑み、言葉を交わせば、相手の表情がほどけていく。


作為のないそれだけで、場の空気が少しずつ変わっていく。


……よく通る声だ。無理も、媚びもない。


指先が杯の縁で止まった。


後宮が動いた理由も……こうして見ると、わからなくもない。


アルシオンは視線を逸らし、隣のラシードへ小さく息を吐く。


「……奇抜だが、悪くはないな」


ラシードが唇の端をゆるめる。


「姫様の企画にしては、上出来でしょうな」


アルシオンは答えず、杯を口に運んだ。

それでも、あの微笑みだけが目の裏に焼きついて離れなかった。



サフィアはアルシオンの傍らで杯を抱え、輪の中を軽やかに渡るセレナを見つめる。


……なるほど。ああやって気を引くのか。


剣しか知らぬ自分にはできない技。戦場の采配のようだと、妙な感心が胸をかすめる。


セレナがわずかに見上げて笑う――波紋のように笑いが広がる。


不思議な人だ……自然と人を引き寄せる……。


だが次の瞬間、アルシオンの視線が一度、セレナへ向いたのを確かに見た。


……やっぱり、殿下の目を引くのか。


感心と苛立ちがないまぜになり、サフィアは指先に力を込め、背筋を伸ばした。


私は私のやり方で守る。

殿下の隣に立つのは、最後には私だけだ。





セレナは人波の切れ目で立ち止まり、扇を胸に当てた。


……さて、私の王子様はどこかしら♡


セレナは各国の若い使節たちを見渡した。


皆、それぞれの国の色が出てるわね。

誰に声を掛けようかな。


砂漠の国の青年は琥珀の瞳を光らせ、陽の熱を含んだ声で挨拶を返す。

北の山岳王国の使節は寡黙ながら、銀飾りの揺れるたびに誠実さがのぞく。

大河上流国の青年は深い緑衣をまとい、湿った香草の香をまとっていた。


どの方も素敵……どうしよう!


頬を染めながら、セレナはまるで恋を探す乙女のように歩を進めた。


先生もこんな気持ちだったのかしら。


舞台の上からその様子を見つめる影に、セレナは気づかない。


賑わいの輪がいくつも広がる中、セレナは杯を手に、ぽつんと佇む妃候補の姿を見つけた。


誰とも話せずにいる?

ずっと一人で杯ばかり見てる。


「まあ、お隣よろしいかしら」


微笑んで声をかけ、果実を勧め、さりげなく彼女の腕を引いて輪へ。

最初はおずおずと、やがて頬にふんわりと笑みが灯った。


よかった……。





広間の片隅で、ナヴァリスは杯を手に静かに場を眺めていた。


……あれは、北の山岳王国の使節か。あの家の娘と並べば、家格も悪くない


視線を巡らせる。


こちらは……緑の沃土の青年と、第二の席の娘。互いに顔色も良いな。


後宮でこんな光景を見る日が来るとはな。


家の娘と異国の若者が肩を並べ、時折、悪くない顔をしてみせる。

――誰と立てば、どの家が和らぐか。


宴は、本来こういう瞬間を拾う場だ。


だが。


視線の先、ひときわ人を集める輪があった。


セレナが誰かの腕をそっと取り、臆した妃候補を自然に会話へと繋いでいく。

褒め、聞き、笑い、背を押す。その仕草が波紋のように場を動かしていた。


……仲介か。まるで婚姻の斡旋人のようだな。


自分が前に出るだけでなく、他者を巻き込み場を整える女。

小さな力を組み合わせ、大きな流れを作ってしまう。


本来なら後宮縮小の口実に過ぎぬはず。

だが、姫様の手にかかれば一つの制度になりかねん。


芽は伸びた――もはや摘む機はない。

制御するか、それとも……。


その頃、人の輪の外れで、リサは誇らしげに目を細める一方、冷たい汗が背を滑った。


セレナ様。こんなに皆のために動かれて……。

ご自分の縁は、どうされるおつもりなのですか。


婚姻の場でありながら、姫は人の縁を結ぶに徹してしまう。


セレナ様……そろそろ、ご自分の未来のために動いてくださいませ。





笑い声が重なり、杯が打ち鳴らされる。


セレナはその様子を見て、思わず口元を緩めた。


その直後、背後からリサの小声。

「ご自身のお相手に……声をかけなくて、よろしいのですか?」


「……!」


し…しまった…!!


楽が下がり、宴は締めへ。


あ……もう、終わってしまう……。


達成感の下に、ぽっかりとした虚しさが残る。

セレナは唇を結び、立ち尽くした。


宴が終わり、広間の余韻が薄れる。

ラシードが殿下へ寄る。

「殿下――ルナワの姫は仲介役に徹しておられましたな。ご自身の出会いは、結局なかったようで」


アルシオンの眉がわずかに動く。

「……」


「面白い姫君でございます。自らは手を伸ばさず、他人を縁へ導く……。

殿下のお傍に置いても、外へ送り出しても――どちらに転んでも波を立てましょう」


答えは返らない。青の瞳にわずかな影が残った。


廊下の陰でその横顔を見つめながら、サフィアは唇を結ぶ。


淡い期待がほどけ、サフィアは拳をそっと握りしめた。





月光が中庭の泉に揺れ、花の影が風に震える。


セレナは石縁に腰を下ろし、深く息を吐いた。

達成感の下で、冷たい空洞がひっそり広がる。


誰とも縁がなく終わってしまった……。


――私何やっているの。


唇を噛む小さな笑いは、自嘲と悔しさの音だった。


泉の影を見つめていたセレナは、気配に顔を上げる。

月明かりに黒衣のアルシオンが立っていた。


「……殿下」


立ち上がろうとする彼女を、片手の仕草で制す。

「構わん。座っていろ」


低い声に胸が跳ねる。殿下は泉を挟んで向かいに立った。


セレナは水面を見つめ、指先をそっと握る。

「……だめでした」


アルシオンの青の瞳が細められる。

「誰にも選ばれないのは……やっぱり、寂しいものですね」


アルシオンは短く息を吐いた。


「おまえのように一人で立てる者を、恐れずに見つめられる者などそうはいない。

 おまえが誰も選ばなかったのではない。おまえを、軽々しく選べる者がいなかっただけだ」


セレナは目を見開く。


「殿下……?」


「見ていた。おまえの仕掛けも、立ち回りも、全て。……誇れ、セレナ」

そう言って、ほんのわずかに視線を逸らした。


セレナは瞬きし、泉越しに彼の表情をそっと探った。


……よく、わからないな。


何も言えず、ただ——クスッと微笑む。

「ありがとうございます」


月光の中、泉はなお静かに揺れていた。


重なった影はほどけても、

その揺れだけは、しばらく消えなかった。

セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)

感想をいただけたら、とても嬉しいです!」

◆お知らせ

今後の新作予告や更新情報は、Twitter(X)でお知らせしています。

→ @serena_narou

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