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人類の脅威であるアビスを殲滅するために、僕はアビス王と契約する~信用させて、キミを殺す~  作者: 夜月紅輝
第2章 怠惰の罪、それは愚か者の証

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第48話 旧都市へ進軍、そして始まる怠惰戦#3

 「怠惰」のアビス王――リュドル=アケディア。

 「傲慢」のアビス王――シェナルーク=スペルビアと同じ、アビスがこの世界に現れてから五百年前以上もずっと君臨するアビスの中の最強の一体。


 その存在は、基本的に戦ってはいけないとされている。

 それは当然アビス王が強いからというのもあるが、「割に合わない」というのが正直な理由。


 というのも、アビスの全滅及びアビス王を倒すことは特魔隊の悲願であるが、戦うにはあまりにも多くのコストを支払い過ぎるのだ。


 現在に至るまで、特魔隊がアビス王と戦った数は全六回。

 その内、五回は特魔隊の大敗に終わり、六回目でようやくシェナルークを倒した。

 もちろん、その歴史が異なっているのを知っているのはノアだけだ。


 その六回の戦闘で、失った隊員の数は約二千人。

 それに加え、戦いの余波に巻き込まれた民間人もいるのでその数を含めれば、約二十万人になる。

 まさに歩く天災だ。それで一体どれだけの街や都市を滅ぼしたことか。


 加えて、その戦いで失うのは人間の文化や歴史も含まれる。

 衣食住も含めた何もかもが、アビス王と戦うだけで塵のように吹き飛ばされるのだ。


 人間が生きていくための最低限のインフラですら莫大な費用が掛かるというのに。

 「割に合わない」とは、そういった現実的な理由から来るものだ。


 故に、「傲慢」のアビス王を倒せた時は人類始まっての奇跡と言われた。

 しかし、その軌跡を起こすためにも失った人間の数はあまりにも大きい。

 だからこそ、特魔隊としてはもう何十年はアビス王と戦わない――はずだった。


 そう、それはあまりにも人間側の都合だ。アビス側は違う。

 これまでの人間の戦いは、アビス王にちょっかいをかけてるだけであった。

 足元に群がるアリの大軍を、像が巨大な足で踏み潰して殺すだけの――戦いとは呼べない殺戮。


 しかし、十六年前にアリの大軍が像を殺してしまった。殺せてしまった。

 人間側にもアビス側にも「アビス王は人間には殺せない」という通説が覆った今、歴史はかつてない時代に突入する。


 人類対アビス王による世界の命運をかけた六番、否、七番勝負――人魔境大戦が。

 そして、人魔境大戦の一番勝負目が「怠惰」を司るリュドル=アケディアだ。


「オイラはずっと来るのを待ってたんだぜ?

 ほら、オイラはってばめんどくさがりだからさ、足が重くて億劫で」


 だらりと両腕を下げるような猫背のままヘラヘラと笑うリュドル。

 そんな気の抜けるようなしゃべり方から発せられる声に、最初に反応したのはアリューゼだ。

 黒髪の淑女は、左手に弓を握り、右手で赤ぶちメガネをクイッと上げると、


「では、私達がこうして現れなければ、あなたは反撃しようと思わなかったと?」


「いんや、それはねぇな。確かに、オイラは思考も動くのもトロい。

 だけど、弟妹を失った悲しみってのは、めんどうだけどあるし消えない。

 これだけは消しちゃならない。それがオイラだからなぁ。

 だから、なんによせ時間の問題だったと思うぜ?」


「......だとすれば、案外この形で良かったかもしれませんね。

 あなたの性格を考慮して大丈夫だだろうとは到底思えませんし。

 それに、戦う場所が旧都市(ここ)新都市(あっち)かなら断然ここですから」


「勤勉な奴は好きだぜぇ。オイラ、怠惰だかなぁ。

 あぁ、そんな奴がいると妹にしたくなるなぁ。

 そうすれば、オイラが怠惰でもどうにかなるかもしれない。

 それに、弟妹を失った悲しみも埋まるかもなぁ」


 そんなことを呟くリュドルに、アリューゼは顔をしかめる。

 まるで何を言っているか理解できないと言った顔だ。

 それもそのはず、どうして今の発言で妹にしたいと思うのか。


 アリューゼに限らず、誰しもがリュドルの思考回路に理解できない中、ノアは一つの疑問が浮かんだ。

 そして、それを尋ねるために前に出ると、


「それじゃ、マークベルトさんもクルーエルさんも、あなたの身勝手でアビスにしたってことか?」


「ぉ? 誰だ、そいつ.....あ~、前にいたあの二人か。

 確かに、あの二人はアビスにしたけど、別にそういう気持ちはないなぁ」


「なら、どうしてそんなことを」


「そうかっかすんなよ、弟よ」


「俺はあなたの弟ではない。俺は人間で、特魔隊のノアだ」


「ノアね、良い名前じゃないか。オイラの最初の妹もノルンって言ってな。

 なんか響き似てるよな.....って、それはいいか。

 どうしてそんなこと、か。特に理由は無いよ。

 でも、強いて言うなら、人間が内に秘める楽に生きたいって願いを叶えただけ」


 人間、誰しも楽に生きたいと願う者だ。

 何の責任も持たず不労所得で生きられるなら、それを望む人は多いだろう。

 しかし、仮にそれを内に秘めているからとはいえ、それを叶えるために人間を辞めるのか。


 答えは、否だろう。

 多くの人は、たとえ楽に生きられるとしても人間は辞めない。


 ましてや、人間としての思考も、趣味も、人間関係も、尊厳も、何もかもをかなぐり捨てて惰性のためだけに生きる人はいない。


 だからこそ、リュドルの意見は間違っている。

 そう願う人もいるとしても、それは他人から人間性を奪われてまで叶えるものではない。


 それこそ、そんな身勝手でマークベルトとクルーエルはアビスに変えられたとなれば、到底ノアには許せない。


「ふざけるな、二人がそんなことを望んだのか?

 そんな自分の勝手な解釈で二人をアビスにしたってのか!」


「んまぁ、勝手なぁ。確かに、そう言われちゃ耳が痛い。

 けど、お前の意見だって、それはオイラに対する勝手な押し付けじゃないのか?」


「......そうだね、否定はしない。

 だけど、あなたの勝手は人を殺している。その違いはある。

 あなた達アビスによって一体どれだけの人が大切な人を奪われたかわかっているのか?」


「だから、それはお前らが人間だからだよ。

 アビスになってしまえば、体が傷つこうとも再生する。

 早々なことでは死ななくなる。それに、頑丈にもなるしな。

 ちなみに、アビス同士で傷つけあうのは、アレは獣みたいなもんだ。

 だけど、お前らは獣にならない。

 オイラは自我を持ったせたままアビゲイルにすることができる」


 ノアの言葉に対し、リュドルはのらりくらり怒りの感情も不快の感情も何もなく答える。

 もはや、その感情を抱えること自体が面倒くさいと言わんばかりに。

 そしてそのままの態度で、そっと妙案を提示するように手を差し出し、


「だからさぁ――お前らも俺の弟妹(アビス)にならないか?」


「......は?」


 その意味不明な提案に、アリューゼがここ一番の低い声で不快を示した。

 しかし、その険悪な空気すらリュドルには暖簾に腕押しと言った様子で、


「全員に適性があるとは限らない。それに、オイラにも好みがあるしな。

 だから、そうだなぁ......ここからはオイラが直々にテストしようか。

 もうこれ以上考えるのは面倒だし、こっちの方が楽でしょ?」


「傲慢な考えですね。『傲慢』に改めた方がいいんじゃないですか?」


「その皮肉は効くなぁ。でも、あのクソガキはオイラは好きじゃないなぁ。

 もっとも、アイツが死んだと聞かされた時は、さすがに驚いたけど。

 けどまぁ、そういうことで。どうせオイラもしゃべり飽きてきたところだし」


 そう言うと、差し出した手をそのまま真っ直ぐ伸ばし、右手をクイッと数回スナップさせた。


「そんじゃ、これでもオイラは王様なんでね。先手は譲ってやるよ。

 というか、こっちから攻めるのめんどうなんだよな。来てくんない?」


「......くっ、お望みならばその体に刻み付けてあげるわ」


 リュドルの挑発に、アリューゼが奥歯を噛みしめる。

 同時に、左手の弓を構え、そこに水で作り出した矢をセット。


 仰角方向へ矢じりを向け、上空に向かって矢を放った。

 矢の発射速度には早すぎる速度でもって、矢が天へ駆けあがり――一拍、矢が弾けた。


流雨の散矢シャワー・オブ・アロー


 リュドルの頭上から囲むように飛び散る水しぶき。

 それら一つ一つが小さな矢となって、局所的な文字通りの矢の雨が降り注ぐ。

 また、そのアリューゼの攻撃は、リュドルへの範囲攻撃とともに開戦の狼煙であった。


「「噛み砕く水龍(アクアドラゴニル)!」


 アリューゼの左右から二人の隊員が剣を向け、その剣先から水の砲撃が放たれる。

 形は蛇のような形をした龍になり、地面を低空飛行する龍が巨大なアギトで噛み砕かんと口を開き迫った。


「「強溜め斬り!」」


中心突き(セントラルプラード)


 アリューゼが矢を放ったと同タイミング。

 地面を強く蹴ってリュドルに向かって飛びこんだ三人の隊員達がいた。


 双剣を持った隊員が右側から、ファルシオンを持った隊員が左側から、それぞれ旋回してリュドルを挟み込むように攻撃する。

 そこへさらに、正面から槍を持った隊員が真っ直ぐ鋭い突きを放った。


 三人同時の挟み撃ち攻撃、そこへ続くように追いかける二体の水龍。

 さらに、その上空からはいくつもの短剣サイズの雨の矢が降り注ぐ。

 まさにこれでもかといったぐらいの息の合った同時攻撃だ。


「ヒュ~♪ 息ピッタリじゃん」


 そのあらゆる同時攻撃に対し、リュドルは唯一に逃げ道である後ろへ下がった。

 直後、リュドルのもといた位置では、剣が地面を叩き、アスファルトが爆発して砕け散る。


 茶色く濁る噴煙が周囲に広がるが、それを突き破るように二体の水龍が迫った。

 同時に、アリューゼの雨の矢がリュドルの逃げた先をもカバーするように降り注ぐ。


「んじゃ、次はこっちの番だね――風断ち」


 手を覆うほどの長い袖を、リュドルが頭上に掲げる。

 たるんだ裾がスルリと重力に従って下り、白く細い手刀が露わになった。

 それが右手と左手、それぞれ刀を上段に構えたように配置され――振り下ろす。


――ザッ


 リュドルの両手から放たれた風の刃。

 縦に伸びる刃渡り三メートルの斬撃になり、大気を斬る音を鳴らす。

 斬撃の端は地面を抉り、縦に真っ直ぐ伸びながら、瞬く間に直線状の全てを斬り裂いた。


 即ち、正面から来る二体の水龍、その後ろにいる双剣の隊員とファルシオンの隊員、アリューゼの傍らにいた剣の隊員だ。


 いずれの結果は、二体の縦に斬られ水龍が消滅、二名の隊員が縦に一刀両断され即死、一名の隊員が左足と左腕を斬り飛ばされ瀕死である。


「――なっ!?」


 血と肉塊、欠損した手足が斬撃に纏われた豪風に伴って吹き飛ぶ。

 一瞬にして、血と砂煙のニオイが充満した。

 その清算たる光景に、アリューゼは喉を詰まらせた。

 その斬撃の速度は、決して避けられない速度では無い。


 少なくとも、目視ではタイミングが捉えられていて、にもかかわらず逃げ遅れた。

 緊張で体が強張っていた? 恐怖で足が竦んでいた? どちらも否だ。

 だとすれば、答えは一つ――


「この時点で、もうオイラの侵食領域の影響を受けてちゃ、この先戦えないぜ?」


 アビス王が放つ瘴気のフィールドであり、特魔隊が強制的に受け入れさせられるアウェー。

 「怠惰」のアビス王――リュドル=アケディアが作り出す侵食領域「不精」は、あらゆる生命体の肉体、精神に「怠惰」の効果を付与する。


 即ち、体力の消耗が早くなり、肉体は疲れやすくなるのだ。

 それに加え、抗うために気力も奪い、それに伴って思考回路も遅くなる。

 つまり、先のやられた隊員三名は侵食領域によって判断が遅くなり、直撃した。


「人間ってのは不便だよなぁ。

 侵食領域から身を守るために魔力が必要だってのに、戦うためには魔力を消費しなければいけない。

 戦えば戦うほど自分の首を絞める。なぁ、それでも人間続ける意味あるのか?」


「得意げなフィールドでしゃべるな!」


「――ぅお!?」


 地面に穴を開ける矢の雨に撃たれながら、平然と立つリュドルの挑発的な言葉に対し、一蹴するように攻撃を加えたのはノアだ。


 あいにく眼前まで近づいた回し蹴りは避けられたが、その程度の間合いなら余裕でカバーできる。


 避けられたそばからすぐに、ノアは両手に持つ銃口をリュドルに向け、引き金を引く。

 小さな砲筒から放たれる鉛色の弾丸が空気の尾を引き、リュドルの顔面に迫った。


 弾丸の射出速度は音速だ。

 ゼロ距離ではないとはいえ、一メートル以内では接近するまでに必要な時間は刹那といっていい。

 しかし――、


「お前は影響が少ないみたいだな。さすがオイラの弟だ」


「――っ」


 放たれた二つの弾丸、それがさも当たり前のようにリュドルのクロスした手でキャッチされる。

 その事実に、衝撃を受けたノアが喉を小さく鳴らした。

 しかし、驚くのはそこまでだ。今はただ目の前のことに集中しろ。


「うおおおおぉぉぉぉ!」


 体勢を直すと、すぐさま地面を蹴ってリュドルに肉薄する。

 そのままライカに教わった体術を思い返し、それと組み合わせて銃を放った。


 一秒の合間に、いくつもの腕と足がクロスし、風を纏う手刀と弾丸が飛び交う。

 互いの激しい乱打の応酬が繰り出されるが、それに伴って表れる結果は明白。


 アビスの性質上、再生するリュドルはノーダメージで、ノアの生傷が増えていく。

 このままではノアのジリ貧は間逃れない。


「二人とも全力でかかりなさい!」


 後方、アリューゼの破裂するような声が響き渡り、ノアの背後から二人の剣を持った隊員が飛び出し、リュドルに向かって攻撃をしかけた。


 ノアの左右を挟むように大気を冷却し、リュドルに斬り込む剣が迫る。

 それに対し、リュドルは防御を取らず、代わりにそれぞれに向かって手を差し出した。


 その手、まるで親指で指弾するように握られた拳にセットされているのは、ノアからキャッチした弾丸だ。

 瞬間、その構図から導き出される最悪の未来を、直観的に予感したノアが反射的に銃口をリュドルの両手に向ける。


――ガッ

――キンッ


 二種類の音がほぼ重なるような近いタイミングで発生した。

 一つはリュドルが指弾で弾いだ弾丸の音。

 もう一つが、その弾かれた弾丸をノアの弾丸が弾いた音だ。

 その曲芸じみた反射行動には、リュドルも目を剥かせた。


「ノアさん!」


 背後から聞こえるアリューゼの声、その意味する所を背後に迫る魔力からノアは感じ取る。

 だからこそ、十分に引き付け、その上で一気にしゃがみ込む。

 直後、ノアの頭上を通り越すのは激流を纏う水の一矢。


「がっ!」


 圧倒的なアドリブで繰り出される連携攻撃、その攻撃にはさしものリュドルも直撃した。

 激流の矢がリュドルの額に直撃し、頭部が思いっきり弾かれる。


 結果、一時的に死に体となったリュドルに対し、ピンチが一転してチャンスとなった二人の隊員が素早くリュドルの肉体に斬り込んだ。


 ガキンと金属と金属がぶつかり合うような音が響き渡る。

 二人の隊員の攻撃は確実にリュドルに直撃したことを示すように、剣先の軌道に沿って氷が生じた。

 しかし、リュドルに与えられたのは僅かな傷のみ。


(それでもいい。今はただこの大きなチャンスを逃すな)


 目の前の結果を目にしながら、ノアは次の行動にシフトする。

 即ち――、


「一、二、三、四――」


 右手と左手、二発ずつの計四発の弾丸が大気に穴を開けて突き進み、リュドルの両手両足を穿つ。


 初めて直撃した四発の攻撃、シェナルークの魔力を纏ったその一撃でさえも部位欠損にまでは至らない。

 出来たのはせいぜい小さく凹ませるのみだ。


 その事実に歯噛みするノアであるが、もとよりそんな簡単に仕留められるとは思っていない。

 だからこそ、ただ着実に核を壊すためのチャンスを作り出す。

 そして――それは自分の役割ではない。


「溜穿ッ!」


 バキッと地面を割る踏み込みでリュドルに近づき、胸の中心に向かって大きく引き絞った右足を圧縮解放させる。

 瞬間、さながらパイルバンカーの如く放たれた豪脚がリュドルの鳩尾を蹴りつけた。


 倒れかけていたリュドルの肉体が、ノアの蹴り足を起点にくの字に曲がる。

 刹那、砲弾のようにリュドルが吹き飛び、背後にあった瓦礫の山に直撃。

 瓦礫が爆散し、山に出来たくぼ地にリュドルがぐったりと寄りかかった。


「全員、離れてください!」


 その時、ノアの後方から一人の隊員が声をかけた。

 その声に気付いたノアが振り返ると、凄まじい魔力をチャージさせて弓を構えるアリューゼの姿がある。


「うおおお!」


 同時に、一人の短剣を持った隊員が走り出した。

 その隊員はノア達を通り過ぎると、そのまま瓦礫の山にもたれかかるリュドルに覆いかぶさる。

 左手で片腕を抑え、もう片方の逆手で持つ氷を纏った短剣をリュドルの鳩尾に押し当て、


「アリューゼ隊長、今です!」


「――っ!? マルコ、あなたの覚悟をワタシは忘れません――濠氷刎尖(ごうひょうはせん)


 制止した状態から真っ直ぐ放たれる一本の矢、否、槍だ。

 鋼鉄を斬り裂く圧縮された水のような勢いでありながら、冷気の衝撃を纏う槍が大気を一直線に駆け抜ける。

 数十メートルとあった距離でありながら、狙いは寸分違わずにリュドルを抑え込む隊員に向かい、


「素晴らしい判断です、アリューゼ副代表」


 隊員が散り際に残した言葉、ガンッと槍が通り抜ける音が声をかき消す。

 その槍に直撃したもの、周囲に合ったもの、それらが一切合切射抜かれ、槍が通った箇所は瓦礫の山は頭頂部から大胆に抉れていた。


 放たれた槍はさらにその先にあるビルにまで風穴が空いており、直撃箇所から周囲五メートルの範囲は瞬く間に白く染まっている。

 粉塵と冷気が辺りを席巻し、局所的な銀世界のようであった。


「......逸らされた」


 目の前にあるあってはならない光景に、アリューゼは眉根を強く寄せた。

 アリューゼの視線の先、そこにあるのは二つの上半身の半分から上が吹き飛んだ肉体だ。

 そう、まともに当たっていれば、二つの肉体など出来ようはずもない。


「あの一瞬で弾いたのか」


 アリューゼの渾身の一射を別角度から見ていたノアは気づいている。

 どうしてあのような結果になってしまったのかを。

 その理由は単純で、直撃する直前の槍を、リュドルが空いた左拳で弾いたのだ。


 たったそれだけのことなのだが、ビルがいくつも貫通するような一撃を、それも相手が覆いかぶさった状態でタイミングよく弾けるものなのだろうか。

 少なくとも同じことをしろと言われても、シェナルークの力を借りようともノアには無理だ。


 つまり、視線の先の相手は圧倒的フェアなフィールドの中で、規格外の魔力を所有し、無限の再生力を有し、強固な肉体を持ち、強大な戦闘能力を保有している。


 ただでさえ強い相手が圧倒意的なズルをしているような状況には、誰しももはや苦笑いすら浮かばない。


 そんな沈鬱した空気の中、半身を失った隊員を足元に乗せながら、リュドルの半分だけ見えた緑色の核を覆うように肉体が再構築されていく。


「あ~あ、もったいない。

 こんなことしても殺せないのに、命がもったいないとは思わないか?

 だからさ、早くお前らもこっち側に来いよ。ラクだぜ、こっち側は」


 欠けた左側頭部を再生させながら、リュドルは日常会話の一端のようにしゃべりかけた。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


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