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第2話 覚醒、そして物語は始まりを告げる#2

 黄色い髪に青い瞳した少女。

 クセッ毛で外にハネた髪をポニーテールにまとめた、意思の強い目をした幼馴染――ライカ=オルガノスだ。

 顔の輪郭は、可愛い系よりも美人系あり、身長も百七十センチとのより大きい。

 

 特魔隊の制服であろう白い短ランのような服装に身を包み、膝よりも短い同じく白のズボンを履いている彼女の姿、場所が戦場であるだけに天使のように映る。


 いや、戦乙女と称した方が正しいか。

 どちらにせよ、この場においてライカの存在は最大の安心材料足りえる。


 そんな幼馴染の見慣れない姿――一瞬、見覚えのある月のネックレスに視線が向くも、すぐに真っ直ぐ向ける双眸にノアは視線を返す。


「ノア、なんでここにいる?」


 一見険のある目つきがデフォルトのライカがやや荒っぽい口調でライカが尋ねた。

 この口調も怒っているわけではなく、デフォルトだ。


 だからこそ、しばしば周囲を勘違いさせてしまうことが多い。

 それこそ、抱きかかえる幼女が怯えてしまうほどには。

 しかし実際は、そんなことはなく――、


「......っと、悪いな。怯えさせるつもりはなかったんだ」


 威圧させる声に怯える幼女の頭にに、ライカはそっと手を置く。

 そして、すぐに彼女にとっての優しい口調で謝罪し、割れ物を傷つけないような力加減で頭を撫でた。


 そう、彼女の心根はただの優しい女性である。

 中身も、うん、少々負けん気が強いだけの少女だ。


 そんなライカの久しぶりに見る顔、聞く声にノアが懐かしさを感じていると、ライカが不意に首を傾げ、

 

「......ん? どうしたのかって?」


 と、首にある黒いチョーカーに指を当て、ライカが一人でにしゃべり始めた。

 その動作は、まるで耳につけたインカムを聞こえやすいように指で押し当てているみたいだ。


 軽く手を挙げ、電話で離席する人のようにこの場からライカは距離を取る。

 それから少しして、話が終わったのか同じ場所に戻って来た。


「んで、改めて聞くがなんでここにいる......?」


 ライカが聞いたことは先程と同じく、まさに事件現場にいるノアに対してだ。

 その問いかけに、ノアは目線を逸らした。


 やましいことをしていたわけではないのに喉が少し乾く。

 しかし、これにもちゃんと理由があって。

 その理由を答えるように、ノアは頬をぽりぽりと掻きつつ、


「それはたまたまコンビニに寄って......」


「コンビニって......まさか!?」


 ノアがそう言った瞬間、ライカは発言の真意を察したのか途端にカーッと頬を真っ赤にした。

 口の端が僅かに横に伸び、眉は中心に向かってしわが寄る。


 今にも何かを言いたそうなライカの顔だ。いや、言いたいのは文句だろう。

 なんたって、事前に何度も「雑誌は買うな!」と注意を受けていたのだから。


 しかし、自分はその約束を破り、コンビニに雑誌を買いに来た。

 しかも、理由が幼馴染のインタビュー記事見たさというもので。


 もっとも、その約束を破った罰がこの状況とはさすがに考えたくないが。

 喉まで出かかった言葉の代わりに、ライカは大きくため息を吐くと、


「......まぁ、お前が無事でよかった。

 それはともかく、ノア、お前はさっさとその子を連れてあっちに行ってろ。

 まだ全てのアビスを倒し終わったわけじゃない。

 それに、いつゲートの主が現れてもおかしくないしな」


 ライカが細い指先を右へ向けたけ、ノアは視線を向けられた方へ動かす。

 その方向は、駅前商店街へ続く道だ。

 遠くには、隊員に誘導指示されて避難する人々の姿が確認できる。


「お前が近くにいるとアタシが集中できねぇ。早く行け」


 青い瞳から鋭い視線が突きつけられる。

 今度の目は威圧的だ。意図的に威圧的にしているというべきか。

 少なくとも、その迫力は幼馴染であるノアの体が小さくビクッと震せるほど。


 とはいえ、その視線に対して文句は言えまい。

 特魔隊には民間人を守る義務がある。

 そう、ただライカは特魔隊としての本分を務めようとしているだけなのだから。


「......わかった。気を付けて」


 ノアには言いたい言葉があった。

 たとえ、メールでやり取りしたり、たまに電話で話したり、一年に一回ぐらいに顔を見たりしても伝えたい気持ちがあった。


 それこそ、滅多に顔を合わせない久々の再会であり、今日はハッキリと色褪せない夢も見たから。

 しかし、あいにくノアにはその資格がない――特魔隊ではないから。


 民間児である以上、ライカの邪魔は出来ない。ましてや、協力することなんて。

 ゆっくり頷くと、ノアは幼女を抱えたまま走り出す。

 幼馴染に背けた直後、奥歯をギリッと噛み締めながら。


「グォオオオ!」


 混沌を深める戦場、そこでは体の一部を欠損したアビスが暴れ回っている。

 また、当たり前のように死傷者が転がっていた。


 平穏だった日常に突如現れた、目を背けたくなるような非現実的な光景。

 その光景を同く直視する、抱えている幼女がギュッと体にしがみついた。


「周りをあまり見ないように目を瞑ってて」


 出来る限り優しく声かけつつ、ノアは幼女を抱き直して、素早くその場を通り抜けた。

 それから、指示された方向を進んでいくと、遠くの方で子供を探す母親らしき人物を発見する。


「ママ!」


「あの人が君のお母さん?」


「そう、ママ! ママー!」


 母親の発見に喜びで暴れる幼女を、ノアはそっと地面に下ろす。

 瞬間、幼女は母親を求めて、すぐさま走り出した。


「ユイ! 」


 駆け寄ってくる娘の存在に気付くと、母親は口を両手で覆った。

 その場でしゃがみ込むと、大きく両手を開き、娘が胸に飛び込んできた瞬間に抱きしめる。

 幼女の服に大きくしわが出来るほど、大切な愛し子の温もりを全身に感じるように。


「あぁ、良かった......!」


 母親の強張った表情が緩んでいく。

 安堵した感情が空気にも影響したか、緊張感を帯びた空気が少し和らいだ気がした。

 それから数秒後、ノアの存在に気付いた母親が怪訝な瞳を向ける。


「あの.....あなたは......?」


 その問いかけに答えたのは、元気になった幼女だ。

 幼女は、母親に抱えられながら無邪気に指をノアに向けて、


「お兄ちゃんがね、ユイを助けてくれたの!」


「そうだったんですか。

 この度は娘を助けていただきありがとうございます。このご恩は一生忘れません」


 その場から立ち上がり、幼女を抱いたまま頭を下げる母親に、ノアは小さく首を横に振る。


「いえ、僕は大したことはしてません。

 それよりも、僕達も早くこの場から移動しましょう。

 特魔隊がアビスを倒してくれていますが、まだどこに潜んでいるのかわかりませんので」


「そうですね。その方がいいかもしれません」


 幼女の母親に短く行動方針を共有し合い、移動しようとしたその時――背中がビリビリと震えるような大きな爆発音が聞こえた。


「キャッ!」


「っ!」


 その音に、三人の体ビクッと震える。

 刹那、何もかもをひっくり返すような強烈な突風がボゥッと襲ってきた。

 上半身が仰け反るほどの風に、咄嗟に母親が娘を庇うように体を丸める。


「――くっ!」


 その母親の動きとほぼ同時、その母親の風除けになるように、ノアは咄嗟に両手を広げた。

 風圧で浮かびそうになる足をどっしり構え、背中から風を受け止める。


 ノア達をめちゃくちゃにするような風の奔流、耳元でボゥーッと強烈な勢いが吹き抜けていく。

 鼓膜が破れそうなほど音は大きく、そして激しく、瞬く間に周囲の音はかき消された。


 背中で風を受けているのに、とてもじゃないが目を開けられる気がしない。

 ノアのすぐ近くで、重石で固定されたはずの旗立てがゴロンと地面り、風に押し流される。


「今のは.....!」


 風が収まり振り返ると、先程までいた駅前広場には、大きな砂煙が舞っていた。

 茶色く濁った煙が周囲を隠し、通りの入ってすぐの所まで押し寄せている。


 まるでビルの爆破解体直後のような光景に、ノアの心が困惑で満たされる。

 その精神を無理やり理性で押さえつけつつ、目を凝らし――砂煙の奥の巨大な影を見た。


「――っ!」


 瞬間、ゾワリと心臓が撫でられた。虫の知らせと表現すべき感覚。

 何か悪いことが起きる。いや、起きている。

 確証はない。しかし、この胸が確かにそう叫んでいる。


(ライカ......大丈夫なのか!?)


 脳裏に思い浮かぶ人物は一人。

 しかし、助けに行ったところで、どうにかなるものでもない。

 魔力を持たない人間はアビスにまず勝てない。殺されるだけだ。

 それが魔力を持たない人間の宿命。


 しかし、それで感情が説得できるわけではない。

 今、ノアには二つの選択肢が与えられている。

 即ち、母親と幼女とともに避難するか、危険を承知で戦場に戻るか。


「あー、ごちゃごちゃうるせぇ!」


 大きく頭を振り、ノアは弱気な考えを振り払う。

 違う、そうじゃない。そもそも、そう考えるのが間違いなのだ。

 弱気になって道が見えていなかった。自ら勝手に閉ざしていた。

 二択じゃない。自分が真に求めるものは――


「すみません、先に二人で避難しててください!」


 振り返り、ノアは母娘に言った。

 確かに、一般人が火災現場で取り残された人を助けに行くように、この行動が危険極まりないのはわかってる。

 それでも、この胸騒ぎを、ライカの安否を確かめたい。それが今の全て。


「え、ちょ.......」


「すみません!」


 手を伸ばし制止しようとする母親に背を向け、地を駆け出す。

 焦燥と衝動がぐちゃぐちゃに混ざりあう。その気持ちに答えは無い。

 しかし、ここで行動しなければ、きっと後悔する。

 その答えだけは、今この瞬間にハッキリと分かる。


(もしかしたら、何か変わるかもしれない......!)


 走りながら、そんなことも思った。

 何か、それは自分が抱えている欠陥部分――魔力を得る可能性のことだ。


 今のノアは魔力を持たない。

 幼い頃の魔力測定試験でも、そう判断された。

 魔力を持たなければアビスとは戦えない。

 いや、その言葉は正確ではないか。


 厳密に言えば、専用武器があれば魔力が無くても戦える。

 実際、特魔隊の中には一般人上がりでアビスと戦う人達がいる。

 その武器が小型のアビスは倒せるだろう。


 しかし、それじゃ無理なのだ――アビス王を倒す、それが出来ない。

 だからこそ、ノアは魔力を求めている。


(僕は魔力を持たない。だけど、魔脈はあるんだ!)


 魔脈とは、言わば魔力が流れる血管のようなもの。

 特魔隊員はそれに流れる魔力を扱い、また専用の武器を駆使してアビスと戦う。


 一般人は持たないそれを、ノアは持っている。

 持っている以上、何かのキッカケで発動さえ出来れば、魔力を扱えるかもしれない。

 事実、後天的に魔力を扱えるようになった人物もいると聞く。


 それがどういう条件で使えるようになったかは定かじゃない。

 しかし、可能性だけで見れば、実例があるのだ。


 藁にも縋るような思いだが、ライカとの約束を、自分の夢を叶えられる可能性を意味する以上、諦めきれない。


「ハァハァハァ.......!」


 悪路となった道を逆走するように、ノアは走り続ける。

 犬のように荒く呼吸を繰り返し、震える足で虚勢を張って。

 現場が近づくほど、空中を舞う砂煙で埃っぽいのが舌でわかる。


「これ、いつものゲートの襲撃じゃない! いつもより規模が大きい気がする!」


 あくまで昔に起きたアビスゲートによる被害――通称「アビス災害」を比べた限りの感想でしかなく、実際経験するのはこれで二度目だ。


 瓦礫を飛び越え、吹き飛んでくるアビスを躱し、ノアはやがて目的地に辿り着く。

 隊員とアビスが入り乱れる見る影もない広場――一つの影が高速で目の前を横切った。


 直後、壁との衝突により初声視した風と砂煙に、ノアは顔を手で覆う。

 それから少しして、勢いが弱まったタイミングでその方向を見た。

 あいにく、大量の煙で状況はあまりわからない。


「.......人?」


 しかし、僅かに隙間から人影が見えた気がした。

 注視すれば、凹んだ壁に寄りかかる人がいるのがわかる。

 恐らく隊員だろう――いや、違う。

 あの姿は――、


「ライカ!!」


 見覚えのある人影に色がつき、それが幼馴染と分かるとノアは咄嗟に走り出した。

 そばまで近づき、すぐさましゃがんで声をかける。


「ライカ、大丈夫!?」


「あぁ、少しデケェ一発を貰っただけだ......って何戻ってきてんだバカ!

 お前はさっさと逃げろっつったろ!」

 

 この場に居ていいはずのないノアの姿に瞠目するライカ。

 額から流れる血を拭うこともせず、ノアに激発した。

 睨む視線は、ナイフのように鋭い。

 怒りを孕んでいるため、ぶつかる視線に目が焼かれそうな勢いだ。


 あまりに当然な反応に、ノアは一瞬口を噤む。

 しかし、すぐに口を開け、


「ライカが心配で......」


「心配? 戦えねぇお前が何言ってんだ!

 お前は大人しく自分の身を案じてろ!

 一般市民を守るのはアタシ達特魔隊の仕事だ!

 そして、お前は避難することが仕事だろうが!」


 あまりにも容赦のない正論に、ノアはぐうの音も出ない。

 しかし、それはわかってて、それでも気持ちで納得できなくて。

 弱々しい声で「だけど......」と答えるも、


「だけどもへったくれもねぇよ、邪魔だ。すっこんでろ――っ!」


 瞬間、苛立ちを隠さずライカが立ち上がると同時に、左手でもってノアを突き飛ばす。

 それによってノアが尻もちをついた直後、横から強い風が突撃してきた。


 それはまるで風に殴られたかのような威力だ。

 それこそ、ノアの上半身が大きく仰け反るほどには強い。

 咄嗟に腕で顔を覆い、風が収まったタイミングで、目線を光を遮る影に向けた。


「何が......!?」


 ノアが顔を見上げる。

 そこには大きさ十メートルはあるアビスがいた。


 角の取れた棺のような形をしており、黒色の金属でできたように光沢を放っている。

 また、その体は宙に浮いており、直径二メートルほどの円柱型をした腕を、四つのうち三つを波のようにユラユラと揺らしていた。


 これまでのアビスも全体的に黒い金属っぽい見た目をしていた。

 しかし、あくまで「ぽい」だ。このアビスは違う。

 生半可な武器が効かないことが、素人目で見てもわかる。


「くっ......!」


 そんな怪物の放たれた一本の腕を、必死に抑えるのはライカだ。

 つまり、先の彼女の行動は、ノアを助けるための行動であったようだ。

 そして今もなお、彼女はノアが逃げるための時間を必死に稼いでいる。


「おい、ノア......もう一度言うぞ。邪魔だからさっさとあっち行ってろ」


 ライカが歯を食いしばったような表情で、ノアを見る。

 しかし、ノアは動かない。否、動けない。

 眼前に迫った恐怖に、膝が笑ってしまっている。情けないったらありゃしない。

 そんな幼馴染に、ライカは大きく息を吸い、


「いいから、早く行け! アタシがコイツを押さえてるうちに!」


 瞬間、言葉の衝撃に、ノアの思考に命令が与えられた。

 急かされるように小刻みに頷けば、情けなく、醜態を晒しただけの背を向けて走り出す。

 その男にしては小さな背中を見て、ライカが優しく目を細めたのも知らずに。


(クソ! クソ......!)


 爪が食い込むほど拳に握りしめ、ノアは心中で愚痴をこぼす。

 先程までは、随分と威勢の良いことを考えていた。


 自分が戦えるようになるかもしれないと、現実の見えていない希望を添えて。

 しかし、いざアビスを目の前にすればこの体たらく。


 自分の中にあった淡い期待を粉々に壊すように、現実が自分の立場を教えて来た。

 これが一般人と特魔隊の差であり、自分とライカの現状である、と。

 ここにお前の居場所はない、と。


 そう、全ては魔脈を持ちながら、魔力が使えないことによって生まれた結果である。

 魔力が無ければ、やはり同じ戦場(ステージ)には絶対に立てない。


「どうして......僕は戦えないんだ」


 ノアの走る速度は段々と失速し、やがてその場に立ち止まる。

 無謀にも戦場のど真ん中で。しかし、足が動かないのだ。


 これ以上、背を向け続ければ、もう何もかも手放してしまいそうで。

 それが決定的な何かを生み出しそうで、体が希望に縋っている。

 それがまた自分自身の情けなさに拍車をかけて、自己嫌悪が増す。


「ふざけるな......」


 あまりに滅多打ちにしてくる現実に、ノアは一周回って怒りを感じた。

 それはある種の現実逃避と言えた。

 しかし、それしか怒りのぶつけようがないから仕方ないじゃないか。


 持ちたい才能を望む者が持ちえないことはよくある。

 隣の芝生は青く見えることだって。でも、これは違うだろ。


 だって、これは多くの人を救うための救助活動なのだから。

 人を救うために才能を欲して何が悪いのか。悪いはずがない。

 望んでいるのは、「敵」を滅ぼす力なのだから。


――そうだ。それでいい。もっと怒れ。


 そんな怒りに奥歯が噛み砕かれそうになった瞬間、脳内に誰ともわからない声が囁く。

 それはとても尊大で、はるか高潔で――そして純粋な悪意で満ちていた。


「なんで、僕から力を取り上げるんだ。

 僕は約束を叶えられて、人々は守られる。

 どう考えても一石二鳥の良い考えじゃないか!」


 その悪意に唆されるように、ノアの口からこの世界への恨み言が漏れた。

 そんなノアを、声の主はニヤッと笑った気がした。


――だが、現実はそうはならなかった。ならば、諦めるか?


「諦めきれるわけがない。僕はいつだって弱い自分にはうんざりしてたんだ」


 偽らざる本音だ。

 ライカが特魔隊として活躍する度に、その劣等感に苦しめられてきた。

 どうして自分はあの場に居ないのか、と。

 約束したことがあるのに、もうライカには悲しんで欲しくないのに。


――となれば、答えは一つだ。貴様が強者になれ。


――弱い自分を許すな。弱さを突き付けてくる現実(あいて)を許すな。


 謎の声は、ノアの心を揺さぶるように言葉をかける。

 曝け出す欲望を巨大な黒い手で救い上げるように。


――自分を見下す存在を、あざ笑う存在を、コケにする存在を許すな。


――貴様より上にいる存在を許すな。


 その言葉に、ノアが耳を傾けていく。

 すると、次第に俯く体に纏う空気が揺らぎ始めた。

 言うなれば、炎天下の陽炎の如く空気の一部が歪んでいる。

 そんなノアの状態で、謎の声はなおも続ける。


――強者は一人でいい。理不尽を従えろ。


――そして証明しろ。自分こそがルールであるとな。


 眼前、目の前に何かが見えた気がした。いや、さすがに気のせいか。

 それよりも、今はとても体が軽い。内側から力が溢れ出すような感覚がある。

 あぁ、これが高揚感、優越感か。実に甘美だ。


「グゥルルルガ!」


 その時、ノアの存在に気付いた獣アビスが、猛然とノアに向かって走り出す。

 大きく跳躍すると、頭のデカいトラばさみで挟もうとするその瞬間――、


「失せろ」


 右手一本を薙ぎ払い、ノアは獣アビスを吹き飛ばした。

 その怪物の頭部は粉々に砕け、次には空中で全身が灰のように姿を変えていく。


 魔力を持たないノアが、アビスを倒した証だ。否、彼はもう魔力を持たない存在ではない。


()に勝てると思うなよ? 雑魚が」


 ノアは顔を横に向け、空気に溶けるように消えたアビスに言葉を吐き捨てる。


 その時の彼の瞳は、本来の暗闇に落ちた黒色ではない、高潔に燃える炎のような紅色(あかいろ)に染まっていた。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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