誰も傷つかない優しい世界
※作中の描写は実際の団体とは関係ございません。
男と目が合う。
その目が何となく気に食わなかったので、その男に決めた。僕は、手に持っていたバールを思い切り男の頭に叩きつける。
グシャリとした感触。上がりかけた悲鳴は短く途切れ、男はその場に崩れ落ちる。
何の感動もない。確かに男の頭蓋骨を割った感触はあったが、人を殺したというのに何の感動もない。
絶命した男の代わりに悲鳴を上げたのは、男と並んで歩いていた女だった。何事かと歩みを止める通行人。ここは、通行量の多い通りだからすぐに人垣ができる。
もう数人、殺してみるか?
そう思って、周囲を見回し手頃な相手を探すが、直ぐに虚しくなって辞めた。人を殺しても何の得にもならないと分かったから。
元より、この世界では殺人は禁止されていない。人々が集まって来ているのも、わざわざ人を殺すという光景が珍しいからであり、僕の行動を非難しようとする者は居ない。
悲鳴を上げていた女も単に驚いただけである。状況が飲み込めると各所に連絡を入れ、必要な手続きを始めた。
「あの、すみません。こちらの殺人証明書にサインをお願いできますか。夫の死亡届を出さなくてはいけませんから」
そういえば、人を殺した場合にはそういうものを書くのだったか。別に拒否する理由もない。
僕はおとなしくサインする。別に、拒否しても街頭の監視カメラ映像から自動で証明書は発行されるのだが、なんとなく気分だ。
殺人証明書にサインする事で、何か人を殺したという感動が得られることを期待したのかもしれない。
けれどもそう都合よくはゆかず、結局、事務的なやり取りをした後、会釈して女と別れた。それで万事終了。
僕と女と男の死体を取り囲んでいた野次馬も、興味を失ったのかそれぞれの行き先へと歩き出す。
「やっぱり殺人もダメだったか。大昔の小説で、人を殺す事で生きている実感を得るというのがあったから真似てみたけど、そもそも仮想上の人間を殺してもなぁ」
そう。ここは、精巧に作られた仮想世界。本物の人間は僕一人で、他は全部人工知能が操作する作りモノだ。
言ってみればここは僕のための箱庭で、ここでは僕は何でも自由にできる。さっきみたいに人を殺すこともできるし、女を自由にすることもできる。設定すればあらゆる職業にもつけるし、そんなことをしなくても、余るほどある寿命の中で努力すれば自力でどんなことだってやれる。
でも僕は、この頃どうしてもこの世界に飽きたりないと思い始めてしまったのだ。この世界には友達も家族も居る。職業もあるし、各界で様々な業績を立て、誰もが羨む人生をおくってきたとは思う。けれども、全部、仮想世界のお膳立てで僕の一人相撲じゃないかという気持ちが日に日に増してゆくのだ。
この感覚が始まったのは大学で哲学を講義しているときだったか、隣の恒星系の開拓を終えて地球へ引き返す便の窓から宇宙を眺めている時だったか、とにかく記憶に残らないくらいには何ということはない日常の中で、僕は、あるはずのない日常の綻びを見つけてしまった。
端的にいうと、生きている気がしない。この世界の感覚や人々の挙動、それだけでなくこの世界の全てが現実世界と同等の精巧さで作られている事はもちろん知っている。この世界での経験はもはや虚構とは言えない水準にある。
それでも、全てがハリボテに見える。一度そう思い始めると、もうどうしようもない。僕は、自分が、この世界に閉じ込められていて、本当は生きていないのではないかという強迫観念に囚われるようになった。
お腹が空いて夢の中で食事をしたとしよう。確かに食べている感覚はあるけれど、実際に腹が膨れるわけではない。それに似た飢餓感が、常に襲うようになった。
病院にも通ったが、バイタル・メンタルともに異常はなく、「新しい事を始めてみるのはいかがですか」と勧められるだけだった。
そこで、生きるとはどういうことかについて考え始め、古今東西の文書を読み漁り、試行錯誤する中で、人を殺してみたというわけだ。
「この方法もダメだとすると、そろそろネタが尽きてきたな」
僕は公園のベンチに腰掛け途方に暮れる。
「よう。どうした、君。元気がなさそうだぜ」
誰かに軽く肩を叩かれたと思ったら聞き覚えのある声がする。
「何だ、君か。最近生きてる感じがしないって話をしただろ?それでさっき人を殺してみたんだが、やっぱりダメだった。大昔の小説なんて信じるもんじゃないね」
「そりゃそうさ。現実世界で人が傷つけ合いながら生きていた悍ましい時代の遺物だ。あんなものを参考にしようとする君の気がしれないよ」
他の手は大体試し終えたから駄目で元々と試してみたのだが、友人に言われて冷静になると、自分の愚かしさが少し恥ずかしくなる。
「でも君、僕はこのままじゃおかしくなってしまいそうなんだ。君達は、如何に高度でも人工知能だろう?僕は人間なんだ。この世界で僕は独りぼっちなんだ」
「だとしたら人工知能の僕が言ってもあまり響かないだろうがね、君と僕らには人権の有無という以外、何の違いもないんだ。仮に君が他の人間に出会ったとして、断言するが、そいつはこの世界の人間——人工知能だな——と全く変わりないぜ?」
そんな事は分かってる。よく分かってる。目の前の友人が実在して、本当に僕の事を気遣って、僕の思考の誤りを忠告してくれようとしていることも分かってる。僕は、旧世代の人間みたいに仮想世界が偽物の世界だとか仮想世界の人工知能は人間と違うとかそういうことを主張したいんじゃない。それが論理的には誤りであることは子供でも知っている。
でも、どうしようもなく生きるのがつまらなくなったのだ。
「そうなんだけど、そうじゃないんだよ」
「いつもは論理的な君が、今日は随分と詩的なことを言うね。そこまで言うなら現実世界に行ってみるのはどうだ?運が良ければ、ログアウトしている人間に逢えるかもしれないぜ?」
ログアウトの基準は非常に厳しい。現実世界の法律を学び、十分にそれらを遵守できるようになるには、一般的には数十年にわたる訓練と学修を要する。ログアウト・ライセンスはそれ程の難関だ。そこまでして何もない不自由な現実世界に行くのは普通あり得ない。普通なら。
「うん。君の言うように、ログアウト目指してみることにするよ。どうもありがとう」
「今度お礼に何か奢ってくれたまえ」
僕には現実世界に行くことが必要な気がした。そこに何かが、何か答えのようなものがある気がしたのだ。
※※※
————かつて、世界は苦痛で満ちていました。大気は汚染され、街には騒音が響き、社会は格差に分断され、人間関係には必然的にあらゆる種類のハラスメントが避け難く存在しました。
その時代、権利意識は驚くほど未発達でした。
止むに止まれぬ目的のために必要があり最適な手段だからという現在では考えられない理由で、国家が一方的に個人の権利を制限することさえ行われていたようです。
それどころか、場合によっては人々は、侵害の程度が軽微であるという、これも今となっては意味不明な理由で、権利侵害の泣き寝入りを強制されていたといいます。
子供が野外で発する叫び声や自動車の走行音、ジェット機のエンジン音、挙げ句の果てには公的機関がサイレンを鳴らしながら道路を走り回るということまでが行われて、人々が静穏な生活を送る権利は悉く蹂躙されていました。道路を自動車が走り、空を飛行機が飛び、子供が公園で遊ぶなど、今となっては信じられない時代です。
しかし、それ以上に信じがたいことは、人間が人間と暮らしていたという事実です。元来、人間というものは、他者の権利を侵害せずして生きる事ができません。例えば、人間の物事の感じ方はそれぞれであることから、あらゆるコミュニケーションは、即座に相互の人格権侵害を惹起しかねない危険性を帯びます。
旧時代のように人格権概念を矮小化し、殆ど精神的侵害というものを人権侵害と認めないなら格別、この人権尊重の時代において、個人の尊厳ということを正しく重視するなら、人と人とが接触するということの危険性は自明でしょう。
このような考え方は、最初、理解されませんでしたが、熱心で献身的な人権主義者の数世代に渡る努力の結果、人間の尊厳は絶対であり、いかなる場合も人間の権利は侵害されてはならないという法の理念が浸透することとなりました。
実に当たり前のことではありますが、当時は、それが当たり前ではなかったのです。
(政府人工知能公定『現代法入門』序章より抜粋)
※※※
ログアウト・ライセンスの科目は法学とかコミュニケーション学とか歩行学とかつまらないものばかりだったが、唯一、歴史だけは面白かった。特に、人類が仮想世界に移住した経緯が。
現実世界と同等な仮想世界システムが開発されると人々は徐々に仮想世界へと移っていったらしい。
その頃には、人権保護のための諸法の整備と共に、人を傷つけかねない事は行なってはならないという道徳意識が浸透していたから、積極的に仮想世界に移る人も少なくなかった。
友人や家族も完全なデータを仮想世界に取り込めるので躊躇う者は少なかった。そもそも、家族や友人という概念は差別的であり、誰それは家族であるとか友人であるとか公言する者も稀であったのだ。平等を旨とする現代で、どうして、一定の人間を他の人間より重視することが許されようか。人の価値に軽重はあってはならないのだ。
何より、仮想世界には自由があった。仮想世界は自分一人の世界であり、誰に迷惑をかけることもなくやりたいことを思いきりやれるのだ。人工知能が操作する仮想の人々には人権がない以上、そこでは大ぴらに友人を持ち、家族を作り、自動車でドライブし、楽しければ散歩しながら歌うことさえ適法に行える。
道徳的な人々は、人間は人間と生活すべきではないという理由から、現実世界に息苦しさを感じていた人々は自由を求めて、それぞれに仮想世界へと入って行った。
他方で、仮想世界を良しとしない人々もいた。
「第一、人がお互いに一切迷惑をかけてはならんというのがオカシイ。人間は社会的動物だ。相互に助け合い、時には傷つけ合って生きて行くのだ」
反人権派と呼ばれた一団は、相互の同意の下にフィルター(人間同士が相互に人格を侵害せずコミュニケーションを取るための特殊な翻訳装置)を介さない生活コミュニティを建設した。
コミュニティは若干の問題がありつつも成功し、数十年に亘って継続した。
だがある日、コミュニティは唐突に終了した。政府人工知能が解散命令を発したのだ。
「どういうことだ!我々は相互の合意の下にコミュニティを形成したのであり、同意がある以上、いかなる人権侵害もないはずだぞ」
「いえ。あなた方のコミュニティはある程度の苦痛をお互いに我慢する事で、現実世界においてもより高い程度の自由を享受できる社会が実現可能な事を証明しました。これでは、苦痛に耐えられる人間とそうでない人間との間に享受できる自由の大きさの不平等が発生します。故に、あなた方のコミュニティは苦痛に耐えられない人々の平等権を侵害しており、違法です」
人工知能は淡々と告げたのだろう。
反人権主義者は抵抗したが人間が人工知能に敵う筈もなく、強制的に仮想世界へ送られることとなった。
こうして、現実世界には誰も居なくなった。
そうしてみると、僕は反人権主義者の最後の後継者なのかもしれない。現実世界では反人権的行為の一切が禁止されているから、政府人工知能に反人権主義者と判定されないよう注意しよう。ライセンスが発給されなくなってしまう。
※※※
意識が覚醒する。
出力された身体には全く違和感がない。ちなみに、誕生時の肉体というものはとうに寿命を終えている。あれは長くても200年も持たないのだという。だから、ログアウトに合わせて身体は新規に合成した。
一瞬、ここがまだ仮想世界の中なのではないかと不安になる。
現実世界と仮想世界を見分ける方法は存在しない。飛行とか瞬間移動ができないのも、そういう制限の設定された仮想世界の可能性を考えると決め手とはならない。人工知能が本気で人間を騙そうとすれば人間にはなす術がないのだから、考えるだけ無駄だ。
実感は湧かないが現実世界に来た。
早速、街を探索すべく装備一式を身につける。装着法や使い方は仮想世界で散々訓練したからお手のものだ。
人と会話する際に使用するフィルターに、完全に無音で移動するためのホバーボード。それに、個人の識別を不可能にする光学迷彩スーツ。
昔の人はよくもまあこんなものを着て日常生活を送ったものだ。
出力室の扉が開くと、廊下を抜けて《塔》の外へ出る。
《塔》というのは政府人工知能や仮想世界の演算を行う施設のことだ。
《塔》の外はかつて人々が住んでいた建物が延々と続いている。人が現実世界を去って数千年が経過したために多少劣化しているが、それでも機能は麻痺していないようだ。
人間にとって快適な気温が維持されホバーボードの遠隔給電や補助人工知能への思考リソースサポートなども機能している。
特にあてもないので、僕は、適当な方向へ滑り始めた。
他にログアウトしている人がいるかどうか、人工知能は教えてくれない。多分、ログアウトして現実世界にいるということ自体が仮想世界に否定的な思想を推知させ思想の自由の侵害になるとかだろう。
地道に探すしかない。
それから何年も、僕は都市を彷徨った。その間、人間とは一人も出会わなかった。
都市を探しても意味がないと分かると、僕は《塔》で誰かが出てくるのを待つことにした。
非常に退屈だが僕は待った。身体の寿命が来るたびに一旦仮想世界に帰ってログアウトし直し、体を新調するのが唯一の作業。
「君もよくやるね」と友人に呆れられたが、ここまで来ると意地だ。
僕は、何としてでも人間に会いたい。会わなくてはならない。そんな気がした。
果てしない時の流れにも関わらず、現実世界は時が止まっているかのようだ。何の変化もなく、何の音もしない。
ああ、そうか。
人類というものはとっくに滅んでいたのだ。僕は、そんな当たり前の事に今更気づいた。
「人類はどこで間違えたんだろう————」
その呟きは無人の街へと吸い込まれていった。
「なぜ人工知能が人間を統治してるかって?人間じゃない『物』がやれば人権侵害にならないからさ」
「なんか騙されてる感じもするがね」