第7話 力試し、そして今の実力#1
場所は室内訓練場に入ってすぐの所、ライカに対してノアは頭を下げた。
頼みは一つ、ライカに戦いの師匠になって欲しいこと。
これから、全てのアビスをぶっ倒そうというのに、足手まといではいられない。
そのためにも、今のノアにとって戦闘力の底上げは急務だ。
そんなお願いに対し、ライカが緩む頬を少しだけヒクつかせ、しかしすぐに表情から消すと、
「あぁ、任せろ!」
「まぁその、ライカも忙しいだろうし、そんな簡単には......ってあれいいの?」
「当然だ。アタシとお前の約束のためだしな。
それに、それはアタシの学業や、あらゆる任務より優先されるべきことだ」
「そこは学業や任務を優先してね」
なんだか優先順位がバグっているライカの発言に、ノアはすばやくツッコむ。
その回答はどうかと思うが、すんなり引き受けてくれるのはこちらとしてもありがたい。
「でも、良かったよ。ライカがそばにいてくれると(心強くて)嬉しいから」
「っ!?.......そ、そうか」
瞬間、ライカが素早く口元を右手で覆った。
強く目を閉じ、その状態でゆっくり顔を上げていく。
それから、数秒かけて熱ぼったい吐息をして、頭の位置を戻した。
「んん"......まぁ、頼りたいことがあったら何でも言ってくれ。
アタシはお前の力になるからよ」
「ありがとう。なら、早速だけどいい?」
「今からか? あぁ、構わねぇぜ」
「僕に近接戦の戦い方を教えて欲しいんだ。
一応、勉強したんだけど、やっぱこういうのは実際にやるのが一番かなって」
魔脈が発見されなかったことで、魔力無しと判断されたノア。
それでも夢を諦めきれず、一般枠で特魔隊に入隊しようと己を鍛え続けてきた。
なので、動画を見たり、指南書を読んだりとで色々と動きは覚えている。
が、所詮は我流であり、練度も未熟である自覚しているのだ。
だからこそ、ここで先輩であるライカに直々に教えを乞う。
少しでも早く横に並び立ち、傷つくことが少なくなるように。
そんなノアの言葉を聞き、腕を組み、ライカは石畳のリングの方を見る。
「なるほど、それでこの場所に来たってわけだな。
確かに、近接戦でやり合うアビスは多いからな。知っておいて損はねぇ」
そう言って、ライカが視線を戻す。
そしてその次には、「んじゃ、やるか」とこれから外に遊びに行くような気軽さで、ノアに声をかけつつも、すぐに「ただし」と前置きを入れ、
「一応昨日の今日ってことで、無茶しすぎるのはよくねぇ。今の実力を測るだけだからな」
「わかった。よろしく頼むよ」
ライカの了承を得て、ノアは彼女と一緒にリングの上に移動した。
互いにある程度の距離を作り、中央で向かい合って立つ。
すると、ライカが左手を腰に当て、
「んじゃ、まずは魔力を出してくれ」
「魔力?」
「あぁ、今一度確かめた方がいいと思ってな。
大抵の人なら一度使えば感覚で覚えてるもんだが、たまに無意識下で使ってる奴もいてな。
そういう奴は、もう一度やれつっても自力じゃ出せねぇんだ」
「わかった。出してみる」
魔力に関してはてんで知識不足のノア、ライカに言われたように行動を始めた。
とはいえ、いきなり魔力を出すといってもよくわからないので、映画や漫画で見るように瞑目して己の体に意識を集中させてみる。
そこから足を軽く開き、拳に握った。
その状態で、シェナルークから教えられた放出の条件を意識する。
その条件とは――「傲慢」になることだ。
(傲慢、傲慢......僕は強いとかか? 僕は強い、僕は誰にも負けない)
今のノアはシェナルークから魔力を借りている状態である。
シェナルークは「傲慢」を司るアビス王だ。
つまり、魔力を出すためには、傲慢の感情が必要になる――とは、本人から聞いた話だ。
なので、とりあえず自分がふんぞり返ってるイメージをしてみたが――、
「どう? 出てる?」
「.......いや、出てねぇな」
「あれぇ?」
ライカに確認してもらったが、結果はダメだったようだ。
しかし、一度失敗したからなんだというのか。
もう一度目を閉じ、頭の中に更なる傲慢な自分を思い浮かべ、体を力ませる。
それこそ、体中から気が爆発するような感じで――、
「どう!?」
「.......変わってねぇな」
「そっか......」
ライカからの率直な感想に、ノアは肩を落とした。
***
望み通りに魔力が出せず落ち込むノアを見て、ライカはなんだかとても切ない感情に駆られる。
一応、幼馴染であるためにノアが置かれていた境遇については理解してるつもりだ。
ノアが味わってきた精神的苦痛の日々、仮に自分が同じ立場だった時を考えると、とても心が痛い。
なんたって、自分は平和な世界で生きている中、幼馴染は生死を分ける世界で自分を守るために戦っているのだ。
その時の自分に対する劣等感といったら。
想像するだけでも胸の奥が息苦しくなるほど締め付けられる。
だからこそ、ライカの体は勝手にあわあわと動き出し、口は思いつく限りのフォローを飛ばしてしまうわけで。
「ま、まぁ、魔力の扱いの差なんて人ぞれぞれだ。
それに、ここにいればすぐに使えるようになる。
アタシもいるしな。だから、気にすんな。
あ、あと、どっちにしろ最初は魔力を使わない予定だったからな」
「そうなの?」
「魔力の放出は、アタシが個人的に確認したかっただけだ。
何事もまずは基本から。
じゃねぇと、魔力を使っても、力に振り回されるだけだしな。
ってことで早速だが、今からテキトーに攻撃して来い」
「え、いきなり?」
あまりに急な展開にノアが瞠目する。
その様子を見ながらも、ライカは肯定するように頷き、
「あぁ、そうだ。言っとくが、本気で来いよ。
敵に女も男もねぇ。下手な甘さ見せた奴から死んでいく。
そういう仲間をたくさん見てきたし、ノアにはそうなって欲しくねぇ」
「その言い方的に、アビスと戦うことだけが特魔隊の仕事じゃなさそうだね」
「......まぁ、それに関しては少し複雑でな。また時が来たら話してやる。
だから、今、お前は目の前のことに集中しろ。
戦闘に関しては、アタシは厳しくするつもりでいるぞ」
(ノアがこの場所に来ちまった以上、いずれ来る戦いは避けられねぇ。
なら、ここは先輩として心を鬼にしていくべき......いくべきなんだ!
悪りぃな、ノア......訓練の終わりには何でも言うこと聞くから!)
表ではキリッとしながらも、内心で後悔しまくるライカ。
しかし、これも全ては一緒に戦っていくため。
腹を括らなければいけないのは、自分も同じだったか。
「スーッ......ハァー」
ゆっくり息を吸い、そして吐く。
これから幼馴染を傷つけることに、言い表せない罪悪感が湧く。
しかし、それも胸に当てた手で握り潰す。戦いの場で甘さは捨てる。
どんな状況でも、と言うには覚悟が足りなさすぎるが、それでもたくさんの現実を見た。
その上で決めてきた覚悟がある。それを、今、形を鬼に変えて。
両手を軽く構えると、スイッチの入った鋭い目つきで、ライカはノアを見た。
「こっちは準備完了だ。いつでも来い!」
「わかった。行くよ!」
自分が覚悟を決めている間に、同じく幼馴染同士で殴り合う覚悟を決めていたらしいノア。
律儀にライカに声をかけ、一気に走り出した。
リングを蹴り、愚直に距離を詰めると、大きく右拳を振り上げる。
実に戦い慣れしていない、見るからに素人のモーション。
その拳がどういう軌道を描き、どこを狙っているか丸わかりだ。
とはいえ、その動きを別にバカにするつもりはない。
(まぁ、鍛えてたっつーけど、それはあくまで戦うための鍛え方じゃねぇだろうし、こんなもんか)
そう思ったライカは、右手の拳を腰の位置に構える。
同時に、反撃モーションを脳裏にイメージした。
(ノアが拳を放った直後、それを左手で払う。
そして空いた胴体に、ボディーブローを一発――っ!?)
その瞬間、ノアの拳の軌道が、少し早く逸れた。
少しゴツゴツした右拳が風を切って向かう先、ライカの右頬だ。
しかし、右拳で狙うとしたら、普通は左頬。
(不自然に早かった腰のひねり......アタシの動きを予想して潰しに来たって感じか?)
深読みすれば、ノアの攻撃はライカが首を右に傾けて躱す動きを狩る動き――にも、感じる。
こちらが相手が素人と侮った先入観を狙ったとでもいうのか。
しかし、先ほども言った通り深読みの可能性もある。
ただ、幼馴染であるからわかる。ノアは戦術家だ。
(最初から仕掛けてきたか。それに狙いはちゃんと顔面)
とはいえ、どこをどう狙おうと、素人の下手なフェイントは熟練者ほど引っかからない。
だから、狙いはいいが、相手が悪かったというべきかもしれない。
その一方で、自分の言った通りに、容赦なく顔面を狙ってくる点は評価できる。
気弱で、過去に自分とすら一度もケンカをしたことがないあの幼馴染が、だ。
どうやら生半可な覚悟でここに来たわけじゃないというのは本気らしい。
もちろん、疑ってたわけじゃない。
その熱がちゃんと伝わる形で見えて嬉しいのだ。
ともあれ、こっちにも先輩としての意地がある。
フェイントの軌道を予測し、ノアの右肩側に回るように、素早く体を半身にして攻撃を躱した。
眼前でノアの拳が空を叩く。シュッと乾いた音だけが聞こえた。
「まだだ!」
瞬間、避けられることは想定内とばかりに腰をひねり、振りぬいた右拳の勢いをノアが反転。
伸び切った右腕がライカを覆うように軌道を変え、裏拳を放った。
思いがけない連続攻撃でライカは面を食う。
しかし、それは右腕でガード出来る。
出来るが、間合いを詰められすぎた。
一旦、距離を取るべき――
「もういっちょ!」
「――っ!? 」
直後、ノアが踏み込み足とは逆足でライカの足を踏み、体がビシッと止まる。
まるで杭を打たれたように、ライカはその場から離れられなくなった。
そして、迫ってくるは、ライカの足を押さえつける足で踏み込んだ左ストレート。
安易な回避行動を取ろうとした相手に対する拘束と予備動作による二重の策。
(認識が甘かった)
ここまでの思い切りのよさと、反射速度からの動作は素人では無理だ。
無理だからこそ、これまでのノアの自主特訓が生半可じゃないとわかる。
あぁ、そうか。ここまで、ここまでずっと追いかけてきてくれたのか。
「やるじゃん。だが、まだ弱い」
幼馴染が見せる原石の輝きに、青瞳が肉食獣の如く熱を持ち、ライカの口角が鋭く上がる。
右手でノアの拳を受け止めれば、がら空きの胴体に一発左拳をぶち込む。
僅かに怯むノアの体、拘束が解けた足を引き戻し、同時に、素早く両手で手首を掴んだ。
そして、一気に沈み込むように腰を下げ、体を反転。腰でノアの体を持ち上げる。
いわゆる一本背負いのような体勢だ。
そして背負った細身の体を、叩きつけるではなく思いっきり投げ飛ばした。
小柄とはいえ、少年の鍛え上げられた肉体が軽く数メートルを回転しながら宙を舞う。
「くっ!」
頭を腕で庇い、ノアがリングをゴロゴロと転がった。
上手いこと着地したおかげか、たぶん衝撃を食らっただけで、肉体にそこまでのダメージはない。
そして、すぐに体を起こし、片膝立ちながらも相手を警戒する姿勢が既に出来上がってることには、素直に称賛に値する。
そんな幼馴染を見ながら、ライカは喜色の顔の裏で冷や汗をかいていた。
(ハハッ、あっぶねぇ、今完全に舐めてたわ。
思ってるよりもバリバリの攻撃してくるじゃねぇか。
それもこれも、アタシとの約束のためってか?)
そう考えたなら、自然と頬が緩んでしまう乙女思考。
しかし、すぐに頬をバシッと叩き、ライカは意識して気を引き締めた。
このままじゃ先輩の威厳がない。それに本気で来いと言ったのは自分だ。
たとえどれだけ実力差に開きがあろうと、自分も本気で受け止めなければ相手に失礼だ。
だからこそ、昂る気持ちを落ち着けるために一つ大きく息を吐くと、ライカは腰に手を当て、
「今の連撃は良かった。特に最後の行動......相手の足を踏んで間合いを維持したまま、虚をついて攻撃。あれはさすがに面食らった」
「痛っつー......それでも防がれたよ」
ぶつけたであろう後頭部を擦りながら、ノアは唇を尖らせた。
なんとも悔しそうなノアの顔だ。自慢の初撃が反撃されて終わったのが不服らしい。
とはいえ、逆にここで負けるようなら、ライカからしても立つ瀬がないというものだ。
そんな幼馴染に対して、ライカは苦笑いして、
「そりゃさすがに経験の差ってやつだ。
とはいえ、アタシ並みの奴はそういるわけじゃねぇ。
未熟な奴だったら間違いなく良いのを貰ってたと思うぜ」
「そう言ってもらえるとやった甲斐があったよ。でも、僕はまだやれる。
もう少しだけ付き合ってもらうよ!」
「ハッ、いいぜ! その息だ!」
ノアの黒い瞳から放たれる強い意志に、ライカは頬を引くつかせた。
良かった、なんとか表情筋の制御に成功した。
でなければ今頃、アイドル・ノアにペンライトを振るほどみたいにはしゃいでいたかもしれない。
「.....落ち着け」
そんな荒ぶる気持ちを押し込めつつ、ライカは再び構えた。
青い双眸でノアを捉え、瞳孔を僅かに小さくする。
先程の突っ立ってる状態とは違う、もう油断しないという姿勢の表れだ。
そんなライカの獣より迫力のある威圧に、ノアの体が僅かに硬くなった。
しかし、小さく深呼吸して、肩の力を抜いてノアは自然と構える。
それから、今一度律儀な一言を添えて、
「いくよ!」
「あぁ、来い!」
リングを勢い良く蹴り、ノアが再び突撃してくる。
今度はボクサーのように胸の前で拳を小さく構え、左手で鋭く鋭利なジャブを放った。
なので、今度は心を鬼にして、ライカはジャブに合わせて半歩前に出て拳を交わす。
同時に、カウンターを決めるように、右手の掌底を左わき腹にねじ込み――、
「動きが甘めぇぞ!」
「ぐっ!」
手首で回転をかけた。コークスクリューブローの掌底版だ。
左わき腹がねじれる感触に、ノアの口から呻き声が漏れる。
そのまま上半身の軸が曲がり胴体ががら空きになったノア、そこへライカが左拳をそっと合わせる。
鳩尾に密着させ、曲げたままの左腕を、瞬間的に骨組みが組み合わさりガコンと音を鳴らすように伸ばした。
直後、左腕一本で再現された疑似パイルバンカーの衝撃がノアを襲う。
「が――っ!」
衝撃が胸から背中へ通り抜け、ノアが嘘のように弾け飛ぶ。
背中からリングに叩きつけられ、体がボールのように数メートル弾んだ。
しかし、それでもすぐに立ち上がり、ノアはめげずにライカへ挑みかかる。
そして始まった戦いは、結果から言えば、一方的なものであった。
様々な武術動画を見て学んだであろう我流をノアは披露する。
しかし、それは所詮我流止まり。
連面と受け継がれ、磨かれた武術とは違い、雑さもあれば隙もある。
「ぬわっ!」
「こんなもんか? あ?」
対して、ライカが扱う武術は、先人達によって完成された「特魔隊式格闘術」だ。
両者が使う武術の練度の違いは明白である。
その差が、ノアがボコボコにされる形となって表れたのだ。
「ぐあっ!」
ライカに手も足も出せず、逆に蹴られ、殴られ、投げ飛ばされるノア。
もはやリングを何度ゴロゴロと転がったことか。
しかし、それでもノアは奮戦を続ける。
「まだまだー!」
ライカに向かって走り出すと、ノアは再び攻撃を仕掛ける。
その攻撃も闇雲というわけではなく、しっかりと型は残っていた。
ライカの攻撃を若干目で追い切れてない節もあるが、それでも戦闘センスはあるのか勘で反応する部分もある。
その事実に、戦闘ハイになってきたライカにも指導に熱が入り、
「いいぞ、ノア! その調子だ!
それにさっきからちょくちょくアタシの技術盗んでるな?
そうだ、それでいい! お前はまだ入ったばかりで伸びしろしかねぇんだ!
それを全身で活かしていけ!」
「ぐっ!」
ノアの攻撃を防ぎ、ライカが腹を蹴って吹き飛ばす。
リングの上を滑りながら転がるが、ノアはすぐさま体勢を立て直し、反撃に出た。
どうやら吹き飛ばされ過ぎて、受け身がさらに上手くなったようだ。
「そうだ、もっと腕を鋭く突き出せ!
相手の攻撃力が高ければ、まもとに受けようとするな!」
ノアとの戦闘が楽しすぎたのか、ライカのテンションが最高潮に達する。
「そういう時は力を受け流して、それを逆に利用して反撃しろ! こんな風にな!」
迫りくる少し無骨な手を躱すと、その腕を掴み、反対側にライカは投げ飛ばした。
瞬間、力み過ぎたその攻撃は、幼馴染をあっという間に壁へと移動させる。
「がっ!」
ダンッと大きな音を立て、大の字の形でノアが壁に張り付く。
そして、そのまま壁を沿うようにしてゆっくり落ち、ぐったりとなった。
「や、やべぇ......やりすぎた! ノア、大丈夫か!?」
途端に、顔を青ざめさせたライカは両手をあわあわと動かし、一先ず声をかけた。
その声に反応は無い。これは本格的に不味いやつかもしれない。
焦燥と心配、そして自分の愚かさ加減に感情がぐちゃぐちゃにされていれば、ノアがピクッと反応した気がして、
「ノア!」
注目すれば、気のせいが確かな時事z津に変わる。
左手で頭を押さえ、壁を支えに立ち上がったノアの姿を見て、ライカはホッと安堵の息を吐いた。
それからすぐに、頭を一度下げ、
「なんつーか、悪い。調子に乗り過ぎた。
ノアとこういう形で戦えてさ、テンションを上げすぎちまったらしい。
だが、これでもう十分だ! お前の強さは大体理解できたしな!」
謝罪しつつ、なんとかノアに気を取り直してもらおうと言葉を並べるライカ。
(や、やりすぎた~。これ怒ってるよな? 絶対怒ってるよな!?)
内心冷や汗ダラダラで、プチパニックを起こしているのがわかる。
考えようとしてもその都度思考が弾け、白く染まる。
もはや今のライカに硬派を気取る余裕はない。
ライカの謝罪の声を聞いたノア、それでも様子は変わらない。
顔をうつ向かせていて表情はわからないが、暗い雰囲気は伝わってくる。
その時、ノアが何かをボソッと呟く。
「.......メだ」
「え? .....あ、その、どうしたノア?」
「こんなんじゃ、ダメだ。これじゃ僕は約束を果たせない」
「いや、そんなに思いつめんなよ。そりゃ今は実力差はあるけどさ。
それはアタシが早く入っただけの話で、お前ならすぐに追いつける。
だから、もう休もう、な?」
そう声をかけるライカだが、それでもノアに響く様子はない。
それどころか、彼は左手で前髪を掴むと、さらに感情的な声で、
「弱いままじゃダメだ。見下され、バカにされ、嘲笑われる。
そうなったら大切なものなんて守れやしない。
弱さは罪だ。僕が......俺が弱くあってはいけない!」
「の、ノア? なんか様子が変だぞ? 一旦落ち着け。
お前をそんな風に思う奴はいない。
いたらアタシがぶっ飛ばしてやる。
だから、安心しろ。ゆっくり、ゆっくりと深呼吸だ」
「弱さを許すな。そして強者を許すな。強者はただ一人――俺だけでいい!」
瞬間、ノアから猛烈な魔力が溢れ出す。
その放出によって大気が怯えるように風が発生し、窓がガタガタと小刻みに震える。
また、彼の右手で触れている壁がバキッと砕けた。
ただ手を壁を押し付けただけで、感覚一メートルほどの凹みが出来ている。
先程まで常人であった幼馴染――怪物へと姿を変えた。
「なんつー魔力だ。これはあの時の!」
その魔力を感じたライカはすぐに気づいた。
駅前広場で戦った時のノアと同じだ、と。
ただし、その時よりも魔力が荒々しく、ノアの様子もおかしい。
周囲を黒い羽根が舞っているような、そんな邪悪な雰囲気さえある。
「これだ.....この力だ。ここからが俺の本当の実力」
魔力の放出が終わると、ノアは左手でゆっくり前髪をかきあげる。
そして、黒から紅く染まった双眸で凍て刺すようにライカを見つめ、
「さぁ、第二ラウンドだ」
傷つけられた傲慢を取り戻さんと、傲慢なる少年が宣言した。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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