第20話 嵐の予感、そして調査チームの編成#1
場所は、都市トリエスの中央区であるアザチ区のど真ん中に経つ特魔隊本部。
巨大な城のようなビルが建つそこには、多くの隊員が在籍している。
アビスと戦う戦闘職からアビスの生態を調べる研究職、アビス魔鉱石を用いた武器を開発する開発職、その他隊員達をサポートするサポート職と、細かく湧ければ職分野は多岐に渡る。
そして、その職のサラダボウルみたいな建物の中には、当然ながらいつでも会議ができる部屋がいくつもあり、その内の小さな会議室にはA級やS級の隊員達が集まっていた。
「皆、急に呼び寄せて悪いな。
ちょいと、情報共有しておきたいことがあって集まってもらった」
会議室の奥にあるスクリーンの前に立ち、そう言ったのはマークベルトだ。
また、彼のすぐ横には、ノートパソコンの前で座るクルーエルの姿もある。
白のパレスと青のパレスの精鋭――.総勢二十二名の隊員がこの場にはいた。
横並びに繋がった長机に隊員が八人ずつが等間隔で座っており、その中にはAランクとなったノアも参加している。
Aランクは心身ともに戦場に適していると認められない限り、与えられることのないランクだ。
しかし、実力の方はアストレアとの模擬戦で、精神の方はこっそりと旧都市に行った際に、マークベルトがノアの覚悟を見届けたことで、晴れてノアはAランクの昇格を受けた。
この記録は当然ながら歴代最速で、入隊してから「約1か月」と聞けばその速さのおかしさがわかるだろう。
しかし、この記録は正当なものかと問われれば、それは否だ。
なぜなら、多くの隊員は幼少期から教育機関へ入隊し、そこから記録が始まるのだ。
なので、途中入隊のノアを除けば、現状の歴代最速は「八年と三か月」となる。
と、ノアの与り知らぬ評価はさておき。
精鋭が集まった中、ノアが座った位置は全部で四列ある長机の一番後ろの右側だ。
その左右には、ライカとアストレアがいる。
「あー、色々言いたいことはあるが、一見は百聞に如かず。
まずはこちらの映像を見て欲しい。クルーエル、準備はいいか?」
何を始めるかも伝えず、マークベルトがクルーエルに指示を出した。
その疑問はノアだけ限らず、その他の隊員達も同じようで困惑した顔を浮かべる。
されど、その内容を指摘しないのは、マークベルトの軽い口調では隠しきれない緊迫した雰囲気を纏っていたからだ。
「えぇ、いつでも再生できるわ」
「なら、再生してくれ」
マークベルトの指示に、クルーエルはコクリと頷き、手元のタブレットを操作する。
同時に、最前列の長机に置かれたプロジェクターが、スクリーンに映像を映し出し、動画が再生される。
それはとある民間傭兵部隊による旧都市トルネラへの潜入映像であった。
―――映像再生―――
―――四月某日
旧都市の門からすぐ入った場所には、総勢三十名の武装した兵士達の姿があった。
彼らの編成は隊長らしき人物が一人、銃火器を持つ兵士達が二十人。
戦車が二台、強化装甲を着た兵士が三人。
四メートルほどの搭乗式人型兵器――人型武装兵器が二台。
これから戦場へ赴くという意思がありありと伝わってくる編成だ。
「こちらアルファ。聞こえている」
耳に着けている通信機に、手を当ててしゃべるのは部隊の隊長だ。
周囲をキョロキョロと確認しながら、彼は続けてしゃべる。
「周囲は情報通り廃墟だらけだ。人の気配はない。
代わりにアビスの声が遠くから微かに聞こえる感じだ。
もっとも、レーダーを見る限り弱個体だ。問題ない。
これより任務を開始する」
隊長は通信機での通話を終えると、整然と並ぶ兵士達に目線を向けた。
そして、遠くまで通る、張りのある声で全体に伝えた。
「時刻、一〇〇〇より、作戦コード『ジャイアントキリング』を開始する。
我々の目標は、この旧都市トルネラに住まう『怠惰』のアビス王の討伐。
道中で襲い来るアビスは、全て打ち払え! ――作戦開始!」
「「「「「サーイエッサー!!」」」」」
隊長の号令に、全兵士が敬礼して返答する。
その士気の高さは、隊を囲む大気の熱を一度上げるほどの熱を孕んでいた。
それから、部隊は隊長を先頭に、旧都市の中心に向かって進軍を始める。
その道中、物音や人の気配に誘われて、大小様々なアビスが集まってくるが――、
「アビスを発見! 銃を構え――撃て!」
アビスを見つけた瞬間、隊長はすぐさま攻撃の合図をした。
兵士達が隊長の横に移動し、横並びの状態から構えたアサルトライフルの引き金を引く――バババッと弾丸が一斉に放たれる。
鉛の雨が真横から降り注ぎ、まさに隊長の指示通りに、火力制圧でアビスが蹴散らされた。
「アビスだからと身構えていたが、案外戦えるな」
「弾丸ぶっ放せば簡単に溶けていくしな」
「これは案外楽な仕事かもしんないぞ」
襲い掛かって来たアビスの集団を一斉処理出来たことで、兵士達が調子も上がり始めた。
その調子は油断とも浮ついた心とも言い表すことができるもので、そんな部下達を隊長が振り返って一喝する。
「お前ら私語を慎め! ここは仮にもあの特魔隊が容易に手を出さない場所だぞ!」
「隊長、それって単にアイツらがヘタレなだけでは? 俺達と違って」
魔力無しでもアビスを倒せたことが余程嬉しいのか、一人の兵士がそんなことを言った。
するとその言葉に同調するように、周囲の兵士達も笑い始める。
緊張感という意味では些か足りないが、緊張しすぎるよりはマシだろう。
そんな隊員達の様子に、隊長は一息吐き、
「......まぁ、アビスとの初陣はこんなもんか」
いまいち緊張感に欠ける部下達に、隊長は小言を吐く。
それから大きな声で、先ほどの質問に答えた。
「かもしれないな。所詮は十六年前の恐怖に縛られてる奴らだ。
とはいえ、用心したことに越したことはない」
そう言って、隊長は部下達の気を引き締める。
また、緊張感を煽るような言葉を続け、
「それに、ここは特魔隊の管轄域だ。
そして我々は、特魔隊に所属する兵士ではない。
セキュリティをハックし、無断侵入してる以上、結果を出さなければ犯罪者だ。
言っている意味はわかるな? 失敗は許されないということだ。
その意識を頭に刻んで心してかかれ!」
「「「「「サー、イエスサー!!」」」」」
隊長が隊員達の緩んだ兜の緒を締め直し――それから数時間後。
時刻が夕刻になったタイミングで、その部隊は野営の準備に入る。
昼も夜も関係ないアビス達を警戒し、兵士達は夜番をしながら過ごしたが、終ぞアビスは一体も訪れず。
結果、これまでのどの任務より快適な夜を、隊員達は過ごした。
順調な滑り出し、それも順調すぎるぐらい順調である。
が、初日の一日目ぐらいはこれでもいいだろう。
そんな誰にも悟られないような僅かな気の緩みを心に奥に仕舞い、隊長は翌日に備えて眠る。
その翌朝――二日目早々に少しだが変化が訪れる。
「全体、集合!」
隊長が全体を集めると、昨日までキチッとしていた兵士達の一部があくびをしたのだ。
そんな部下達の態度に、隊長はすぐに声を荒げる。
「おい、そこのお前達! たるんでいるぞ!」
「もし訳ありません.....ですが、どうにも眠くて.....ふぁ~~むにゃむにゃ」
「あくびをするな! 次一人でもあくびをすれば、連帯責任として腕立て百回だ!」
ギリッと一部のたるんだ兵士達を睨みながら、隊長は指をビシッと向けて注意する。
昨日が昨日だけに、気が緩んでしまうのはわかるが、さすがにたるみすぎだ。
その僅かな油断が一瞬にして亀裂となり、ヒビが広がって部隊が瓦解していく。
よくある話である。ましては、相手は道理も何もないアビス。
それに、二日目も同じように順調とは限らない。
故に、自分を律して部隊を律するように、意識的に緊張感のある空気を作って、隊長は本日の小目標を伝え始める。
「よく聞け、お前達! 昨日は旧都市の状況が未知数だったこともあり、慎重な行軍だった。
しかし、昨日でここにいるアビスのレベルが把握できた。
よって、今日は『怠惰』のアビス王がいるとされる中心部――アヤベ区近くまで移動する」
部下達にそう伝えると、隊長は後ろを振り返った。
その視線の先には、廃墟と化したビル群が立ち並ぶ。
無人になって数年経過したことで漂う荒廃した雰囲気。
高層ビルであっただろう建物の中層から上が消し飛んでる景色は、当時のアビス王の暴れっぷりがよく伝わってくる。
また、すぐ近くではいくつかの建物が瓦礫の山へと形を変えていた。
そんな賑わう新都市トリエスとは違う陰鬱とした光景を背に、隊長は部下達へ向き直すと、
「目標地点は早ければ半日で辿り着く距離だ。
だが、ここから先は瘴気が濃くなり、それに伴ってアビスの強さが上がるとされている。
また、アビスの数も増えるだろう。全員、ガスマスクの着用を忘れるな」
全体にそう伝えた隊長は、最後に「作戦開始!」と号令をかける。
部下達は「サーイエッサー!!」と返事をし、中心に向かって歩き始めた。
そんな彼らの道中は、やや苦戦するも、全体的に大した影響は無かった。
確かに、昨日よりもアビスの数が多ければ、一体ずつの強さも増している。
しかし、そんな怪物達も強化装甲と人型武装兵器の前では赤子も同然。
誰一人欠けることなく、部隊は二日目を終えた。
ただし、半日で着くとされていた目標地点までは、一日かかることになってしまったが。
それでも、そんな順調な進軍のせいか、隊長は今朝の一抹の不安を抱えながらも、「大丈夫」と思い込んだ。
しかし翌朝には、目を疑うような光景が彼の目の前に広がった。
「な.......」
朝の集合時間に、兵士達が全員集まらない。
並んでいる兵士達はまばらであり、その誰もが眠そうな顔をしている。
ましてや、隠そうともせずにがっつりあくびをしていた。
「お、おい! お前達何してる!? 早く残りの連中を連れてこい!
連帯責任で苦しみを味わいたいのか!?」
顔を真っ赤にし、隊長はすぐさま辛うじて集合する一部の部下達に指示を出した。
その一方で、指示を出された部下達は、眠たそうな声で、
「えー、めんどくさいっすよ。
こんなに眠いのに.....ふぁー、むにゃ.....やりたくないっすよ」
「だるぅ~、誰かやれよ。隊長の声、頭に響くんだよ。
つーか、銃重っ......これ本当に持たなきゃダメ?」
「お~い、呼んでるぞ~。行くのめんどくさいから、そっちから来て~」
「お、お前ら......っ!」
その場から一歩も動くことなく悪態と愚痴を惜しげもなく見せる隊員達。
その部下達の姿勢に、隊長の怒りのボルテージが最高潮に達しようとしていた。
今にも頭から、火山が噴火するかの如く、湯気が噴き出しそうな勢いだ。
しかしその感情的な心情とは別に、隊長としての理性的な思考が、隊員達の態度に訝し気な目を向けさせる。
「これまでも何日、果ては何週間とかかけて任務に挑む時はあった」
隊長の口から零れる言葉。
それは過去の部下達の動きと比べてのことだ。
何日も家に帰れない状況が続き、隊員達に不満が募る――それはわかる。
大抵の人は好き好んで戦場になどいたくないのだから。
だが――、
「......ここまでたるんでる姿は初めてだ。何が起こっている?.」
今まで見てきた部下達の鍛え抜かれた精神が骨抜きにされたような、そんなまともな状態の部下が一人もいないことに、隊長の背筋をゾワリと冷たいものが走る。
しかし、すぐに不安を払拭するように頭を振ると、声をかけた部下達とは別の部下達に声を張り、
「そこのお前達! あそこにいるクズどもよりはまともそうだな!
さっさと野営地から残りの連中を引きずり出してこい!」
「それはもうしましたってぇ。
でも、散歩したくない犬のように全身で抵抗されまして。
そこまで嫌がってるなら、もはや可哀そうですし。
つーか、それ以上に面倒くさいですし」
「来ていない連中の一部には、人型武装兵器のパイロットもいるんんだぞ!?
チッ、これ以上時間かけている暇はない。お前らの中で操縦できる奴がいたな?
そいつが代わりに運転しろ! 残りのやつここで置いていく!
我々には『成功』の二文字以外でここから帰れる理由はないのだからな!」
そう言って、隊長はまだ指示が聞く部下達で再編成した部隊を引きつれ、強引に進み始めた。
昨日は一日かけて目標距離の半分しか到達できなかった。
本来なら半日で辿り着けるような距離にもかかわらず、だ。
しかし、もう過ぎ去ったことを考えても仕方がない。
昨日の遅れは今日取り戻せばいい――そう思ってから部隊は、五度目の休憩の取っていた。
もうすぐ一日が終わりそうという中、未だに昨日の目標地点に辿り着いていない。
「隊長~、まだ進むんですかぁ~? もう疲れて動けなくてぇ~」
「俺は今世界と一つになっている。この至福を誰にも邪魔させない......zzZ」
「脱力......体に力が入らない。あ、空って青ーい。きれー」
五度目の休憩のせいか、はたまた部下達の精神的な問題か。
どちらにせよ、もうその場にいるのは兵士ではなく、ただのぐうたら者である。
精神どころか、体中も骨抜きにされたように地面を寝そべる姿は、人間カーペットと言えるだろう。
「そうだな.....あと三十分......いや、一時間したら考えようっか」
そして、部下達に限らず、隊長もまたぐうたら者の一人となっていた。
朝の頃のような威厳は無く、表情はとても穏やかだ。
まるで心が安息で満たされいるように瞳が澄み切っている。
廃墟のビル群に囲まれた道路の真ん中で、誰もが自分の家のようにくつろぐ光景。
そこには部隊としての規律は存在しない。
そんなものとっくに自然消滅してしまった。
そのことに気づく者は、部隊の中に誰一人としていない――死ぬまで、いや、死んでも気付くことはない。
―――映像終了―――
マークベルトはクルーエルに指示を出し、スクリーンの映像を止めさせた。
そして、スクリーンの脇に立っていたマークベルトが改めて全体の正面に立つと、見せた映像の説明を始める。
「この映像は、とある民間傭兵部隊に依頼した金持ちのバカ息子に嘆いた親が提供してくれたものだ。
なんでも魔脈がない自分が英雄になれない代わりに、英雄を作ろうとしたんだと」
その時、ライカが発言権を求めるように手を挙げた。
その手にマークベルトが気付き、「なんだ?」と発言権を渡されると、彼女は答える。
「あのさ、映像は途中だけど全部見なくていいのか?」
「見なくていい......いや、見る必要がない、だな。
別にグロいシーンとかがあるわけじゃない。
いやまぁ、ないわけじゃないんだが、アビスに食われてるシーンもあるし。
ただ、その後の大半は映像はカメラの電池が切れるまで、ぐうたらのおっさん達がゆっくり餓死していく光景が永遠と流れるだけだ」
「いや、それ普通にグロいじゃねぇか.....」
マークベルトの言葉に、ライカは眉をひそめた。
そんな彼女を見ながら、ノアも概ね同じ感想であった。
人が死ぬ映像など寿命や病気を除けば、どれもグロい光景でしかないだろう。
それがたとえ、戦場のど真ん中で安住の地を得たとばかりにくつろいでいる人の死であっても。
その時、ノアから見て、左側の二列目にいる緑髪に肌の黒い青年が、手を挙げた。
ライカの時と同じく、マークベルトに発言権を求めている。
「質問いいですか?」
「オルクスか。あぁ、もちろんいいぞ。なんだ?」
「純粋な疑問なんですが、この映像自体そもそもどうやって持ち帰ったんですか?
カメラがヘルメットにつけられていたことは、映像でわかったんですが。
映像を見てる限りだと、部隊は全滅していますよね?」
「どうもカメラの電池が残り二パーセントになると、それまでの映像を自動転送する仕組みだったようだ。悪いが、具体的な方法は聞いてない」
「そう考えると、この映像の貴重性が、彼らの唯一の成果とも言えるわね。
なにしろこれ以上に良い教材はないでしょうから」
マークベルトの言葉に続くように、クルーエルが意見を述べた。
その言葉にノアが首を傾げていると、マークベルトが全体に問いかける。
「この映像にいた奴らには揶揄されたが、なぜ十六年前の傲慢のアビス王討伐以来、今まで戦おうとしなかったかわかるか?
理由は正しくこの映像だ。そして、これが特魔隊以外、アビス王に挑めない理由でもある」
一度目を瞑るマークベルト、その時の表情は険しかった。
まるで辛い過去を思い出しているかのようで。
それから、ゆっくり目を開けると、傭兵部隊が全滅した正体を述べる。
「アビス王が存在するだけで放たれる瘴気のフィールド――通称『侵食領域』。
これが俺達に、戦いを躊躇わせている原因だ。
そして、十六年前の時は、A級とS級を含めた総勢にして精鋭五十七名のうち、九割がこの瘴気で全滅した」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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