第24話 調査開始、そしてアビゲイルの襲撃#1
―――遠征前日
ライカに呼ばれ、ノアは白のパレスのオフィスにやってきていた。
両開きのドアを抜けると、そこには見慣れた幼馴染の他に見覚えのない少女の姿があった。
頭からは特徴的な白く長い耳が生えており、耳につけたイヤーカフと少し着崩したその姿はノアとの年齢の近さを感じさる。
端的に言えばギャルっぽい、しかし今まで見たことのない顔であるのは確か。
着ている服装は自分やライカと同じなので、同じ特魔隊所属らしい。
待て、黒っぽい上着、アレは確か――非戦闘員の制服だったはず。
「あ、キミがノアさんだね!」
そう言って、少女はソファから立ち上がり、駆け足で近づいてくる。
片方だけ折れた耳がフニャフニャと揺れ、赤い瞳がノアの顔を覗き込んだ。
「あの.....ライカのお友達?」
「はぁい! ウチはライカちゃんの専属オペレーターのオルぺナ=コーネリアです!」
そう言って、元気に自己紹介するウサギの獣人の少女――オルぺナはキャピッとSEがかかりそうな音で敬礼する。
なんとも気安い敬礼な気がするが、ここにいるのは若い者同士だ。
気にする必要もあるまい。にしても――、
(オペレーターか。となると、この人がライカの相棒ってことか)
オペレーター――それは特魔隊に所属する非戦闘員であり、隊員をサポートする存在だ。
主な仕事は、ターゲットの探知や、地形のリアルタイムマッピングなどで、人によってはスケジュール管理をも担う。
つまりは、隊員お抱えの使用人みたいなポジションと聞いている。
とはいえ、もちろんオペレーターの数には限りがあるので、専属がつくのはA級以上に限られるようであり、A級に上がったばかりのノアはまだ専属が決まっていない。
「呼び方は『オペコ』で良いですよ。
あとウチの方が一つ上だけど、面倒だからタメでオーケー!」
「あ、うん......わかった」
思ったよりもグイグイ距離を詰められ、ノアは気圧されたように一歩足を引いた。
これまでの一般人生活を思い返せば、決してボッチとは言い切れないのがノアの人生。
それはノアが全ての時間を自己鍛錬に費やしてきた故の怠慢であり、同級生から誘われてきたにも関わらず断り続けた自業自得の結果である。
そのため、ノア自身決してコミュニケーション能力は低くないと思いつつも、それはあくまで相手が話しかけやすかったり、聞かれれば答えられる程度のものだったりするので、本物のコミュ強に近づかれると気後れする陰キャ特性があるのだ。
実際、物理的にも距離を詰められているので、そのタジタジ具合は言うに及ばず。
内心のバクバクとした焦燥を隠し、ノアは努めて平静を装って返答する。
「オペコ......あぁ、オペレーターの子をまとめた呼び方ね」
「いえ、単純に自分の名前を縮めた作ったあだ名です」
「あ、うん......」
そうハッキリ答えられたのなら、もはやノアとて頷くしかない。
ここでどう答えるのが一番正しかったのか、全然わからない。
とりあえず、仲良くしてくれそうな雰囲気はビシビシと伝わってくるので、そこは安心か。
しかし、太陽を見ようとして眩しさに目を細めると言った感じだろうか。
何を考えてるかは逆にわかりずらい。純粋に裏表ないだけかもだが。
にしても、さっきから妙にキラキラした瞳で見られるような――
「へぇ、彼がライカちゃんの幼馴染......」
そう呟き、オルぺナは突然ノアの体を様々な角度から見始めた。
その度に「ふむふむ、なるほど」と言葉を零し、やがて体をぐるりと一周。
元の位置、ノアの正面に戻ってくれば、グイッと顔をノアに近づけ、
「女の子みたいですね!」
「グフッ!」
ノアの心に大ダメージが入る。
お、おかしい、容姿の女子っぽさなんて、それこそ指摘されるのは今に始まったことじゃないのに。
にもかかわらず、なぜかダメージを受けている自分がいる。
全く邪気を感じないから、からかわれてるよりも余計に効くのだろうか。
「それでそれで早速なんですが、ライカちゃんと幼馴染とは聞いてるんですけど、実はそれ以上の関係だったり――」
と、藪を全力で突く勢いでしゃべるオルぺナの途中、ライカが彼女の襟を掴んで持ち上げた。
その姿は猟師に耳を掴まれたウサギが宙吊りにされるが如く。
実際、オルぺナの手足が折り畳まれてる影響で、オルぺナの体がプランと浮かんだ。
そんな悪びれもしないうさ耳少女を、ライカが険のある青瞳で睨み、
「おい、止まれ駄ウサギ。お前の用事は別にあるだろ。
それを先に済ませろ。そして済ませたら、ただちに帰れ」
「えぇ~、それは面白くないですよ~。
せっかくライカちゃんをイジれるおもちゃを見つけたのに」
「その耳もぐぞ」
「わかりました! わかりましたから放してくださいー!」
ライカから解放されると、オルぺナは心底不満そうに頬を膨らませてソファへ移動する。
ソファにはリュックが置いてあり、彼女はそこから黒い輪っかを取り出した。
そしてタブレット端末とともに、それをノアのもとへ持ってくる。
「これを使ってください」
「これって......確かライカが首につけてた道具だよね?」
思い出すのは、ライカと共闘した非公式の初陣戦。
特魔隊の隊員としてアビス災害を解決しに来たライカが首に巻いてたチョーカーだ。
チョーカーにしては少し分厚く、オシャレ要素としてライカがつけているのを不思議に感じていたが。
「はぁい、これは首に装着して使うチョーカー型デバイス通信機です。
両手も空きますし、耳につけるタイプのように外れる心配もありません。
まぁ、首に違和感はありますが、それでもこれのおかげで致命傷を逃れた例もあります! ちな、一件!」
(それは例外も例外なのではないか?)
そう思いつつも、ツッコむのが面倒だったので、とりあえずノアは通信機を受け取った。
それから、オルぺナから簡単に装着の仕方を教えてもらう。
話を聞き、通信機にあるボタンをポチッと押すと、首を通す分の間ができた。
そこへ通すように首を合わせると、自動的にカチャッと装着される。
違和感はあるが、息苦しさは感じない。
ビックリするほどジャストフィットだ。
「うんうん、どうやら触感は問題なさそうですね。
たまにアレルギー反応起こす人いるんですよ。
そういう人の場合特注になるんで、ちょっと面倒なんですよね。
っと、それはともかく、使い方はこんな感じです」
オルぺナはタブレット端末を手慣れた様子で操作する。
それから、端末に向かってしゃべり始めた。
「聞こえますかー?」『聞こえますかー?』
その時、正面から聞こえるオルぺナの声とは違う、脳内に響く彼女の声が聞こえた。
例えるなら、目の前の人と電話で話している感じだろうか。
しかし、手元に電話機は当然ない。となると――、
「今のは......」
「よしよし、聞こえたようで何よりですね~。
今がこの通信機の主な使い用途である通話機能です。
これは魔力を使用していますので、電波で妨害されたり傍受される心配はありません」
「へぇ、それは安心だね」
「また、これは基本チャンネルを合わせた当人にしか聞こえないので、密談したいことがあればおっしゃってください。例えば、ライカちゃんの秘密とか」
「おい」
ライカからの鋭い反応に、オルぺナはビクッと反応する。
しまった、と顔をするものの、しかし一切謝ることはしない。
それが二人の距離感とでもいうのか。
もっとも、ライカが何も言わない以上、今に始まったことじゃないのだろう。
そんなことを思うノアの一方で、オルぺナは話を続け、
「他にも、その通信機には機能はいくつかあります。
それに関しては、あとでノアさん宛てにマニュアルを送っておきます。必ず読んでおいてください。
それから、これは任務に出る場合、必ず着用なので覚えておいてください」
「わかった。教えてくれてありがとう」
「いえいえ。あ、あとしばらくの間、ウチがノアさんのオペレーターをします。
ライカちゃんと兼任って感じですね。意外と人手不足なんですよ~、こっち。
死に際の声を聞いちゃってメンタルやっちゃう人多くて」
「そ、そうなんだ......」
思ったよりヘビーな内容をあっさり言うオルぺナに、ノアはあっけに取られた。
逆に、このぐらいの明るさでなければやっていけないのかもしれない。
「――!」
と、その時、ノアはふと目の前の違和感に気付いた。
オルぺナの後ろ手に組まれた腕が、小刻みに震えていたのだ。
表情は笑顔を装いながら、本音をその手に隠すように。
それはオルぺナ本人が、もしくは身近な友人がメンタルをやられた経験でもしなければ、出ない類の恐怖の表れだろう。
(そうだよな。平気な人なんていないよな)
そう思えば、不謹慎ながらオルぺナという人物に親近感が湧いた。
彼女もまたここに単純な覚悟だけでいるのではないとわかったから。
恐怖を知り、それでも必死に前に進もうと抗っている一人である。
だからこそ、一つ咳払いして、ノアは気を取り直す。
そして、真っ直ぐオルぺナを見ると、落ち着いた声色で、
「それじゃ、これからよろしくお願いするよ、オペコ。
君がこれからも安心して笑えるように、僕は生き延びるつもりだから安心して」
そう言った瞬間、オルぺナの目が大きく開いた。
同時に、頬がわずかに赤く染まる。
わずかに視線を彷徨わせ、傍らのライカと目が合うと、
「あ、これデフォって.....ノアさん、ちょっとヤバイですね。
ライカちゃん、ウチ、この子の将来が心配!」
「それに関しては同感だ。珍しく意見が合ったな」
「あの、二人で勝手に話を進めないでくれ」
―――遠征任務当日
場所は旧都市トルネラ。
首を痛めるほど高い外壁で囲まれており、入り口には錆びついた門がある。
周囲は乾いた地面が広がり、同時に壊れた車両が廃棄されていた。
「よし、全員到着したな」
そこには、これから旧都市に突入する調査隊の面々がいる。
隊長のマークベルトに、副隊長のクルーエル。
また、A級隊員とS級隊員を含めた合計二十二名。
整列した隊員達を、マークベルトはキリッとした目つきで見る。
そして少し間を置き、しゃべり始めた。
「それじゃ改めて、今回の作戦目標について説明する。
目標の一つ目が、先日見てもらった映像にいた傭兵達のドッグタグの回収。
そして二つ目が、ここにいるアビスの情報収集だ」
全体に作戦のクリア目標を告げ、マークベルトが隣に立つクルーエルに目配せする。
その視線だけで意図を察し、クルーエルは門の近くにある操作パネルに移動した。
その一方で、マークベルトは全体に話を続け、
「本来、アビスの動きを調べるだけなら、旧都市内に設置された探知収集機で問題ない。
だが、それはあくまで外周部の話。俺達が行くのはアヤベ区と呼ばれる中心部だ。
アヤベ区は高濃度瘴気のせいで機器は置けず、隊員自ら確かめるしか調べようがない」
マークベルトの背後でガコッと大きな音が響いた。
直後、旧都市内のアビスを閉じ込める地獄の門がゆっくりと開き始める。
禍々しい空気が隙間から漏れ出した。
以前来た時は違う空気感に、ノアはゴクリと生唾を飲み込む。
僅かに武者震いがした。これが公式の初陣。
「アヤベ区は、言わば禁足地だ。
そこへ俺達は向かうわけだが、正直リスクしかねぇ。
それでも、俺達は守りたいもののためにそこへ向かう。
最低条件は、一人でも生き延びて情報を持ち帰ることだ」
巨大な門が完全に開く。
晴天にもかかわらず、この場の空気は著しく重い。
それだけ危険な場所に行くのだと、嫌でも思い知らされる。
そんな中、後ろへ振り向き、マークベルトは先陣切って歩き出した。
そして、ただ一言――
「行くぞ、作戦開始だ」
マークベルトに続いて、他の隊員達も武器を片手についていく。
そんな姿を最後尾から見ていたノアは――すぐに足を動かせないでいた。
「ノア」
「っ!」
その時、誰かがノアの背中をポンと叩く。
振り向けば、そこには不敵な笑みを浮かべるライカだ。
胸に家にあった不安が僅かに外へ弾かれた気がした。
「お前の初任務がこれなのは不憫でしかたねぇが、安心しろ。
アタシ達ならきっと大丈夫だ」
「ライカの言う通りよ」
右側にいるライカの反対側、左側から声をかけるアストレア。
相変わらず表情の乏しい彼女だが、それが逆に今は頼もしく感じる。
ノアの縮こまった心をほぐすように、アストレアは言葉を続け、
「私達はこう見えても修羅場はくぐってきてるわ。
だから、無理そうなら頼りなさい。
逆に、私が無理そうになったら頼らせてもらうわ。
そういう助け合いよ、ここは」
「......ありがとう、二人とも」
両手を顔の近くまで上げ、ノアはバシッと頬を叩いた。
気合の注入完了。ようやくここまで来たんだ。
いや、むしろここからなんだ。
これはまだ約束の一歩でしかない。
「行こうか」
隊を追いかけるように、三人は歩き始めた。
旧都市に入ると、すぐに門の開く音に吸い寄せられたアビス達が集まり始める。
小型、中型サイズのアビス達だ。
それらが、樹液に集まる虫のようにワラワラ集まってくる。
数で言えば、映像で見た時よりも多い。
アビス王によって瘴気が活性化している影響なのか。
「殲滅しろ」
その光景を見て、マークベルトが指示を飛ばした。
瞬間、隊員達は一斉に武器を構え、攻撃を開始する。
「「「「「ギギャアアアア!」」」」」
一瞬であった。
号令が出てから非常に短い時の間に、周囲に弾幕が飛び交い、その中を多くの影が通過した。
具現化された水や氷で、アビスが貫かれ、隊員達が武器でもって斬り払う。
それらの行動が全て同時、そして全てのアビスが倒された。
アビスが消えると、灰ような粒子が天へとゆっくり昇っていく。
さながら、火葬された遺骨が粉末状にされ散布されるように。
「さすがに早いね.....凄い」
初めて見る隊の動きに、ノアは舌を巻いた。
しかし逆に言えば、これがこの隊にとって当たり前の練度だ。
アビスを倒す、そのために特魔隊は存在しているのだから。
だからこそ――、
「足手まといにならないように頑張らないと」
『ノア君、聞こえる?』
その時、突然脳内にオルぺナの声が聞こえてきた。
ノアはライカをチラッと見るも、反応している様子は特になし。
つまり、自分に対しての個人通信であるようだ。
「聞こえてるよ。どうしたの?」
『丁度、アビス反応がないタイミングだったから話しかけてみた。
ほら、初めての実戦がこんな地獄みたいな任務だからさ。
それに、他の隊員達も凄いし、緊張してないかって思って』
「そういうことか。気遣ってくれてありがとう。
今のところは大丈夫。また、何か緊急の情報があればよろしく」
『はぁい! あ、今丁度、情報が来ました。
十秒後に再びアビスの集団と接敵します。
瘴気濃度も小から中程度で、きっと先程よりも固いので気を付けてください』
「了解」
オルぺナとの会話が終わり十秒後、情報通りにアビスの集団が襲い掛かった。
しかし、これも特に危なげなく殲滅していく。
作戦開始から一時間半、部隊は目的地から中間あたりまでやってきていた。
すると、そこで襲い掛かるアビスの種類に変化が現れ始める。
「おっと、どうやらこの辺りのようだ。来たぜ、自我を持った機械が」
マークベルトがそう言った方向に、ノアは目線を向ける。
全長四メートルの人型兵器だ。
それがスケートをするように地面を滑りながら近づいてくる。
「人型武装兵器......」
ノアはその兵器に見覚えがあった。
直接は初めてだが、動画などでそういう兵器があることは知っていた。
それになにより、あの姿は先日見た映像にいた傭兵部隊が使っていた平気だ。
しかし、おかしい。搭乗者はとっくに死んでるか、アビス化してるはずなのに。
(まさかアビスが操縦してるのか? そこまでの知能があるように思えなかったけど)
そんなノアの疑問を察したように、アストレアが答える。
「アレは機械がアビス化したものよ」
「機械がアビス化? アビス化って無機物でも起こるの?」
「事例は少ないけど、私も何度か戦ったことがあるわ。
一説によると、高性能なAIを積んでいる場合起きやすいらしい。
そして当たり前だけど、知能が劣化しない分、普通のアビスより厄介よ」
「......なるほど、警戒しておくよ」
「とはいえ、これだけのメンツが揃っているなら、無理に肩肘を張る必要もないけど。
それよりも重要なのが、それがこの辺りで現れたということ」
その言葉の意味に、ノアは首を傾げた。
そんな彼の反応を横目に、アストレアが人型武装兵器を注視しながら、話を続け、
「映像を思い出して。アレは傭兵部隊が持ってきたもの。
つまり、ここら辺のどこかにドッグタグを持った死体か、アビスがいるはず」
「一つ目の作戦目標だね」
「そして真に注意すべきは、アレほどの大きさの機械がアビス化したこと。
それは瘴気の濃さが、すでにイエローゾーンまで達している証。
気を付けて。私達はすでに棺桶に片足を突っ込んでる状態よ」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)