1
毎日一話投稿、全19話のお話です。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです!
よろしくお願いいたします!
「すまない。私達は愛し合っているんだ!この気持ちを抑えることは最早無理な事。君との婚約は破棄させてもらう!」
すまなそうな顔はするものの、ハッキリと言えたことが嬉しいのか、笑みを噛み殺しきれていない顔で言う王太子殿下。
その顔を見た瞬間に、元々無かった好感度が、下限突破した。
続けて、
「お姉様、っっ、ごめんなさい!わたくし、お姉様の婚約者をっ、あ、あ、愛してしまったの!お姉様、本当にごめんなさい!」
大粒の涙をポロポロとこぼしながら悲壮感たっぷりにわたくしに謝罪するのはわたくしの血の繋がった妹。
フワフワの金髪に夏の空をそのまま写したような鮮やかな青い瞳の童顔で、年齢よりも幼く見える可愛らしい顔が、歪む事無くそれは美しく悲しみの表情だけ称えてる。
どれだけ練習したら鼻水も出さずにあんなに綺麗に泣けるのだろう?
そんな事ばかり考えてしまう可愛気のないわたくしだから、今まさに婚約者に捨てられようとしているのだろう。
綺麗な顔で泣く妹の肩を抱き、ピッタリと隙間無く身を寄せあっているのが、生まれた時から決まっていたわたくしの婚約者だなんて笑える。
◆◇◆◇
公爵家のわたくしと婚約者である王太子殿下との婚約は、王太子殿下がお生まれになった一年後にわたくしが生まれたと同時に結ばれたもの。
先王陛下の王命で。
よくある話で、娯楽小説なんかにもとてもありがちなんだけど、公爵家に生まれた2人の娘の内、姉は先代の公爵夫人に似た黒髪赤目の気の強そうな見た目で生まれ、一年後に妹は母親譲りの金髪青目の愛らしい顔立ちで生まれた。
学生時代の恋愛の末、子爵家から嫁いできた母親は、教養もマナーも全く足りずに、先代の公爵夫人にそれはそれは厳しく躾けられ、今では立派な公爵夫人となれたものの、あまりに厳しかった教育の恨みを義母へ向ける事も出来ず、母親の腹の中で沸々と煮え滾っていた。
公爵夫人教育もやっと終わり、結婚式も盛大に執り行われ、先代公爵が爵位を息子に譲って領地に帰ったと同時に懐妊した母親。
そして生まれたのは、先代公爵夫人と全く同じ髪色と目の色の娘。
母親は生まれたばかりの娘を一目見て、悲鳴をあげて放り出そうとして数人のメイドと侍女に抑えられ、以後乳母に預けたきりろくに顔も見に行かなかった。
翌年生まれた妹は、母親と全く同じ髪色と目の色をしており、母親は前年生んだ長女の存在など無かったかのように次女を溺愛し、片時も側から離そうとしなかった。
公爵家の夫人自ら明確に差別されて育てられた姉妹は、やがて使用人達からも差別されるようになり、それでもギリギリ放置されなかったのは、長女には生まれると同時に決められた婚約者が居たため。
その相手が王位継承権一位の王子ともなれば、邪険に扱うことも出来ず、最低限の衣食住と、必要以上に厳しい教育が施された。
義母から受けた仕打ちを長女で晴らそうかとするように、公爵夫人は国内でも厳しい事で有名な教師だけを集め、まだ幼い長女に宛てがい、寝る時間以外は全て教育の時間とし、食事時でさえマナー教師と一対一で取らせ、休憩の時間さえ一切与えなかった。
6歳も過ぎれば、厳しすぎる教育の賜物か、長女は薄く微笑む以外の表情を一切表す事はなくなり、淑女として完成され、初顔合わせで長女を見た王妃には褒められたものの、第一王子には怯えられた。
それでも先王の王命でなされた婚約のため、二人は交流の場を設けられ、月に一度は欠かさず会っていたが、これと言った会話は無く、ただ無為に時間を過ごした。
あまりに会話もなく居心地悪そうな第一王子を見て、王子の侍従が気を利かせ、場所を変えてはどうかと提案し、婚約して何年か過ぎて初めて、お茶会を行うため王子は公爵家に訪問する事が決定された。
普段は仕事を言い訳に家庭をかえりみない父親も、義母にそっくりだからと八つ当りしている母親も、王子が来るとなれば放置も出来ず、屋敷内を整え、来訪を歓迎する為に身支度も整え、準備万端整えて出迎えた。
長女はいつもの如く感情の見えない薄笑いで出迎え、父親と母親が何かと話を盛り上げようと様々な話題を提供したが、高等教育を受けているとは言え、王子もまだ11歳。大人の話題等盛り上がる訳もなく、やはりいつもの如く場には沈黙が落ちる。
そんな時、庭の方から、
「キャハハハハハ!」
と楽しげな笑い声が聞こえ、気になった王子は窓辺により、自分よりも幼い子供が心底楽しそうに蝶を追いかける場面を見た。
「あれは?」
と王子が次女の存在に気づいた瞬間から、長女と王子の関係は更に離れていった。
公爵家で開かれる茶会には、必ず次女も参加するようになり、長女の存在を無視して王子は次女を可愛がり、二人はどんどん親しくなり。
公爵夫人は、目に入れても痛くない程溺愛している次女が、王子に見初められた事を喜び、何かと次女と王子を二人きりにしようと画策し、長女には更に過酷な教育が課された。
王子付の侍従だけは公爵家のあり方に疑問を持ち、王妃や国王に王子の現状を報告していたが、王妃も国王もまだ幼い子供の事と、あまり気に止めていなかった。
12歳。国内の貴族の義務でもある学園に王子が入学し、屋敷に王子が来ないことに不満を持った次女が度々癇癪を起こすものの、母親を筆頭に使用人達一同に甘やかされて、我が儘に傲慢に育った次女。
長女はただただ静かに厳しすぎる教育を受けるだけの日々を過ごし、一年後、学園に入学。
王子は沢山の女子生徒に群がられ、挨拶したきりその後の接触は皆無なまま、更に一年後。
次女が学園に入学。
数多居る女生徒を、公爵家と言う家柄を振りかざし、数々の令嬢を追い落とし蹴散らし、追い込んで、当然のような顔で王子の隣を死守する次女。
ただしその悪辣な手口は全て長女の仕業のように吹聴して。
長女の悪名は学園中に広まり、誰も近寄らなくなり、そんな中での王城でのお茶会。
婚約者同士のお茶会に、最初から当然のように同席していた次女。
そして冒頭のセリフ。
◆◇◆
ヒシッと抱き合う二人を前に、常と変わらぬ薄笑いのまま、何の抑揚もなく平坦な声で、
「それは、国王陛下や父も承知の事でしょうか?」
と聞けば、
「あ、ああ。同じ公爵家の令嬢であれば、王命に背いたことにはならぬ、と了承を頂いた。君には悪いが、それなりの誠意として幾ばくかの謝罪金を支払わせて貰う。どうか私達を祝福して貰えないだろうか?」
「お姉様、お願いよ!わたくし達を引き離すような事は止めて!どんなにお姉様が頑張ったって、わたくし達の愛は揺らいだりしないのよ!」
一応の罪悪感的なものは感じているらしい王子と、自分が悪いと泣きながら私を責める妹。
その矛盾に気付いてもいない王子にはため息の1つも吐きかけてやりたくなる。
まあ、文字通り体に叩き込まれた淑女教育のせいで、そんな無作法な事は出来ないんだけど。
「婚約の破棄、承知いたしました。では御前失礼いたします」
完璧なカーテシーで挨拶して、さっさとその場を去る。
後ろからははしゃいだ声が聞こえるけど、振り向いたりはしない。
家に帰れば、執事から書類を渡され、ざっと目を通しサインをすると、王子が言ってたように幾ばくかの謝罪金とやらが渡される。
金額を確認して最後の書類にサインをすると、ノックもなく現れた母親が、謝罪金の入った袋を一瞥した後に、
「今回の事で傷物になった貴女は、その内お父様が傷物でも貰ってくれる相手を見付けてくれるだろうから、それまでは領地に行きなさい」
と吐き捨てるように告げた後、こちらの返事も待たずに部屋を出ていき、代わりに数人のメイドが入ってきて、速やかに荷物がまとめられ、翌朝には領地に向けて追い出された。
別作品❮ちったい 10巻❯の発売日に合わせて投稿しようとして間に合わなかった作品です。
今月10日にもまた別作品❮お貴族様には分かるまい❯が発売されるので、そちらもよろしくしてくれると嬉しいです。