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第32話 もう一つの戦い、そしてライカの実力#3

 ライカが見つめる砂塵の先、そこから黒色の包帯が飛び出す。

 先端の数センチを折り曲げ、鉤爪のような形にしたそれは光沢を反射して壁に引っかかった。

 同時に、茶色く濁った煙の先から一つのシルエットが浮かぶ上がる。


「あ~、クソッ、まさか使わなきゃならねぇとはな」


 シュルシュルとリールを巻くような音ともに、愚痴をこぼす声。

 砂のベールを一本の包帯で斬り裂き、風圧で払い現れたのは全身を黒色に染めたアビゲイル――ファルラカが首の後ろに手を当ててかったるそうに歩いてきた。


 先ほどの中二病的ファッションとは違い、一言で言えば、黒色の魔神。

 とはいえ、服の概念が無くなり、膨らんだハリセンボンに大きな口がついたような頭になっただけで、見た目に大した変化はない。


 しかし、腕から伸びる四本の包帯の先端は殺意が込められたように尖っており、伸びる両端はノコギリのようにギザギザしている。


 相手を殺すことに特化したというり、痛めつけることに特化した武装だ。

 貫かれたり、斬られたりすれば、まずあの鋭利な刃で周辺の肉がズタズタにされるだろう。

 刃が鋼鉄製の触手というのが一番らしい例か。


 殺意が具現化したような姿をするアビゲイル、しかしあいにくライカは初めてではない。

 さすがに目の前の相手よりは劣るが、過去に幾度か戦ったことがある。


 その修羅場の経験値が、ライカに動揺という選択肢を取らせなかった。

 表情をピクリとも変えず、獣じみた目つきを宿したまま、


「随分と人間に近い格好だな。

 アタシがこれまで見てきたのは、動物や虫みたいな種類だったが」


「オレ達にもピンキリってのがあるんだよ。

 そいつぁ、所詮オレ達と同じ上位種になっただけの存在だ。

 人間の情報をまだ完全に得られてねぇ、ただの未完全体」


「なら、人型のテメェは完全体ってわけだ」


「そう自信もって言うには、俺はまだ弱い部類だがな。

 当然の話だが、兄ちゃんに比べれば、オレでも所詮底辺な存在よ」


 そう言いつつも、特に自分の立ち位置を気にしている様子はなく、ファルラカは相変わらずヘラヘラとした口を向けていた。


 そんな彼の存在を見て、ライカは僅かに眉間に力を入れた。

 それは先程から聞く「兄ちゃん」という言葉が気になったからだ。

 高い知能を持つアビゲイルが家族形態を持つかどうかは定かではない。


 が、少なくとも上下関係は働いているのだろう。

 そんな、ただでさえアビスの上位種であるアビゲイルが、自身よりも格上と認める相手。


 そんな存在、これまで特魔隊として任務に勤めてきたライカが悟らないはずがない。

 しかし、その確証をあえて得るためにライカは問い質す。


「『怠惰』のアビス王......わかっちゃいたが、やはりソイツがテメェらの親玉なんだな?」


「おいおい、あんま人の兄ちゃんに不敬な言葉遣いすんなよ――殺すぞ?」


 ライカの発言が気に食わなかったのか、ファルラカの語気が強くなる。

 殺意とも呼べる覇気が、ファルラカの体に纏わりつき、陽炎の如く空間が揺らめいた。


 苛立ちを示すかのように、腕から伸びる包帯の尖った先端を地面を刺す。

 凶悪な先端と側面した包帯はまるで地面が豆腐のように、その後もドスドスと刺しながら、


「ほんとさ~、お前ら人間って失礼だよね。礼儀ってのがわかってない。

 オレ達の兄ちゃんはこの世界を支配する七人の王には違いない。

 けどさ、だったら普通名前を控えておくのが常識だろ」


「常識? おいおい、どの口が言ってんだ。人間ぶるなよ。

 テメェらがいつ人間になったてんだ?

 見た目を真似てただけでもうそうだってか?

 冗談にしても面白くねぇ、やり直せ」


 グチグチと言葉を零すファルラカの圧に対し、ライカの表情は変わらない。

 もはや涼しいそよ風を浴びているようなその顔が、彼女の戦闘経験の多さを裏付けていた。


 もう彼女はとっくに理解しているのだ。

 ここで怒っても、ビビっても、どんな感情を出そうとも。

 すでにやることは決まっており、それを実行することも決まり切っていることを。


「なら、分を弁えろ、劣等種が。つーか、指摘される前に気付け。

 少なくとも『ソイツ』と呼んでいい存在じゃない!」


「へーへー、随分なお兄ちゃんこなこって。

 悪りぃが、その兄貴はいずれ倒させてもらう。

 それが特魔隊の使命なんでな。だが、まずはお前だ」


 大胆不敵に宣戦布告をするライカ。

 その言葉は特魔隊の悲願であり、ノアとの約束であり、ライカの夢だ。

 それを口にするまでに、一体どれだけの仲間達が死んでいったことか。

 

 しかし、それでも特魔隊は悲願の一つを叶えた実績がある。

 自分が生まれて間もない頃に起きた『傲慢』のアビス王との戦い。


 それにより、ノアの父親であるオルガによってアビス王が倒された。

 その結果は示したことは一つ――人間でもアビス王は殺せる。


 その事実がある以上、約束は、夢はライカに無限の力を与えてくれる。

 いや、それはさすがに言い過ぎた。ノアが一緒なら無限に力が湧く。

 それこそ、こうして「怠惰」の眷属相手にも啖呵を切れるほどには。


 そんなあまりに堂々としたライカの言葉に、一瞬言葉を失ったファルラカだが、すぐに口をギィっと弓なりに上げると、


「キヒヒ、それはさすがに目標が高すぎるな。

 王様ってのは人間には倒せない存在だから王様なんだ。

 どこぞの『傲慢』はその器じゃなかったってことに過ぎない。

 せいぜい死なねぇように、怯えながらひっそり暮らすのが賢い生き方だぜ」


「ハッ、バカなもんで無理な話だ!」


 そう言って、ライカが不敵な笑みを浮かべ、走り出すことで第二ラウンドが幕を開けた。

 爆発的な推進力を生み出す蹴りを地面に放ち、ライカは全身を銃弾のように打ち出す。


 肉の弾丸と化したライカを目の前に、ファラルカが腕を軽く掲げ、四本の包帯を波立たせた。

 やがて包帯は腕に近い方から硬質な一本の剣のように一直線に伸び、アンカーの如く射出する。


「ここで数を倍だ!」


 瞬間、ファルラカの飛ばす包帯がそれぞれ縦半分に裂け始める。

 一本一本は裂ける前よりも細いが、どれも先端と側面にはサメの歯のような刃がついており、合計八本の凶刃がライカを襲った。


 「罪禍ノ呪鎧」になってから、包帯の速度も上がっていれば、数も増えている。

 それは単純に攻撃能力が増したことを意味し、ライカに厳しい戦いが始まることを暗に伝えていた。


「だからなんだってんだ!」


 とはいえ、ライカのやることは変わらない。

 攻撃を最小限の動きで躱し、弾き、とにかく前へ前へ。

 相変わらず、どんな角度からでも襲ってきて、自分の周りに包帯の結界が形成される。


 多少髪の一部や腕や足を掠るが、その程度なら我慢すればいい。

 前に近づけているなら、それが一番。攻撃こそ最大の防御なのだから。


 瞬間、胴狙いの一撃を地面スレスレに身を低くして攻撃を躱した。

 その際、右手にアスファルトの破片を拾うと、立ち上がりと同時に石を投げる。


「みみっちいことしてんな」


 ライカを取り囲む包帯で飛んでくる破片をファルラカが切断する。

 刹那、一瞬注意が逸れたファルラカの意識の隙間を縫うように、ライカは地面の蹴りを強めた。


 正面、包帯の結界に拳を合わせ、ぶち壊し、包囲網を突破。

 勢いをそのままに懐まで迫り、左足を地面にめり込ませ、腰だめに構えた右手で拳を作った。


 ガチャッとガントレットが金属音を鳴らす。

 豪拳一発、その勢いで右腕を打ち出――


風魔弾(エアショット)


 瞬間、両手からファルラカが空気砲を撃ち出した。

 暴風を小さく圧縮したような直径三十センチの球体が、今にも殴ろうとするライカに迫る。


 一瞬の判断、咄嗟に腕が伸び切る前に止め、ライカは頭を守るように右腕でガード。

 脊髄反射というべき本能的な動きにより、ガントレットで受け止めることに成功――直撃を防いだ。

 しかし、球体に内包する荒れ狂う風圧が、ライカの体を弾き飛ばす。


「とっと......」


 数メートルほど後退したが、姿勢維持に努めたおかげで着地後、数歩後退するだけで済むライカ。

 とはいえ、せっかく詰めた距離がリセットされてしまったことは大きな痛手だ。


 超インファイターにとって、基本近づくしか有効なダメージを与えられない。

 しかし、それをわかっている相手が早々ライカの行動を許すだろうか。


 いや、無い。わざわざアドバンテージを相手に与えるメリットがない。

 中長距離の攻撃手段を持つ以上、相手を近づけず一方的に攻撃するのがセオリーだ。

 その証拠に――、


翠玉の流れ星(エメラルドスフィア)


 ファルラカの頭上の空間に、いくつもの緑の球体が形成される。

 それは一つ一つが嵐を圧縮したようであり、渦巻く螺旋が視認できる。

 当たればズタズタにされるだろうことが、容易に想像できる。


「チッ!」


 ファルラカが放つ弾幕を背に、ライカは地面を蹴って走り出す。

 元いた場所に風の球体が着弾。瞬間、ボコッと地面を抉るように爆ぜた。


 いや、爆ぜたというより、一瞬にして斬り刻まれたというべきか。

 圧縮した高密度の斬撃が地面を砂塵に変え、大気が茶色く濁る。

 予想通り当たればタダじゃすまない。少々、火力に限っては想定以上だが。


「逃がすかよ!」


 ライカの後を追い、ファルラカが両手を伸ばし、八本の殺意を伸ばした。

 風の弾幕と合わせたそれらが、地面を抉り、電柱を斬り倒し、民家に穴を開け、ビルを両断する。

 避けるライカの周囲をしっちゃかめっちゃかに破壊が続く。


 そんな暴力の嵐を紙一重で躱し続けるライカ。

 が、防戦一方が続き、反撃の隙があまりにも少ない。


 時折、風の球体とのタイミングが悪く、ノコギリの刃を持つ包帯が肉を微かに削り、その傷から刃との間に鮮血が空を跳ねる。


「ウザってぇ!」


 攻撃の猛襲に顔をしかめ、ライカは振り切るようにその場を強く蹴った。

 背後から迫る殺戮の弾幕と、貫かんばかりの刃から一瞬の距離が生まれる。


 刹那、ライカは足元にあるマンホールに目線を移動させ、蝶番の位置を確認すると、すぐさまその位置を強く踏みつけた。


 メコッと音を立て捲れ上がったフタを掴むと、力任せに引きちぎり――反転。

 さながらフリスビーをするが如く、マンホールのフタを投擲した。

 マンホールのフタが高速で飛翔し、弾幕の中をすり抜け、ファルラカを狙う。


「おいおい、こんなんでオレをやれるとでも?」


 案の定、その攻撃は直撃される前に一つの包帯で切断される。

 後方に飛んでいくマンホールのフタに目もくれず、ファルラカがニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

 もっとも、今のファルラカに目と呼べるものは無いが。


「そんなんわかってらぁ!」


 ファルラカの顔に苛立ちを覚え、歯噛みしながらも、ライカは動きは止めなかった。

 次に手にしたのは高くそびえる電柱だ。


 それをガシッと右手で掴むと、強化された握力で五指をめり込ませる。

 そして、根元部分を蹴ってあっさり折り、それをそのまま縦に伸ばして振り下ろした。


 まるで棍棒のように落ちるコンクリートの塊、されどその攻撃も幾重の包帯でスパスパと切断される。

 不均等な厚さの輪切りされた電柱が音を立てて地面に転がった。


「チッ」


 これもダメだ。やはり瓦礫をぶつけてもあの包帯が厄介で近づけない。

 どうにか策を練りたいところだが、熟考している暇はない。


 アビゲイルの強さなら、はなから分かっていたことだ。

 今の二連攻撃がダメでも、別の攻撃なら隙が生まれるかもしれない。

 考える暇が無いなら、思い付いたことを片っ端から試すだけ。


 結果に眉を険しくしながらも、ライカの思考は冷静だった。

 これまでの過去の戦闘経験が、彼女の理性を未だ一定に保っている。

 よし、次に行こう――と、ライカが踏み出したその時――


「――!?」


 踏み込み足と逆足の、地面から最初に離れる足が離れない。

 まるで何かに引っ張られているように、強い抵抗を受け、この場に縫い付ける。


(な、なんだ!? 足が動かねぇ!)


 その違和感にサッと目を向ければ、ライカはすぐさま目を剥いた。

 足に纏わりつくは黒色の包帯――ファルラカの攻撃だ。


 とはいえ、先ほどまで見ていたが、ファルラカの包帯の数は変わらず八本。

 では一体どこに――そう思った矢先、僅かな異変が思考よりも先に目が捉えた。


「足から包帯が......!」


 ファラルカの黒光りする足元、そこから地面に向かって一本の包帯が刺さっている。

 それが地面の下を巡り、自分の足を拘束していたようだ。

 その事実に気付いたライカに対し、ファルラカは相変わらずヘラヘラとし、


「誰もこれが全部なんて言ってねぇだろ。

 キヒヒ、でも安心しろ。これで全部だ」


 そう言って、両腕を伸ばし、そこから八本の包帯をファルラカは伸ばした。

 しかし、それらの狙いはライカではなく、彼女の横を素通りしていき――さらに奥。


 縫い付けられた両足をそのままに、ライカが肩越しに振り返れば、そこにあったのは――、


「バカデケェ高層ビル......? 」


 天を突くかのような、高さ二百五十メートルもの高層ビルが、圧を放つように立っていた。

 太陽光を反射し、一部の窓ガラスには鏡のように青空と雲を映す。まさに摩天楼。


 その高層ビルの下層の一部で、八本の黒い包帯が絡みつている。

 周囲を囲うように、それでいてビルを外側から包帯が締め付けていた。


 しかし、それを見てもあまりピンと来ないライカ。

 どうしてすぐに自分を攻撃せずに、遠くの高層ビルなんか狙ったのか。

 その疑問も包帯がビルの壁面を縛り付ける圧力で壊し始めた時に悟った。


「――まさかっ」


 その光景を見て、ライカがわずかに息を呑む。

 これから何をしようとしているか理解したからだ。

 きっと足場をこの場に移動したのもそのためだろう。


 誘導させられたのか、それとも運悪くここに来てしまったのか。

 どちらにせよ、こうなってしまっている以上、考えても仕方ないことだ。

 そんな焦燥と僅かに芽生える恐怖の中、ライカが口走ったのは、


「やめろ、街が壊れる」


 ――であった。

 そんな今更過ぎる言葉に、ファルラカは口の端を下げ、眉間がある位置を中央に寄せる。


 いやもっと言えば、ここはすでに廃墟と化した街であり、とうの昔に壊れている。

 だからこそ、ファルラカは首を傾げ、


「ハァ、何言ってんだお前? これから死ぬとわかって気でも触れたか?

 この街はお前が今更心配する必要もないほど壊れてんだよ」


「......っ! そういや、そうだったな。あぁ、そうだった。

 ハハッ、そっか......ノアがいたから、無意識にセーブしてて......そっかそっか」


 一人で勝手に納得し頷き、笑みを浮かべるライカ。

 そんな挙動不審なライカを、ファルラカが無い目で怪訝な視線を送る。


 僅かな違和感、いや異変と言うべきものが、ファルラカの胸中にふつふつと沸き上がった。

 その正体を確かめるように、ライカに問いかける。


「おい、何がおかしい? とてもこれから死ぬってやつの笑い方じゃねぇな」


「まぁな。死ぬ気ねぇし。てか、たぶん死なねぇしな」


「虚勢にもハッタリにも感じねぇ......気味悪いな。

 だがまぁいい、どうせこの状況からは逃れられねぇんだからな!」


 目の前の異変を無視して、ファルラカがビルを繋ぐ鎖を思いっきり引っ張った。

 腕力だけではなく、かかとを地面に突き刺し、体ごと後ろに倒れるようにして。


 ファルラカの腕や太もも辺りの筋肉が緊張し、同紙に一回り膨張する。

 そして――「それ」は訪れた。


「おらああああ!」


 ファルラカの掛け声一発。

 高層ビルがゆっくりと傾き始め、二人を覆う影がさらに長く伸びる。

 ゴオオオオと空気を圧し潰す轟音を響かせ、巨大すぎる建造物が倒壊した。


 直後、その建物は地面との接触した瞬間から砕け散り、辺り一帯に砂と、暴風、衝撃波が周囲を席巻する。

 汚染された大気が道路を茶色く染め、建物の隙間という隙間に流れ込み、太陽光すら遮断した。


 そこにあるのはビルであった瓦礫の山と、風に吹かれて少しずつ散っていく砂塵のみ。

 そんな中から盛大な笑い声が響き渡った。


「キヒヒ、アハハハ!」


 目の前に広がる光景を見て、ファルラカがお腹を抱えて笑う。

 アビゲイルであるなら未だしも、あの倒壊を食らって生きている人間はいない。

 勝利の確信。それがあるからこそ、今のファルラカは機嫌が良い。


「意味不明なことを言っておきながら、結局このザマだ!

 キヒヒ......あ、でも、やっべ殺しちまったか?」


 別の焦りを感じ、ファルラカの態度が急変する。

 彼の中ではライカは討伐対象ではなく、捕獲対象であった。

 しかし、相手が強敵であったために、つい意識の外に外れていた。


「やっば、アル兄とギャリ姉に怒られるかも」


 自分の兄と姉に叱られる未来を見て、体を震わせるファルラカ。

 しかしすぐに腕を組むと、自分を正当化するように言葉を並べる。


「だが、案外そっちの方が良かったかもな。

 この女の攻撃をまともに食らうのはあぶねぇし」


「安心しろよ、まだ死んでねぇから」


「あ?」


 その時、瓦礫の山からバコンッと音ともに、砂煙が噴き出す。

 煙の奥から黄色い髪がバサッと反り上がり、一つの人影が立ち上がった。

 煙が晴れる。そこから注がれる青い双眸に、ファルラカの口元が歪んだ。


「おい、なんで生きてる......?」


「それはアタシが今まで力をセーブしてたからだな」


 そう、短く返答し、金属の親指でライカは口端の血を拭った。

 この言葉の意味を説明するには、ライカの魔技の性能に振り返る必要がある。


 ライカの魔技「超強化」は、シンプル故の破格の性能をしている。

 一言で言えば、魔力で肉体を強化すればするほど、彼女の身体能力が強化されるのだ。


 そして、それは純粋な攻撃力と防御力に繋がり――結果、あらゆるものを破壊する。

 大地を蹴れば地面を割り、物を握ればほんの些細な力でも粉砕してしまう。


 その状態で電柱にでも歩いて当たろうものなら、電柱の方が音を上げるだろう。

 そう、もはや人型兵器も真っ青な存在になってしまうのだ。


 故に、普段ライカが街で使う場合、能力の使用を大きく制限され、全力などもってのほか。

 その意識があったからこそ、ライカは街が壊れないことに固執していたのだ。


「ハァ、スッキリした」


 しかし、それはもう別の話。今この場では違う。

 すでに壊れているなら、いくら壊したところで問題ない。

 ならば、久々にやろうではないか――全力を。


「一瞬で終わるぜ、覚悟しな」


 前髪をすくいあげ、一部赤く染まった額をチラリと覗かせる。

 その状態で、ライカは眼下に見えるファルラカに目を細めた。

 目つきが獣のように鋭くなり、全力を出せることに歯が見えるほど口角が歪む。


「――っ!?」


 その瞬間、その姿を見たファルラカの唇が僅かに震えた。

 それを自覚したのか、途端に太ももを叩く。


「くっ、まさかオレがビビってるとでも、ふざけ――」


 ファルラカの言葉が言い切るよりも速く、ライカは眼前へと迫る。

 ライカの体勢は低く、両手を広げて突撃する姿勢はラガーマンのように。


「勝手に砕けんなよ?」


 そう言うと、右肩をファルラカの鳩胸に突き刺し、ライカは抱えたまま走り出した。

 そのタックルは容易に鋼の体を持ち上げ、数メートル背後にある建物の壁に押し付ける。


―――メキッ


 壁にファルラカを押し付けたことによるヒビが入る。


―――バキッ


 ライカの踏み込み足と同時に、ファルラカの肉体が壁にめり込む。


―――バコンッ


 ライカの次の足が踏み出した時には、壁が砕け、建物に穴を開けた。

 しかし、その突進はそこで終わらない。


 あらゆる障害物を押し砕き、通過、通過、通過する。

 たとえ目の前にどんなものがあろうと、そこが我が道であるかのように。


 一つの建物を突破すれば、次の建物へ。

 それすらも突破すれば、さらにその奥の建物へ。

 一切合切を砕き、弾き飛ばし、なぎ倒す。


 正しく猪突猛進を地で行くような所業だ。

 そして、突進の勢いが凄まじいのか、ファルラカは無抵抗のまま動かない。


「おんどりゃ!」


 バコンッととある建物から外に出たライカは、道路に降り立った。

 その背後には五階建てのオフィスビル。


 掛け声一つで、ライカはファルラカの体を後ろに向かって、バッグドロップの勢いで投げ飛ばす。

 反転、地面をめくる勢いで蹴り、空中で標的に並んだ。


「バケモンかよ」


 ファルラカと顔が上下で向かいあい、真下から聞こえる負け惜しみの言葉。

 それに気分を良くしたライカが口元を大きく歪め、振りかぶった拳を叩き下ろす。


獅子落(ししおど)し」


 ライカの鋭く振り下ろされた破壊の権化が、ファルラカの胸の中心――核に叩きつけられた。

 衝撃が黒い体をビクンと揺らし、駆け抜け、接触箇所から破壊する。


 刹那、ファルラカの肉体が高速落下し、オフィスビルの屋上を突き抜け、地に叩き伏せられた。

 ライカが凹んだ地面に着地した時には、アビゲイルの肉体は空気に溶けるように散っていく。


 その光景を見ながら、首のチョーカーに手を当て、一言。


『戦闘は終わった。すぐに戻るから位置座標、送ってくれ』


 と、相棒に連絡し、ライカはすぐに走り出した。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


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