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第37話 受け止めるべき現実、そして再起の時#2

「ごめん、急に泣き出して......」


 ライカの胸で存分に泣き喚いたノアは、そのことを思い出して羞恥で頬を紅く染める。

 そんな幼馴染の姿を、隣にいるライカが首を横に振って否定した。


「だから、気にすんなって。初陣があんなんじゃ仕方ねぇ。

 アタシだって逆の立場ならそうなってたかもしれねぇ」


 ライカの口調は相変わらず雄々しいが、紡ぎ出される言葉は柔らかかった。

 優しさが滲み出ているようで、それが今はノアの心をじんわりと温かくする。

 そして、ライカは「それに」と言葉を継ぐと――、


「ノア、言うべき言葉が違げぇ、だろ?」


「......っ! あぁ、そうだね。ありがとう、慰めてくれて」


「おうよ! こういう時はやっぱりアタシの方が姉だって感じるな。

 いつもは互いに名前で呼び合ってるから変な感じもするけど」


 ノアの表情が和らいだのを見て、ライカが腕を組んで軽口を叩く。

 そんな場の空気を変えようとする流れに、心が余裕ができたノアも乗り――、


「なら、これからは『ライカお姉ちゃん』とでも呼ぼうか?」


「やめろ、今更。むず痒い。それに、ノアが四月生まれで、アタシが十二月生まれ。

 そんな時期も離れてねぇのに、姉面なんてする気はサラサラねぇよ」


「そうだね。ライカって、意外と部屋だらしないしね」


「い、今はもうちったぁマシだぁ!」


 ノアからの突然の指摘に、ライカが慌てて反論するが、その声は弱々しい。

 そんな不器用な姉を見て、ノアは堪えきれなくて息を噴き出した。


 こんなにも弟想いの姉はそうはいないだろう。それが嬉しい。

 もっとも、当の姉はその笑いに対して不満がある様子だが。


 空気が和らいだところで、ノアは改めて現状を振り返った。

 先程は自責の念でいっぱいだったが、今はもう違う。


 霞がかった思考が晴れクリアになったことで、別のことにも意識を向けられる。

 そしてその開けた思考の中、最初に考えるのはやはり彼女のことだ。


「アストレアは大丈夫かな.......」


 そう言葉にするノアであるが、無論、大丈夫じゃないことは察している。

 アストレアもまたライカと同じで大切な人を戦場に取り残したままだ。

 いや、心情的にはライカよりも辛いかもしれない。


(まさかクルーエルさんがアストレアさんの姉だったなんて......)


 その情報を知ったのは、ノアが無事に本部へ戻って来た時のことだ。

 今にも死にたそうな顔をしたアストレアと妹がしていた会話を聞いてしまったのだ。


『お姉ちゃん、クルーエルお姉ちゃんはどこ?』


『っ......それは.....』


『嘘ついちゃダメだよ。カナリアさんから問い質したから。

 その上で聞いてるの。クルーエルお姉ちゃんはどこ?』


 そんな質問を投げかける妹の顔に、アストレアが苦しそうな顔をしているのをノアは覚えている。

 そしてその後の会話は推して図るべし。


 自分の妹に姉が死んだ可能性を告げる残酷な報告。

 生きていて欲しい。それは誰もが思う事だろう。

 しかし、十六年前の最悪の事件がその希望を否定する。


 当時にしては精鋭中の精鋭が集まったアビス王との戦い。

 その戦いでほぼ全ての隊員達が殉職した。

 それを考えれば、「怠惰」のアビス王に対してたった二人で挑む。

 無謀もいいところだ。普通に考えれば、信じる方が難しい。


 加えて、殺したと思われているアビス王は生きている。

 もちろん、その事実を知るのはノアだけだが。

 なんにせよ、その会話は間接的にノアの精神にもダメージを与えた。


「姉が死んだ......特に身内が死んだとなれば、心に負った傷を癒すのは容易じゃねぇ。

 その心の傷は真に誰も手当できねぇんだ。自分で乗り越えるしかねぇ」


「.......」


「幸いにも、アタシにはお前がいてくれた。

 じゃなきゃ、アタシはあの時潰れたかもしれねぇ」


 ライカがノアに向ける瞳には安堵、安心、後悔、無力感と正と負の感情が等しく混ざっていた。


 正の感情に関しては、今言葉にした意味のままだろう。

 そして負の感情は、当時のことを振り返ったことに対する今でも治らぬ「傷」。

 彼女が抱えた「傷」は未だに癒えていない。それはノアもまた同じだ。


「けどさ、アタシは信じてるんだ。基本何考えてるかわっかんねぇ顔してるし、ダラダラするのは好きだし、面倒くさがりな部分も多いけどさ。

 それでも最後には立ち上がる女だ。アイツとの付き合いは存外長いからな」


 そう言い切ったライカの顔には曇り一つなかった。それどころか頬を緩めている。

 純度百パーセントの信頼。そんな感情を向ける幼馴染に、ノアは目を丸くする。


 しかしすぐに、ノアも顔を柔らかくして「あぁ」と答えた。

 昨日の今日ですぐには起き上がれないかもしれない。


 だけど、あの時殿を務める姉の遠ざかる背中を見て叫んだアストレアの激情が、たったこれだけで終わるはずがない。


 それは彼女を担いで帰った自分が誰よりも知っている。

 氷のように凍った彼女の表情が、怒りの熱で氷解していたことを。

 それに、あのアビス王がこのままで終わるはずがないことを。


「アストレアは一先ず自分で心の整理が着くまで放っておくべきかな」


 一見冷たいような発言に思えるが、これがノアにできる現状の精一杯だ。

 心配、と一口に言えば、そのような行動を取れる。

 しかし、心配とは「心」を「配る」ものである。


 ノアがアストレアの姉に対する想いを正確に理解できていない以上、余計な心配はお節介と変わらない。


 それに命令とはいえ、戦場から無理やり引き剝がした自分がかける心配など、どこか筋違いなような気がして。


「だな。アイツはああ見えても甘えたがりだから、親しくなって甘えても大丈夫そうな相手なら恥も外聞もなく甘えてくるぞ」


「なんだか経験アリってしゃべり方だね」


「まぁ、な。ノアがアイツに無理やり女装させられたようなものだ」


「あれ、甘えっていうか......ただいきなり性癖開示されて押し付けられただけなんだけど」


 確かに、「罰」を名目としてアストレアに罰を求めたのは自分だ。

 しかし、あの罰はあまりにも.......あまりにもだった気がする。

 あれを甘えと一括りにしていいものなのか。実に悩ましい。

 腕を組み不服を示すノアを見て、ライカは苦笑いを浮かべ――


「ま、いつまでもウジウジしてるようなら、掛け布団引っぺがしてでも連れ出すさ」


「なんかお母さんみたいな発想してるね」


「少なくとも寒いとかって理由で、任務をサボろうとしたアイツの掛け布団は引っぺがしたことはある」


 どうやら経験故の発言だったらしい。

 さっきまで冗談だと思っていたノアの思考は一気に矯正される。

 あ、これやるやつだ、と思ったのは言うまでもない。


****


 調査任務から早くも三日が過ぎだ。

 その間もノアは吉報を待ち続けたが、今だ届く気配はない。

 時間が過ぎれば過ぎるほど、淡く望む希望が遠ざかる。

 それに対して、何もできない自分が歯がゆくて情けない。


「気分転換に外に出てみたはいいものの、行く当てもないな」


 現在、ノアがいるのは本部がある中央区の少し栄えた場所だ。

 端的に言うならば、若者が集まりやすい商業施設が多くある場所と言うべきか。


 只今、平日の授業時であるが、調査任務の療養のために強制休暇を取らされているのが現状だ。


 休暇であるために、体を鍛えることは禁止され、もっと言えばライカからも激しく注意を受け、しかし体を動かさないと気持ちがモヤモヤするから外を出た。


 出たのだが――普段、外遊びに出ないために出た言葉が先程の発言だ。

 五月の中旬ぐらいになり、日々日差しが強くなり、照り付ける陽光が肌を焼く。


 風が無く晴れている日なんかは、それこそ夏なんじゃないかと錯覚するほどだ。

 少なくとも、もうすでに半袖で過ごしても大丈夫だ。長袖は暑すぎる。


「......適当にブラついてみるか」


 手持無沙汰をごまかすように、ノアが重たい足を動かした。

 行く当てがない。だからこそ、気の向くままに歩いて行く。

 周囲を見て、雑多な声を耳に入れ、守るべき日常に目を向ける。


 あの日、「怠惰」のアビス王に自分の挑む道がどれだけ「傲慢」な夢か見せつけられた。

 そしてその幻想は一度涙という形で砕け、しかし幼馴染のかげで再構築された。


 もちろん、そのヒビだらけで雑な接着されてない夢であるが、こう周りを見れば、これが守りたい景色なんだと認識させられる。


(アビス王を倒し、全てのアビスを殲滅する......か)


 アビスが現れてから五百年。誰も成し遂げられていない頂きだ。

 この世界にも数多くの英雄と呼べる才能を持った人間が生まれただろう。

 しかし、アビス王が一体残らず生きている。それだけで説明は不要だ。


 そんな「傲慢」なる頂きのが自分。

 もはや頂は高すぎて首を傾けても見えない場所にあるだろう。

 そこへ辿り着けるのか。そんな不安が精神にこびりつく。


 ライカに大概の負の汚れは拭ってもらったはずだ。

 だから、それでも頑固にこびついているなら、それは自分でしか拭えない。

 目下、どう拭えばいいかわからないというのが悩みだが。


「適当に歩いて辿り着くのがここか」


 風に流される木の葉のように歩き、最終的に辿り着いた場所。

 大きな駐車場には、ほぼ隙間無く駐車された車があり、駐輪場も自転車でギチギチだ。

 

 そんな多くの人々が集まった痕跡を残す場所の近くにある巨大な商業施設。

 主にボーリングやゲームセンターで構成されている若者の聖地だ。


 どうしてここに来たのかわからない。遊ぶ気力なんてなかったのに。

 強いて理由を挙げるなら、最近遊んだ場所の一つがここだったからだろうか。


 模擬戦の直前、無理やり休暇を取らされたノアは、バッタリ休暇中のアストレアと出くわした。

 そこで彼女からの提案で立ち寄ったのがゲームセンターだった。


 もちろん、今いる場所が彼女との思い出の場所ではない。

 しかし、自然とこの場所に足が吸い寄せられたのだとしたら――


「せっかくだし行ってみるか」


 気分転換のために外へと出てみたのだ。

 その本分を果たさねば、気持ちよくパレスに帰れないだろう。

 それどころかただフラついてただけでは、ライカに怒られる可能性がある。


 よくわからない状況だと思うが、遊んでないと怒られるのだ。

 実際、彼女から送られた注意の内容もそんな感じのものであったのだから。


 店の中に入れば、すぐに鼓膜を揺らす大音量が響き渡った。

 ゲームセンターに立ち寄った時も思ったのだが、やっぱりうるさい。


 耳で手で覆うほどではないが、店内BGMで周りの音が聞こえづらくなるのは、やはり気になる。

 とはいえ、それを指摘するのは常識の埒外なので、やむなき諦めるべきだろう。


「いっぱいあるなぁ......」


 店内を巡り、いくつも配置されたUFOキャッチャーやゲーム台に目線を向ける。

 向けるだけで何もしないのは気が引けたので、とりあえずUFOキャッチャーでもやろう。


 なんとなく未だ顔を見せないアストレアを想い、好きそうなぬいぐるみがあるクレーン台の前に立つ。


 一先ず百円を投入し、以前のアストレアの芸術的な動きをトレースし、操作パネルをタッチ。

 キャッチャーは指定された場所でアームを開きゆっくり落ちるが――


「あ.......」


 一瞬宙に上がり、そしてアームの隙間から滑り落ちる。

 その光景を見て悲しさに短くを漏らすノア。

 しかし、もとより一回で取れるとは思っていない。

 ならば、取れるまで試行をするのみ。


「.......」


 綺麗に百円玉と五百円玉が消えた財布を見つめ、ノアは顔をしかめる。

 先程まで入っていた八百円はどこへ行ったのか。

 加えて、千円を崩して作り出した十枚の百円玉すら消えている始末。


 悲しいかな。どうやら自分は泣きたくなるほど、この手の才能が無いみたいだ。

 フィギュアみたいな明らか重たいやつを狙ったわけではないのに。


 しかし、諦めきれない。

 妙なギャンブル症に血が騒いでいるわけではないが、手柄なく諦めるのも違うというか。

 それに、これはアストレアにプレゼント予定の物だ。下手に止められない。


「仕方ない。また崩してくるか」


 そう呟き、財布から千円札を抜き取ると、両替機に向かって歩き出す。

 と、その時、ノアが少し離れたところで、耳にキャッチャーが動く音を捉えた。


 振り返れば、先程までノアが果敢に挑んでいた強敵に少女が百円を投入して挑んでいた。

 真剣な眼差しでガラス越しのキャッチャーを見る少女は、ノアより年齢が少し下という感じだ。


 ネオンカラーのような水色の髪を肩辺りで切りそろえており、カーキー色の帽子を被り、半袖のパーカーを着ている。


 見える横顔は目鼻立ちがしっかりした美少女で、深蒼の瞳は儚げであった。

 身長は小柄で百五十センチに届いてるかどうか。

 明らかに、平日の昼間ぐらいに外遊びしていい年齢ではない。学校はどうしたのか。


―――ガコン


「あ......」


 キャッチャーが取り出し口の穴へ、クマのぬいぐるみを落とした。

 そのぬいぐるみはノアがアストレアにプレゼントするために狙っていたもの。

 しかし、それはついさっき獲られてしまった。あと一手足りなかったか。


 その事実を目の前に、ノアは力なく肩を落とした。

 瞬間、水色髪の少女はスタスタとノアに近づくと、無言でぬいぐるみを差し出した。


「え? 僕に......?」


 突然のプレゼントに、状況が読めずノアは目を剥いた。

 そんな彼をよそに、少女は淡々と口を開く。


「見ててじれったくなっただけ。

 とはいえ、お姉ちゃんの友達がまさかこんな場所にいるとは思わなかったけど。って、それは私も同じか.......」


「え、えーっと君は?」


 一先ずぬいぐるみは受け取るものの、未だ困惑が消えず、ノアは名前を尋ねる。

 ノアの怪訝な感情を浮かべた質問に、少女は深めに被っていた帽子のツバを持ち上げ、深蒼の双眸で見つめ――


「ユリハ=イーマルシャーク。アストレアお姉ちゃんの妹です」


 そう、やや冷たい声色で答えた。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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