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バレンタインという名の決戦を前に

「昨日作った分よ。味見してみて」

そう言って、目の前の女性、生沢郁美は小さなプラスチックの容器をこっそりと僕に手渡す。

「あ、ああ。わかったよ。後で感想をメールで送るよ」

僕がそう言うと、生沢さんが嬉しそうに頷く。

「うん。絶対送ってよね」

その勢いに、僕は頷くしかない。

そして、プラスチック容器の蓋を少し開けて中を見る。

そこには、茶色の塊が入っていた。

チョコレートである。

生沢さんのチョコレートの味見をし始めて実に6回目になる。

ほんの二ヶ月前までは、生沢さんは、高嶺の花というのが相応しい人だった。

会社の中でも才女で美人であり、多分、会社の独身男性の誰もが彼女として彼女を選ぶだろう。

勿論、僕もその中に入るのだが、彼女には彼氏はいない。

美人故に取り付きにくいのと、性格が非常にきついのである。

正論をズケズケ言いまくって、パワハラ上司を追い詰めて辞職させたという武勇伝があるくらいなのだ。

つまり、本当なら、彼女とこういう友人関係になるはずもないのだが、運命というのは偶にとんでもない事をしでかす。

そう、気まぐれで残酷なのである。

実は、僕は映画大好き人間で、週に一回は映画館通いをするほどなのだ。

そして、偶々映画館で彼女と会って、同じ映画を鑑賞してしまったのである。

まさか、ネットで席を予約したのだが、隣の席に彼女がいるとは思いもしなかった。

お互いに会社の同僚だとすぐにわかったが、まさか席変更とかする訳にもいかずに結局映画を肩を並べてみてしまった。

そして、エンドロールまで見終わった後、彼女がぼそりと呟く。

「よかったわぁ。やっぱり映画は、映画館で観ないと」

その言葉に、僕は無意識のうちに同意の言葉を発していた。

「そうなんだよね。いくら音響とか大画面にしてもさ、映画館には及ばないしさ」

思わず喋った僕の言葉に、彼女はびっくりしたものの、すぐに同意を示して聞いてくる。

「もしかして、結構映画見に来るの?」

「ああ。週に一回は来てるよ」

その僕の言葉に、彼女の目つきが変わった。

目をキラキラさせている。

「この後、時間ある?」

「ああ、別に予定はないけど……」

グイっと右手を掴まれて引っ張られていく。

「少し付き合いなさい」

そのまま喫茶店に行って三時間近く映画の話で大盛り上がりしてしまった。

そして、そのままの流れで夕食、そして軽く飲みに行くという普段にならあり得ない流れになってしまったのだ。

それがきっかけで、彼女と僕は映画仲間となったのである。

そして、休みを合わせて一緒に映画見て、夕食食べて、軽く飲みに行く。

実に充実した日を過ごしている。

もっとも、会社では二人の関係は秘密だ。

挨拶と仕事の話程度はするけど……という感じである。

多分、バレていないと思う。

バレたら、間違いなく、僕の身が危なくなる。

恐らく、独身男性のほとんどを敵にまわしそうだ。

だから、今の対応は実にありがたい。

あくまでも映画好きの友人という立ち位置は……。

もっとも、彼女にしたいと思わないことはなかったが、それでもまだ決心がつかないでいる。

そんな踏ん切りがつかない中、彼女から相談を受けた。

好きな相手にチョコを渡したいんだけど、相手のチョコの好みがわからないから味見してくれと。

それを受けて、わかった。

わかってしまった。

ああ、やっぱりかと……。

彼女には好きな相手がいるのだ。

くそっ。

だが、それでいいじゃないか。

今の関係は壊したくない。

映画好きの友人。

それでいいじゃないか。

すっきりしないモヤモヤしたまま、僕は彼女の願いを受け入れ、彼女の作る手作りチョコの味見役をすることになったのである。



『チョコ、美味しかったよ』

夜の21時。

スマホに届く彼からのメール。

それを見て、私はうれしくなった。

よしっ。よしっ。

でもこれだともうこれで終わってしまう。

だから、返事を送る。

『気になる所とかなかった?もっと苦い方がいいとか』

『そうだなぁ。言われてみれば、もう少し苦みがある方が好みかも』

『なるほどなるほど……』

そう送ると、急に返事が返ってきた。

『しかし、僕でいいの?味見役……』

その言葉に、私は慌てて送り返す。

『勿論。あなたがいいの』

『でもさ、生沢さんの渡す相手が僕と同じ味覚とは限らないじゃないか』

その言葉に私は思わず口に出して突っ込む。

「貴方に送ろうと思っているんだから、いいのっ」

もっともそれを言えたらいいんだけど、まだ決心がついていないのでとてもじゃないが言えない。

だってさ、怖いじゃない。

今のままの関係が壊れるのが……。

だって、すごく居心地がいいのだ。

彼と好きな映画の話をして、食事をして、お酒飲んで……。

だけど、それだけでは満足できなくなった。

もっと彼を知りたい。

そんな思いが日に日に強くなっていく。

怖い。今の関係が壊れるのが。

だけど、どうせなら……。

そう決めた私がいい機会だと狙ったのが、バレンタイン。

彼に告白するのだ。

勿論、彼好みのチョコをつけて。

なお、その計画を友人に話したら爆笑されてしまった。

そして、言われる。

「相変わらず、きっかけないと駄目なんだから」と。

「いいんだもん。切っ掛けがあったら踏ん切りつくでしょ」と言い返すと、友人は笑いながらも言い返してくれた。

「応援するわ。だってさ、郁美がそこまで思う相手ってこれから出て来るかどうかわかんないじゃない」

あんまりだとも思ったが、いや確かにその通りだとも思った。

だから、「うん。頑張る」と返事を返すと、友人は益々楽しげに笑う。

何で笑われるのかよくわかんなかったが、良しとした。

ちらりとカレンダーを見る。

あと四日。

決戦まで、あと四日。

私は、気合を入れ直すと、明日渡す味見のチョコの準備の為に台所に向かう。

パーフェクトな彼好みのチョコを渡して、告白するんだと。

後、彼には『あなたと好みが似ているみたいだから、きちんと協力してよね』と無難に返信しておいた。

翌日、その話を友人にすると、益々笑われてしまったのであった。

解せぬ……。




なお、四日後、バレンタイン当日、どういう結果になったかは、ここまで読んでくれた方の御想像にお任せします。


《END》


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