第四話 ザ・シャイニング
二日目の配達を終えたあと、厨房の隅で帳簿をまとめていたソリーニに声をかけた。
「少し、いいか」
ソリーニが顔を上げる。
「今はまだ試験的にやってるけど、今後も続けるなら配達料を設定しようと思ってる。料理とは別に、運ぶ手間賃を客に請求して、って形で」
「ふん。それで?」
「その配達料は、俺がもらう。料理代はそっちに入るわけだし、分け方としては妥当だと思う」
ソリーニはしばらく考えてから、軽くうなずいた。
「それで構わん。ただし――」
「冷めてた」「遅かった」「こぼれてた」……そういう文句が出たら、お前が対処しろ。うちに言い訳しに来られても困る」
「了解」
わずか数往復の会話だったが、これでようやく“形”になった気がした。
配達料として500G。現代のレートで言えばおよそ500円。高すぎず、安すぎず。
俺がこの異世界で“食っていくためのライン”としては悪くない。
ただ、そうなると見えてくるのが次の問題だった。
配達に必要な魔道具言石。配布用に10組用意していたが、初日のチラシ配布時にすでにすべて配り終えていた。
今後、注文を増やしていくには、さらなる仕入れが必要になる。
……しかたない。ここは、頼れるところに頼るしかない。
「なあ、ソリーニ」
「ん?」
「今後もっと配達の注文、増やしたいと思ってるんだけど」
「ああ、俺のほうもまだ余裕がある」
「ほ~う。それは何より。──でもな、実はこれ以上は物理的に増やせないんだよ。言石が足りない」
「ああ……そうだったな」
顎に手を当てて考え込んでいたソリーニが、ぽつりと言った。
「じゃあ、半分出してやるよ。言石の代金」
「おっ、マジか。……いやでも嬉しいけど、俺、今、手持ちゼロなんだが」
「なら全部貸してやる。ちゃんと稼いで返せよ」
「……貸してくれるのか」
「ああ。お前がちゃんと運んで、客が喜んで、うちの飯も売れるなら、俺も“得”するからな」
こうして、俺はソリーニから“借入”という形で資金を得て、《言石》100組を仕入れることができた。
魔道具屋には“まとめ買い”を条件に、1組3000Gのところを2000Gに値下げ交渉。
結果、借金は合計100,000G。
まぁ、大丈夫。これくらいの“投資”なら、すぐに回収できる。
……そう、この時は、本気でそう思っていた。
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言石を仕入れて配るまで、俺の脳内は
“言石配布→注文入りまくる→がっぽり大儲け”
・・・という想定だった。
だが、抜けていた。
くそ重いバッグを背負って“足”で配達する物理的現象を。
来る日も来る日もアホみたいに鳴る注文、休まる暇などない。
暑い日も、雨の日も、風の日も、そんなこと顧客からしたら関係ない。
それどころか天候が悪い時ほど注文は多く、容赦のないオーダーが俺をいたぶる。
そういやそうだった、俺が現世でフードデリバリーしてた時も、雨の日はよくスマホが鳴っていたっけ。
でもあの世界ではバイクがあったからな、体一つの配達はこうもきついのか。
俺は後悔していた、こんなクソブラックな仕事を自分で作り上げたことに。
そして100,000Gの借金に。
また途方もない一日が終わり、泥のように重い体を引きずりながら帰路についたころ、俺の中で何かが壊れた。
──次の日。
俺の部屋のドアを激しく叩く音がする。
「おい、ウエムラ、てめえこのドア開けろやこら。もうすでに店営業してんだぞ!」
そう、俺は折れていた。心がポッキリと逝っていた。
自分で立ち上げた仕事を“セルフブッチ”。
フフ、誰も予想できないアクシデンツ。
「てめえいるんだろ! いい加減にしねえとこのドアぶち破るぞ!」
っち、うるせーじじいだ。
しかたない、ドア越しに現状を伝えてやるか。
「申しわけない、ソリーニ。今日は筋肉的に無理なんです。」
「は? 筋肉的だと?」
「はい、バッキバキの筋肉痛で、動けないんです。というわけなんで、今日は休みま──」
そう言い終わる前に、ドガッ! っと轟音とともにドアの一部が破れ、ソリーニの手が生えてきた。
「ひ、ひぃ~」ジャック・〇コルソン怖い~~
「てめえ仕事なめんのも大概にしろよ、あと5秒以内に出てこないとドアぶち破る!」
「わ、分かりました、いますぐあけますぅぅ」
そしてドアを開けた瞬間、ソリーニの凶悪な拳が俺の顔面をとらえた。
「ぶべら」
吹き出す鮮血、漏れ出すう〇こ。
その後、俺はソリーニにしこたまどつき回され、店に連行されたのだった。
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