第9話 魔技、そしてライカの上司#1
転入したその日の放課後。
ライカとともに、ノアは再び室内訓練場に来ていた。
そこはまだ生徒はおらず二人っきり。
そして始まるは、幼馴染教官による近接戦指導だ。
リングの上に立ち向かい合えば、腕を組んだライカが早速口を開き、
「さて、早速訓練を始めるわけだが......前回言ったことを一部撤回する。
最初は、魔力を使わず戦い方を教えるつもりだったが、それは止めにした」
「それはどうして?」
「この理由には二つある。
一つは体術において、お前の自己研鑽が想定以上だったこと。
これはアタシにとっても嬉しい誤算だった。
なんたって、早く一緒に行動できるかもしれないからな」
それは昨日やった実力測定のことを指しているのだろう。
シェナルークに暴走させられたのはさておき、我流で身に着けた動きが褒められるのは嬉しい。
もっとも、当たり前のように通じなかったので、心底喜べるわけではないが。
「それじゃこれから僕は何をすれば?」
「特魔隊式格闘術の型は教える。が、それはあくまで補助だ。
アタシ達のメイン武器を有効的に当てるためのな。
だから、参考程度にこういう動きがあると思ってくれればいい。
それよりも、知っておくべき極めて重要なことがある」
これから何をやるのかと気になるノアに対し、すでにやることを決めていたようにライカは幼馴染に向かってビシッと人差し指を向ける。
「これが二つ目の理由――お前、自分の『魔技』を知らないだろ?」
「魔技?」
「魔技っていうのは、簡単に言えば本来人間が生み出せない力――魔力を使用した技だ。
例えば、炎を扱う奴がいて、そいつが空中に『火球』という名で火の玉を作り出した。
とすれば、その名称がつく技を総称して『魔技』と呼ぶ」
「なるほど......それじゃ、ライカにもその魔技があるってこと?」
「まあな。アタシの魔技は『超強化』。一言で言えば、身体能力の向上だ。
単純だが、その分明確な弱点が無く非常に使いやすいのが魅力だな。
ちなみにだが、基本的に無属性の奴らは魔技が一つしかない」
「見た目にはわかりずらいがな」と右手を握ったり開いたりして、ライカは苦笑する。
それから、ライカから説明された情報を整理するとこうだ。
魔力適正で「魔脈アリ」と判断された人は、八つの属性に分類される。
その八つとは、炎、水氷、風、雷、土、光、闇、無の八つである。
その中で、「無」を除く七つは「元素属性」と呼ばれ、その性質を帯びた魔技が使えることが特徴だ。
例えば、炎で鳥を作ったり、雷を圧縮させて剣にしたりなど。
魔力の性質と、本人の才能の分だけ魔技が生まれることになり、結果魔技の数も豊富。
その一方で、無属性は「原点属性」と呼ばれ、使える魔技は一つしかない。
例えば、物質を拡大縮小させたり、手足がゴムのように伸びたりなど、その魔技自体が強力なものが多いからだ。
「つっても、無属性に限って言えば、能力はピンキリだがな。
アタシのように、シンプル当たりの部類は少ない。
ちなみに、お前はアビスとの戦闘を見る限り、属性は無属性だな」
「無属性か......それで僕の魔技はどうやって調べるの?」
自分の掌を見つめるノアを見て、ライカは腕を組みなおし眉根を寄せる。
それから、表情を作ったまま口を開き、
「う~ん、それが人によってマチマチなんだよなぁ。
試行錯誤で『これだ!』ってわかるものもあれば、偶然やひらめきで気づく場合もある。
アタシの場合は、自己強化術式が他の連中と明らかに強化レベルが違ったから気付いた感じかな」
「なるほど......それは時間がかかりそうだね」
そう呟き、グッと拳を作ると、ノアは視線をライカへ向けた。
その黒瞳にやる気に満ち溢れた熱を宿して。
それから、「なら」と前置きを入れ、
「しばらく付き合ってもらうことになるけどいい?
たぶん僕は試行錯誤した方が性に合うだろうし。
ただ、さっき言ってた型を教えてもらった後ぐらいになるけど」
「あぁ、もちろんだ。どこまでも付き合うぜ」
そう、約束が交わされてからあっという間に二週間。
ライカに協力してもらい、ノアは型の習得と魔技の解析に努めた。
型の習得に関しては、もともとの運動センスにより、なんなく覚えることができた。
「.......ハァー、わっかんない」
その一方で、魔技の解析には未だ苦戦中だ。
自分の魔技を調べるために、ノアはあらゆることをやった。
例えば、木刀を持ってサイズが変わるか試したり、他の物質に変化できるか試したり、他にも自分の体の変化、他者への支援効果、状態異常の付与など色々と。
しかし、いずれも全て、ノアの魔力で起こせる事象はなかった。
(このままじゃ、いつまで経ってもライカに追いつけない.......!)
その事実、そして時間ばかりが過ぎていく結果に、不安が募る。
それはライカに負担をかける負い目もあるが、幼馴染ならその甘えを優しく許してくれるだろう。
仮にその甘えに身を委ねるとしても、シェナルークに対してはそうはいかない。
現状でもノアが見過ごされているのは、信用を得るという宣言が効いてるからだ。
つまり、ノアの道化発言は、シェナルークの興味の内側にあるということ。
しかしそれが外れた瞬間、待っているのは肉体の主導権の奪取。
シェナルークに仲間意識はないだろうから、瞬く間にこの場は地獄に早変わりするだろう。
それを防ぐためにも、飽きられるよりも早く最低限の成果を見せなければいけない。
なんだかヒロインを口説き落すためにあくせくしてるギャルゲーの主人公のようだ。
いや、なんだかではない。正しくその通りだ。
もっとも、好感度が足りなければ待っているのは、世界滅亡というふざけた話だが。
「ハァー.......」
何度目かのため息を吐き、左手で右肩を掴むと、ノアは腕をグルグルと回転させる。
肩が重い......最近体の動きがかえって悪くなってきている。
ここしばらく動き続けた影響だろうか。
しかし、何も解決せずに休憩するわけには......。
「......」
悩みを抱えては解決できないもどかしさに、ため息を吐くノア。
そんな幼馴染を見て何を思ったのか、腕を組んだライカは「なぁ」と声をかけ、
「ノア、特訓中にすまない。明日って空いてるか?」
「明日? 明日って土曜日だったよね。
特訓を除けば空いてるけど.......」
「ならさ、少し付き合ってくれねぇか? 買いたいものがあってよ。
つーわけで、久々に一緒に遊びに行こうぜ!」
そう言うと、ライカは明るくニカッと笑った。
同時に、親指を立てると、それを肩の後ろに向ける。
そのポーズは、子供の頃に自分を遊びに誘う際に、彼女がよくしていた仕草だ。
そんな彼女に手を取られながら、内気な自分は外へと飛び出した。
昔と変わらない。無邪気な表情で太陽が誘っている。
そんでもって、その差し出された手は強制力が働くように掴みたくなって。
「ハァ......ズルいなぁ。その頼み方すれば、僕が動くと思ってるじゃん」
そんな言葉で言い返すも、もはやこれは負け犬の遠吠えに等しい。
それこそ、断られると思っていないライカの微笑を見れば明らか。
眩しく外を照らす太陽に、人が家から出たくなるのも道理なわけだ。
「いいよ、行こうか。ちなみに、どこへ行くつもりなの?」
「駅近くのショッピングモールさ」
―――翌日
待ち合わせの時間に、ノアは十分早く着いた。
集合場所は、犬の像があった広場から少し離れたコンビニの前。
以前に、ライカのインタビューページが載っている雑誌を買った場所だ。
もっとも、それはアビス災害の影響で読めずじまいだったが。
「どこにいるんだろう......あっ」
周囲を見渡すと、コンビニの入り口近くの手すりに腰を掛ける人物がいた。
カーキー色の帽子を被り、茶色のサングラスをかけている少女。
服は黒いパーカー、デニムパンツとカッコ可愛い服装だ。
路地裏をバックにジャケット撮影でもしてそうな人目を引くオーラがある。
一見すれば、大人の女性にも見える少女が誰かと待ち合わせしている。
しかし、ノアは彼女のとある部分を見てすぐに気づいた。
(あ、あの髪.....)
帽子から漏れ出る外ハネした黄色の髪だ。
そして当人は、こめかみに伸びた髪の一部をを指で摘まんで気にしている。
待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間、そしてクセッ毛に悩みを抱えている女性となれば、ノアが知る限り一人しかいない。
「ライカ、お待たせ。先に来てたみたいだね。待たせてごめん」
「ノアか、気にすんな。時間前には来てることだしな。
んじゃ、無事会えたことだし、早速出発しようぜ」
ノアが声をかければ、ライカはパッと手を放し、明るい顔で出迎えた。
その印象は玄関で出迎えてくれた恋人――というより、待ちかねていた男子小学生のような印象だ。
そんな見慣れた出迎えに懐かしさを覚えれば、ライカの言葉に頷き、早速ショッピングモールに向かって出発した。
その道中、改めて横目でライカの姿を見れば――、
「そういえば、ライカの私服なんて十数年ぶりに見るよ。
カッコいい系の服装なんだね。似合ってると思うよ」
「うぇ!? そ、そうか.......ありがと。
よ、良かったぁ......しばらく前からファッション雑誌読み漁っておいて」
ノアが褒めた直後、ライカはすぐさま帽子のつばを下げた。
感謝を述べるも、同時に本音をボソボソとこぼしていく。
しかしすぐに、彼女は隣をチラッと見ると、
「に、にしても、なんで急にそんなことを......?」
「昔にライカから『アタシを褒めろ!』ってよく教育されてたからね。
すっかりその意識が体に染み込んでたみたい」
「そ、そっか......ナイスだ、アタシ!」
自分の過去の行動に、再び小さく声を漏らし、ガッツポーズまでして喜ぶライカ。
そんな幼馴染の言動を、ノアは横目に見た。
しかしあえて触れずに、今回のおでかけについて尋ねる。
「そういえば、どうして急に僕を遊びに誘ったの?」
「え......あ、あぁ、そういや、せっかく再会したってのに、特訓ばかりでまともに話してねぇって思ってな」
「なるほど、それはそうかもね。でも、それは表向きの理由でしょ?」
「......それに、お前はここ最近悩みっぱなしだろ? 根を詰めすぎだ。たまには休め」
「やっぱり、そっちが本音だと思ったよ。
けど、気を遣ってくれてありがとう」
見た目に反して、ライカは何かと気遣いしいだ。
それが性格由来のものなのか、年上として姉ぶってるのかは定かではないが。
だとすれば、前者であると考えた方が、心にはしっくりと来る。
「そうだね、たまには一緒にのんびりしようか」
「あぁ、それがいい。焦って見えなくなってるもんもあるしな」
そんなこんなで話を始めると、ショッピングモールが見えてきた。
同時に、そのすぐ近くにぐちゃぐちゃになった駅前広場がある。
いくつもの重機がせっせと瓦礫を移動させていた。
「やっぱり、あの周辺はぐちゃぐちゃになってるね」
そんな光景を目にして、ノアは口を開いた。
ライカをチラッと見ると、彼女も同じように視線を復興作業光景へ向け、
「そうだな。だが、アタシ達特魔隊や、そしてお前がいなければもっと酷くなってた。
だから、これでもマシな方だ。お前だって知ってるだろ? 旧都市のこと」
「うん、知ってるよ。旧都市トルネラのことでしょ」
今ノアとライカがいる都市トリエスは、多くの人々に「新都市」と呼ばれている。
それは今から五十年前に、「怠惰」のアビス王によって都市を奪われた人々が、新たな居住区として作った都市だからだ。
その時に奪われた都市の名が「トルネラ」であり、二つの都市を区別するために「新都市」と「旧都市」と呼んでいる。
「あぁ、そうだ。そこはアビスの強個体の中でもさらに別種。
異次元の強さをもった存在のアビスによって滅んだのがあの都市だ。
それを考えれば、この程度って思うだろ? ま、あくまでアタシ達視点だけどな」
「そうだね......そう考えればそうなるかもね。
でも、やっぱり誰もがアビスの脅威に晒されない平和な世の中を望むよね。
そのためにも、僕も即戦力になれるように頑張らないと」
「あぁ、そうだな......ってそうだけどそうじゃねぇ!
改めて決意を固めるのもいいけど、今はリラックスタイムだ!
もうその話題は禁止だ、禁止! いいな!?」
「りょ、了解です.......ライカ教官」
復興作業風景を見るのもほどほどに、二人はショッピングモールへ入った。
外の様子に比べ、店内は相変わらずといったぐらいの大賑わい。
どこもそこも人だらけであり、その人の多さと雑多な声が逆に安心感を与える。
「ここは相変わらずそうでなによりだよ。
ところで、これから何を買うつもりなんだ?」
エスカレーターで二階へ移動しながら、ノアはライカに質問した。
すると、一段下にいる幼馴染が見上げながら、「そうだな」と返事をし、
「一言で言えば、友達への誕プレだ。
一応、生きてる内は毎年贈り合うことになっててさ。
とはいえ、それも数年ともなれば、いよいよプレゼントのレパートリーが無くなってよ」
生きている内は、とはなんとも引っかかる言い方だ。
とはいえ、ライカの置かれた立場から考えれば、率先してアビス災害に突っ込むのだ。
そう捉えれば、ライカの発言には何の問題も無くて、けれど悲しくもある。
気にしてない様子で当たり前のように「死」を身近に捉えている感じが。
されど、それを口に出すことはせず、ノアは会話を続けた。
「月並みなことを言うと、気持ちがこもっていればいいのでは?」
「それはそうなんだがよ。
アイツの場合、気持ちと自分が面白そうと思うもの両方よこせって感じで。
だから、困ってんだ。アイツ基準の面白いってなんだって」
「それはまた個性的な友達なことで......」
二階に上がると、通路を多くの人が往来する。
アパレルショップや小物店、シューズ売り場が多く占める中、ライカは目的地に向かって歩きながら、話を続け、
「昔の行動を思い出しながら、なんとか毎年毎年しのいじゃいるが......さすがに限界感じてきたから、ノアの意見を参考にさせてもらいたくって」
「そういうことか。なら、微力ながら尽くさせてもらうよ」
それから二人は目的地に着くと、あーだこーだと話しながら、色々な商品を物色し始める。
最初は百君だったが、話している内に本だったり、人形だったり、挙句には小さめの家電なども見てみたり。
また、途中で息抜きがてらゲームセンターに行き、二人でワイワイしながら遊んだりもした。
そんな時間を、午前から夕刻になるまでがっつり過ごす二人。
そして最終的に、ライカは「実用性」という点に着目して、一つのプレゼントを買った。
「なんかもう、普通におもしろ要素関係なく選んじまったな」
「実用性がある方がいいんじゃないって僕が言ったばかりに......」
「まぁいいや、気にすんな。アイツもそんなんで怒るタイプじゃねぇ。
それに、多分アイツも特に欲しいもんがなくて、そう言ってるだけだろうしな」
そう言うと、ライカはプレゼントを小さなショルダーポーチに入れた。
それからノアを見ると、改めてお礼の言葉を述べる。
「それよりも、今日は付き合ってくれてありがとな。
久々に楽しい時間を過ごしたぜ。
できれば、明日も一緒に遊びたかったが、あいにく別で予定があってな」
「僕も楽しかったよ。
特に、ゲームセンターなんてライカと一緒に行ったら楽しそうだって思ってたし」
「行ったことなかったのか?」
「誘われたことはあったよ。でも、ずっと断ってて。
そのせいで若干孤立気味に......まぁ特に気にしてないんだけど。
それに、最初はやっぱりライカとかがいいかなって」
そう言って、ノアはニコッと笑った。
その笑みは髪さえ長ければ、女子と見間違えられるほどの威力を放っている。
また、その笑みはライカに対して特攻属性がついていたようで――、
「.......そういうことあんま他に言うんじゃねぇぞ」
「?」
口元を押さえるライカに対し、ノアは首を傾げる。
少しして、幼馴染は一つ咳払いして気を取り直すと、もう一度お礼を言った。
「ともかく、今日はありがとな。
お前のことだから、また明日から特訓を始めるんだろ?
明日の終わる時間によっちゃ、顔出しに行くぜ」
「ありがとう、助かるよ。
僕もまだまだライカに力を貸して欲しい.......あっ」
その時、ノアは自分の言葉で一つことを思い出した。
それは駅前広場でライカと共闘していた時のこと。
あの時の最後、自分は彼女から「魔力」を借りていた。
もし、その行動が誰にでも出来ることではなく、自分だけの力だとすれば――、
「ライカ、僕......自分の魔技がわかったかもしれない!」
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