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人類の脅威であるアビスを殲滅するために、僕はアビス王と契約する~信用させて、キミを殺す~  作者: 夜月紅輝
第2章 怠惰の罪、それは愚か者の証

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第45話 負けられない未来、そして果たすべき約束#2

「――オルガ君が『傲慢』のアビス王と?」


「はい、先日の調査任務の前にマークベルトさんと二人で食事する機会がありまして。

 その時に、父のことを聞く際に十六年前のことも話題になりまして。

 その際に、マークベルトさんが父とシェ......『傲慢』のアビス王とのやり取りを見ていたそうで。

 意識が朦朧としていたらしく、何をしていたか聞いてたわけじゃないらしいですが」


 という体で、ギリウスに対して聞いてみることにしたノア。

 実際の所、マークベルトから当時の戦いのことはほとんど聞けていない。


 本人曰く「気絶していて内容はわからない」らしいからだ。

 なので、ノアの言い分はマークベルトの事実部分を上手く継ぎ接ぎして作成したにすぎない。


(マークベルトさん、すいません)


 ギリウスに質問を投げかけながら、内心でノアは謝罪する。

 正直、この場に居ないマークベルトを勝手に口実として使うのは気が引ける。


 しかし、真実を知っているシェナルークが話してくれない以上、こんなことでしか情報を集める手段がないのも確か。


 今度、マークベルトに謝罪することを誓いながら、ノアの視線はギリウスに注がれる。

 その真っ直ぐとした黒瞳の双眸が、黄色の双眸と交差すると、ギリウスは「ふむ」と頷き、


「......まず、それをどうして私が知っていると思ったか聞いていいかい?」


「父が独断で行動するのか疑問に感じたからです。

 マークベルトさんから語られる父の印象は、言動こそ緩かったみたいですが、職務には非常に忠実と言った感じでした。

 であれば、ある程度の作戦行動は事前に相談してあったのかと思いまして」


「なるほど。確かに、オルガ君は誰よりも特魔隊のことを考えてくれている人間だった。

 そんな彼であったからこそ、私も度々面倒な頼みごとをしてしまったが。

 ともあれ、根が真面目な人間であったために、確かに相談事は受けた」


 そのギリウスの一言に、ノアは瞠目する。

 同時に、心臓は少しずつ鼓動が早くなり、緊張に喉が強張った。

 逸る血流が全身を巡り、体が熱し始める中、努めて冷静に口を開き、


「......父は、オルガ=フォーレリアは何を話したんですか?」


 ゆっくりと紡ぎ出した言葉が、空間とともに、自分の耳にも響き渡る。

 一言一句を逃さないように研ぎ澄まされた聴覚は、余計なノイズをシャットアウトし、目の前に入りギリウスの言葉のみに集中した。

 そんなノアに対し、ギリウスはただ一言。


「『賭けをする』――そう、オルガ君は言っていた」


「賭け、ですか?」


「あぁ、付け加えて『これが成功したとしても、望む結果になるとは限らない。ただ、それが成功した瞬間から世界はゼロか百の未来に動き出す』とも言っていたな」


 それはきっとオルガがギリウスと話した際のワンフレーズなのだろう。

 確かに、それも何も知らないノアからすれば、嬉しい情報だ。

 しかし、そうじゃない。欲しいのはもっと具体的な内容だ。

 ギリウスの妙にじらすような発言に、ノアは少しだけ噛みつきながら、


「それで、具体的にはどういう内容なんですか?」


「それは言えない」


「――っ!?」


 スパッと一刀両断されたような気分になり、一瞬思考が真っ白に染まる。

 しかし、それも束の間、すぐに事実を吞み込むと、


「どうしてですか? それは重要機密事項だからですか?」


「いや、違う。()重要機密事項だ。彼の作戦を知っているのも私だけだろう。

 そして、それは本来誰にも口外することは絶対にない」


「『本来』は?」


 ギリウスの発言の違和感を敏感に感じ取り、ノアは疑問とともに口に出す。

 その疑問に、ギリウスが「あぁ」と頷くと、


「一つだけ例外がある。それは――()()が来たのみ時。

 それがオルガ君が定めた唯一口外するさいの条件だ」


「本人というのは?」


「さぁ、それはわからない。そもそも、それは負ける際の保険であった。

 しかし、現実は多大な犠牲を払いながらも、『傲慢』のアビス王を倒している。

 だから、この条件ももう無効なのではないか、とは思っているがね」


 そう言って、過去のやり取りを思い出したように苦笑するギリウス。

 しかし、それでも、頑なにオルガとの約束は守るらしい。

 その姿勢、実に人間性で好意的に感じるが、今のノアにとっては少し厄介だ。

 だからこそ、多少強引でもノアは問い質す。


「それ、どうしても教えてくれないですか?」


「すまないね。その例外の条件を満たさない以上、私は一切の口外をするつもりはない。

 理由はある。といっても、ただの私の直観だが。

 オルガ君は仕事に真面目な人間だったからね。

 この言葉にもきっと意味があると思っている」


 ギリウスの口から出る優しい言葉、しかしノアに向ける瞳は鋼のように固かった。

 何をどうしようとテコでも動かない意思が伝わってくる。


 それはノアの反論の意思を挫くには十分すぎ、そのまま口を閉ざす。

 そんな幼馴染に代わって、しばらく黙っていたライカが口を開くと、


「ちなみに、その『本人』ってのは見てわかる奴なんすか?」


「オルガ君からは『間違いようもない奴』だと聞いてる。

 あいにく、それ以上のことは聞いていない。

 きっとこれ以上の言葉は不要だったからだろう。

 とはいえ、これにはさしもの私も『それだけか?』と聞き返したがね」


「でも、結局それ以上のことは聞いてないんすね」


「オルガ君は信頼に足る部下、いや、男だった。

 だから、その信頼に私も誠意を見せようと思っただけだ。

 それに、オルガ君が私には『わかる』と思って言ってくれたのだから、きっとわかるのだろう。

 君達二人もそうじゃないかな?」


「......なるほど、そう言われると確かに弱いですね」


 ギリウスの最後の問いかけ、それに返事をしたのは苦笑したノアだ。

 ギリウスとオルガの信頼関係、それはノアとライカが結ぶ千切れぬ絆を表したようなもの――と、ギリウスは暗に伝えているのだ。


 確かに、仮にライカからオルガと同じような言葉を言われた際、ノアもその信頼に応えるために意地でも約束を果たそうとするだろう。


 そんな自分の写し鏡のような相手がギリウスだったのだ。

 そう考えれば、今までの発言も、先ほどの瞳の意思の固さも頷ける。


 よりハッキリとこれ以上の追求が出来なかったことを自覚しながら、それでも不思議とこの断られ方はノアにとって悪い気がしなかった。


「わかりました。そういうことでしたら、僕はそれ以上聞けません」


「すまない。君の父親のことにも関わらず、私は私情を優先してしまった」


「いえいえ、そんなことは。

 なら、今度はそれ以外のことで父のことを聞かせてください。

 今は次に作戦に向けて集中しようと思います」


「あぁ、その方がいい。君達の奮戦に心より期待している」


 その言葉を最後に、ギリウスは「先に失礼」と断りを入れ、大広間を出て行く。

 その威厳のある大きな背中を、ノアとライカはその場所で二人っきりになりながら、姿が消えるまで眺め続けた。


****


 作戦決行前日、その日の夜はいつもより特別に感じた。

 明日が自分の人生最後になるかもしれないという恐怖感と、自分とライカの偉大な夢の一歩という喜びの感情。


 正と負の本来交じり合わない感情が複雑に混じり、絡み、溶け合って不思議な気分。

 もはや高揚感と緊張の、一体どちらに胸がどきどきしているのかわからない。

 わからないけど、不思議と嫌な気分じゃない。それが今の本音。


「だから、貴様は妙に落ち着いていると?」


 王の間、跪くノアの視線の先にいる軍服で着飾った黒髪紅瞳の少年――シェナルーク=スペルビアが玉座の肘かけで頬杖を突きながら、不遜に足を組んだ姿勢のまま話しかける。


 その瞳にノアの姿を反射させて、しかし感情に大した興味の光は浮かんでいない。

 純粋な疑問、否、暇潰し程度の疑問とでも言うべきか。


 ここに呼んだ理由とは違うために、それ以外のことはどうでもいいという姿勢なのだろう。

 そんな感情をシェナルークからぶつけられるも、ノアは表情を変えず、


「はい。これが僕が目指す未来の最初の一歩ですから」


「アビス王を倒すことが最初の一歩とは大きく出たな。

 だが、悪く無い。少なからず、我の足元に置いてやってるのだ。

 それぐらいのプライドは見せてもらわねば、貴様を生かしておく意味もない」


 ノアの返答に気をよくしたのか、シェナルークが小気味良く鼻を鳴らす。

 その反応には、返答したノアも少しばかり安堵していた。

 シェナルークの信用を稼ぐこと、もとい好感度稼ぎは非常に困難だ。


 奢った態度は良くないが、かといって日寄り過ぎてもいけない。

 相手に敬意を持ち、その上で怯まず自我を強く出すことが重要。

 それが短いながらにノアが出した、シェナルークという人物の攻略法だ。


 ただし、その方法もあくまでシェナルークが機嫌の良い時に限る。

 機嫌が悪い時にそれをやれば逆効果であり、一気に好感度は下がるだろう。

 そう考えれば、シェナルークに従うということは、本当の意味で小間使いだ。


(だけど、それは殺すためには遠い)


 ノアの目標は、あくまでシェナルークを殺すこと。

 そのために、必要な好感度稼ぎをしているに過ぎない。

 性格が悪いと言われればそれまでだが、それしか現状殺す方法がないから仕方ない。


 だからこそ、小間使いという距離感は、シェナルークを殺すには些か遠い信頼関係だろう。

 主従関係であることはいい。

 しかし、心の近さは友人か、もっと言えば親友ぐらいには縮めたい。


 でなければ、自殺してもらうなんて願いを聞いてもらえるはずがない。

 ただでさえ、普通の人間関係でもその願いが通るかわからないというのに。

 出来れば、自分がライカに抱く唯一無二の絆ぐらいには信用を得たいところだ。


「――で、我が貴様をここに呼んだ意味。わかっているな?」


 話に区切りがつき、シェナルークが新たな話題を振る。

 先程の話がアイスブレイクだとすれば、ここからが主題だ。


 つまり、ノアがシェナルークの信用を得るための戦いが始まる証。

 刺し殺すような紅の双眸が向けられる中、ノアは怯まず真っ直ぐ視線を返し、


「はい、僕に試練を与えるためです」


「あぁ、そうだ。我は優しいからな、前回同様に貴様の希望に沿って手助けしてやる。

 少なからず、貴様が我の信用を得ようと思うならば、これぐらいはしてもらわねばならん」


「......僕は何をすればいいですか?」


「簡単だ――『怠惰』のアビス王を殺せ」


 その一言に、ノアは少しだけ眉根を寄せた。

 なんというか、実に都合の良い試練突破の条件である。


 ギリウスに作戦を伝えられてから、ノアはずっと「怠惰」のアビス王を倒すことを考えてきた。

 でなければ、死ぬのは自分の方だから。

 それに、それが約束や夢を果たすために必要な工程でだから。


 だからこそ、もとよりあるクリア条件をクリアすれば、試練突破になるという今の状況に違和感がある。


 即ち、シェナルークにしては条件が緩いのではないか、という疑問だ。

 そんなノアの疑問に対し、シェナルークは目を細め、


「随分と余裕そうな表情だな。貴様らは我と戦ってどうなったか忘れたか?」


「――っ! 大敗しました」


「そうだ。それが我との客観的な実力差であり、ゆるぎない事実だ。

 確かに、あの愚鈍(ノロマ)は我と同列の王と呼ばれているが、所詮は力を持った小市民だ。

 つまり、ただの雑魚であり、しかし脆弱な貴様らはそれすらも命を賭けねば採算が取れない」


 つまらなそうに言ってのけるシェナルークの言葉に、ノアの喉が痺れた。

 つまり、シェナルークが言いたいのは、自分が想定する遥か最低の条件でなければ、そもそも試練をクリアすることができないとということだ。


「試練とは、そもそもクリアすることを前提として設定されるものだ。

 そこに様々な条件を付け足すことで、試練を受ける者に適切な難易度の試練を与える。

 しかし、貴様らは弱すぎるあまり、条件を付けることもままならない。

 それこそ、あの愚鈍を殺すことすらも容易ではないだろう」


 実際、容易ではない。それどころか普通に命懸けだ。

 それはどのアビスとの戦いでも言えることだが、アビス王と戦うとなれば、その覚悟も一つや二つ次元を飛び越えるだろう。


 それこそ、特魔隊ではアビス王との一戦一戦が「人類の存亡を賭けた戦い」としている。

 それは何の誇張でもなく、現実的な戦力差から生み出された自覚。

 十六年前より遥か昔から、アビス王に挑んでは散っていった多くの命があるからの発言だ。


 だから、本来なら特魔隊にとってアビス王を倒すという難易度はエクストラもエクストラ。

 条件なんて付けられようものなら、ノアは一生かけても達成できるかどうか。

 もっとも、一生が来る前には若いうちに体を奪われてそうだが。


「だからこそ、我は『あの愚鈍を殺す』という最低限の簡単な内容で、溜飲を下げてやる姿勢でいると言っている。

 それすら出来ないとなれば、さすがに考えものだろうがな」


「――っ」


 シェナルークの最後の一言、それはノアの鼓膜を刺し、生唾を呑み込ませる。

 その一言だけ感情の色が違った。赤く刺々しい警戒色。

 そう、今の一言は、ただの呟きであると同時に、ノアに対する警告だ。


 それで一発レッドカードになるのか、はたまたレッド手前のイエローカードに止まるのか。

 それはわからない。わからないがしかし、非常に危険な立場になるのは確かだ。

 それだけは感覚的に、直観的に、本能的に理解できる。


「いいか、もう一度言うぞ。よく聞いて、頭に叩き込め。

 貴様に下す試練は、『怠惰』のアビス王を殺すことだ。

 それが貴様が我から信用を得るための条件と心得よ」


「はっ!」


「話は以上だ」


 ノアが大きく返事をしたところでシェナルークは話を切り上げる。

 その瞬間、頭を下げ、跪いていたノアの意識は遠くなり――意識が掠れていく。

 ノアにとって負けられない、二つ目の条件が出来た瞬間だった。


****


 翌朝、もとい、決戦の日当日。

 薄い膜を突き破るように、意識が半覚醒する。

 視界がゆっくり開かれ、視線の先に見慣れた天井が映り込んだ。


 夢のような意識の中でシェナルークと話していたせいで、どうにも寝た感覚がない。

 いつもの低血圧でボーッとするような感覚がなく、割と動ける辺りが特に。

 しかし、不思議と二度寝したいとは思わないので、なんとも変な感覚だ。


「.......準備しよう」


 いつもやるルーチンワークのランニングをキャンセルし、隊服に着替え、前髪に太陽の髪留めをつける。

 それから、右手首にアビスリングを通すと、自室を出た。


 パレスの朝の廊下はとりわけ静かだ。

 現状、ノアとライカしか使っていないため、いつでも静かなのだが、朝は特にそう感じる。

 朝特有の青い静寂というべきものが、空間を支配しているような感じがして。


 その廊下を通り、三階へ上がって辿り着いたのはオフィスルーム。

 ラウンジより実質的な溜まり場になってるそこの扉を開けると、視界の先、応接用のソファに座るライカの姿を確認した。

 両開きのドアが開く音にライカも気づいた様子で、視線をそちらに向ければ、


「おぉ、ノアか。おはよう」


「うん、おはよう。晴れてるね。良い朝だ」


「......そうだな」


 ライカの挨拶に返答しながら、ノアは視線を執務用の机の後ろの窓に向ける。

 カーテンに閉ざされていない窓から差し込む光、ガラスを染める白い雲と青空。

 そこだけ見れば、とてもこれから決戦とは思えない日常の一部。

 いや、違う、多くの人にとって今日も日常なのだ。


「コーヒー飲むか?」


 窓を眺めつつ、ノアがライカと対面になるようにソファに座った。

 すると、正面にいるライカがノアにそんなことを聞いてくる。

 しかし、ノアは首を横に振り、


「いや、大丈夫。なんだか今日は目が冴えててね」


「気が高ぶってるのかもな」


「そうかもしれないね。でも、体調面は問題ないよ」


 そう言うノアの言葉に、ライカが目を細める。

 そんな気にしいな幼馴染と立場を逆転させるように、今度はノアが声をかけた。


「ライカの方はどう? 無理してたりしない?」


「あぁ、安心してくれ。無理はしてない。

 つっても、たとえ無理してても今日は『無理してない』って言わないといけないだろうがな」


「だね。なんたって今日が僕達の約束の第一歩なんだから」


 その言葉に、ライカも「だな」と短く返事をする。

 それから、背もたれに寄りかかると、飲みかけのコーヒーの水面を見ながら口を開いた。


「......覚えてるか、アタシ達が約束を交わすキッカケとなった時のこと」


 静かな空間の中に響き渡るライカの問いかけ。

 その言葉に、ノアはコクリと頷き、


「うん、覚えてるよ。僕達の生まれ故郷がアビス災害に遭ったことでしょ?」


 まだ五歳の魔脈測定試験を受ける前の時、ノアとライカは新都市トリエスとは違う場所に住んでいた。

 その場所は比較的に人が少なく穏やかで、それでいて少し味気ない所だった。


 とりわけ、目立った商業施設はなく、ちゃんとどこかへ遊びに行くには少し遠くへ電車に乗って出かけるしかない。


 そんな小さな箱庭であったが、ノアはライカがいたから寂しくなかったし、普通に楽しかった。

 しかし、それはアビス災害によって脆くも崩れ去ることになる。


「あぁ、あの時のことは今でも覚えてる。忘れる方が難しいって感じか。

 どこもそこも見渡す限りアビス、アビス、アビス、アビス。

 思い返してもあれだけ数が多く現れたのは異常だったな」


 街に現れたアビス達は比較的強い方では無かった。

 それでも、多少A級が出動しなければいけなかったが、言うていつものこと。

 だから、それが普通のアビス災害であれば、何も問題なかった。

 しかし、問題は起きてしまった。それはアビスゲートの数だ。


 大体、街に出現するアビスゲートは一つとされている。

 それは瘴気の濃い場所で、そこにいる強いアビスが瘴気が自身を強化するために正気を集め、その歪みで空間がねじれてしまうからだ。


 そして、その空間は異なる場所の空間を繋ぎ、距離をゼロにするように穴を開け、その出来た穴に周辺のアビスが迷い込む。


 それが特魔隊によって明らかにされたアビス災害のメカニズムだ。

 それを考慮すれば、一時的に収束した瘴気の周辺は薄まっているはずであり、故に、基本的にアビスゲートは一つしか発生しない。


 しかし、稀に複数の瘴気が集まる場合がある。

 その原因は未だわからず、しかし確かな実例がいくつもある以上、発生するのは確か。


 結果、ノアとライカの街はアビスゲートが五つも発生するという異例の事態に遭遇し、二人はその被害に見舞われた。

 そして――、


「その時だったよね、ハルヒカおじさんが死んでしまったのも」


「そうだな。丁度公園で遊んでいたタイミングで、近くにアビスゲートが発生。

 奇跡的な最悪の巡り合わせでアタシ達は襲われ、たまたま保護者として同伴していた親父がアタシ達を守るために頑張ってくれたが、結果は多勢に無勢だった」


 加えて、ライカの父親――ハルヒカ=オルガノスは、ライカと違い才能に恵まれた人間では無かった。

 長年の努力の末にA級まで辿り着いたが、それでも同じA級の中では一番下の実力と言っていい。


 そんな人物が子供二人を庇いながら、倍以上のアビスと戦う。

 それも多種多様な姿をしたアビスに対してだ。

 加えて、アビスゲートには穴を作り出したボス個体も存在する。

 なんとかA級に上がれたハルヒカにとって荷が重すぎる相手だった。

 その結果は、先のノアの言葉通りだ。


「......なんつーか、悪りぃな。変な話題出しちまって。

 こんな当日の朝っぱらから話す内容じゃなかったのにさ」


「大丈夫だよ。なんせそれが僕達の約束に至るための最初のキッカケだったんだからさ。

 こうして、いざ約束を果たそうって時には思い出すのも無理ないよ」


「.....ありがとな」


 ノアのフォローに、ライカが優しく笑みを浮かべる。

 そして、すっかり冷めてしまったコーヒーをグイッと飲み干すと立ち上がり、


「んじゃ、早めに出てのんびり集合場所向かおうぜ」


「なら、カップの容器洗わないとね」


「いいんだよ、そんなのは帰って来てからで」

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


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