第三話 異世界フードデリバリー、始めました
「カクヨム」で同時連載中!
腹は減ったまま。でも、今日は少し違う。
ただ空腹を嘆くだけじゃなく、俺には“画期的なアイデア”がある。
俺は昨日門前払いを食らった飯屋へ、ふたたび足を運んだ。
扉を開けると中から出てきたのは、昨日と同じ強面の店主。
俺を見るなり、眉をひそめた。
「……またお前か」
「料理の配達、やらせてください」
「は?」
「このバッグで、料理を家まで届けます。あんたの店の料理を、あんたの代わりに運ぶ仕事です」
店主は腕を組んだまま、ジッと俺を見ていた。
「……運ぶだけって、お前。誰がそれを頼むんだ?」
「だから、まずはそれを“知ってもらう”ところからです。店の料理が家でも食える──それが分かれば、注文する人も必ず出てきます」
「ふん。それで?」
「宣伝用に、紙とペンを借りたいです。裏が白い紙とか、使いかけのやつでいいんで」
しばし沈黙。
「……そこに、使ってねぇ紙がある。勝手にやれ。汚すなよ」
俺は店の隅に置かれた机に座り、ボロボロの紙束と羽ペンを手に取った。
あとはチラシ作って配るだけや!
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さて、手書きのチラシが十数枚できた。
ただチラシを作って配るだけじゃ、このデリバリーは成立しない。
注文をどう受けるか、答えは”伝書鳩”だ。
「なんて最高のアイデア、俺やっぱり天才やな」
ぐふふ、ニヤニヤが止まらない。
昼前、通りに出て、声を張る。
「ソリーニ亭の料理、家まで運びますー! チラシどうぞー!」
……誰も止まらない。
目をそらして通り過ぎるやつ。受け取ってすぐ折り曲げるやつ。遠巻きに俺を見るだけのやつ。
「……まぁ、最初はこんなもんだろ」
それでも足は止めた。一人か二人くらい。
反応は悪いけど、ゼロじゃない。それだけで充分、今の俺にはでかい。
何枚目かのチラシを差し出したとき、一人の中年男が立ち止まった。
眉をひそめたまま、チラシを受け取ってじっと見ている。
「おい、兄ちゃん。これって……うちにも伝書鳩はいるけどさ、そいつがどうやってこの“ソリーニ亭”に行くんだ?」
「……え?」
「まさか、飛ばせば勝手に店に行くと思ってんのか?」
「いや……えーと、いや……」
言葉に詰まったまま、俺は頭の中で自分が注文するイメージをしてみた。
──俺は鳩に注文票を取り付け、鳩を空に放つ。気持ちよく空を舞う鳩。
→ そのまま旋回して俺の肩に戻ってくる。
──気を取り直し、もう一度解き放つ。
→ またしても旋回して俺の肩に戻ってくる。
──鳩に語りかける「いや、飯屋いけやボケ」
鳩「クルックー」
→ あかんやんけこれ
伝書鳩は、巣に帰ることはできても、どこかへ思い通りに“行かせる”ことはできない。
言われてみれば当たり前すぎる話だ。
クソ、万事休すか?
「……ま、無茶なこと思いつくのは嫌いじゃねぇな」
中年男はチラシを折りながら言った。
「一応、似たような使い道がある道具ならあるぞ。“言石”ってやつだ」
「言石?」
「魔道具だ。二つ一組になっててな、冒険者たちがダンジョン探索とかではぐれた時用に利用されてるものだ」
「そ、それ!どうやって手に入れるんです!?」
「町の魔道具屋に売ってる。比較的安価で手に入るものもあるはずだよ」
「十分っす……それでいい。助かった!」
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ソリーニ亭に戻ると、ちょうど昼の仕込みをしていた店主が振り返った。
「で、どうだった?」
「ええと……伝書鳩で注文を受ける方法を考えてたんですけど……」
「は? 伝書鳩? 伝書鳩なんてどうやってうちにたどり着くんだよ」
「はい、チラシ配っててそれに気づきました!」
「アホかお前」
「テヘッ! でもですね、“言石”っていう魔道具のこと、教えてもらいまして」
「……言石?」
「二つ一組の道具で、片方に話しかけると、もう片方に声が届くらしいです。冒険者がダンジョンとかで使うやつらしいです」
「知ってる。町の魔道具屋にあるはずだ」
「比較的安価で手に入るものもあるって聞きました!」
「そうか、使えそうならそれでいいけどよ、お前金もないのにどうやってその魔道具揃える気だ?」
「パ、パパ〜」
「っざけんなよ、絶対俺は金出さねえぞ!」
「ですよね〜、でも大丈夫です、俺に考えがあるんで。まぁとりあえず魔道具屋に行ってきます!」
そう言って俺は、どうやって魔道具屋の主人と交渉するか考えを巡らせながら店を出た。
次は、町の東にある魔道具屋だ。
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魔道具屋は、表通りから少し外れた場所にあった。
中に入ると、棚の奥で帳簿をめくっていた男が顔を上げた。
「要件は?」
「“言石”を探してます」
「……お前、冒険者には見えねぇが?」
「違います。でも、それを使って新しい商売を始めたいと思ってます」
「ふん。数は?」
「二十個。十組です」
「……で、どう使う」
「料理屋と客の連絡手段です。料理を届ける仕事を始めようとしていて──片方をお客さんに、もう片方を店に。それで注文と配達のやり取りができます」
「ふぅん、で、金は?」
「ありません」
「帰れ」
「待ってください! 今は金はありません。でも、もしこの仕事がうまくいけば、必ず言石が追加で必要になります。
20どころじゃない。いずれは100個、下手すりゃ200個単位の注文になります」
「ふん……口だけなら何とでも言える」
「……あんたに損はさせません。絶対に結果、出します」
男はしばらく黙っていたが、やがて棚の奥から布袋を一つ取り出した。
重みのある音を立てて、カウンターに置く。
「十組だけだ。それ以上は貸さねえ。返さなきゃ、ぶち殺す」
「ひっ、絶対返しますから!……ありがとうございます!」
ふぅ、やった、やってやったぜ!これで仕組を回す”デバイス”はそろった!
俺は袋を抱えて、軽やかなステップで店を後にした。
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店を出たあと、真っ先に向かったのはソリーニ亭だった。
袋の中の言石は、手にずっしりと重い。
「持ってきました!」
店主に言石を見せると、少しだけ目を見開いた。
「……本当に揃えたのか」
「はい! 貸してもらえました。言石、十組!」
「ふん、勝手にやれ。ただし、トラブル起こすな」
チラシの文面を一部修正した。「言石で注文受付中!」と赤字で追記。
もう一度、通りに出る。
「ソリーニ亭の料理、家で食べられますー! 言石での注文、受け付け中ですー!」
今度は何人かが足を止めた。
「言石? ああ、これか……あんた、これ貸してくれるの?」
「はい! 注文いただけるなら、無料でお貸しします!」
「ふーん、まあ……一回試してみるか」
数人の住人が言石を受け取り、軽く頷いてその場を去っていった。
確実に、前とは反応が違う。
「よし……いける……いけるぞ、これ」
思わずつぶやき、手の中のチラシを握りしめた。
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次の日の朝、俺はソリーニ亭の厨房の隅にいた。
昨日配ったチラシ。貸し出した言石。
あれを使ってくれる人がいるかどうか──不安と期待が入り混じっていた。
そのとき。
「……!」
言石が、光った。
俺は慌てて手に取り、耳に当てる。
「え、えっと……シチューと黒パン、ひとつずつ。北通り、角の青い屋根の家です……お願いします」
少し震えた声。でも、はっきり伝わってくる“注文”だった。
「来ました! 第一号です!」
店主が俺を見る。
「本当に来たか……用意する。待ってろ」
慌ててバッグを肩にかける。料理ができあがるまでの間、手が微妙に震えていた。
数分後、木の器に丁寧に盛られたシチューと、焼きたての黒パン。
布でくるんでバッグに収め、俺は深呼吸を一つ。
「……いってきます!」
北通りはすぐにわかった。青い屋根の家も、迷わず見つかった。
呼び鈴なんてないから、ドアの前で小さく声をかける。
中から出てきたのは、少し驚いた顔の中年女性だった。
「本当に……来たんですね」
「はい! ソリーニ亭からの配達です!」
料理を渡すと、女性は手を合わせるようにして受け取ってくれた。
「ありがとう。こんな便利なのね、お店の料理が家で食べられるなんて最高よ!」
「はい、これからもご利用お待ちしております!」
ソリーニ亭に戻ると、厨房の空気が少しだけ変わっていた。
「どうだった?」
「渡せました。すごく喜んでもらえました」
「そうか。……よくやったな」
そう言った店主の口元が、少しだけ緩んでいた気がした。
その時──
言石が、また光った。
「えっと……チキンと温野菜、お願いします」
もう一つ。
「スープ二つ! 住所は南通りの──」
一つ、また一つ。
厨房の机に置かれた言石が、次々と光を放つ。
店主が目を見開く。
「……これは」
「はい、来てます。来てますよ、これ!」
俺はデリバリーバッグを手に取り、笑いながら叫んだ。
「異世界フードデリバリー、始まりました!」
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