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いつもいつも誤字報告をありがとうございます!


 暇な私は、新聞を隅から隅まで読むことが日課になった。

 元公爵である以上、今更平民に交じって仕事も出来ぬし、平民に使われるなど以ての外。

 なので暇に明かせて新聞や大衆紙を買い日がな一日読み耽っている。

 新聞には私が出てきた後の公爵家の顛末が大々的に書かれており、私が公爵家を出たその日に、城から派遣された騎士によって、屋敷に残っていた者達が強制退去させられたと書かれていた。

 その際に騎士達を口汚く罵り暴れ、泣き喚き酷い醜態をさらした、これが公爵家の成れの果てか?!などと面白おかしく書かれており、追い出された長女の過去にまで言及され、自業自得の破滅だとも書かれていた。

 暴れたり抵抗したりせず、粛々と現実を受け止め、辛うじて与えられた領地に向かっていれば、自らの暮らしが恙無く送れるようになるまでの日用品や衣服、少額ではあるものの金銭は残っただろうに、見るも醜く抵抗の限りを尽くしたので、移動用の馬車ではなく、檻の付いた護送用の馬車に乗せられ着の身着のまま領地に送り届けられ放り出されたとのこと。

 新聞には淡々と事実だけが書かれているようだが、大衆紙に至っては、憶測や創作ではないかと思われる記事が様々のっていて、読者の興味を煽るためか内容もどんどんと過激になっていった。


 ある大衆紙には、長女の家庭教師だった貴族夫人の言葉として、


『ええ、わたくしは嫌がったのですが公爵家の夫人のご命令では逆らえませんでしょう?…………』


 と長女の授業の度に何度鞭打ったか、どの様に罵ったか、その場面を見る公爵夫人の顔がどれだけ愉快そうだったか等々赤裸々に語られ、その記事の締めは、いくら命令だからと幼子を鞭打つ貴族夫人とはいかがなものか、とまとめられ、嘗ての長女の家庭教師だった者達にまでも世間の冷ややかな目が向けられるようになった、と別の大衆紙に書かれていた。

 中には評判が悪くなりすぎて離縁された夫人や、修道院に入れられた夫人まで出たそうだ。

 唯一悪評から逃れられたのは、体術や剣術を担当した家庭教師で、今は騎士団に所属している騎士で、長女が冒険者として身を立てられるようになったのは、その騎士のお陰だろうと書かれていた。

 騎士は取材一切を受けようとせず、長女の事も一切語らなかった事から、逆に評価されているのだとか。


 勿論私の事も面白おかしく書きたかったのだろうが、実際に何度も取材の申し込みは来たが、語れるほどに誰の事も知らない事実に思い当たり愕然とし、別の方面から取材したらしき記事は、ただただ愚直に仕事に励み、家族を省みなかった男として書かれていた。

 母の傲慢にも、妻の残酷さにも、次女の醜態にも一切気づかず足を引っ張られ家を破滅させた間抜けな男として書かれていた。

 事細かに母の傲慢さを書かれている記事、妻の残酷な仕打ちが書かれている記事、次女の醜態の内容まで、目を通すだけで苦痛を感じるような記事ばかりだが、その行き着く先が全て長女だった事実に、絶望するしかない。

 その一切を知らなかった自分の不甲斐なさにも絶望するしかない。

 最後にギルドで会った時の、蔑むような他人を見るような温度の無い目を思い出しては、自分がいかに家族を蔑ろにしてきたかを思い知らされる。

 男は仕事をして家を維持し、家族を養う事が何よりも優先される事と思い込み、娘を撫でた事一つ、抱き上げた事一つ無い事を思い出す。

 平民と比べるものではないとは思うが、平民街で平民の暮らしを間近で見る機会が増えて、親子の在り方を考えさせられる事が増えた。

 長女よりは妻と常に行動を共にしていた次女の事は数回撫でたり抱きついて来るのを受け止めた事は記憶にあるが、長女とはろくに食事を共にしたこともなかった事実も思い出す。

 そうか、長女の言っていたように、私は家族に興味が無かったのか、生活費を稼ぎ存在を知っているだけでは家族とは言えないのか、と本当に今更になって自覚した。

 家も爵位も、家族も友人も、金も名誉も何もかもを失って、今の私に残ったのは、少しの金と草臥れて周囲からの評判に怯えるだけの使用人数名だけ。

 全てが閉ざされた今になって、長女の言葉を理解するなんて、大衆紙に書かれていた通り、何とも間抜けな男だったもんだ。


「ははっ、ははは、はは………」


 狭いリビングに虚しいだけの笑い声が響く。それでも笑うことしか出来ない無能で無力な私には、もう為す術が無い。



 ◆


 本当なら今頃は、選びぬかれた贅を凝らした調度品に囲まれ、何不自由無く手間隙を惜しまず見目よく盛り付けられた最高級の食事に舌鼓を打ちながら優雅に品よく、語らいながら食事をしていた筈なんだ。

 着る服も最高級のシルクで肌触りがよく、ボタン一つ取っても色蝶貝の美しい部分だけを研磨して作られた複雑だが美しいボタンを贅沢に使い、鞣し革の敢えて艶消しされたベストを着て、トラウザーズにも厚手の絹を使い、色落ちせぬように何度も何度も染め直された艶のある布を使った物が当然のように用意されていたんだ。

 私が着用するものは漏れなく最高級のシルクである筈だし、仕事と言っても雑用は全て私付きの従者や分官が整え、私はサインするだけで良かった筈なんだ。

 それに比べて今は、元々着ていた服を売って新たに買った服は、ガサガサゴワゴワとして肌触りがすこぶる悪く、長時間着ているだけで痒くなったり擦れて痛くなったりする粗悪品で、それなのに毎日着替えられる程の枚数もないせいで、3日に一度しか着替えられない。

 食事は露店で買った粗悪品で、味も悪く固く筋張っていて食えたものじゃないし、風呂に入ろうと思えば自ら井戸で水を汲まなければ入れないという。

 使用人は居らず、毎日毎日ヒステリーを起こす義母と義祖母が怒鳴りあいながら掃除の真似事をしているようだが、一向に片付いた様子も綺麗になった様子も見られない。

 本当なら今頃は、側近と共にシガーやワインを嗜みながら高尚な話題で話し込んだり、乗馬したりパーティーに参加したり、他国の要人をもてなしたりと忙しくも充実した日々を送っている筈だったんだ。

 今のように国から派遣された代官風情に見下されながら領地経営を学んだり、こんな狭い領地を視察したり、ましてや領民の言葉を直接聞くなど、私のするべき事ではない。


「はぁ?何時まで王子気取りですか?貴方は既に王族籍から出された、男爵家の当主なんですよ?しかもこの一年で領地経営を覚えないと、そのなけなしの男爵位も失うんですけど、それ、理解してます?」


「うるさい!何度も聞いたと言ってるだろう!」


「こっちだってもう何度も何度も飽きる程同じ事を説明してるんですけど?こちらの出す課題がこなせないなら領地も爵位も没収するって言ってるんですけど?一向に課題に答えられないしそもそも答える気が無いんですかね?ならこれ以上は時間の無駄なんで、俺、帰って良いですかね?」


「いい訳無いだろう!そんなものはお前がやれと言ってるのがなぜ分からない?!お前の方が無能なのだろう!」


「だ~か~ら~!俺はただの派遣された代官だって、何回も言ってますよね!派遣の代官ってのは期限が来たらその職を辞して城へ帰り報告するのが仕事なんです!貴方の代わりに領地経営するのが仕事じゃないんですよ!貴方があまりに仕事が出来ないから!仕方無く!仕方無く!教えてやってるのに!一向に学ぼうともせず、何もかもに文句しか言わないなんて、あー!優しい優しい俺でももう無理!課題は取り組む気無しと判断して提出しますんで!」


 頑固で分からず屋の代官が癇癪を起こして去っていった。

 これまで私にあの様な態度を取る者は居なかったため、呆然と見送ってしまったが、つまり職務放棄したと言うことだろう。

 こんなショボい領地にはあの様に怠慢な代官しか派遣されないと言うのは、この国は人材不足なのだろうか?せめて話の通じる責任感のある者を寄越してくれるよう叔父上に手紙でも書くべきだろうか?

パパさんはとても不器用で鈍感な人なだけで、悪意はありません。が、鈍感過ぎて色々と気付く事も出来ずに崩壊させてしまった事実に、絶望するしかない無力な人でもあります。実に残念。

ま、情緒とか愛情とかを上手に教育出来なかった両親のせいでもあるんですけどね。

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― 新着の感想 ―
パッパ高位貴族の才能はないけど、下位貴族籍の文官とかなら身の丈に合った幸せ得られたんだろうなぁ。 ところで男爵屋敷、水汲むだけで風呂問題なく入れるとか湯船につかる形式だとしたら奮発してるな。 生活用…
比較的マシそうに見えた大旦那(ヒロイン祖父)も、ヒロイン父に対しては、毒親だったという事ですね。 配偶者としても、妻の事が何も見えていなかった不足ぶり。 ある意味で、良く似た親子と言えましょうか。
パッパは当主にならずに済めばまだマシだったのにね。 なったらなったで側近や知人にも恵まれなかったのか、耳に痛い事は無意識で聞き逃す質だったのか。後者っぽい?
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