16
無能で怠惰な代官が去ってから半月。
久々に文句を言う者もなくゆったりと過ごしていたら、騎士団が訪問してきた。
「アティアンデス男爵家は、領地の統治能力無しとして、本日をもってその爵位を剥奪する。これまでの借財の返還のため、私財も没収とし、この家から何一つ持ち出すことは許可出来ない」
何事かと家族揃って玄関に集まれば、何やら訳の分からないことを宣う騎士に、
「何を言っている?前の代官が無能だから次の代官を寄越すと言う話ではないのか?それに借財などと!誰かに金を借りた覚えなど無いぞ!」
と至極真っ当な事を聞いても、
「この男爵家が自由に使えるのは本当に最低限の生活費だけだろう?使用人を雇う余裕もない以上、専門知識の必要な代官など雇えるはずもない。領地経営を教えるために派遣された代官の給料は当然この家が支払うべきものだ。それをこれまで一切支払っていないのだから、それは借金となるのは当然だろう?だからこそ派遣された代官から領地経営を学び課題をこなし1日でも早くこの領地を運営し、支払いを済ませねばならなかったのに、何を勘違いしているのか、派遣された代官を無能呼ばわりして別の者を寄越せなどと、よくも言えたものだ。ま、そのせいで能力無しとして領地も爵位も没収されるのだがな。こんな無能がいい加減に統治するよりは、国の代官に統治される方が領民も幸せだろうがな!」
嘲笑うように見下されカッと頭に血が上るが、相手は屈強な騎士だ、敵うわけもなく、強制的に屋敷を出された。
本当に着の身着のまま何も持たされずに出され、何故か私だけが別の場所に連れていかれ、複数の魔法を掛けられた。
「なんだ?何の魔法を掛けた?!」
「断種の魔法ですよ」
「だ、断種?!」
「当然でしょう?貴方はこれまでは一応貴族ではありましたが、本日からは平民となるのです。ただの平民が王家の種を保持し続けるなど許されない」
「んな?!私が平民などと!そんなの認めない!」
「認めるも何も、貴方は既に平民ですよ」
「私は!この国の、王太子だったのだぞ!そんな横暴が許される訳がない!叔父上に会わせろ!」
「平民が国王陛下に会える訳ないでしょう?馬鹿なんですか?ああ、馬鹿だからまともに領地経営も学ばずに平民になったのか。もう終わったんで出ていってくれます?貴方と違って忙しいので」
「無礼だろう!」
「あ~、はいはい。騎士さんたち~、終わったんでこの人連れ出してくださ~い」
無礼千万な魔法使いの言葉に、反論しようとしたのに、部屋に入ってきた騎士達が力ずくで私の両腕を抑え、部屋から連れ出され、さらに粗末な馬車に乗せられ何を言っても無言のまま暫くして下ろされたのは、粗末な小屋。
「前国王陛下の温情で、この家とわずかばかりの金が支払われた。これが前国王陛下からの手紙だ。平民になったお前達が、今後問題を起こせば、問答無用で犯罪奴隷に落ちる。その事を重々肝に命じて、大人しくしてろよ!」
居丈高に命令して扉を乱暴に閉める騎士。
呆然と見送っていると、背中を叩かれ、
「ちょっと!どう言う事ですの?!何故わたくし達は屋敷を追い出されこんな小屋に押し込められましたの?!」
キンキンと耳障りな声で問い掛けてくる妻にうんざりする。
捕まれた腕を乱暴に振り払えば、大袈裟に転んで、みるみる目を潤ませ、更なる金切り声をあげるかと思われた時に、ボソッと低い声で、
「もう何もかもお終いよ。アティアンデス家は断絶。わたくし達に残されたのはこの粗末な小屋と、1日1食で最低限の食事としても半年も続けられない程度のはした金だけ。あとは平民として働くか、死ぬのを待つだけね」
義祖母の何の感情も窺えない重々しい声に、
「は、はあ?何故そんなことになったのですか?!最低でも男爵位はあった筈でしょう?!」
妻とよく似た金切り声で問う義母。
「そこに居る婿と孫が、自分の立場も理解出来ずに、息子や国から派遣された代官から何も学ぼうとしなかったからよ。まあ、その前に、王命だった婚約を勝手に破棄して妹に乗り換えたり、妖精に戦争を仕掛けたりと馬鹿の連続だったけれど」
「そ、それは、でも、だからって…………急に爵位を取り上げるなんて横暴じゃない」
「横暴でもなんでもないわ。元々温情とは名ばかりの時間稼ぎの措置だったのだから。こうなるだろう事は、国王陛下は予想されてたのでしょうね。ま、予想外に呆気なく没落したのでしょうけど」
「聞き捨てならんな?予想されてたとはどう言う意味だ?」
「理解出来ないでしょうね。ここ何代か続けて国王は宰相や大臣達の傀儡だった。賢い王族は悉く他家や他国に売り飛ばすように王家から出され、自分達が操りやすい傀儡に出来る者だけを国王として立ててきた。先々代国王陛下はそれを憂いてご自分の能力を隠し、密かに仲間を集め宰相を筆頭にした一派を排除しようとしていた。そんな仲間だった夫が居る我が公爵家に婚約の打診をした。息子の代では叶わなかった事が孫の代では叶う筈だった。わたくしは息子の教育に必死になったわ。何れ王家に嫁ぐ孫が恥ずかしくないよう立派な公爵になるようにと。それなのに息子の選んだ嫁は子爵家の娘で、ろくにマナーもなっていなくて、そんな嫁が生んだ娘を王家に送り出す事なんて出来ないと思った。だからこそ婚約者時代から厳しく躾けたわ!それなのに!婚姻した途端にわたくし達を領地に追いやって!長女の教育には一切関わらせなかった!伝を辿って聞いた噂では、長女の王太子妃教育は順調だと言われていたのに!本当に!貴女達が何もかもをぶち壊しにしたのよ!貴女達のせいで歴史あるアティアンデス家は滅んでしまった!」
うわああああ、と泣き叫ぶ義祖母。そんな義祖母を前に呆然としている義母。
何を言われているのか理解出来ていない嫁。
ここまで言われてやっと理解した。
「……………そうか。私が起こした騒動で、計らずもお祖父様の望みは叶ったのか。ハハハ、叔父上が国王になることも織り込み済みだったのだな?!だからこそあんなにも国王の交代劇がスムーズに進んだのだな?!ハハハ、私は道化か?!ハハハ、ハハハハハ」
「それは違うでしょう!貴方がまともで誠実な王子であれば!ヒュージムジェルカと順調に婚姻を成していたなら!アティアンデス家が後ろ楯となり王姉様や王弟様のご協力も得られて、この国でのさばっていた不逞の輩を追い出し!王家を中心として正常な国の在り方に戻せたものを!貴方達が愚かなばかりに、アティアンデスは破滅し、苦肉の策で王弟様が王位に就かれたのよ!それでもまだ可能性はあったのに!男爵に降爵したのも!邪魔な宰相一派を追い詰める事を優先して、我が家に構っている余裕もなかったのでしょうよ!息子は仕事だけは出来たから、もう少し猶予があると計算もしていたのでしょうね!貴方達が反省して領地経営を学び、少しずつでも公爵家の評判が持ち直しさえすれば!新国王即位の温情として男爵家だったとしてもアティアンデス家の存続も検討されたでしょうに!それなのに!貴方達は何も学ばなかった!国から派遣された代官を無能だなどと罵り追い出した!もう、何もかも終わりよ!」
義祖母が泣きわめく声を聞きながら、ただただ呆然とする。
義祖母の言葉は本当なのだろう。私は断種の魔法まで掛けられ、今後の生活も儘ならない所まで落ちてしまった。
「わたくし、実家に帰りますわ!」
義母の宣言にぼんやりと顔を見れば、
「お母様!わたくしも連れていって!」
妻も賛同している。
「フフ、アハハッ!今更戻れると思ってるなんて、本当にお目出度い頭なのね?離縁されてすぐならまだしも、こんな醜聞まみれで平民に落とされた後の娘なんて、受け入れられる訳ないのに、そんなことも分からないなんて、とんだ嫁だったわ!貴女を選んだ息子共々ろくなもんじゃないわ!アハハハハ!そんな息子を育てたのはわたくしだったわ!アハハ、アハハハハハ………………」
頭がおかしくなったように笑い続ける義祖母を、怯えた目で見る妻。
ここまで落ちて、やっと自分の立場を理解した遅すぎる自分に、絶望するしかない。