第12話 ライカの友達、そして覚悟の証明#1
ノア達の前に現れた二体目の大型アビスを倒した少女。
水色のロング髪を腰まで下ろし、瞳の色は深い蒼。
全体的にスラッとした感じであり、華やかより凛とした雰囲気が印象的だ。
頭には氷のような花をつけた白いカチューシャ、上半身には青の短いジャケットを着ており、下は白いスカートに、白い二―ソックスであった。
そんな少女は、手に持ったレイピアをリングに戻す。
同時に、腰に身に着けていたポーチからサッと羊かんを取り出した。
「......んまっ」
コンビニに売られてそうな一口サイズそれの包装を破り――パクり。
背後で大型アビスが粒子になって消えていくのを背景に、少女はノア達の方へ近づいた。
「......」
「え、えーっと.......」
ノアの前まで来ると、少女はノアの顔をじーっと見つめた。
何のリアクションもなく見つめられたことに、ノアがどういう対応をすればわからないでいれば、少女はポーチから再び羊かんを取り出し、その場にいた三人に配り始める。
「はい、あげる。ライカにも、マークベルトさんにも」
「いや、俺だけゴミじゃねぇか」
ノア、ライカ、マークベルトの順で羊羹を渡す少女だったが、マークベルトにはなぜか自分が食べた羊かんのごみを手渡す。
そのことにマークベルトがすぐさまツッコむが、少女は特にリアクションもせず、再びノアの方へ向いた。
突然向けられた視線に、ノアはビクッと体を震わせる。
視線から敵視している感じは無い。ただ、妙にじーっと顔を見られるが。
ともかく、羊かんをくれた例は言わねば。
「あの、まずは羊かんをくれてありがとうございます。
それでその.....君は? ライカの名前を知ってたしライカの友達.....て感じですか?」
「私はアストレア=イーマルシャーク。長いからアスちゃんやアスアスでいいわ。
あと普通に話してくれて構わないわ、楽だから」
「あ、じゃあ、せめてアストレアで......」
突然、精神的に距離を詰められ、ノアは物理的に一歩足を引いた。
フレンドリーな姿勢なことはわかるし、それはありがたい。
しかし、少々距離感の詰め方が急すぎやしないだろうか。
と、初対面の少女に慄いていると、
「おい、アストレア! ノアが困ってんじゃねぇか! グイグイ距離詰めんじゃねぇよ!」
距離の近い自己紹介をしたアストレアに、ノアの番犬が吠えた。
ガルルル、と唸る勢いのライカに対し、しかしアストレアの表情は変わらない。
凍っているかのように表情筋がピクリともせず、それどころかその圧すら心地よいといったすまし顔だ。
「......」
感情が大違いのアストレアとライカへ、交互に視線を移すノア。
どうやら二人の仲は悪くはないらしい。
幼馴染のこの反応も、ある程度仲が良い相手じゃないとしない行動だ。
一先ず、両者の関係性を知ると、ノアも自己紹介を始めた。
「僕はノア=フォーレリア。僕のこともノアでいいよ。
それから、ライカと仲良くしててくれてありがとう。
ほら、ライカはこんな口調だから誤解を与えることが多くて」
「の、ノア......そんな母親みたいなこと言わなくても」
「なるほど、ママ属性もイケるっと。メモしておくわ」
「一体何をメモしたんですか?」
こめかみに指を当て、目閉じながら、アストレアが意味深な言葉を呟く。
今のやり取りでも声に抑揚が無かったので、一体どういう感情で口にしたのか。
それに、一体何をメモしたのか。非常に気になる所ではある。
そんな怪訝な顔をするノアに対し、アストレアはマイペースに話を進め、
「そういえば、あなたのことはライカからそれとなく聞いているわ」
「本当? たとえば、どんなことを?」
「例えば、近所の飼い犬に吠えられて泣きついた姿が可愛かったり、アイスの棒で当たりが出た時にとても喜んでいたりだとか」
「あちょバカ、アストレア.......ひっ!」
思ったよりも昔の、それも恥ずかしい話を暴露されていた。
それに関しては、ノアも穏やかではいられない。
まさかライカにそんな恥ずかしい過去を暴露する悪癖があったとは。
身を縮ませ、体をのけぞらせるライカに、ノアは怖い笑顔を作って詰め寄った。
「ライカ~? 後者はまだしも、前者に関しては話す必要は無かったんじゃないかな?」
「それはその......なんというかつい口が滑ってというか。
ご、ごめん! もう余計な過去は言わないから!」
「キノコ類が食べられなさ過ぎて泣いたエピソードも聞いたわ」
「アストレア! 余計なことを言うんじゃねぇ!」
「ライカ、さすがに口を滑らし過ぎだよ」
思っていたよりもライカが口が軽い件について。
今にも怒られることを覚悟するこどものように顔をそらすライカを見て、ノアは肩を諫め、大きなため息を吐く。
言い訳させてもらえば、その頃は今よりもとっても軟弱な時代であったのだ。
もっと言えば、髪が長かったせいで周囲から女子と勘違いされていた時代ともいえる。
そんな歴史は、ノアにとってあまり良い記憶ではない。
男である以上、男のプライドを持っているのだ。
それを汚されれば、例え幼馴染でも怒りを覚えざるを得ない。
「いや、普通逆じゃね?」
そんな両者の関係を、俯瞰で見ていたマークベルトが呟いた。
*****
「そういや、アストレア。お前さんはなんでこんな場所にいるんだ?
一応、同じトリエス支部だとしても、お前は青のパレス所属だろ。
ここに俺がいるとはいえ、代表のクルーエルのとこにいなくていいのか?」
ライカがノアに叱られてる一方で、マークベルトがアストレアへ質問した。
現状を棚に上げて言うのであれば、ここは普通の隊員は許可なく立ち寄れない禁止区域。
それも、ただ強いアビスがいるのとはわけが違い、ここは「怠惰」のアビス王のナワバリだ。
そんなところに一人で来るなど、危ない以上に正気の沙汰ではない。
故に、質問して真意を問おうとしすれば、アストレアはマークベルトの顔をチラッと見て、怒られるライカに視線を戻すと、
「姉さ.....クルーエル代表が今日は非番なの。今頃エステに行ってる時間じゃないかしら。
それよりも、白のパレスの代表が新人を引きつれて、S級危険指定地域にいる方が問題。
事の次第によれば、クルーエルさんへの告げ口も辞さない」
「ちょ、ちょっと待とうか......そんな上司イジメは良くない」
案の定、ツッコまれた。
その事実はマークベルトからして実に大きいダメージだが、同時に激しいブーメランである。
そっちがその気なら、同じく指摘せねばなるまいて。
「それに問題って話なら、非番の上司に許可なくここに来てるお前さんだって同じだろ?」
「むぅ......」
ブーメランを指摘すれば、アストレアは不満そうに唇を尖らせる。
しかしすぐに、アストレアは一つ息を吐くと、ここ来た目的を答え始める。
「私は噂の真偽を確かめに来ただけ」
「噂の真偽.....?」
そう、言葉を残し、アストレアはノアへと近づいていく。
***
いくら昔話が懐かしかろうと、人の恥ずかしい話はしてはいけない。
そういう意味合いを多分に含め、ライカの説教にひと段落着いたところで、ノアはアストレアが近寄ってくることに気付いた。
妙に真剣な目つきをしら彼女に、ノアが怪訝に思えば、
「ノア......私と戦って。そして、負けたら特魔隊を辞めてもらう」
「......!?」
突然のアストレアからの果たし状に、ノアは言葉も出さずに目を剥いた。
何が目的なのかは表情からは判断できない。
しかし、向けてくる視線は、その言葉が冗談じゃないと語っている。
「......ど」
「おい、アストレア......なに急にわけわかんねぇこと言ってんだ?」
「どうして? 」という言葉を遮るように、ノアよりも早くライカが反応した。
ライカの反応は怒られていた時と打って変わって、眉間しわを寄せ、アストレアを睨んでいる。
語気も感情につられて鋭くなっている辺り、思ったよりマジだ。
しかし、アストレアは目線を変えず、ノアを見つめたまま、
「ライカは私にとって数少ない生きている友達。
あなたも例の事件現場にいたのだったら、見ているはず。
アビスと戦って多くの人々やその人達を守る隊員が傷ついた姿を」
アストレアの表情は相変わらず、氷のように凍ったままだ。
しかし、ぽろぽろとこぼす言葉には少しだけ熱が帯びていた。
表情に感情が表れない代わりに、言葉に感情が乗っている。
その言葉から当時の駅前広場で戦う隊員の姿を、脳裏に思い浮かべるノア。
その時の隊員達は多くの民間人を助けるために、積極的にアビスと戦っていた。
中にはアビスとの戦いで気を失った隊員がいることを知っている。
その戦いの中で、隊員に死傷者はいなかったとライカから聞いた。
「けれど、あの事件よりも酷い戦場を私は知っている。
そして、そこで死んでいった数多くの友達を知っている」
その時、拳を強く握るアストレアの氷のような表情に亀裂が入った。
わかりやすく眉根が寄り、表情に感情が発露している。
そんな彼女の口から紡がれる言葉は、さらに熱を持ち、
「だからこそ、私は今いる友達を大事にしたいと思う。
そんな友達が、私からして見ず知らずのあなたを庇って死んでしまったら?
挙句に、アビス化してしまうようなことになったら?」
問いかけられる言葉に、ノアは何も言い返せない。
高熱の矛先がグサッと心を突き刺し、大口を叩かせる意思を焼き焦がす。
もちろん、半端な気持ちでいるわけじゃないが、それだけの痛みを与えるものがその言葉にはあった。
「未熟なあなたのせいで友達がそんな目に遭ったなら、私はあなたのことを一生許せなくなる。
だから、あなたの実力が噂通りであることを証明して。
そうでなければ、ライカのためにもここを去って」
アストレアから突きつけられる言葉に、ノアはすぐに口を開けなかった。
彼女が求めるのは友の――ライカの安寧と生存。
決して、新参者の自分をバカにするような言葉ではない。
とはいえ、今のノアの実力を見てめていないのも確か。
真に戦場の過酷さを知らない自分に、返せる言葉など持ちようもない。
しかし、何も答えなければ、それはそれで意志薄弱な相手として見られる。
思考をグルグルと回して、ノアが口を開こうとしたその時――小さく手を上げて、マークベルトが発言権を求めた。
「ちょい待ち。アストレア、お前さんの気持ちはよくわかる。
友達が遠征に行った次の日から二度と顔を見なくなったなんて嫌だよな」
アストレアの発言に同意を示すように、マークベルトは腕を組み、頷いた。
しかし、その上で特魔隊の上司としての立場からの発言し始める。
「だが、今の特魔隊は常に人手不足で、戦える人材は欲しい。
十六年前みたいに、またアビス王がいつ動き出すかわからない今、ノアのような戦闘力の高い奴は特にな」
特魔隊が戦力を欲していることはコエノからも聞いた事実だ。
十六年前、シェナルークが新都市トリエスに来たのは、本当に突然だった。
すぐに攻撃してこないのは幸いだったが、アビス王は存在するだけでも人間に害を与える。
故に、特魔隊は極短時間で集められるだけの戦力をかき集め、最高戦力で挑み、ほぼ全滅しながら辛くも勝利――というのが、現実で伝わってる歴史だ。
しかし、それが正史じゃないことを知っているのは、この世界でノアただ一人。
ただ、シェナルークとの契約により、それを指摘することは出来ないが。
そして、その正史を知らないマークベルトは、「だから」と話しを続け、
「辞めさせるのは無理だが、前線に出さない戦い方もある。
もちろん、それは上と要相談だが、それなら俺は構わない」
「......わかった。確かに、辞めさせるのは言い過ぎかもしれない。
なら、『一つ相手の命令を聞く』という形にする。
ノアが自分の意思で辞めたとなれば、何の問題もないはず」
「いや、それ何も変わってないんだが......まぁいいや。
それで......お前さんはどうするんだ?
アストレアはライカと同じA級......ハッキリ言ってかなり強いぞ。それでもやるか?」
視線を向け、マークベルトがノアに意思を問いかける。
その目は「無理はしなくていい」と言っているような優しい目だ。
その返答をする前に、ノアはライカに視線を移した。
視線がバチッと合ったライカが、静かに目を閉じる。
「自分で決めろ」と言外に伝えているかのような態度だ。
視線をアストレアに戻すと、ノアは一度目を閉じる。
今、アストレアからは地獄に立ち向かうための覚悟を問われている。
自分の覚悟は、仲間を守れるほど強いものなのかと。
だとすれば、その答えはノアの中ではすでに決まっている。
それこそ、ライカと約束を交わした十一年前の、あの時から。
数秒後、ゆっくりと目を開け、自分の気持ちを正直に伝えた。
「確かに、特魔隊に入ったばかりの僕では、実力も経験も足らない。
だけど、僕がこの世界を選んだのは生半可な気持ちじゃない」
その昔、まだライカと約束が交わされる前。
こことは別の小さな街でノアとライカはアビス災害の被害を受けた。
想定よりも現れたアビスが強かったのか、駐屯していた隊員達のほとんどが死んだ。
そんな地獄の状況の中で、今もこうして生きているのは、ライカの父親が身を挺して庇ってくれたおかげ。
その時の、大切な恩人を無くした悲しみ、父親が死んで泣くライカの痛み、自分の無力さに対する情けなさは今でも忘れ難い。いや、忘れるわけがない。
だからこそ、ライカと交わしたあの約束が半端な気持ちなはずがない。
子供ながらの夢見がちな大きな野望であったかもしれない。
しかし、それでも――、
「僕はライカと約束したんだ――自分達と同じ悲しい人を無くそうって。
だから、僕の目的のためにも、ライカとの約束のためにも、僕は君に証明する」
「......あなたの目的というのは?」
「当然、アビス王を倒し、さらに全てのアビスを倒すこと」
「随分大きな目的ね.....でも、わかったわ。あなたの覚悟を私に見せて」
ノアのあまりに無理無茶無謀な覚悟に対し、アストレアは笑うことなく真剣に答えた。
その両者の意思を聞き届けたマークベルトは、注目を集めように一度手を叩く。
「よし、決まりだな。んじゃ、早速.....といきたいところだが。
戦闘経験が豊富なA級隊員と、初陣と今回ぐらいしか実戦のない新人じゃあまりに差がありすぎる。
というわけで、アストレアは自分の専用武器じゃなく、汎用武器で戦ってもらう」
「ええ、構わないわ。それで具体的な勝敗は?」
「勝敗は相手をKOした場合か、武器を破壊した場合だな。
ちなみに、ノアは自分の武器を使えばいい。
だから、武器破壊は実質アストレアだけの追加敗北条件になるな」
「なるほど、わかったわ」
「お前さんもそれでいいか?」
「はい、大丈夫です」
「んでもって、勝負の日は二週間後。
理由は闘技場申請と俺が観戦できそうな日がそこらだから。
それまで各々相手に勝つために最善を尽くすこと、以上!」
こうして、ノアとアストレアの勝負は、マークベルトによって段取りがつけられた。
マークベルトはライカをチラッと見ると言った。
「ってことで、それまでの間ノアの教育係頑張れよ?」
「ハッ、任せろ!」
―――翌日
場所は特訓場。
平日のその日は、少数ながら自主練に励む生徒達の姿がある。
また、そこにはいつも通りノアとライカの姿もあった。
右手を腰に当てると、ライカは早速しゃべり始める。
「さて、今日から打倒アストレアに向けて特訓を始めるぞ。
期間は二週間だから、大雑把に教えるより、最低限必要なものを集中的に磨くことにする」
「わかった。よろしく頼むよ」
ノアの感謝に、ライカはコクリと頷くと、話を続け、
「まず当たり前の話だが、今回の相手はアビスではなく人だ。
となれば、当然昨日のようなアビスとの戦い方じゃ負けは確実。
つまり、ノアはこれから対人戦について学ぶ必要がある」
ライカがそう言うと、ノアは質問を求めるように挙手した。
「あの、対人戦に関してはずっとライカとやってなかった? 組み手って感じで」
「あぁ、やってたな。近接戦に限った戦い方と、その際の読み合い。
恐らく近接でやり合うだったら、ノアにも分があるだろう。
しかし残念ながら、ノアとアストレアとの間では決定的な差がある」
「その差って......?」
「自己強化術式の有無だ」
「自己強化術式?」
聞き慣れぬ言葉に、ノアは首を傾げる。
聞く限り、ゲームで言う身体強化みたいなバフであろうか。
しかし、それって魔力を纏った時点で強化されたことにはならないのか。
でなければ、魔力を纏った子供がただの大人に勝つことは難しいと思うが。
「魔力は纏うだけでも肉体強化を得られるが、それで得た力は十全じゃない。
そんでノアはまだ魔力を纏っているだけなわけで、お前はまださらに力を解放できるってことだ。
それがあるとないとでは、力の差が如実に表れる」
と、ライカの話を聞けば、自分は魔力を使いこなせていなかったらしい。
それを踏まえると、纏っただけでアスファルトを踏み割ることができる「魔力」の性能は、やはりおかしい。
きっとこれが「魔力」が見えない凶器たる所以なのだろう。
ともあれ――、
「つまり、僕はこれからそれを二週間で覚えるということ?」
「いいや、覚えるだけじゃダメだ。
その動きを体に慣らし、その上で使いこなす。
それが出来れば、空中でも素早く姿勢制御ができるようになる。
また、それと並行してお前の魔技について理解を深める。
それがお前が二週間でやるべきことだ」
「なるほど.....わかった! よろしくお願いします!」
ライカが示してくれた修行内容に、ノアは元気よく返事する。
そして、ライカの指導のもと二週間の特訓が始まった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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