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人類の脅威であるアビスを殲滅するために、僕はアビス王と契約する~信用させて、キミを殺す~  作者: 夜月紅輝
第2章 怠惰の罪、それは愚か者の証

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第49話 代表と部下、そして最期の会話

――ノア達主力部隊がリュドルと戦い始めた数分前


 リュドルがいるアヤベ区の中心から二キロほど離れた地点に、二人の少女が立っていた。

 その二人の少女、視線の先にいるのだ男の骨格をしたアビスと、女の骨格をしたアビスだ。


 加えて、その男女のアビスには、二人とも見覚えがあった。

 容姿こそ人型の黒鋼と言った感じだが、そのアビスが持つ武器、立ち姿が生前を想起される。


 だからこそ、変わり果てた姿に筆舌しがたい嫌悪感が生じ、それを言葉にしない代わりに目つきが鋭くなってしまう。

 そんな視線を瞑目させ、ライカは憤怒で熱せられた吐息をし、


「にしてまさか、こんなとこで再会するとは思わなかったな。

 あんたほどの人物が自分がアビスになった後のリスクを考えないとは思えないし。

 となると、やっぱ相当強かったんだな」


「そうなんだよ。全く嫌になるぜ」


「ハッ、図星ってか......あ?」


 半ば愚痴のような感じで言った言葉に反応があったことに、ライカは顔をしかめる。

 そしてすぐさま向けた視線の中に、肩を竦めた男型アビスの姿があり、


「正直、こんな感じで対面したくなかったってのは俺も思うとこだ。

 あぁまで戦闘したってんだから、殺されるって思うのが普通じゃん?」


「おい、待て......自我があるのか?」


 つらつらとしゃべる男型アビス、否、マークベルトの姿に、ライカは瞠目した。

 これから戦うのはアビスだと思っていた。しかし、アビゲイルでは話が違ってくる。


 アビスとは、人間のアビス化の成れの果て。

 もしくは瘴気が凝固してできる存在であり、その存在自体には自我がない。

 例えるなら、殺戮マシーンだ。


 しかし、マシーンならマシーンで戦いようはある。

 本能のまま戦うアビスの動きは獣のようなもので、直線的で単調だ。

 力一辺倒の戦い方になり、それさえ意識していれば勝率は低くない。


 対して、アビゲイルは、アビスが人を食いまくって知能が芽生えた存在。

 つまり、アビスの超人的な肉体性能をそのままに思考を兼ね備えたと言ってもいい。


 その存在との戦いでの厄介さは言わずもがな。ただの対人戦より数十倍大変だ。

 それも代表クラスともなれば、そもそもタイマンで戦うこと自体憚られる。

 もっとも、今更な話ではあるが。


(チッ、面倒なことになりやがった)


 目で見て耳で聞いた事実に、奥歯をギリッと噛むライカ。

 プランとしては、サッサとこの再会にお別れを告げて応援に向かう予定だった。

 しかし、それすらも簡単にはいかないらしい。


 加えて、ライカが抱えている懸念はそれだけではない。

 正面にいるマークベルトがしゃべるのだ。

 となれば、当然隣にいるのは女型アビスはクルーエルであり、彼女も自我を持つことになる。

 そうなれば、せっかく姉の死を受け入れたアストレアの覚悟が揺らいでしまう。


「アスト――」


「お姉ちゃん!」


 アストレアを制止させようとするライカの声、それはアストレアの想い人の名前で掻き消える。

 それから、アストレアは周りが見えてない様子でクルーエルに話しかけ、


「お姉ちゃん! 無事だったのね! 私、てっきり死んだかと思って......」


「アスちゃん.....」


「でも、大丈夫! 生きているならまだどうにかなる! どうにかする!」


 クルーエルの変わり果てた姿を見て、それでもアストレアは再会に涙ぐむ。

 熱ぼったい言葉が口から溢れ、激しい動機を抑えるように右手を胸に当てた。

 そんな友達の姿が、ライカには痛々しくて見ていられなかった。


 クルーエルの状態は、確かに自我こそあるが、生きているとは言い難い。

 そもそも、特魔隊としてはアビス化した時点で死んでいる判定だ。


 なぜなら、仮に意思疎通が通じるとしても、いつ殺戮衝動に襲われて自分を殺しに来るかもわからないから。


 常に包丁をチラつかせてくる殺人鬼と仲良くしようというのと同じ。

 常人はそれを受け入れられない。


 故に、どうにかすると息巻いてるアストレアにそんな力がない以上、これ以上の希望に縋る惨めに思えて仕方がないのだ。


 ましてや、相手はアビス王に勝らずとも劣らない存在。

 いざ殺戮衝動に襲われたクルーエルが一体何人の特魔隊を屠るのか。

 考えただけでもゾッとする未来の蕾なんて刈り取るに限る。


(しかし、アタシの言葉が届くのか.....?)


 友達としてはアストレアの暴挙を止めるに限る。

 とはいえ、一体どんな言葉なら今のアストレアが耳を傾けてくれるのか。


 姿が変わったとはいえ、身内が自我を持って帰って来たなら、可能性に縋ってしまう。

 自分だって、クルーエルの姿をノアに置き換えたなら、同じ行動を取るだろう。


 だからこそ、思い付く言葉はアストレアを止めるに至らない戯言だとわかってしまう。

 そのことに拳を握りしめるしかできない自分が悔しい。弱い。本当にこういう所だ。


「――アスちゃん」


 その時、静寂を作っていた空間に凛としながらも柔らかい声が響き渡る。

 その声が耳に届いた時、自己嫌悪に俯きかけたライカの頭が上がった。

 同時に、隣にいるアストレアの頬が強張る。


「心配かけて、こんな不出来な姉でごめんね、アスちゃん。

 本当はマークと二人で倒して帰ってこれたら最高にカッコついたんだけど、そう簡単にいかなくて。

 きっとユーちゃんと一緒に、いっぱい悲しませてしまったでしょうね」


「......確かに、悲しんだ。泣いて泣いて泣き腫らして、やがてその涙も枯れて立ち上がれなくなって.....でも、今こうしてお姉ちゃんがいるなら――」


「アスちゃん」


 ぴしゃりと一言、柔らかく呼んだ名前でアストレアの口が止まる。

 そして制止する妹に対し、黒鋼の魔神であるために表情がわからないが、クルーエルは確かに駄々をこねる娘をあやすような慈愛の声でもって、


「お姉ちゃんはね、死んじゃったの」


「――っ」


 クルーエルから告げられる残酷な一言に、アストレアの深蒼の瞳が揺れる。

 僅かに開いた口は小刻みに振動し、受け入れがたい事実に顔を背けようとして――、


「アスちゃん」


 その一言で、アストレアの動きは再び止まる。

 もはや両手で顔を挟まれてるように、アストレアは顔を固定させた。

 視線すらもただ真っ直ぐ姉の姿を見つめて。

 そして、ようやく見てくれたアストレアに対し、クルーエルは言葉を続ける。


「もう一度言うわ、お姉ちゃんは死んじゃったの。

 こうしてアビゲイルの姿となってアスちゃんの前に現れたけど、それは私であって私ではない。

 まずはそれは受け止めなさい。そして、受け入れなさい」


「――ぁう、で、でも、私は.....」


「それに、私はアスちゃんが思っているようにはならないわ。

 正直、今でもアスちゃんへの想いで殺戮衝動を抑えるのがやっとなの。

 自分の大切な人でこれであるなら、きっと他の人ならすぐに殺してしまう。

 それでも、アスちゃんは自分のことを大切に思ってくれている人の想いを捨ててまで家族を選ぶ?」


「そ、それは......」


「ふふっ、わかってるわ。難しいわよね。

 だって、ここまで来れるようになったのだって、きっと一人じゃなかったのでしょうから。

 そして、私の自慢の優しいアスちゃんにはそんなことは出来ない」


「で、でも――」


「それにこれは姉妹ケンカ、なんでしょ?」


「――っ!」


 その最後の一言、それが殺し文句のようになりアストレアは何も言えなくなる。

 言い返したい言葉は山ほどあると言った感じだが、喉で退かかかって出ない。


 そんな悔しそうに顔を俯かせるアストレアを横目で見ながら、ライカは視線をマークベルトに移動させ、


「なぁ、込み入った話になりそうだ場所を変えようぜ」


「......だな。家族の話に俺達の存在は無粋だ。

 それに、積もる話となりゃ、俺達にもありそうだもんな」


「文句なら山ほどあるつもりだぜ」


「そいつは悲しい」


 全く悲しがってない声で返答するマークベルト。

 その日常が返って来たような些細なやり取りに、ライカは頬を緩ませ――しかし、すぐに下がる。

 そして、再度大きく息を吐くと、


「行くか」


「あぁ」


 マークベルトの言葉に、ライカは静かに返答した。

 それから、先行するマークベルトを追いかけるように、ライカも移動を開始する。

 肩越しに振り返り、視界に小さくなって映る姉妹の姿を見ながら。


****


 アストレアがいた位置から一キロほど離れた地点。

 左右が大小様々なビルに囲まれ、近くに歩道橋がある道路の真ん中で、マークベルトとライカが向かい合う。


 しかし、すぐに戦闘開始とはいかず、脳裏に姉妹の会話を思い出しながら、ライカは口を開き、


「なぁ、やっぱり、お前もアタシを殺したいと思ってんのか?」


「思ってない.....って言えたら、どんなにラクだっただろうな。

 こんな姿になったとしても、お前さんなら平然と受け入れて前みたいな日常に。

 そう思わない日は無かったし、今だって出来ればそうなって欲しいと思ってる」


「だが、それはお前自身が一番無理だってわかってんだろ?

 ハァ、あん時しゃべってくれりゃ、全員でボコってやってやったのによ」


「ハハハ、それが一番かもな。でも、俺は出来れば、お前さんに介錯してもらいたい。

 一生で一度のお願いだ。どうか俺のワガママを聞いてくれ」


 声色でしか真剣味がわからないマークベルとの言葉。

 その黒いフルフェイス兜からは表情は当然見えないが、しかしライカにはどんな表情を浮かべてるか大体の想像がついた。


 いつもチャランポランな人間には似つかわしくない顔だ。

 脳裏に浮かぶマークベルトの姿に、ライカはため息を吐きつつ、ボリボリと頭を掻く。


(一生に一度のワガママ? バカ言うんじゃねぇ。

 お前のワガママを聞くのは今に始まったことじゃねぇだろ)


 小さなことから大きなことまで。

 ライカが白のパレスに所属した時からマークベルトには雑用を押し付けられていた。


 なんたって、パレスに直接在籍している隊員は数える程度しかいなかったのだ。

 加えて、その隊員も途中で他のパレスに長期出張のような形になり、気付けば二人きり。


 仕方なく秘書業務につけば、雑用やら何やらで仕事量は倍。

 おかげで今の今までで隊長業務がどんなかわかってしまった。

 そう、わかってしまったのだ。


「......いつからだ。いつからお前は自分の死を自覚してた?」


 ライカがこれまでこなしてきた業務の数々。

 それら全てではないが、半分ぐらいは隊長としての業務だった。


「あんたはサボってるつもりだっただろうが.....いや、実際半分ぐらいはサボりだっただろう。

 だが、そのサボりの半分の狙いは、アタシを着実に鍛えることだったはずだ」


「.......」


「それこそ、駅前で起きたアビス災害なんてのは特にそうだったはずだ。違うか?」


 駅前に起きたアビス災害、それは本来ならマークベルトの仕事だった。

 本部から直接呼ばれたのが彼であり、つまり彼が担うべきと判断された任務。

 それを自分が勝手な独断で押し付けられ、結果ノアと再会したわけだが。


「今思い返しても、やっぱりあのアビスの強さは異常だった。

 強さだけじゃねぇ、固くもあった。並みの隊員じゃ歯が立たねぇ。

 実際、アタシも制限ありきじゃ、あのアビスに勝てるかもどうか怪しかった。

 あそこで偶然ノアに会わなければ.....まさかノアのことも?」


 発言していて段々訝しむライカに対し、マークベルトは大きく首を横に振る。


「おいおい、部下が上司を高く評価してくれるのは非常に嬉しいが、さすがに買い被りだ。

 少なくとも、ノアがあの場所にいたのは全くの偶然。

 いや、ここまで来れば運命とでも言うべきだな」


「んじゃ、アタシに隊長業務をさせていたこと自体は認めるんだな?」


「あぁ、そうだな。確かに、俺は少しずつお前さんに隊長業務をやらせていた。

 いつお前さんが隊長としての役割を果たすようになっても滞りなく進めるようにな。

 ただ、具体的にいつからって言うと特に理由はない」


 そう言葉にしながらも、「だけど」と逆接を入れて、マークベルトは話を続ける。


「そう遠くないうちに俺は死ぬだろうなって、変な確信はあった。

 俺は所詮ただの魔力を持った人間。強いて、特別な力を持った人間だ。

 でも、英雄じゃない。俺では英雄になれない」


「英雄になりたかったのか?」


「どうだろうな。世界を知らず、そう盲目的にイキがってる時はあった。

 だが、俺はそうじゃないと二度も自覚させられた。

 一度目はアビゲイルと戦った時で、二回目は『傲慢』のアビス王と戦った時だ」


「......」


「ま、そんな感じで、俺はちょっと強いだけの人間ってだけ。

 それに、この特魔隊に所属する以上、一番死ぬ確率が高いのは戦場だろ?

 実際、俺は戦場で死んでるわけだし。生きてるけど。

 だから、俺がやってきたことは間違ってなかったってわけだ」


「答えてるようで答えてねぇな」


「おいおい、そんなピリピリすんなよ。

 そうだな、もうちょい話すとすれば、明確に死を自覚したのは四月の事件だ」


 マークベルトの言葉を受け、ライカが思い出すのは調査任務前に見せられた映像だ。

 その映像に映っていた民間の傭兵団、それらが旧都市に攻め込んだのは四月のこと。


 ライカがあの事件を知ったのは調査任務前のミーティングだが、パレスの代表ともなればもっと前から情報が伝えられていたとしてもおかしくないだろう。

 確かに思い返せば、四月は特に忙しかった気がしなくもない。


「あの事件は、わかりやすく『怠惰』のアビス王を刺激した。

 その後で動きが無かったから安心した矢先に、ノアとアストレアによる模擬戦の偵察だ。

 その時には、俺はもう自分が死から逃げられないところにいると確信した。

 そこからはもう言わずもがなってやつだ。これで満足したか?」


「あぁ、満足した。あんたのこれまでの行動、それらの真意が聞けてスッキリしたぜ。

 これでもうモヤモヤを引っ張らず、死んだお前を死後の世界から引きずり降ろして問い質す必要もなくなった」


「......なるほど、この問いかけはお前さんにとっても後顧の憂いを断つ儀式だったってわけだ。

 となれば、それも無くなった今――もうやることはわかってるな?」


「今更聞く必要はねぇよ。わかってる。お望み通りに介錯してやるよ」


 そう言って、ファイティングポーズを取るライカ。

 同時に、ライカの全身に白き輝きを放つ魔脈が脈動する。

 魔力持ちだけが使える魔力強化術式だ。


 そんな部下の勇ましい姿勢に、肩を竦めるマークベルト。

 その仕草がライカから見て嬉しそうに映ったのは気のせいか。


「ちなみに、無抵抗で死んでくれるってことはねぇよな?」


「見てみろよ、この右手に持った剣を。

 お前さんと仲良く話してるってのに一切離さない。

 それに、よく見てみろ。めっちゃプルプルしてるぞ」


「堪えられてんじゃねぇか」


「それはまだ戦闘が始まってねぇからだ。

 感覚的にわかるが、始まったら最後、もう俺の意思じゃ止めらんねぇ。

 だから、是非俺に勝って、貴重な情報を持ち帰ってくれ」


「お前に勝った後は、ノアの応援に行くつもりだからそれも終わった後だな」


「......ハハッ、そいつはまた難儀な話だ」


 ライカの話に軽口を叩きながら、マークベルトが左手で狙いを定め、右手を構える。

 ついに互いに戦闘状態に入り、静寂な空間が広がった。


 少し強めの風が吹き抜け、砂塵が大気に色を付ける。

 脆くなっていた建物の一部から小さな瓦礫が崩れ落ち、地面を叩いた。

 ほんの些細な音――それがライカとマークベルトの戦いの合図となった。


「殺すぜ、バカ上司ィ!」


「殺されんなよ、脳筋乙女ェ!」


 同時に踏み込み、地面を蹴って、同じ距離を詰める。

 互いの距離をゼロにしたところで、黒いロングソードと鋼鉄の拳がぶつかりあった。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


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