第二話 起死回生のジャストアイデア
「カクヨム」にて同時連載中
朝が来た。
空腹のまま、ろくに眠れない夜を越えて、俺はぼんやりと目を覚ました。
腹は鳴り、口は乾いている。頭がぼんやりして、思考がまとまらない。
宿の支援は「一日一食」。つまり、朝飯なんて最初から存在しない。
「……腹減った……」
思わず口に出る。
それでも、やることがないから外に出るしかなかった。
空はどんよりとした曇り空。風がやや冷たい。
町の通りはまだ静かで、人の気配もまばらだ。
昨日登録所で別れたグランの姿を探してみるが、どこにもいない。
「……ちょっと、町の外見てくるか」
ふらふらと、森の方角へ足を向ける。
町外れの地道を抜けた先、草むらがざわりと揺れた。
──何かが、そこにいる。
足を止め、耳を澄ませる。風の音。鳥の声。微かな、うめき声。
「……グラン?」
走った。転びかけながら、草むらをかき分ける。
そこにいたのは──
地面に倒れ、赤黒い血に染まったグランだった。
「うわっ……! おい、大丈夫か!? グラン!!」
近づいた俺に、グランがかすれた声を絞り出す。
「……おお、お前か……ケイエイシャ……」
「何があった!? モンスターか!? なんでこんな──」
「……昨日、町の外でな……女の悲鳴がした……助けに入って、倒した……けど、やられた……」
──まさか、昨夜の叫び声って・・・。
「あんたが助けたんだな……」
「……ああ……間に合ったが……俺は……もうダメだ……」
返す言葉がなかった。
「……頼みがある……」
グランはポーチから紙と小さな鳥──伝書鳩を取り出した。
「この紙に……書いてくれ……俺の仲間に……ギルド“銀の槍”のノルンに……伝えてほしい……」
俺は、震える手で紙を受け取る。
「伝えるって……何を……」
「俺が死んだこと……あと、討伐依頼の引き継ぎ……それと……」
「“ケイエイシャ”に借りができた、ってな」
冗談めかして、微かに笑った。
笑ったまま、目を閉じた。
その胸が、もう二度と動くことはなかった。
……死んだ。
本当に、死んだ。
目の前で。
俺は震える手で、言われたとおり手紙を書いた。
伝書鳩の足に結び、空へ向けて放つ。
羽ばたきとともに、グランの最期の言葉が風に消えていくような気がした。
しばらくその場を動けなかった。
異世界に来て、初めて“人のために何かをした”。
でもそれは、死の引き継ぎだった。
──この世界では、人は簡単に死ぬ。
それを、俺はようやく知ったのだった。
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グランの遺体は、俺にはどうすることもできなかった。
考えた末、登録所へ向かい、事情を説明した。
無表情な職員が「こちらで埋葬しておきます」と言った。
それだけ。
後日、小さな墓が町外れの共同墓地に設けられた。
石の上には、名前ではなく「無名冒険者」とだけ刻まれていた。
俺は黙って、それを見つめた。
グラン。
あんたのこと、何も知らなかったけど、
あんたは最初にこの世界で俺に親切に接してくれた。
そして、死んだ。
「……ふざけんなよ、こんなの……」
涙は出なかった。
出ない代わりに、胸の奥に何かが沈んでいった。
帰り道、空を見上げると──伝書鳩が一羽、高く旋回して飛んでいくのが見えた。
(あれは……グランの? いや、違う鳩か?)
空を切るようなその姿を、俺はしばらく見送った。
(携帯があれば、こんな鳩に頼らなくても……すぐ連絡できるのに)
そう思って、苦笑した。
──ああ、ここはもう、そういう世界じゃないんだったな。
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宿に戻った。
何も変わっていない部屋。昨日と同じ硬いベッド、薄暗い天井、そして──空腹。
「……腹、減ったな……」
当然だ。一日一食。それも、量はギリギリ。
昨日の夕食以来、何も食べていない。
支給分の食事は夜だけ。朝も昼も、基本的に自力でなんとかしろという話らしい。
「……働くしか、ねぇか……」
異世界初の労働意欲は、空腹が育てた。
何か仕事をしないと、本当に干からびる。
それもできれば、すぐに現金かメシに繋がる仕事がいい。
「とりあえず、飯屋とか……人手、足りてないんじゃねぇかな、あわよくばまかないもあったりして、じゅる」
そんな甘い見立てを胸に、町の中央へ。
昼前、人気の出始めた通り沿いにある、わりと繁盛してそうな食堂の厨房口にまわって声をかけた。
「すいません! あの、働かせてもらえませんか!」
厨房から出てきたのは、強面の男。油で染まったエプロン姿。
「なんだお前、誰の紹介だ?」
「紹介は……ないです。でも、なんでもやります!」
「料理はできんのか?」
「……いや、料理はできませんが、ウエイターなら!」
「ウエイター?」
眉をひそめた店主が聞き返す。
「きゅ、給仕です。お客さんに料理運んだり、テーブル拭いたり……」
「ああ、それな。こっちじゃ女の仕事だ」
即答。
「料理ができない男は、雇えねぇ。帰んな」
ドアが、ぴしゃりと閉まった。
……門前払いだった。
「はぁ……」
ため息を吐きながら、路地裏。腹が減りすぎて、何も考えられない。
何もできない。何も持ってない。
俺は大きなため息とともにデリバリーバッグを地面に置き、町の路地に腰を下ろした。
──デリバリーバッグ。
ここまで持ってくる必要あったか?
一体誰に何を届けるってんだよ、ったく。
……いや、ちょっと待て。
届ける……?
俺が、届ける?
(この世界に──出前って、あるのか?)
何かとてつもないようなチャンスの匂いを感じ、
脳から一気にアドレナリンが放出される。
もしも、だ。
もしもこの世界に食事の出前という概念がないなら、それは“ブルーオーシャン”。
先駆者メリットを最大限享受できるということ。
誰もやっていない仕事。
誰も思いついてない仕事。
それには“理由”が存在する。
そうだ、どうやって“オーダー”を受け取るか……
そこを解決しない限り、このビジネスは成立しない。
この世界に“電話”はない、現世のように気軽に連絡できる手段などないのだ。
ん? 電話??
──そうだ、あの、鳩!
伝書鳩なんて原始的な伝達方法だが、人間が歩いて伝達するより遥かに効率的だし、
早い。いま必要なのは、この町の範囲で素早く伝達できる手段があればいい。
「……これだ!」
思わず声が漏れた。
ここにきて、ようやく見えた。
俺はこのジャストアイデアを“形”にするため、もう一度あの飯屋に向かった。
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