表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

第二話 起死回生のジャストアイデア

「カクヨム」にて同時連載中

朝が来た。




空腹のまま、ろくに眠れない夜を越えて、俺はぼんやりと目を覚ました。




腹は鳴り、口は乾いている。頭がぼんやりして、思考がまとまらない。




宿の支援は「一日一食」。つまり、朝飯なんて最初から存在しない。




「……腹減った……」




思わず口に出る。




それでも、やることがないから外に出るしかなかった。




空はどんよりとした曇り空。風がやや冷たい。




町の通りはまだ静かで、人の気配もまばらだ。




昨日登録所で別れたグランの姿を探してみるが、どこにもいない。




「……ちょっと、町の外見てくるか」




ふらふらと、森の方角へ足を向ける。




町外れの地道を抜けた先、草むらがざわりと揺れた。




──何かが、そこにいる。




足を止め、耳を澄ませる。風の音。鳥の声。微かな、うめき声。




「……グラン?」




走った。転びかけながら、草むらをかき分ける。




そこにいたのは──




地面に倒れ、赤黒い血に染まったグランだった。




「うわっ……! おい、大丈夫か!? グラン!!」




近づいた俺に、グランがかすれた声を絞り出す。




「……おお、お前か……ケイエイシャ……」




「何があった!? モンスターか!? なんでこんな──」




「……昨日、町の外でな……女の悲鳴がした……助けに入って、倒した……けど、やられた……」




──まさか、昨夜の叫び声って・・・。




「あんたが助けたんだな……」




「……ああ……間に合ったが……俺は……もうダメだ……」




返す言葉がなかった。




「……頼みがある……」




グランはポーチから紙と小さな鳥──伝書鳩を取り出した。




「この紙に……書いてくれ……俺の仲間に……ギルド“銀の槍”のノルンに……伝えてほしい……」




俺は、震える手で紙を受け取る。




「伝えるって……何を……」




「俺が死んだこと……あと、討伐依頼の引き継ぎ……それと……」




「“ケイエイシャ”に借りができた、ってな」




冗談めかして、微かに笑った。




笑ったまま、目を閉じた。




その胸が、もう二度と動くことはなかった。




……死んだ。




本当に、死んだ。




目の前で。




俺は震える手で、言われたとおり手紙を書いた。




伝書鳩の足に結び、空へ向けて放つ。




羽ばたきとともに、グランの最期の言葉が風に消えていくような気がした。




しばらくその場を動けなかった。




異世界に来て、初めて“人のために何かをした”。




でもそれは、死の引き継ぎだった。




──この世界では、人は簡単に死ぬ。




それを、俺はようやく知ったのだった。




---




グランの遺体は、俺にはどうすることもできなかった。




考えた末、登録所へ向かい、事情を説明した。




無表情な職員が「こちらで埋葬しておきます」と言った。




それだけ。




後日、小さな墓が町外れの共同墓地に設けられた。


石の上には、名前ではなく「無名冒険者」とだけ刻まれていた。




俺は黙って、それを見つめた。




グラン。




あんたのこと、何も知らなかったけど、


あんたは最初にこの世界で俺に親切に接してくれた。




そして、死んだ。




「……ふざけんなよ、こんなの……」




涙は出なかった。


出ない代わりに、胸の奥に何かが沈んでいった。




帰り道、空を見上げると──伝書鳩が一羽、高く旋回して飛んでいくのが見えた。




(あれは……グランの? いや、違う鳩か?)




空を切るようなその姿を、俺はしばらく見送った。




(携帯があれば、こんな鳩に頼らなくても……すぐ連絡できるのに)




そう思って、苦笑した。




──ああ、ここはもう、そういう世界じゃないんだったな。




---




宿に戻った。




何も変わっていない部屋。昨日と同じ硬いベッド、薄暗い天井、そして──空腹。




「……腹、減ったな……」




当然だ。一日一食。それも、量はギリギリ。


昨日の夕食以来、何も食べていない。




支給分の食事は夜だけ。朝も昼も、基本的に自力でなんとかしろという話らしい。




「……働くしか、ねぇか……」




異世界初の労働意欲は、空腹が育てた。




何か仕事をしないと、本当に干からびる。




それもできれば、すぐに現金かメシに繋がる仕事がいい。




「とりあえず、飯屋とか……人手、足りてないんじゃねぇかな、あわよくばまかないもあったりして、じゅる」




そんな甘い見立てを胸に、町の中央へ。




昼前、人気の出始めた通り沿いにある、わりと繁盛してそうな食堂の厨房口にまわって声をかけた。




「すいません! あの、働かせてもらえませんか!」




厨房から出てきたのは、強面の男。油で染まったエプロン姿。




「なんだお前、誰の紹介だ?」




「紹介は……ないです。でも、なんでもやります!」




「料理はできんのか?」




「……いや、料理はできませんが、ウエイターなら!」




「ウエイター?」




眉をひそめた店主が聞き返す。




「きゅ、給仕です。お客さんに料理運んだり、テーブル拭いたり……」




「ああ、それな。こっちじゃ女の仕事だ」




即答。




「料理ができない男は、雇えねぇ。帰んな」




ドアが、ぴしゃりと閉まった。




……門前払いだった。




「はぁ……」




ため息を吐きながら、路地裏。腹が減りすぎて、何も考えられない。


何もできない。何も持ってない。


俺は大きなため息とともにデリバリーバッグを地面に置き、町の路地に腰を下ろした。




──デリバリーバッグ。




ここまで持ってくる必要あったか?


一体誰に何を届けるってんだよ、ったく。




……いや、ちょっと待て。




届ける……?




俺が、届ける?




(この世界に──出前って、あるのか?)




何かとてつもないようなチャンスの匂いを感じ、


脳から一気にアドレナリンが放出される。




もしも、だ。


もしもこの世界に食事の出前という概念がないなら、それは“ブルーオーシャン”。


先駆者メリットを最大限享受できるということ。




誰もやっていない仕事。


誰も思いついてない仕事。


それには“理由”が存在する。




そうだ、どうやって“オーダー”を受け取るか……


そこを解決しない限り、このビジネスは成立しない。




この世界に“電話”はない、現世のように気軽に連絡できる手段などないのだ。


ん? 電話??




──そうだ、あの、鳩!




伝書鳩なんて原始的な伝達方法だが、人間が歩いて伝達するより遥かに効率的だし、


早い。いま必要なのは、この町の範囲で素早く伝達できる手段があればいい。




「……これだ!」




思わず声が漏れた。




ここにきて、ようやく見えた。


俺はこのジャストアイデアを“形”にするため、もう一度あの飯屋に向かった。



ここまでお読み頂き、ありがとうございました!

もしよろしければ評価やレビュー、お待ちしております♪気に入っていただけましたらブックマークもぜひ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ