第16話 模擬戦開始、そして勝敗の行方#2
ノアとアストレア、互いに自己強化術式を用いて、第二ラウンドが始まった。
準備運動が済んだとばかりに、最初に攻撃を仕掛けたのはアストレアだ。
地面を強く蹴ると、僅かな影を大気に霞ませ、瞬く間にノアの視界から外れる。
(速いっ!)
内心でそう呟き、ノアは一瞬にして視認できなくなったアストレアを探す。
感じるべきは視線や動きか放たれる敵意や殺意――ライカから学んだことだ。
周囲から聞こえる観客の声をシャットアウトし、地肌に感じる空気だけに意識を向ける。
視界に映る範囲から感じない――瞬間、ゾワリと背筋を冷たいものが撫でた。
鋭い敵意だ。それも背後から来る。
振り返ると、そこには案の定アストレアの姿があった。
大きく右手を引いて、すでに攻撃モーションに入っている。
剣先に張り付く氷が、太陽の光を反射してキランと輝く。
それはまるで攻撃の前兆を表しているかのようで――直後、白い冷気を帯びた尖った刃が眼前に迫った。
「――っ!」
眉間へ目掛けて一直線に飛んでくる尖った殺意に、ノアは息を詰めた。
しかし、緊張が走る精神とは裏腹に、体は合理的に回避のための動きをする。
咄嗟に後ろに飛んで距離を取り、ノアは剣の間合いから逃れた。
相手はすでに攻撃を放った後、この距離なら剣先は届かない。
想定すべきは、先ほどの氷による刀身延長の攻撃だが、推測するにあれは初見殺しだ。
それをこちらが警戒している以上、むやみに同じ行動をするとは考えずらい。
当然の事実だが、アストレアは考えなしのバカではない。
自分の実力を、自分の立場を、相手のことを考えられる知恵者だ。
であればこそ、距離が取れた今はノアの武器のアドバンテージが活きる時。
同時に両手を伸ばすと、ノアは素早く引き金を引いて反撃に出る。
いや、追撃に対する牽制という意味合いの方が近いか。
もっとも、その攻撃は当然のように、アストレアのレイピアに弾かれたが。
「私、あなたと戦えて面白い技を考えたわ」
そのまま後ろに蹴って距離を取るノアに対し、アストレアが止まって追撃を止める。
代わりに言葉の意味を実行するように、アストレアが左手を手刀のように軽く伸ばした。
彼女の左腕の周りに、大きさ三十センチほどの氷の礫が生成される。
それはドライアイスのように冷気を振りまきながら、腕を軸に氷の礫が回転。
ゆっくりとした速さは次第に高速へと変化していく。
さながら、左腕に白い輪っかを纏わせているように。
「氷冷機関銃」
瞬間、アストレアの腕から回転した礫が高速で発射される。
その光景は正しく機関銃。流石に発射速度は元来のものよりは劣る。
されど、それでも尖った巨大な雹が、目にも止まらぬ速さで降り注いだ。
(俺の銃から着想を得たって言うのか!? 撃ち落とすのは難しい。回避するしかない)
高速で迫りくる氷結の弾丸、こちらが引き金を引くより相手の発射段数の方が多い。
掠めれば凍結するであろう氷の直撃を防ぐのが、撃ち落とすメリットだ。
その撃ち落としが難しくなった以上、次点の回避に専念するしかない。
アストレアを旋回するように、ノアは走り始める。
背後では避けた礫が、リングや観客席の壁に直撃し、氷の花を咲かせていた。
ヒュンヒュンヒュンヒュン、と白い塊が飛び交う。
ノアを覆うそれは白い尾を引いているために、白の光がホーミングしているみたいであった。
それには目もくれず、いや、目をくれる余裕もなく。
代わりに、ノアはアストレアを観察し続け、攻撃の隙を伺い続けた。
それから少しして、今の情報と第一ラウンドの動きを照合すると――、
(大体攻撃パターンが読めてきた)
内心でそう呟くと、ノアは脳内で情報を整理し始めた。
アストレアの戦い方は、大きく分けて二つのパターンに分けられる。
一つは、剣に氷を纏わせて攻撃するパターン。
剣に氷を纏わせるのは、単純な攻撃力アップの他に、氷による凍結の追撃も兼ねているのだろう。
二つ目が、氷を生成し、攻撃するパターン。
空中に氷を作り出し、それをぶつけてくる。
加えて、白い冷気には氷を発生させる力があるようだ。
現に、掠めるそれによって、リングが白くなっていることから。
それらの攻撃はどちらも強力だが、二つを同時に使ったことは無い。
最初の<氷針>を皮切りに、氷そのもの操作する時は立ち止まっている。
(恐らく複雑な操作をする場合は、そっちに意識が向くんだろうな)
もちろん、この考えは期待込みの憶測だ。
この予想を逆手に攻撃してくるパターンも考えられる。
しかし、少なからず言えることは、距離を詰めれば、攻撃手段は限られる。
(なら――)
銃口を構え、ノアは数発の牽制弾を撃った。
固定砲台となっているアストレアが、その攻撃に注意を向ける。
その一瞬の意識の合間を縫って、地面を強く蹴って、姿をくらますように一気に旋回した。
牽制弾にレイピアを振り回すアストレアの背後に回る。
推測通り、剣の動きと同時に、氷の射撃が止まった。
となれば――、
「ここだ!」
引き金を引いて放ったのは、<分裂弾>だ。
空中に放たれた複数の弾丸が、数を倍にして空中を突き進む。
****
―――十数秒前
左腕から氷の礫を高速射出させながら、アストレアはノアの動きを観察していた。
奇しくも、ノアがアストレアの攻撃パターンを推測していた時と同じだ。
(ノアの攻撃スタイルは、中距離からでも相手を狙えるアドバンテージを活かしたもの。
近接戦主体の自分からすれば、厄介な相手。
しかし、それだけであれば大したことはない)
アストレアも過去に遠距離タイプの相手と何度も戦ったことがある。
その経験からすれば、一度でも距離を詰めればそれで勝ちだ。
そして、自分はその距離の詰め方を知っている。
そんな考えを持ちながらも、アストレアは自分の思考に「けれど」と否定を挟み、
(問題はノアがただのガンナーではないということ。
ライカから直々に指導を受けたとなれば、もはやゴリゴリのファイターと思ってもいい)
思い返すは、最初の攻撃だ。
ノアへと容易く距離を詰めたアストレアは、レイピアでもって突きを放った。
あいにく、その攻撃は避けられたが、代わりに初見殺しを放ってカバーしたので、初手の動きとして十分に成功の域と言える。
しかし――、
(ノアは私の初見殺しを見切った)
<氷刃延長>――刀身に氷を纏わせ、強制的に間合いを詰める技。
剣に氷を纏った時点で警戒される技だが、逆に言えば初見であれば効果は絶大。
だからこそ、初手で一気に勝負を決めようとしたが、あの攻撃をノアは躱した。
もはやそれだけで、かなり高度な近接スキルを持つと判断できる。
あの反応速度、並みの戦士ではない。
その時点で、ノアのことを、ただのガンナーだとアストレアは思っていない。
(だから恐らく、今こうして走り回っているのも、何か狙いがあるはず)
そう、予測を立てた直後、ノアが数発の弾丸を放ってきた。
放たれた使命を端さんと殺意の弾丸がアストレアに迫る。
それを彼女がレイピアで撃ち落とすと、ノアが一気に加速した。
弾丸の迎撃に出た一瞬の間隙、これははなから攻撃のための弾丸ではない。
それがわかったのは、視界の端に移ったノアの全身が影となった時だ。
(消えた? いや、違う! これは背後――‼)
「ここだ!」
背後から、ノアが分裂する弾丸を放ってきた。
初撃に時に驚かされた一芸だ。
まるで複数人が一斉射撃したように、弾丸がほぼ横並びで向かってくる。
「氷の壁」
アストレアは、すぐさま左腕に回る氷の礫を自身の前に並べた。
同時に、その礫をもとに地面から体を覆うほどの氷の壁を形成。
氷壁の厚さは五センチほど分厚くして。
一度目は分裂した分、一発の攻撃力が低いのでは、と侮っていた。
しかし、そんなことはまるでなかった。
威力をそのままに、数が倍になって散弾のように襲い掛かる。
もはやそれはショットガンとなんら変わりない。
(攻撃を甘く見積もった結果、氷の壁は破壊され、蹴りを貰った。
一応ガードは間に合ったけれど 攻撃をモロに受けた左腕は痛みが骨まで響いている)
アストレアは、左腕をチラッと見る。
動作確認も兼ねて左腕を動かしていたが、問題ない。
ただ、今も若干の鈍い痛みは残っている。
(今度は油断しない。確実に防ぐ)
ガッと鈍い音を立て、弾丸が氷の壁に直撃した。
弾丸は貫通せず、ただ分厚い氷の中でキュルキュルと音を立てて回転し、やがて止まった。
氷の壁には鋭くヒビが四方八方に広がり、弾丸によって砕けた氷のかけらが、空中に舞って、太陽光の光でキラキラと輝く。
まるで小さな宝石が散らばったように。
(攻撃は防げた。けれど、ノアの姿が見えない)
生成した氷の壁を厚くし、散らばった弾丸が体を掠めるのを警戒した結果、氷の高さは頭上を覆うほど。
結果、防御のために自分の前方の視界を潰した状態であり、相手の位置が把握できないのは、戦闘において最も不利になる要素だ。
しかし、短い期間ながらノアを知ったアストレアには、来るであろう位置の予測がついていた。
「あなたは通じなかった攻撃を繰り返さない。
話した回数は少ないけれど、それでもあなたは頭が良いタイプとわかるから。
だからこそ、あなたの位置も予測がつく」
アストレアは上を向いた。
五メートルほど高い位置にノアがいる。
彼は空中で逆さになった状態で、銃口を真下に向けていた。
「――!」
何の動揺もなくアストレアが上を向いたことに、ノアが目を大きくさせた。
しかし、彼の動揺はそこまで、アストレアの頭上から容赦なく弾丸を放ってくる。
向かってくるのは、見たところ通常の弾丸。であれば、捌ける。
素早くレイピアを構え、洗練された動きでもって弾丸を弾いた。
同時に、ノアの着地地点を予測する。
背後から半円を描くように、ノアはアストレアの頭上を越えた。
となれば――、
「狙うは――」
着地狩りを狙うように、アストレアは左手を伸ばし、右腕を大きく引いた。
左足は少し大きく前に出し、右足を後ろに伸ばす。
「そこ――鷲突き」
ノアが着地する寸前に、アストレアが勢いよく走り出す。
一瞬にして間合いを詰めると、彼の顔面に目掛て、右腕を弾くように突き出す。
(狙いは正確。相手は未だ着地の反動を受け止めきれず、体勢も不安定――当たる!)
アストレアがそう思った攻撃は直撃――
「っ!?」
したかに思われた一撃は、ノアが自ら一歩前に出たことで防がれる。
彼の左手に持つ銃でレイピアの腹を弾いたことで、軌道がズレたのだ。
それどころか、ノアの右手に持つ銃口がアストレアの眼前に向けられた。
「――っ!」
迫りくるくるは致命的な隙を狙ったカウンター。
それもゼロ距離で放たれる攻撃は、比喩でも何でもない音速の域。
攻撃を躱すためには、見てからでは遅い。
引き金を引くタイミングを完璧に読み、躊躇いもなく回避のために動かなければ。
口元を歪め、アストレアは咄嗟に左手で銃身を弾いた。
同時に、首を弾いた方向と逆方向に傾ける。
刹那、銃口から射出された弾丸が、首の数センチ横を通過する。
水色の髪が突風でブワッと揺らぎ、一時的に弾丸が通過した風穴が出来た。
(なんとか躱せた。そして、この避け方は好機!)
初撃からのカウンターに次ぐカウンター。
しかし、そのカウンターは、アストレアにメリットのあるものだ。
素早く左手に氷の短剣を作り出し、柄を握りしめたアストレアがそれを突き出す。
真っ直ぐ突き出したそれは、あいにくノアに避けられてしまった。
だが、僅かに首を掠めることができた。
そして、それを皮切りに、ノアとアストレアが織りなす壮絶なぶつかり合いが始まる。
互いに腕が何個もあるように、相手の攻撃を捌き、カウンターを決めていく。
方やレイピアと氷の短剣による二刀流、方や両手にマグナム銃を持った二丁銃。
白い冷気と破裂音が交じり合い、それらが二人の白熱した戦いに拍車をかけていた。
床は避けられた弾丸と、砕け散った氷が散らばり、リングは穴と氷で殺伐なデザインに一新される。
また、ノアとアストレアの与り知らぬところだが、その二人の作り出す熱は、やがて観客を巻き込んで大きなうねりとなっていた。
『なんという攻撃の応酬! ここまでの戦いは早々お目にかかれません!
あのアストレア選手がここまで打ち合いに応じるのも驚きですが、それと同じぐらいノア選手が応戦しているのも驚きです。一体この新入生は何者だ!?』
司会が観客の熱にさらに高めるように実況していく。
その声に熱狂する者、固唾を呑んで見守る者、狂ったように声援を送る者と観客も様々だ。
しかし、そんな声はリングを我が物顔で支配する二人には届いていない。
というか、聞いている余裕なんてどこにも無い。
(ライカ、一体彼に何をしたの!?)
捌き続けるために思考のリソースの大半を注ぎ、それでもなお浮かぶ疑問。
そう内心で呟き、アストレアの氷の表情に苦悩が浮かぶ。
額に流れる冷や汗が、動きの激しさで空中を飛び交う中で――つい、つい考えてしまう。
自分の攻撃にここまで対応しているノア、明らかに異常だ。
一か月前に入隊した新人が、それも魔力を発露させたばかりの人間が、いくら昔から鍛えていたとはいえ、上達スピードが怪物過ぎる。
今の応酬さえも、もはやライカを相手にしている気分。
相手はガンナーなのに、近接で分が悪いと思わされる。距離を置いて戦いたい。
幸いなのは、まだ彼女より粗さがあることか。
(先程から的確に頭や心臓に近い位置を狙ってくる。
はなから武器破壊を狙っていない?)
ルール上、ノアの勝利条件の一つとして、アストレアの武器破壊がある。
格上相手に勝つには、下手に相手を倒すことを考えず、容易い勝利条件を狙うのがセオリーだ。
しかし、先ほどからノアがその行動をすることは一切ない。
(私がハンデを背負ってる分、自らも縛りを設けたの?
いや、ノアはそういうタイプには見えない。
でもそれは、自分がまだ彼のことを知らないから?)
いや、それ以上にきっと――、
(もしかしたら、彼からすれば、これはもうすでに実戦想定なのかもしれないわね)
だとすれば、武器を狙わないのも頷ける。
相手がアビスであれ、人であれ、武器を狙っても倒せないのだから。
そう思った瞬間――疑問に思考を割き過ぎた僅かな間隙、アストレアのレイピアが強く弾かれた。
アストレアの体勢が大きく後ろに傾く。
しかし、それはノアとて同じようであり、咄嗟に強く振り抜いたのが幸いした。
互いの足が一歩後ろに下がり、その分だけ、両者の間にスペースが生まれる。
であれば、ここを先に制した方が勝つ。
「「特魔隊格闘術・脚式――虎爪」」
アストレアは素早く体勢を戻し、右足で回し蹴りを放つ。
するとノアも、右足で全く同じ技を放ってきた。
どうやら考えていることは同じらしい。
二人の右足が強くぶつかり、交差する。
瞬く衝撃が交差する足を起点に発生し、リングに散らばった氷が弾け飛んだ。
威力は同じ。いや、魔力量の分僅かに自分が劣る。
「氷石暗器」
ならば、自分は自分の魔技のアドバンテージを活かすのみ。
属性の魔技、特に土を除く魔技は不定形だからこそ、どこでも生み出せる。
蹴りでの衝撃が広がり一拍するよりも早く、アストレアは足裏から短い氷柱を作り出した。
それは暗器のように鋭く、尖った刃をノアの顔に向けている。
刹那、彼女はそれを放った。
「そんな風にも出せるのかっ!」
苦言とともに、ノアが咄嗟に体を逸らした。
彼のあご掠めるように、太陽光に煌めく半透明の刃が通過する。
(――好機!)
あいにく不意打ちは避けられてしまったが、ノアの体勢を崩すことに成功した。
その事実に、アストレアはすぐさま追撃に移る。
責め立てるには絶好のチャンス。アドバンテージはこちらにある。
だからこそ、すぐに攻撃を――
「――っ!?」
アストレアが反撃に転じようとその時――目の前で、上半身を大きく逸らし今にも倒れそうなノアが、両手を向けてることに気付く。
先程の激しい戦闘で忘れていた。そう、相手の武器は――銃だ。
「ぐっ‼」
バンバンッと僅かな時間差で放たれた二つの弾丸。
そのうち、最初の一発は反射的に剣で防ぐことができた。
しかし、もう一つはアストレアの左わき腹を貫く。
血は出ない。だけど、クソ痛い。
「逃さない――纏わりつく氷」
歯を食いしばり、アストレアは乱れる体を制御する。
同時に、左手を下から上にサッと振り上げた。
その細い指先からキラキラと輝く白い冷気が、ノアの足元を通過。
瞬間、冷気に沿って後追いするようにリングに氷が発生し、ノアの足を固定した。
ピタッと時が止まったようにその場に留まり、倒れようにも倒れられない不格好な片足立ちのノアが視界に映る。
「お返しよ――溜穿」
「がっ!」
ノアが様子を伺うために、僅かに上半身を起こした瞬間を狙い、アストレアは大きく引き絞った右足を解放した。
その攻撃は彼の胴体を的確に捉え、氷の拘束を破壊するほどの勢いで蹴り飛ばす。
「......ハァハァ」
リングをゴロゴロと転がるノアを見ながら、アストレアは追撃しなかった。
いや、出来なかった。左手で押さえるわき腹から激痛が続く。
レイピアを握る右手を見た。疲労で力が入りずらくなっている。
魔力もだいぶ消費してしまった。これ以上の長期戦は不利が増す一方だ。
(勝負を決めるには、大技でどうにかするしかない。
にしても、まさか大技を使わざるを得ないとはね......。
これでも自分は強いと自負していたんだけど)
そう思いながら、アストレアはニヤリと笑った。
この戦いの高揚感に浸っているのか。
それとも、ともに肩を並べられる戦友に出会えた喜びなのか。
それはどちらかわからない。しかし、嬉しいことは確か。
だからこそ――、
「ノア、どうやら私は負けそうみたい。でも、勝ちたい。
だから、次で一気に勝負を決めさせてもらうわ」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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