第51話 姉妹ケンカ、そしてケンカの行く末#2
アストレアの渾身の刺突、それは確かにクルーエルの剣を砕き、胴を貫いた。
しかし、手に戻したレイピアを再び握りしめるのは、完全に倒した証を見届けていないからだ。
アビゲイルであろうとアビスの核を破壊した場合、肉体は灰になって滅びゆく。
しかし、遠くに見え、地面に転がるクルーエルにはその兆候が見えない。
それが示す結果は一つ――自分はまだクルーエルを殺せていない。
「悲しいものよね、確かに胴体を貫かれても核が壊されない限り致命傷になりえない。
だから、せっかくのアスちゃんの攻撃でも今の私では死ぬことも許されない」
上半身をグッと起こし、クルーエルが片膝を立てた状態でアストレアを見る。
目も口もない顔から表情を読み取ることは難しいが、それでも唯一わかる声は憐れんでいた。
「別に、そもそも今ので倒せたとは思ってなかったから。
だって、剣を受け止めた瞬間、若干身をよじらせて急所を外したでしょ?」
「よく見てたわね。アスちゃんの言う通り、私は回避行動を取ってしまった。
こんな醜い姿になってまで生きたがる性根が浮き彫りになって嫌だわ」
「私はお姉ちゃんがどんな姿でも生きてて欲しいと思うけど」
「......嬉しいこと言ってくれるわ。でも、私が嫌なの」
クルーエルの言葉に嬉しそうに返答の言葉を弾ませ、しかしすぐに悲しみで塗り潰すクルーエル。
それから、その場で立ち上がり、半ばで折れた蛇腹剣を再生させると、
「これでも女としての美しさのプライドは多少なりともあるのよ?
そして、私が生み出せる美は生きているからこそ――だから美しい。
それは容姿だけじゃない、私が歩んできた生き様も含まれる」
そう言って、クルーエルは自分の左手を胸に当てると、さらに言葉を続ける。
「それがたとえ自分の望まぬ終わり方だとしても、そこまでが私の人生。
でも、今の私は本来なら誰にも歩めない時間を歩み、自分の人生の泥を塗ってる状態なの。
ましてや、自分の存在が多くの人に迷惑をかけるだなんて......私は私を許せない」
「だから、死を望むの?」
「その言い方はおしゃれじゃないわ。自分の物語にちゃんと幕を下ろすの。
でも、それは私自身では難しい。自死するよりも殺戮衝動の方が勝ってる。
だから、アスちゃんに頼むのよ。私には出来ないから」
「......姉を殺す妹の身にもなって欲しいものね。
ましてや、ケンカの末の殺傷沙汰なんて」
「それは本当にごめんなさい。でも、改めてお願いするわ」
胸から左手を放し、クルーエルが軽く身構えた。
直後、自身の背後の空中にいくつも魔法陣を浮かべる。
その光景を見て、第二ラウンドのゴングが鳴ろうとしていることをアストレアは認識した。
「今度こそ、私の心臓を止めてね」
「善処するわ」
ガッと地面を踏み割る勢いでクルーエルが動き出す。
その速度は肉体が黒い影となり、アストレアの強化した動体視力でなければ見失ってしまうほど。
加えて、意識すべきはその黒い影だけではない。
「針時雨」
針というには太すぎる杭のような太さの水が、魔法陣から一斉に発射される。
その水が地面に直撃すれば、地面の方が根を上げ、叫び声を上げた。
地面に次々と穴を作り出し、辺り一帯に瓦礫が飛び散る。
そんな中で振るわれるのが、数ある剣の中で最大のリーチを誇る蛇腹剣だ。
とぐろを巻いた蛇が標的に噛みつくように空中を移動し、アストレアに迫る。
その飛んでくる雨を背後に飛んで躱しながら、合間合間に来る鞭のような軌道をする蛇腹剣をレイピアで弾き、正面から迫る隙を伺う。
「氷針」
飛んでくる杭の雨に対抗するように、アストレアも太めに作った氷の礫で迎撃。
互いの弾幕が空中でぶつかり合い、水は飛沫を、氷は氷塊をそれぞれ周囲にぶちまける。
「そこ!」
瞬間、右手に持つレイピアを正面の空中に向かって、アストレアは突く。
当然ながら、レイピアのリーチではクルーエルに攻撃は届かない。
だから、剣の刀身を伸ばすように<氷刃延長>を使用する。
その攻撃は、本来相手が躱した間合いを殺すための初見殺し攻撃だ。
しかし、相手はクルーエルである以上、その攻撃は当然警戒されている。
ならば、この技は攻撃のために使うのではなく、攻撃をするための隙を作るために使うのが吉。
接近するクルーエルに凍てつく氷刃が鋭く迫り、しかし高速の直線攻撃は彼女が首を傾けるだけで避けられた。
とはいえ、その回避は想定内であり、むしろ嬉しい避け方をしてくれた方だ。
「まだ!」
右腕を振り下ろし、アストレアは氷刃をクルーエルへと再度接近させた。
ギリギリで避けたからこそ、薙ぎ払いに近いその攻撃は回避できない。
そして案の定、クルーエルが氷刃を破壊するために蛇腹剣を振るい、
「――しっ!」
アストレアが地面を踏み――疾走。
クルーエルをレイピアの間合いまで詰めると、右足で踏み込み、短く息を吐いて氷を纏わせたレイピアを放つ。
直撃すれば相手の体表を凍らせるほどの冷気を持つ一撃だ。
が、あいにく半身で回避された。
直後、左脇、そこへクルーエルを感じる。
無機質な黒い人形が視界の端に映る。
そこに向かって、<白剣>で左手で氷の剣を作り出し、横に薙ぎ払った。
「攻撃直後の追撃は、相手の姿勢次第で攻撃手段が限定できるわ。覚えておきなさい」
「――ぐっ!」
しかし、その左手の一撃は、クルーエルの左手によって手首を掴まれ止められる。
同時に、脇腹に衝撃が走り、体がくの字に曲がったまま、アストレアは地面を転がった。
水に濡れた地面を数回転がり、されど勢いを利用してその場で片膝立ちになる。
視線を正面の向けた矢先、まるで唐竹割りするように蛇腹剣が降って来た。
「本当に殺意マシマシねっ!」
低い姿勢から一気の飛び出し、レイピアで打ち払いながら、アストレアは前進する。
その後も数多の蛇が噛みつくように四方八方から来る蛇腹剣を弾いて、弾いて、回避して弾いて、
「多蜂刺」
再び詰めた間合い、多少の切り傷がありながらも、得ることが出来た攻撃チャンス。
そこへ放ったのは連続の刺突攻撃であり、その一撃一撃が厚さ五センチほどのコンクリートなら余裕で穴を開けることが出来る威力を持っている。
しかし――、
「氷の壁」
レイピアの剣先がクルーエルに直撃する直前、地面から生えた氷の壁によって邪魔される。
加えて、その壁は全ての刺突を防ぎ切った。
バラバラになった氷の瓦礫の隙間、正面には左手を伸ばすクルーエルの姿がある。
瞬間、背筋を身の毛がよだつ存在に撫でられたような悪寒を感じ、アストレアは首を大きく傾けた。
「白糸」
水で出来たレーザー光線、瞬く間に突き抜ける死の一線がアストレアの頬を僅かに掠めた。
咄嗟の判断により生を獲得することに成功したアストレアだが、まだ終わりではない。
初手に飛んできたのは点による攻撃だ。となれば、当然追撃も来る。
すぐにしゃがみこめば、頭上に水の極細波動が通り抜けた。
顔を上に向ける――先程砕いた氷の壁の瓦礫が空中で制止し、全てアストレアに向いているではいか。
「休む暇もない」
苦言を吐き、アストレアはエビのように後ろへ跳ね飛ぶ。
地面に氷塊が降り注ぎ、アストレアの軌道を追うように飛んできたものはレイピアで排除。
「少しはターン寄越せ!」
「ごめんね、まだ私のターンよ――鉄砲水」
アストレアが吠えた直後、淡々と返答するクルーエルの左手から放たれたのは水の砲撃だ。
視界を埋め尽くす放水車も形無しの水量を、アストレアは横っ飛びで回避した。
もといた位置にはぶっとい砲撃が突き抜け、奥にあった建物を衝撃で破壊する。
クルーエルからの連続攻撃、そのどれもが直撃すれば勝負が尽きそうな一撃だ。
しかし、そんな攻撃をこれまでの戦闘経験と勘で紙一重の回避を繰り返すアストレア。
そしてついに生まれた攻撃の隙――、
「これで終わらせる!――鷲突き」
着地の片膝立ちからの起き上がりを利用し、アストレアは破壊力のある刺突を放つ。
「――っ!?」
その直後、自らの体に感じる違和感に、アストレアは目を見開いた。
正面に向かって伸ばす右手が段々と失速していくのだ。
いや、違う。自分が想定しているよりも体が動いていない。
(侵食領域による影響? 違う、そんなことより――寒い!)
周囲が、空気が、体内がまるで震えるような寒さを感じる。
そう意識してしまったが最後、全身に寒さという寒さが駆け抜け、体の震えがたまらない。
気が付けば荒く呼吸する口からは白い息が漏れ、歯がガチガチと不協和音を鳴らす。
(ダメだ、寒い)
思考が一つの言葉で支配され始め、攻撃しようという意思も削ぎ落ちる。
先程まで考えていたことも、この攻撃が防がれた場合の次善策も、何もかもが凍り付く。
絶好のチャンス、寒い。それを逃した、寒い。
二度も作れ、寒い。るかわからない、寒い。にもかかわ、寒い。
(寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!)
もはや思考が定まらない。
ニオイがわからなくなり、耳から音がしなくなり、目を開けてるのが痛い。
舌はとっくに唾液の分泌が無くなり、触れる肌は寒いを通り越してもはや痛いぐらい。
(寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い!)
なんだこれは、今までにも感じたことのない寒さだ。
いや、あった。一度だけこれに似た記憶がある。
それは昔、まだ未熟が自分がイレギュラー的な強さのアビスと遭遇した時、助けてに来てくれたクルーエルが放った氷を感じた時の寒さだ。
つまり、これは――
「渦転――」
アストレアの足元から舞う白い冷気。
それはたちまちアストレアの体を包み込み、下半身はおろか上半身の大部分を白く染めた。
ただでさえ、濡れた服は氷が張り、バッキバキに凍った衣服が立体的な彫刻を作って残る。
加えて、体表の大半も薄く氷が張り、それがアストレアの攻撃を無力化した。
「惨刈!」
そんなアストレアの状態に、水を纏わせたノコギリのような黒剣と、その僅か数センチ外に浮かぶ四つの回転する水の刃が、クルーエルの右手から振るわれる。
クルーエルの魔力と剛力が合わさった豪剣が空気を斬り裂いて真下に向かって移動する。
光を反射する刃の表面が水面のようにキラキラと煌めいた。
「あ、氷の壁」
もはや正常に動いているかもわからない口を動かし、アストレアは魔技名を詠唱。
瞬間、足元から氷の壁が出現し、クルーエルの黒剣に直撃した。
しかし、その衝撃は黒剣の勢いを止めるには全然足りず、一秒と持たない。
されど、そのたった刹那の時間がアストレアの生死を分けた。
「――ぐっ」
剣が氷の壁と接触の衝撃、それはある種の爆風を伴い、その場に固まったアストレアの体を突き飛ばした。
全身がバキバキと音を立てながら、アストレアの体がくの字に曲がり、その数センチ手前を黒剣が通り過ぎ去る。
直後、黒剣が地面に直撃した際に生じた地面との爆風で、アストレアは再び勢いを得て、さらに遠くの方へ飛ばされた。
真っ白く染まった地面に直撃し、受け身もまともに取れずゴロゴロと転がる。
そんな状態の中、自らの魔力でなんとかなけなしの体温を維持すると、改めて視界を見た。
「――っ」
目の前に広がる光景に、アストレアは冷たい空気を飲む。
クルーエルの姿が異様に見えるほどの、氷の花が咲く銀世界が構築されていた。
天に局所的に出来た分厚い雲から雪がしんしんと降り注ぎ、風が吹いて吹雪になってるわけでもないのに、それが異様に寒い。
(ただ雪が降っただけじゃ、こんなことにはならない)
そう思った時、近くの建物からパキッと何かが地面に落ちて砕けた。
そこに視線を向けると、あったのは氷柱。
その瞬間、アストレアの脳裏に一つの辻褄が出来上がる。
(そうか、水だ。お姉ちゃんは攻撃の合間に水で攻撃していた。
でも、水は基本物理的な威力が高いだけで、高圧縮して刃状にしなければ相手を倒す決定打にはなりにくい。
だけど、それが攻撃とは別の目的だとすれば? そう、この状況を作り出すために)
これまで散々空中に、地上に、アストレア自身に水を直撃させていたのは、そこにある水分を凍らせるため。
そう考えれば、今がまるで豪雪地帯に濡れた裸で立たされているような今の状況にも納得がいく。
「『雪園・銀景色』.....まさか私の奥の手を使われるなんてね。
いえ、使うことになってしまったというべきかしら。
こうなれば、もうここは私のフィールド」
ふかふかの雪で覆われた地面に伏せるアストレアの手足や腰に、氷の茨が絡みつく。
以前に見た<雪園>の花の拘束効果だ。
茨のトゲが肌に食い込み、流れた血が雪を赤く染める。
しかし、その傷もすぐに寒さで血が止まり、トゲが食い込み出血、しかしすぐに止血――それを繰り返す。
寒すぎて失いそうになる意識も、それですぐに現実に引き戻され、止まない痛みに苦しむ。
それがクルーエルの奥の手の効果。人間相手には絶大な効果を持つ最悪な技だ。
「まだ、やれる.....」
気力を振り絞り、もはや寒さで痛覚の感覚も無くした体を起こす。
寒さで縮み上がった体に魔力を流し、細胞を活性化させ、体温を作り出した。
それは多大な魔力を消費するため、侵食領域が充満するこの場では自殺行為でしかない。
が、やるしかないのだ。目の前の哀れな姉を殺すためには。
バキッバキッと茨を砕き割り、アストレアはレイピアを握りしめる。
しかし、それでも寒さが止むことは無い。震えが止まらない。
そんなアストレアの疑問に答えるように、クルーエルが口を開いた。
「今、どうして寒さが止まらないのかと思ったでしょ?
同じ属性の魔技を持つものは、その属性に対して耐性がある。
にもかかわらず、アスちゃんが感じる寒さはその耐性を貫通していると」
クルーエルを睨み、無言で肯定を示すアストレア。
そんな我慢強いな妹に向かって、クルーエルが歩みを進めると、
「単純な話よ。魔技の......魔力の熟練度が違うの。
だから、同じ属性でもこうも感じ方が異なってくる。
本来はアビスを倒すために鍛え上げたものなのに、それが妹に向くのは皮肉でしかないけど」
「――だから何?」
クルーエルの言葉に対し、皮膚や肌と凍り付いた体をそのままに、アストレアは強気で言い返した。
瞬間、姉の足が止まり、そこへさらにアストレアが言葉を重ね、
「それが負けた理由にはならないでしょ?
最後まで期待しておきなよ。私が誰の妹か」
「......そうね。今のは私が悪かったわ、ごめんなさい。
それじゃ、今度こそ決着をつけましょう!」
そう言って、謝罪の言葉を口にすると、クルーエルが蛇腹剣を構える。
そして、「行くわよ」の一言とともに、蛇腹剣を振り回した。
その攻撃に対し、アストレアは旋回するように移動し躱していく。
となれば、当然追撃の攻撃が振るわれ、同時に真っ白の足元から氷柱が飛び出した。
殺意の刺突がいくつも豪速で生え、それをアストレアが僅かな地面振動で躱し続ける。
(なんとか避けれる。だけど、これ以上の魔力は消費はできない)
現状、アストレアのクルーエルを勝利するための条件として、侵食領域の対処、クルーエルを殺せる程度の魔力の温存と二つの条件が挙げられる。
しかし、その二つとも実はとても叶えるのが難しい。
というのも、今のアストレアは体温維持のために肉体強化で魔力を消費している。
それは侵食領域の対処としては悪手であり、魔力の温存とは真逆の行動だ。
そうでありながら、その二つが成立してなければ、クルーエルを倒すのは不可能。
幸いにも侵食領域の影響があまりしてない気がするが、それでも油断はできない。
叶えるチャンスがあるとすれば、短期決戦も短期決戦。
それこそ、今大技ぶっぱなして攻撃を仕掛けるぐらいじゃないと間に合わない。
だが、そんな雑な攻撃がクルーエルに届くのか。
(いや、無理だ。チャンスは作らないと)
早々に決着を急ぎたいが、そんなのでやられてくれる相手じゃない。
それは隊員としても、妹としても知っているゆるぎない事実。
(私一人の力では無理。でも――)
そう思ってチラッと見るのは分厚い雲から降り続ける白の結晶。
そして、地面に積もった白い大地。
相手の魔力で生成されたものの主導権を奪うのは難しいけど、ここまで細かいのなら。
「後はバレないように祈るだけ!」
そう決意を言葉にし、つま先の向きをクルーエルに向ける。
同時に、左手で白い大地をすくい上げ、数個の氷の塊を飛ばした。
当然、それは蛇腹剣で防がれるが、構わずアストレアは突っ込む。
「さぁ、どんな感じで挑むのか見せて頂戴!」
「任せて!」
空中を揺らめき泳ぐように振るわれる蛇腹剣を弾き、下から降る氷を避け、上から降り注ぐ氷を斬り裂き、アストレアはクルーエルに肉薄する。
その姿はまるで戦闘中で踊るかのような動きで。
それもそのはず、今の動きはアストレアが知るクルーエルの動きだ。
戦うの姉の姿は、そこが様々な汚れたニオイと音が充満する中であろうとただ変わらず凛と美しかった。
そんな姉の動きに魅入られて、憧れて、どれだけ追いつこうともがいたことか。
「良い動きだわ」
アストレアの動きに呼応するように、クルーエルの動きも活性する。
さながら、社交ダンスでリードするパートナーに合わせるように。
二体の氷の精霊が、寒空の雪の下を舞台会場にし、踊り始める。
「針時雨」
「氷針」
「白糸」
「白剣」
「青薔薇」
「氷石暗器」
「冰凍槍」
「波浄槌」
「「剣の雨」」
「「脚式・虎爪」」
「「拳式・剛気」」
互いに互いの持ち得る魔技を重ね、ぶつけ、打消しあい、交じり合わせ、最終的に拳をぶつける。
接触する白い左拳と黒い左拳、それが気持ちを通じ合わせるように衝撃を生み、地面の雪が舞い上がる。
一瞬のホワイトアウト――それが、アストレアの終幕の合図となった。
アストレアは正面に向かって雪を蹴り、その雪を凝結させて氷の塊として放つ。
当然ながら、そんなちゃちな攻撃は通じない。
だから――、
「氷凍縛」
視界が晴れ、正面にいるクルーエルに、アストレアはレイピアを向ける。
直後、クルーエルの黒い足に半透明な氷が纏わりつき、身動きを取れなくさせた。
「こんなものじゃ――」
「わかってる。でも、その一瞬で十分――大地を凍てつかせる剣」
「――っ!」
瞬間、天を掴むように伸ばしていた右手を、アストレアが振り下ろした。
真上から来る巨大な圧迫感、それを感じ取ったクルーエルが見上げると、そこには大量の冷気を放出させる巨大な白い剣が落ちていた。
アストレアの奥の手ある巨大な剣の圧殺攻撃だ。
仮に仕留めきれなくても、大量の冷気が相手を凍結させるという二段構え。
しかし、それでも相手はクルーエル、油断せずにアストレアは走り出す。
「えぇ、それで正解よ。これだけじゃ私を殺すには足りえない」
正面から向かってくる妹を見て、クルーエルが左手を上に伸ばした。
瞬間、<白糸>でもって、手首のスナップだけで頭上の巨大な剣を縦に斬り裂く。
「だぁ!」
その僅かなクルーエルの迎撃直後の隙、そこにアストレアは鋭い針剣を放つ。
降り注ぐ雪を剣筋に纏わせ、空を突くような一撃が狙うのは、アビスの弱点一点のみ。
「甘い!」
その気合入れた一撃は、クルーエルの喝の入った声に一蹴される。
右手の黒剣がレイピアを弾き、アストレアの肉体は空しく後ろに退いたのだ。
同時に、<白糸>が出た左手が真っ直ぐ売り降ろされる。
このままでは人間の体が縦半分に切られてしまうだろう。
いや、まだだ! まだ自分にも左手が残っている。
だから――、
「白糸ォ!」
クルーエルが使う技の中で一番の殺傷能力がある魔技。
同時に、現状、生み出した彼女にしか使えない水系統の奥義でもある。
そして、それを放つアストレアの<白糸>はお世辞にも、クルーエルと比べれば洗練さに欠けていた。
それでも、糸のように放出された水は確かな切断力を持ち、
「――さすが私の妹」
アストレアのひっかくような形をした五指から一本ずつ、計五本の<白糸>が放たれた。
クルーエルが左右で二本ずつしか放てない奥義を、だ。
それによってもたらされた五爪の攻撃は、クルーエルの肉体を裁断。
その威力はクルーエルを突き抜け、奥の遠くの建物までをも斬り裂いた。
その中には、クルーエルの核も含まれており――
「......あぁ、負けちゃった」
膝をついてしゃがみ込むアストレアの一方で、負けたクルーエルは嬉しそうに声を弾ませた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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