最終話 月光(中編①)
リサ「えっと…今後の更新やお知らせは、ツイッターでこっそり流しているそうです……! 見てくださるだけでも嬉しいですっ」
セレナ「リサ…私たちのために、そんなことまで……(´;ω;`)」
リサ「せ、セレナ様!?お役に立てて、光栄です…!」
無機質な音の中で、セレナは小さな棘が刺さったような痛みを抱えながら、一礼して部屋を後にした。
長い廊下に出ると、吐息まじりに小さく呟く。
「まあ、あの人は仕事が早いから……何とかしてくれるでしょう」
声は落ち着いていたが、その後に小さく付け足す。
(……たぶん、ね)
セレナは扇を胸に抱いたまま、うつむき加減に歩いていた。
(だけど――一体、誰なのかしら。わざわざ毒を盛るほど、私を憎む人……)
(私、何かしたかしら……?)
思考がその名を探るように巡り、はっと足が止まる。
(……もしかして――)
扇を持つ指先に力がこもった。
そのとき、教育座で文字を学んでいる若い侍女が、柱の陰からおずおずと顔をのぞかせた。
怯えた瞳でセレナを見つめ、両手を胸の前で固く握りしめている。
「……姫様」
声はかすれ、今にも消えてしまいそうだった。
だが、震えながらも一歩を踏み出す。
「わ、私……見てしまったのです」
セレナが足を止める。
侍女は顔を伏せ、必死に言葉を繋いだ。
「姫様のお部屋で……お化粧箱を……あの、サーヒ様のお付きの侍女が……いじっているのを」
小さな声だったが、確かな証言だった。
セレナの胸に冷たい衝撃が走る。
(やっぱり――……)
帯を握る手に力がこもった。
けれど、その表情は凛として揺らがなかった。
怯えに震える肩に、セレナはそっと手を置いた。
「……ありがとう。勇気を出して話してくれて。あなたのことは、必ず守るから」
その声音は静かで、けれど芯のある温かさを帯びていた。
侍女の瞳が大きく揺れ、込み上げる涙がきらりと光る。
「ひ、姫様……」
堰を切ったように声が震え、侍女は深く頭を垂れた。
(サーヒ……同じ正妃候補。あの侍女への暴行を私が訴えたことで、私を恨んでいるのね)
(……私が動いたことは、おそらく同じ王妃派のマリシェから耳に入ったのだわ)
扇を握り直し、衣の裾を翻して急ぎ足で後宮監の執務室へ向かった。
◆
扉を開け放つや否や、机に向かっていたナヴァリスが顔を上げる。
「……後宮監。至急です」
息を整えぬまま、セレナは真っ直ぐに告げた。
「今、侍女のひとりから報告がありました。どうやら……私の化粧箱に触れていた者がいたようです。その子の安全をまず確保してください。
それと――サーヒ様付きの侍女の部屋を、いますぐ確保させてください。不審者が入り込んだ可能性がある、ということで」
ナヴァリスは眉をひそめ、しばし瞳を細めてセレナを見た。
やがて口元に冷ややかな笑みを浮かべ、指先で卓を軽く叩く。
「……承知しました。理由づけも悪くはありませんな。『不審者侵入の恐れ』――それなら表立った波風も立たぬ」
椅子から立ち上がり、執務机の横の鈴を鳴らす。
「すぐに兵を回し、侍女の保護と部屋の確保を行わせましょう。証拠が残っていればよいが……さて、どう出ますか」
その声音はあくまで穏やかだったが、黒い瞳が細まり、研ぎ澄まされた光が潜んでいた。
◆
後宮の一室。
サーヒ付きの侍女の寝所はすでに封鎖され、女官たちが慌ただしく出入りしていた。
敷物をめくり、衣装棚を開け放つ手が続き――やがて、小机の奥から小瓶が見つかった。
「……ありました!」
声を上げた女官が差し出したのは、手のひらに収まる彩陶の小瓶だった。
淡い釉薬に異国風の模様が描かれ、蓋には細かな意匠が施されている。
表面には見覚えのある印章が刻まれていた。
ナヴァリスは受け取り、黒い瞳を細める。
瓶の底に押された刻印を見て、眉を寄せた。
「……これは、倉の印だ。正式に後宮に通された品ということになる」
居並ぶ女官たちに低く告げると、室内にざわめきが走った。
単なる私物ではない。
制度を通じて後宮に納められた“正規の品”が、そのまま毒だったのだ。
「つまり、誰かが仕入れの段階でこれを通した……」
ナヴァリスは小瓶を掌で転がしながら、セレナの方に視線を送る。
「……これは私の責だな。後宮に入るものすべてを、女官長の許可なくしては通さぬ決まり。そこを突かれたか……」
燭台の光を受けた小瓶は、不気味なまでに鈍い輝きを放っていた。
セレナはその揺らめきを見つめ、胸の奥で苦い思いを沈める。
(やっぱり二人に恨まれていたのね……まったく、そもそも自分たちが悪いのに……)
けれど、すぐに瞳を上げた。
「……後宮監。女官長を問い詰める前に、帳簿の確認をされた方がよろしいのでは?」
声は静かだったが、理性の冷ややかさが場の空気を締めた。
ナヴァリスは手にした小瓶を見やり、わずかに目を細める。
「……なるほど。証拠を突きつける前に、仕入れと許可の記録を洗うか」
その口調は落ち着いていたが、黒い瞳が鋭く光った。
セレナは静かに息を整え、ナヴァリスへ向き直る。
「……私も一緒に行ってもよろしいでしょうか? 一応、この件の当事者ですから」
扇を胸に抱いたまま告げる声音に揺らぎはない。
ナヴァリスは目を細め、書板を持つ手をわずかに止めた。
「……姫様を巻き込むのは危ういのですが」
ためらいを帯びた声色が一瞬落ちる。
しかし視線をセレナに注ぎ、その表情を確かめた後、やがて小さく頷いた。
「承知しました。当事者であればこそ、確かに帳簿を目にされる意義もありましょう。ただし――くれぐれもお静かに」
◆
帳簿室は厚い石壁に囲まれ、昼でも灯火が欠かせぬ薄暗さだった。
棚に並ぶ木簡と羊皮紙からは、墨と蝋の匂いが漂っている。
ナヴァリスは机に帳簿を広げ、端正な筆跡の出納の列を指で追った。
「……ここが香料や薬草を取り扱う欄です」
セレナは息を潜め、隣から覗き込む。
細かな文字が整然と並ぶ中に、不自然な記載が目に留まった。
「――ありました。三日前、『香料小瓶』一点。用途は『化粧具納入』。許可印は……」
ナヴァリスの声が低く沈む。
「……マリシェ女官長」
指先で刻まれた印の影をなぞり、ナヴァリスの表情がかすかに曇った。
セレナの胸に、言葉にならないざわめきが広がる。
帳簿の羊皮紙はざらりとした手触りで、蝋燭の炎を受けて淡く輝いていた。
ナヴァリスの指が列を追うたび、刻印の凹みが不思議なほど均一に並んでいるのが目につく。
「……ここも、ここも」
香料、織物、器、果実――どの項目も修正の跡はない。
ただ、押された刻印の深さがどれも似通っているせいか、帳簿全体が“整いすぎて”見えた。
「妙なものだな。几帳面……いや、女官長の癖だろうか」
ナヴァリスは眉を寄せたものの、次の瞬間には軽く息を吐き、視線を別の行に滑らせる。
「……いや、今は追及すべきではありませんな。問題はこの香料小瓶だ」
羊皮紙に刻まれた「香料小瓶 一点」の文字を指で押さえ、眉間を寄せる。
「三日前に搬入。マリシェ女官長の許可印。――これが、件の毒壺と符合します」
セレナは胸の奥に小さな重みを抱きながら、帳簿を見つめていた。
ナヴァリスは帳簿をぱたりと閉じ、机に置かれた封蝋の印影をじっと見つめた。
「……やはり、女官長を呼ばねばなりますまい」
低く抑えた声は、石壁に反響してひどく重たく響いた。
「搬入記録がある以上、彼女の承認なしには成り立ちません。説明を求めるのは当然でしょう」
ナヴァリスの視線がセレナへ向けられる。
その光は慎重さだけを帯びていた。
「姫様。ここから先は、後宮の規律と権限に関わる場です。女官長を呼び出すのは、私の役目として執り行いますが――」
ナヴァリスは言葉を切り、深く一礼する。
「――ここから先は、私が取り仕切ります。姫様にはご安心いただき、居室にお戻りください。女官長への呼び出しも、説明も、すべて私の責務にて進めます」
その声音は冷ややかに整っており、反論を許さぬ重みを帯びていた。
「どうか…この後の動きは私にお任せを」
帳簿が閉じられた余韻が、静かに部屋を満たす。
セレナは扇を胸に抱き、深く息を整えた。
「……わかりました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
その声音には、ナヴァリスの采配を信じて託す決意がにじんでいた。
ナヴァリスは小さく頷き、
「承りました。姫様のお心はしかと受け止めました。……どうかご安心を」
その言葉が石壁に反響し、場に重さを残した。
セレナは扇を胸に抱いたまま、静かな回廊を歩いていた。
(さてさて。ナヴァリスのことだから、うまく女官長に白状させてしまうでしょうね……)
ぼんやり考えに沈んだそのとき――
「姫様!」
甲高く震える声が石壁に響いた。
振り返ると、若い侍女が顔を涙に濡らし、裾を握りしめて駆け寄ってくる。
「サーヒ様が……!告発した侍女をあぶり出すために……い、今まさに鞭打ちを!」
セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)
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