第43話 揺るがぬ意思、そして作戦決行日#2
オルぺナから告げられた衝撃的な一言。
それによって、先ほどまで和気あいあいとしていた空気は一気に締まる。
それはオルぺナ以外の二人の態度も同じで、ノアは頬を固くし、ライカは意識を正常化させた。
そして、今の今まで情報を伏せていたオルぺナにライカが眉根を寄せて、
「なんで今まで黙ってた?」
「個人的に一辺に話す方が楽だったんですよ。
んで、ここに向かってみたらノアさんが診察でいないってんで、帰ってくるのを待っていました。
というか、ライカちゃんだって薄々勘づいてたんじゃないんですか?」
文句を言われる筋合いはないとばかりにライカにジト目を送るオルぺナ。
そんな彼女の言葉に、事実確認のためにノアは隣の方へ向き、
「そうなの?」
「......確証があったわけじゃねぇ。だが、オペコの所属はパレスじゃなくて本部直属だ。
そいつがわざわざこっちまで足を運ぶってこたぁ、なんか用があるとは踏んでた」
そう言いつつも、ライカの顔はスッキリしたものではない。
いや、それもそうか。なぜなら、話す内容は「怠惰」のアビス王のことなのだから。
それもオルぺナは「決戦」と口にしていた。然るべき日が来たのだ。
「......」
どんな内容を聞かされることになるのか。
妙な緊張に襲われつつ、一旦気持ちをごまかすようにノアは視線をオルぺナに向けると、
「にしても、そういう情報ってオペコが持ってくるんだね。
てっきりもっとお偉いさんから全体に話があるのかと思ってた」
「いえ、実際その認識で合ってますよ。
ウチが持ってきたのは暫定的な予定といいますか.....ただし、確率の高い話です。
もっとも、本来はこの役割もウチの役目じゃなかったんですけどね」
「といいますと?」
「本当はマークベルト代表のオペレーターである方がやる予定だったんですよ。
ですがまぁ、マークベルトさんが戻らないから.....その、一言で言えば、メンブレしちゃったんです」
途中まで言い淀んでいたオルぺナだったが、最終的にはぶっちゃけた。
「メンブレ」とは、メンタルブレイクの略称であり、横文字を直せば――精神崩壊だ。
つまり、マークベルトのパートナーは精神を病んでしまい仕事が出来なくなったから、代わりにライカのパートナーであるオルぺナに仕事が回されたのだ。
その発言には、隣にいるライカも「どうりで」と頷いた一方で、衝撃を受けて固まるノアに補足するように口を開く。
「誰にでも起きることだよ。推しキャラが死んで病む奴がいるだろ? それと一緒。
だがまぁ、リアルで会える機会がある現実の方が起きやすいって話だ。
さらに言えば、この界隈ではよくある話。何も思わないわけじゃねぇけどな」
その言葉を聞いて、ノアが直近で思い出すのはやはりアストレアだ。
彼女も大切な身内が亡くなった可能性が非常に高く、結果部屋の中で一人閉じこもっていた。
しかし、彼女の場合は、ユリハの存在があったからギリギリのところで保っていられたのだろう。
それも大事な妹で、アストレアの痛みに一番寄り添える人だったから。
逆にそれが無ければ、アストレアとて精神を病んでいたかもしれない。
「その人は大丈夫なの? それに、亡くなった隊員は複数人いた。他の人達も同じように?」
「精神の強さや折り合いのつけ方は人それぞれですからね。
少なくとも、私が知ってる限りでは先輩だけでしたよ。
好意を寄せていたから余計にダメージが来たんでしょうね。
反対に、クルーエル代表のパートナーは早々に仕事に復帰してました」
「ま、仕事に集中することで忘れよう.....じゃねぇな、それで精神を落ち着けようとしてんだろ。
それもよく聞く話だ。そんで一番助かる行動だな」
「かくいうウチも『怠惰』のアビス王が現れたと聞いた時は、だいぶ血の気が引きましたね。
こうズケズケと無遠慮に言う事はありますが、これでも繊細な方なんで。
だから、実はここに来るのもだいぶ足が重かったんですよ?」
明るく軽いトーンでしゃべるオルぺナ、しかしその感情の裏に隠された気持ちにノアは気づいている。
思い返すは任務に行く前の、初めてオルぺナと顔を合わせた時だ。
その時もオルぺナは軽い口調で今のようなことを言っていた。
しかし、その恐怖は抱えていて、それをバレないように隠していて。
今のオルぺナからはあの時と同じような恐怖を隠す仕草は見えないが、かといって大丈夫という話ではないだろう。
だから――、
「安心して、オペコ。心配かけてしまうことはあるかもしれない。
でも、必ず生きて帰ってくるつもりだから」
「――はぁい、わかってますよ。だから、前よりはそこまで恐怖心は抱いていないです」
その言葉が真実であるかのように、オペコは微笑を浮かべ、耳を小さく動かす。
それでいてしっかりと自分らしさを忘れずに、
「とはいえ、相変わらずノアさんはウチのこと好きですねぇ。
また、性懲りもなくライカちゃんの前で口説こうだなんて」
「え、いや、そんなつもりは――」
「ライカちゃん、この罪づくりな幼馴染はたぶんこれからもきっと、多くの女性をその気にさせて泣かせますよ」
「人聞きの悪い......」
「あぁ、否定はできねぇな」
「ライカ!?」
てっきり味方してくれると思ったライカが腕を組んで腕組む始末。
鷹揚とした頷きは一体どれだけオルぺナの言葉に共感したというのか。
先程まで真面目な話をしていたのに、急にアウェーになる雰囲気にノアは居たたまれない気持ちを味わい、脱線した話を戻すように「それで」と前置きを入れると、
「オペコがここに来た理由はわかった。
それじゃ、肝心の内容について話してくれるかな?」
「あぁ、そうだな。結局のところ、それが今後のアタシ達の行動に大きく関わってくる。
オペコ、お前は本部の連中に何を言われた?」
「ウチが伝えられた情報は三つです」
ライカの疑問に頷き、オルぺナが右手の人差し指を立てる。
同時に、一つ目の暫定的な情報を開示した。
「まず一つ目ですが、任務開始は今から一週間後になりそうとのことです。
理由としては、旧都市トルネラにある探知収集機が異常値を示したことですかね。
つまりは、アビスの動きが活性化しているということです」
「『怠惰』のアビス王の影響ってことだよな?」
「お偉いさん方はそう認識しています。
もちろん、先日の接触も間違いなく影響はあるでしょう。
お偉いさん方曰く、『模擬戦が盗み見られていた時点で逃れられない運命だった』と」
「そういや、マークベルトさんもそう言ってたね」
思い返すは、任務開始五日前に行われた緊急ミーティングの記憶だ。
その時に、調査任務をするにあたっての理由をマークベルトがそう答えていた。
そう、自分達がやろうとしていたことを遥か前から敵にやられていたのだ。
そのノアの返答に「はぁい」と答えたオルぺナ、そこからその情報にもよってもたらされる一つの答えを示す。
「つまり、相手側は既に戦いの準備を始めていたんです」
「「――っ」」
すでに理解していたはずの答えなのに、いざ言葉で聞くとなんと衝撃的な言葉か。
実際に実物を見たからこそ、より言葉の意味の大きさが心を殴りつける。
だからこそ、記憶から無理やり思い出される恐怖にノアの喉が痺れる。
そして、その気持ちは隣にいるライカも同じようであった。
しかし、経験値の差か、先に立ち直ったライカがオルぺナの話を促した。
「それじゃ、二つ目は?」
「戦力は現状でいるS級とA級のみで挑むという形になりました。
つまり、前回の任務で亡くなられた隊員、さらに代表二人を引いて十五人です」
「おいおい、頭おかしいんじゃねぇのか!?」
人差し指に続き、中指も立てたオルぺナの回答を聞いた瞬間、ライカが片眉を上げ不快感を露わにした。
その感情はオルぺナに向けたものというより、決定を下した本部に対するもの。
しかし、その反応ももっともだ。あまりにも戦力が足りなさすぎる。
十六年前の「傲慢」のアビス王との戦いでは、各パレスからもS級とA級をかき集め、ほぼフルメンバーのような体勢で挑んだのだ。
それだけの万全の準備をしていて、当時の戦いではほぼ全滅した。
それがアビス王との戦いであり、それを考えれば、現状の精鋭メンバーで挑むなど愚の骨頂。
そんな愚かな判断を、十六年前を知ってる本部が下すとは到底思えないが。
そんなノアの疑問に答えを示すように、オルぺナはさらに薬指を立て、
「そこで三つ目の情報です。端的に言えば、増援は望めません」
「増援が望めない?」
「黄のパレスと緑のパレスは、現状でそれぞれ『嫉妬』と『暴食』のアビス王を監視しています。
その二体のアビス王は存在こそ認知出来ていて、危害を加えない限り反撃を受けることはありません。
ですが、行動の予測が不可能なため、常に監視しておく必要があるそうです」
それから、オルぺナは「また」と言葉を継ぎ、
「橙のパレスは、ここ最近性被害の事件が多発してるようでして、『色欲』のアビス王の仕業の可能性があり警戒が必要で、茶のパレスと赤のパレスはそれぞれ『憤怒』のアビス王の巨大なナワバリに内外から調査に当たってるそうでして」
「どこもそこも他のアビス王のことで手一杯ってことか。
なら、唯一の隠密部隊の紫のパレスは?」
「あそこはそもそも属性発生率が他に比べると低いですし、人数も白のパレスのように少ないです。
ましてや、貴重な諜報部隊。ここで戦力として投下して失うには痛すぎます。
というわけで、紫のパレスからも増援を呼ぶのはまず難しいとのことです」
「なるほどなぁ、もはや本部の決定じゃこっちが何を言っても無駄なのはわかってるんだが。
だが、それでもいないよりはマシだし、勝率を少しでも上げるならいた方がいいんじゃないかとは思う」
「それはそうなんですよね。私も決定に従うことしかできませんが。
ちなみに、あちらはあちらで現状行方がわからない『強欲』のアビス王の手がかりを追ってるみたいですよ」
「つまり、最初に言ったみたいに誰も助けに来てくれないってことだね?」
最終的な結論、それを確かめるようにノアが聞けば、オルぺナが力なく頷く。
しかし、「でも」とノアの質問の後に言葉を挟むと、
「それ以外の戦力ならフル動員するそうですよ。
前線メンバーが万全に戦えるように、途中までは一般部隊がアビスを掃討します。
戦車だけではなく、ミサイルを搭載した車両、それから空挺部隊も」
なけなしのフォローと言うべきか、それを語るオルぺナの顔も気を遣った笑い方である。
その発言に対し、アビスに対してそういった戦力がどれぐらい有効なのか知らないノアは、隣のライカの方へそれが有効かどうか尋ねる視線を送った。
その視線を青の双眸で受け止めるライカ、しかしすぐに力なく首を横に振った。
その反応が全てを物語っていた。それこそ、焼け石に水の戦力だと。
「実際、道中までの体力の温存はありがい。が、それだけだ。
十六年前の戦いでも多くの戦闘兵器が出動したと聞いたが、それらは活躍する前に鉄塊になったらしい」
「......侵食領域だね」
「あぁ、それが兵器を貫通して操作する兵隊を犯しちまった。
結果、まともに近づけた兵士はなく、唯一空挺部隊が空襲を行ったがそれも無傷に終わったみたいだ。
それどころか普通に狙撃されて撃ち落とされた」
「いたずらに人死にを増やす結果に終わるから、結局戦うのは僕達しかいないと」
「そういうこった」
突きつけられる不利な条件、ただでさえ戦力的にも劣っているというのに。
それが現実的に動かせる戦力であるのもわかっている。
だからこそ、この理不尽な現実にノアは眩暈がした。
しかし、それでも――
「大丈夫、ですよね?」
沈鬱とした雰囲気を晴らすように、オルぺナが笑顔で言った。
その笑顔は作ったものではなく、信頼と期待によるものだとわかる。
それが自分の気持ちと一緒で嬉しくて。
「あぁ、そうだ。アタシ達なら大丈夫。
それに、こっからがアタシ達の果たすべき約束だろ?」
「......だね。僕達ならやれる。勝つよ」
戦う前から心が負けていては、勝つものも勝てなくなる。
ただでさえ、勝率が低いのなら尚のこと。
だから、ライカとオルぺナの前で、ノアはそううそぶいてみせた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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