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第29話 共闘、そしてギャリーの脅威#3

 <罪禍ノ呪鎧>――そう言った途端、ギャリーの様子が変わった。

 緑色をした瘴気を嵐のように体に纏い、その姿は見えなくなる。


 渦巻く本流が、息苦しくさせる圧が、体にのしかかる重厚感が辺りを席巻する。

 この場を独壇場にするかのようなワガママな存在感と威圧感。


 それらを具現化するように、ギャリーの肉体が変形していった。

 時間にして数秒、しかし体感十数秒のその時間が終わり、体を覆う瘴気が晴れると、ギャリーの真の姿が現れた。


「じゃじゃ~ん、これが私の真の姿。

 ま、ゆーても、人間に化けていた姿を解除しただけなんだけどね~......お兄ちゃんと違って」


 そう言って、お腹にある口を動かし、ギャリーはその場をクルリと回る。

 姿は人型、されど人間とは似ても似つかない。

 

 他のアビス同様、全身を黒く染め金属のような黒光りを放つアビゲイル。

 鳥かごのような頭に、中央に灯った青い炎。


 ツインテールは腰まで伸びる鎖に変わっており、先端は矢じりのように尖っている。

 足はヒール状に変形し、地面に刺さるほど尖っていた。


 一見すると愛嬌のあるアビゲイルの容姿、されど人の神経を逆撫でするような嫌悪感を放っている。

 実際、見ているノアの精神もギリギリと締め付けられるような摩耗を受けた。


 見ていても問題ないと思うのは、まだ自分の精神を持っているからか。

 はたまた、すでに精神汚染を受け、アビスとしての感性を受け入れ始めたからか。

 どちらにせよ、これ以上の長居は避けたいと思わせるには十分すぎた。


「私が見たことある姿になったわね......」


 傍らでアストレアらポツリと呟く言葉を、ノアは拾った。

 かつてアストレアは何度かアビゲイルと戦ったことがあると言っていた。

 そして、今のギャリーはそのかつての敵の姿なのだと。

 それを意味する所がわからないノアではない。


(自らの縛りを解いたってことか)


 詳しいことはわからない。

 しかし、比較ができるアストレアの意見を踏まえるなら、先ほどまでの人型は枷だ。


 あえて全力を出さないために、自分自身の力を拘束するための。

 俗に言う「第二形態」というやつだが、なんと嬉しくない言葉だろうか。


「これさ~、全然可愛くないんだよね。頭がこんなんだし、口はお腹にあるしで。

 二人もそう思わない? だから、人間の姿は好きなんだけど......ハァ、萎えるわ~......」


 そう言いつつも、戦闘継続の意思を示すように、地面に立てた大鎌を握る。

 そして、それを肩に担ぐと、お腹にある口をニヤリと歪めた。


「けどまぁ、ここまでやんなきゃ目的達成には無理っぽそうだし、仕方ないか。

 んにゃ、待たせてごめんね~☆ 第二ラウンド、始めよっか」


 どこまでも軽い口調で、宣戦布告したギャリーが両手で大鎌を構える。

 足は肩幅より少し開き、少しかがんでいつでも出撃オーライといった様子だ。

 その様子を見て、ノアは視線をギャリーに向けたまま、


「アストレア、俺が前に出て相手の攻撃を誘う。

 空振りしたところを狙ってくれ。俺のことは構わず巻き込んでくれて構わない」


「......わかったわ。全力で躱して」


 アストレアと短く言葉を交わした直後、ギャリーが「んじゃ、行くよ」と地面を蹴った。

 一撃粉砕の爆発力で加速し、そのまま愚直に突っ込んでくる。

 本来ならそんな見え見えの攻撃などノアからすればカモでしかない。


 しかし、身体能力を底上げしても実体は捉えきれず、空気に溶けるような影がかろうじて見えるのみ。

 後は、そう、周囲を満たす禍々しい殺気が正面から強く感じるからという弱い根拠。


「くっ!」


 が、その根拠を確かめている暇など無い。

 むしろ、積極的に利用しなければいけないだろう。


 そんな足元の見えない、先が続いているかもわからない道を走り出すように、ノアの肉体もギャリーに迎え撃つように走り出した。

 その後ろを少し距離を開けて、アストレアが続く。


「お、また正面からぶつかりに来る感じ?

 ガチンコご所望ってこと?なにそれ、滾んじゃん」


 銃を構え、ノアは両手にあるそれぞれの引き金を何度も引く。

 数発の弾丸が射出されギャリーに迫るが、当然のように回転する大鎌で弾かれた。

 それはいい、どうせこっちも最初から期待していない。

 だから次は、彼女の横振りの攻撃をしゃがんで躱す――


「同じ手はつまんないかな。お姉ちゃんポイント、減点」


 ノアが膝を曲げしゃがみモーションを仕掛けた瞬間、突撃するギャリーがピタッと動きを止めた。

 直後、ギャリーの足元に無理やり体を止めるために、慣性を殺す負荷が地面を割って現れる。


 しかしそれによって、急停止に成功したギャリーが後ろに飛んだ。

 同時に、手首をクイッと捻り、大鎌で斬り払い。

 その行動の狙いはスライディングで横抜けしようとしたノアへの対処だ。


(――よし、かかった!)


 しかし、それはノアの巧妙な誘導である。

 ギャリーの動きに変化が起きたと同時に、そこ位置から真横に飛んでギャリーの攻撃を躱す。


 慣性で斜め前に進みながら、両手をギャリーに向け、二発の牽制弾を放った。

 先程の弾丸同様、もとよりこの攻撃でダメージを狙っていない。

 この攻撃ターンでのダメージソースは――アストレアだ。


冰凍槍(アイスランス)


 短い詠唱、口から紡がれた言葉がレイピアに渦巻く冷気を纏わせた。

 それを正面の空間に向かって撃ち出す――直後、剣圧によって生み出された氷結の奔流がギャリーに追い迫る。


「それはあっぶないな!」


 向かってきた凍結属性の突風に大鎌を合わせ、下から上へギャリーが振り上げる。

 瞬間、その斬撃はスパンと二等分にされた。


 二つに分かれた風がギャリーの左右を通り抜け、背後の建物にぶつかれば、元ファミレス跡地にたちまち氷の山が出来上がる。


「これが効かないなんて.....!」


「アストレア、次だ!」


 渾身の一撃であったのか、アストレアの顔に苦悶が宿る。

 そんな彼女をを見て、体勢を立て直したノアがすぐさま声をかけると、すぐさま突貫した。


 こちらの攻撃が簡単に通用しない相手なのは、これまでの戦いから十分理解している。

 ただでさえ、さっきまで二対一で攻めきれなかったのだ。

 それがパワーアップされた状態となれば、早々歯が立たないことはわかっている。


 しかし、歯が立たないことと、勝てないことは必ずしもイコールではない。

 相手も知能がある存在で弱点がある以上、攻め続ければ、必ず隙が生まれる。


 二の手が無理なら、三の手を使うまで。三も無理なら、四を探すまで。

 そう思考を切り替えるノア、しかし――、


「次はこっちの番かな!」


「鎖が!?」


 目の前の光景、過酷な状況にがさらに勢いを増したことにノアは歯噛みした。

 それもそのはず、ギャリーのツインテールだった鎖が第三、第四の腕として機能したのだ。


 細長い黒い鎖がそれぞれノアの腕と、アストレアの腕に絡みつく。

 まるで一匹の生物のように締め付け、その威力は万力のように強い。


「―――う”ぁ!」


 肉が無理やりすり潰され、骨まで軋む痛みがノアの脳天を突き抜けた。

 その痛みはアストレアも同様で、クールな彼女の顔が悲鳴とともに歪んだ。


 刹那、「それ~!」という掛け声とともに、ギャリーがその場を回転し始めた。

 右足のヒールのような形状をしたかかとを地面に突き刺し、回転する様は高速回転する駒そのものだ。


 それにより発生した遠心力がノアの肉体を大気の壁に押し付け、身動きを取れなくさせる。

 加えて、体内のあらゆる内臓が外側に押しやられ、気持ち悪さも一入(ひとしお)


 回って、回って、回って、回って。ギャリーの気の済むままに回り続けて。

 端から見れば一つの物体のように周囲に、ノアとアストレアの体が溶け込む。


 最終的に、アストレアを地面に叩きつけたギャリー。

 アストレアの肉体が背中から叩きつけられ、衝撃で地面が凹む。


 細く華奢な肉体がいくら魔力による恩恵を受けていても防御力には限りがある。

 加えて、体を響き渡る衝撃に防御など不可能だ。

 事実、自分の数倍の負荷がかかった叩きつけにより、アストレアの口から血が舞った。


「んじゃ、ちょっと待っててね、氷使いちゃん。

 さっきに厄介そうなガンナー君をおねんねさせてくるから」


 そう捨て台詞を吐き、遠心力を存分に活かしてノアをぶっ飛ばした。


 瞬く間に近くのお店に突撃したノア、ガラス張りのショーウィンドウは衝撃を和らげるには頼りなく、マネキンをボーリングのピンのように弾き飛ばしながら、店の奥の壁へ激突。


 それでも勢いは止む気配を知らず、さらに一本通りを挟んだオフィスビルの一階の壁を突き破り、そこで勢いが死んで床に転がった。

 

 視界はグラグラで、外側は痛みで脳が麻痺し、内側は吐き気で口から血が混ざった胃液が漏れ出る。

 もはや散々な光景だが、それでも今のノアに立ち止まることは許されない。


 背中にある壁が崩れた瓦礫を支えに、口元を拭う動作も捨てて正面を見る。

 こうしてる今もギャリーがやってくるのだ――腹の口を不敵に歪めて。


「――俺狙いか」


 幸い、アドレナリンで痛みの半分は無視できる。

 震える足を無理やり立たせ、起き上がると、ノアはその場から跳んだ。


 直後には、足元に大鎌の刃の先端が届き、地面をザックリ斬り裂く。

 飛び込んだギャリーの一撃、間一髪避けれた。

 しかし――、


「大旋昇」


「――っ!」


 ギャリーが力溜めするような姿勢から一気に大鎌を横に薙ぎ払った。

 瞬間、大鎌の刃が大気を無理やり引っ張り、引っ掻き回すようにして大風の流れが生まれる。


 その風の激流がギャリーを中心に発生し、たちまち竜巻へと成長した。

 加えて、その竜巻には大鎌による斬撃が乗っているのか、周囲の壁や瓦礫がオフィスビルを一階から二階、三階、四階と斬り刻み、風の力で全ての障害物を天へ持ち上げる。


 その竜巻のすぐに近くにいたノア、当然抗いようもないままに渦に飲まれる。

 ぐるんぐるんと全身が回る感覚は、ギャリーに回された時とはまた違う。


 先程は体の内側だったが、今度は体全部が引っ掻き回されるような。

 それでいて身動きは取れず、瓦礫に全身を打ち付けられながら、時折斬撃に体を斬られる。

 そして、その勢いのまま瓦礫と一緒に上昇し、青々とした空を眺めた。


「捕っかまーえた♪」


 その視界中に、瓦礫を跳び伝って現れたギャリーがひょこっと現れる。

 直後、ギャリーの頭から伸びる鎖が、ノアの両足に絡みつき、距離を取れなくされた。


 それどころか引き寄せられ、命を刈り取る鎌が陽光でキランと輝く。

 そして、大鎌を振り下ろされるその時――


「ぬわっ!?」


 攻撃をしかけようとしていたギャリーに、いくつもの氷の礫が直撃する――アストレアの攻撃だ。

 それによって、ギャリーの攻撃がキャンセルされた。


(今だ!)


 偶然、わずかに出来たギャリーの隙に、ノアは素早く引き金を引き、弾丸で鎖を千切る。

 さらに、核のある胸の中心に銃口を向け、いつもより少し魔力を込めた弾丸を放つ。


強化弾(パワーバレット)


「――っ!?」


 わずかに息を詰めたギャリーが咄嗟に大鎌の柄を横に構える。

 カンッと僅かに軌道が逸れ、胸の位置より上方へ軌道が変わった。


 その結果、ギャリーの鎖骨より上が吹き飛んだ。

 心臓の付近の位置に、濁った緑色の球体(かく)が半分ほど露出する。


「くっ、防がれたか。けど、まだ終わりじゃない!」


 一時的に死に体となった彼女の肉体に、ノアが蹴りを入れる。

 瞬間、黒い肉塊が真っ逆さまに落ち、地面へと直撃した。


 バキッとアスファルトが砕け散り、辺り一面に砂埃が発生する。

 そんな光景を見ながら、スタッと無事着地したノア。

 瞬間、無理していた反動が体に来るように、膝から崩れ落ちる。


 なんとか片膝立ちになりながら、口元を拭いつつ呼吸を整えていると、先ほど援護してくれたアストレアが近づいて来てた。


「アストレア、さっきはありがとう。危うく死ぬところだった」


「あなたが死んだら私も終わりだもの、これぐらい当然よ。

 にしても、どう? やれ.....てはなさそうね」


「あいにくね」


 そう短く会話する二人の視線の先、僅かに凹んだ地面からギャリーが体を起こす。

 当然のように、先ほど消し飛んでいた顔付近は再生済みだ。

 そして、彼女はその場に胡座(あぐら)をかいたまま、


「ひゃ~、今のは危なかった。死んだかと思ったよ」


「やられて欲しかったけどね。さすがにしんどすぎるから」


「とはいってもね~、(ここ)を狙わないと死ねないのよ。ごめんね~」


「みたいだね。凄く困るよ」


 ノアもアストレアも、疲労が限界に近い。

 アビゲイルの無尽蔵なスタミナと魔力量に対して、これ以上の長期戦はほぼ不可能だ。


 であれば、勝負を決める必要があるが、これまでの攻撃では通用しないのは確か。

 何か、ギャリーの意表を突き、さらに圧倒的効果力で攻める必要がある。

 それが可能とするなら――、


「アストレア、魔力.....まだ残ってる?」


「えぇ、なんとか。何する気?」


「勝つための作戦を考えた」


****


 ノアとアストレアが、目の前で作戦会議をする中。

 その姿を見て、ギャリーは内心だいぶ大きく息を吐いていた。


(ふぅ~、さっきのは本当に危なかった。あとちょっと遅れてたら死んでたよ)


 思い返すは氷使いに空中で迎撃を受けた直後のガンナーの動き。

 多少のダメージであれば、アビスの特性上いくらでも再生できる。

 しかし、あれは違う、もっと確実な「死」を纏っていた。


 見た目は通常の弾丸と同じ。しかし、弾速と威力は倍以上。

 それを直観と死への忌避感で回避行動しなければ、今頃死んでいただろう。


 しかし、それでも犠牲にした頭が吹き飛ぶどころか、それ以上に吹き飛んだ。

 それこそ、核が露出するなどこれまで一度も無かった。


 それに、風圧だけで僅かにヒビが入ったのがわかる。

 核は傷ついてもすぐには再生しないというのに。


(あのガンナー君に、まだあんな隠し玉があったとは。

 これはまだあると見るべき? それは勘弁して欲しいなぁ~)


 とはいえ、それでもアビゲイルのアドバンテージは測り知れない。

 核を壊されなければ再生でき、スタミナを考える必要がない以上いつまで動き続けられる。


 もうすでにそれなりに激しい戦闘を繰り返しており、相手の様子を見てもこれ以上の戦闘は難しいだろう。

 つまり、次に戦いを再開すれば、そこで決着がつく。


 有利な条件をこちらがいくらか踏んでいる以上、敗北はまずないと考えていい。

 とはいえ、油断すればやられるほどの力量の二人組だ。

 どうにかして一人でも減らさないと、この不安は拭えない。


(目標を変更しよう。

 さっきまでは厄介な攻撃力と機動力を持つガンナー君をさっさと倒そうと動いてた。

 でも、攻撃にバラエティがある氷使いちゃんの方がいいかも。

 動きにも鈍さが見えてきてるしね)


 そう思って、ギャリーは立ち上がり、凹んだ足場から平地へ出た。

 それから、大鎌を肩に担ぎ、内なる不安をかき消すように軽口を吐く。


「いやはや、お姉ちゃんちょーっち疲れちったよ。

 ってことで、もうそろ終わらせたいんだけど――」


「――!」


「せめてお姉ちゃんの言葉を聞き終わてからにして欲しかったな!」

 

 ギャリーの言葉が言い切られる前に、目の前から氷使いが迫る。

 同時に、傍らにいたガンナーは旋回するように横移動を開始。

 そんな二人に、ギャリーは目つきを細めるように頭の炎を揺らめかせる。


(あっちからしても、氷使いちゃんは前に出ない方がいいはず。

 だけど、出てきた。これは何か企んでる? )


 氷使いとガンナーの様子を見比べた時、氷使いの方が息を多く切らしていた。

 確か、聞いた話では魔力は使い過ぎると「魔力枯渇」という症状になり、パフォーマンスが著しく落ちると聞く。


 それを踏まえると、恐らく氷使いは魔力が切れかけているのだろう。

 となれば、相手視点に立てば、動ける人物が前衛に立った方がいい。

 肉壁として前に出たのか。いや、これまでの二人からして考えずらい。

 ともあれ――、


「好都合!」


 柄を両手でギュッと握り、ギャリーは迎え撃つように走り出した。

 正面から氷使いがレイピアの大気を穿つ銀閃を繰り出す。

 鋭く、そしてそこそこ重い一撃。されど、鈍い。

 意地で体を動かしてるのが、動きから伝わる。


 それを躱し、ギャリーは大鎌で反撃する――が、それはレイピアで逸らされ、さらに反撃が来た。

 だから、それすらも大鎌で弾き、反撃――またもや、受け流され反撃が返ってくる。


「――!?」


 大鎌の刃とレイピアの刃が激しく火花を散らし、互いの足で肉を打つ音を奏でる。

 縦に斬り、再生する体で受け、大鎌を回しながら下から上へ斬り上げ、刃で弾き、中段蹴り。


 レイピアで受け流され、剣先で袈裟斬り、半身で躱され、突きを放ち、中段蹴り。

 互いの攻撃による一進一退の攻防。

 ありえない状況に、ギャリーの炎が激しく揺らぐ。


(おいおい、嘘でしょ!? この子、私の(くさり)にも対応してくるんだけど!

 人間の執念ってやっば~。まさか氷使いちゃんに若干手こずらされるとは)


 そう思いつつも、ギャリーが警戒するのはやはりガンナーだ。

 今にも背後に回り込み、この戦いに付け入る隙を見定めていた。

 そして、氷使いとの一瞬の攻防の合間を縫うように数発の弾丸を放たれる。


(やっぱ来た)


 それがわかるのは、ギャリーの特殊な頭のおかげだ。

 今の彼女の視界は、鳥かご(この)頭の炎。

 つまり、視野は三百六十度であり、死角を突くことは不可能。

 生まれつきのスペックをフル活用して、ギャリーは二本の髪で弾丸を弾く。


(通常弾......先程の威力を考えれば、正面に味方がいると撃てないわけね。

 だからこそ、こちらに向かって来ているって感じか。

 なら、今ので死角がないことがバレたし、二手詰めで行こう)


 具体的な作戦を示すなら、背後から接近したガンナーに、ギャリーが大鎌を振るう。

 しかし、それはまず躱されるので、その回避直後を鎖で仕留める――という算段だ。


 だからこそ、あえて背中の無防備を晒すことで、氷使いに手一杯という印象を与えた。

 また、適度に鎖で攻撃し、回避させることで、着実に懐まで近づいていることを実感させる。


(獲物を狩られる、そう思った時が狙いめ――っ!?)


 そう思った瞬間、ギャリーの頭の炎がボゥと一瞬大きくなる。

 それは鎖を躱しつつ近づくガンナーの銃が形を変えたからだ。


 両手の銃は一つになり、形を一言で言えば――銃剣。

 刃渡りは十五センチと短いが、銃口が二つある。


 銃の形状だけなら、二連ショットガンだ。

 全体的に水色であり、持ち手付近からは氷が生え、冷気が出ている。

 そして、ガンナーはそれを両手に担ぎながら突き進む姿勢で。


「アレはヤバイ.....!!」


 虫の知らせと言うべき、魂の警告と言うべきか。

 ともかく言い表しようのない恐怖と絶望を、ギャリーは直観でそう感じ取った。

 「アレから逃げろ」と肉体が危機回避のために躍動する。


 もはや氷使いを相手にしてる場合ではない。

 どうにかして全力で回避することを考えねば。

 しかし、相手はもうすでに懐まで来ている。


「――らぁ!」


 掛け声とともに、ノアが銃身を前に突き出した。

 その攻撃に反応するために、氷使いの猛攻を肉体で受けながら、ギャリーは氷使いを蹴飛ばした。


 氷使いから距離が取れたと同時に、ガンナーへと肉体を翻す。

 そして、ガンナーから突き出された冷気を帯びる刃を防ぐように、左腕を前に突き出した。


「腕が凍った――!」


 左腕に剣が刺さった直後、パキパキパキと瞬く間に左肩まで凍り付いた。

 加えて、腕の芯の部分まで凍り付いており、自分の意思では動かない。


 こうなってしまったら、もはや自切して再生させるしかない。

 もっとも、そんな時間があればの話だが。


吹き飛ばす吐息(キャノンブレス)


 両腕、両足は咄嗟に動かせない。しかし、口は別だ。

 腹部にある口を大きく吸い込むと、頬袋に空気をため込むように腹部を膨らませる――刹那、ギャリーは空気砲のように不可視の砲弾を撃ち出した。


「――がっ」


 その攻撃がガンナーの胴体を捉え、後方へ大きく吹き飛ばした。

 これでガンナーから時間を作れた。

 しかし、これで落ち着ける余裕はない。後ろには氷使いがいる。

 とはいえ、今の彼女ならまだなんとかなる――、


「ノア!」


「――っ!」


 この時、ギャリーの視界には、二つの画面が映った。

 一つは、正面にいる氷使いが、左手を前に突き出した光景。


 もう一つは、後方にいるガンナーが背後に出現した氷の壁により、想定よりも遠くへ吹き飛ばされずその場に留まった光景。


――カチャッ


 ガンナーの銃口が正面を向く。

 それとほぼ同時に、ギャリーの体が振り返った――氷使いへ走り出した慣性がまだ残っている。

 咄嗟にブレーキをかける――ダメだ、動き出すにはどうしても一拍かかる。

 せめて、右手だけでも――、


拡散する凍てつく雹弾スプレッズヘイルブレット


 ガンナーが引き金を引いた――刹那、二連銃口から複数の水色の球体が射出された。

 それらは瞬く間に空中を移動し、拡散。


 それがギャリーに直撃すると、まず右腕を吹き飛ばし、さらに凍り付いた左腕を砕く。

 右腕と体を捻ったことで、なんとか核がある上半身は守りきれた。


 だがしかし、散弾の一部が鼠径部辺りを直撃し、衝撃、両足が吹き飛んだ。

 同時に、無くなった下半身は瞬く間に凍り付く。

 切断面が凍り付いた以上、そこから再生ができない。

 そう、これは――詰みだ。


「うへぇ~......あれはムリだ~......」


 残す上半身と頭になったギャリーが吹き飛び、地面に落ちると、仰向けに転がった。

 正面に見えるのは雲一つない青々とした空。なんという晴れっぷり。


 いっそ清々しいほどに。だとすれば、この敗北も清々しいと思えるのか。

 そんなギャリーのもとへ、右手にいつもの銃を持つガンナーが近づいた。


「これで終わりだ」


「......そうだね。この勝負、お姉ちゃんの負けだ。

 二人ともよく頑張ったと思うよ、うん」


「......一つ聞いていいか? あなたは人と友好的になれそうな感じがする。

 なのに、どうして俺達と交戦することにこだわったんだ?」


 その質問を聞き、ギャリーは頭の炎を揺らめかせた。

 そして数秒後に、お腹の口を動かす。


「強いて言うなら、アタシはお兄ちゃんを見捨てられなかったからかな。

 ここまで育ててくれた恩義もあるし、あの人のバックボーンを見ちゃったもあるしで」


「......そっか」


「ま、なんにせよ、お兄ちゃんがいなかったら、そもそも私ここにいないし。

 そう考えたら、こうなることは必然だったと思うよ。

 だから、キミ達が気にする必要はない」


 ガンナーがスッと銃口をギャリーの核に向ける。

 その姿を見て、いよいよ自分の命の終わりを悟った時、口が思わず動いた。


「二人の頑張りを見て気に入っちゃったから、最後にお姉ちゃんからアドバイス。

 キミ達はきっとこれからとーっても大変な目に遭うと思う。

 でも、諦めちゃダメだよ。くじけないで。

 そうすれば、きっとお兄ちゃんにも気に入られると思うから」


「それはどういう――」


「はい、お姉ちゃんぶるのはこれで終わり!

 ――もう何を聞かれても答えないよ。だから、終わりにしよう」


 まだまだガンナーが聞きたそうにしていたが、ギャリーは鉄の意思で口を閉ざす。

 その意思を読み取ってくれたのか、ガンナーは「わかった」と一言返事をした。


 それから、一度瞑目し、ガンナーはスゥーッと息を吸う。

 そして、目を開けると、引き金に指をかける。

 カチャッと引き金が僅かに動く音が鳴った。

 あぁ、終わり、そう思ったからか、空にぐうたらな兄を思い浮かべ――


「バイバイ」


「はい、さようなら」


―――バンッ


 その言葉を最後に、ギャリーの命は潰えた。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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