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手のひらに太陽、流るる血潮

 ――下の階から、爆発音が聞こえてくる。

 はじめは小規模なものだったが、連続して爆発が起り、次第に大きな音と揺れがここまで伝わるほどになった。あのお邪魔虫が、その爆発の餌食になっているのかと思うと、自然と笑みがこぼれた。

 元軍人で、やらかしてしまい行き場のなくなった男、トーマス・ランダー。アイツが仕掛けていたものが、なにやら派手にやっているみたいだ。

 そのやらかしだって、軍の施設を誤って爆発させてしまい、テロリストだと裁判までかけられたとか。懲役刑になったものの――その日のうちに、刑務所から脱走した。何も異常がなかったはずの牢屋に、たった一夜にして、まるでドリルで掘ったような穴が、壁にできていた。もちろん、身体チェックも行われ、囚人が刑務所の中で手に取れるものだって、限度があるはずなのに、だ……ともかく、コイツは使えそうだと思い、闇のルートを使って、彼をスカウトして雇った。

 あの女を殺せるんだったら、好きに暴れてもらっていい。

 この屋敷が壊れたって、別に構わない。金さえかければ、どうせ元に戻る。

 ……それよりも、もっと大事なものが、あるのだから。

「ああ……皓様……!」

「……」

 こんなすぐそばに、愛おしい人がいてくれる……これに勝るものは、きっとこの世には存在はしない。

 瞼を閉じたままの彼の頬を、そっとなでる。これは、夢じゃない。こうして、触れることができるだなんて――小さな頃の私に、そんなことを語ってみせたら、きっと羨ましがるだろうな。

 この先、どんな障害が待ち受けていようとも、二人でなら、きっと乗り越えられる。彼の寝顔を見て、それが確信に変わった。

「ふふふ……」

 私は、彼を愛している――愛さえあれば、乗り越えられない壁なんて、ありはしない。

 ……でも、今まさに直面している困難が、ある。

 あの女――宿木幹が、この屋敷まで足を踏み入れて来たということだ。

 待ち伏せしていたサラは、やられてしまったのか?

「チッ……」

 あいつは確か、同性愛者、だったな……まさか、相手が少女だからと、手心でも加えたか?だとしたら、とんだ期待外れ……ただのゴロツキを雇うより、多少値は張ってでも、プロを専属につけるべきだったろうか。

「う、うぅ……」

 爆発音がうるさすぎたのか、皓様が目を覚ましてしまった。

「ん?……ここは……どこなのだ?」

「失礼いたします……」

 車椅子に座る彼の前に回り込んで、膝をついた。

「お目覚めになりましたか、皓様」

「……ぅん?お前は……」

 嗅がされた薬品の影響か、まだ少しぼんやりしている様子……ああ!寝起きの子どものようで、とても愛らしい……!

 私はしっかりと皓様に顔が見えるよう、ウエディングベールを上げる。

 彼がこの瞬間(とき)を、一生忘れられないような、誰にも見せないとっておきの微笑みを浮かべて……。

 彼は、そんな私に、目を見開いて――。

「………しとね、なのか?」

 驚きの表情を浮かべながら……私の名前を、呼んでくれた! 

「……!はいっ!そうです!しとねです!」

 ――涙が、溢れてきた。

「ああ……!すごいっ!!嬉しいっ!!眼鏡も外して、髪も整えて、化粧も変えているというのに……!一目で私だと、気づいてくださるだなんて……本当に私っ、胸がいっぱいで、どうしたら……!!」

 胸が張り裂けそうで、言葉が出なくなるなんて、生まれて初めて。嬉しくて、このまま、死んでしまいそう。

 気づかれないんじゃないかって、諦めていたのに……。

 私のことを、ちゃんと見ててくれたんだと、嬉しさが込み上げてくる。

 ああ……この人を好きになって、心から良かったって、思える。

「どうして、お前が、こんな……!?」

 ……駄目よ、しとね。自分の心ばかりに気を取られてしまうのは私の悪い癖だって、お父様がいつも言っていたことよ。事情を何も知らない彼に、きちんと説明しなくちゃ。

 呼吸を整えて、心臓の高鳴りを抑えるよう努める。

「ふぅ…………皓様には、急にこんな所までお連れして、申し訳ありませんでした……しかし取り急ぎ、やらなくてはいけないことができてしまったので、このようなことに……」

「やらなくてはいけないこと、だと?それは何だ?」

「はい。結婚式です」

「……誰の、結婚式だ?」

「それはもちろん……私たちの、ですわ」

 恥ずかしかったけど、彼が私の口から直接聞きたいのなら、しっかりと伝えなくちゃ。

「何を言っているんだ、お前は!訳が分からんぞ!!」

 彼は大声で驚いて、取り乱していた。

 そんな表情……初めて見る彼のそんな一面に、くすりとする。どうやら、サプライズに弱いみたい。いつかまた、二人の記念日には驚かせてみたいな。

「突然で、申し訳ありません……ですがそれが、私の子どもの頃からの夢、でしたから……皓様と、夫婦(めおと)になることが……」

「子どもの頃、だと?」

「……覚えてらっしゃらない、ですよね」

「……」

 私の顔をじっと見て、必死に思い出そうとする皓様。でも、結局思い出すことはなかった。

 ……ほんの少しだけ期待したけれど、やっぱり記憶にないみたい。

「私たち、昔に一度、お会いしたことがあるんですよ?」

 子どもを寝かしつけるため、幾夜も繰り返した絵本を読み聞かせるように、優しく語ってみせる。

 これは、私の大のお気に入りで、とっても素敵な御伽噺、なのだから。

「それは私が、まだ七つの頃……父に連れられて、《白牙嶺》家のパーティに出席させてもらいましたわ。それはもちろん、華々しくもやんごとない、皓様が社交デビューされた日……」

「……」

 父も社長とはいえ、末席も末席で……招待されたのは、本当に運が良かった。

 ただの製薬会社の社長が、大財閥の子息の披露パーティに招待されたのは、貴重な子息のせっかくの晴れの舞台を、盛大なお披露目にしたいがための、《白牙嶺》当主の親心のおかげであった。国内外からは様々な人間が駆けつけ、中には経済界の大物や警視総監までもが、まだ言葉も話せない小さな子ども一人のために集まった。

 私たちは、その時懇意にしていた他の社長のつてで、なんとか参加資格を得ただけ。父のような人間は他にもたくさんいて、あの《白牙嶺》に少しでも袖を擦り付けることができるなら、たとえ三十分にも満たない参加時間だろうと、上昇志向の経営者や資産家たちは駆けつけていた。

 そして私たちのような存在は、誰かと談笑する暇も、豪華な食事に手を付ける余裕もなく、出来るだけ多く、方々に挨拶回りをするだけ。頭を下げて回る父に倣うように、私も頭を下げるだけの時間が、苦痛でしかなかった。大人同士の話を、ただ永遠と聞かされる、退屈な時間。

 どうして、こんなことをしなくちゃいけないの?

 人前でそんなことを言えるわけもなく、ただ感情を殺し、一刻も早く終われと、時間が過ぎるのをじっと待った。

 私のような子どもは他にもいて、おそらくどの親も、滅多にないこんな豪華なパーティーを経験させて、少しでも場慣れさせようと連れてきたのだ。そしていつかは、裕福で名声のある、素敵な殿方を見つけるために……。

 じっとしているのにもそろそろ限界を感じていた時、今度は、父は大勢が並ぶ列に向かった――それだけでもう、うんざり。

 いったいどれだけ、待てばいいだろうか?

 ――しかし、予想を裏切り、どんどんと列は進んでいく。ほとんど立ち止まらず、ゆっくりと歩行するぐらいのペースだ。

 なに?なんなの?

 不思議な状況に少しドキドキしながら、自分たちの番がもうすぐ、来てしまう。

 そして、運命の時が、来る――。

「そう、皓様……あなたに、ようやくお目通りすることができましたわ……!」

 それは、十秒にも満たない挨拶だった。頭を下げ、父が二、三言発するだけ。顔だって、じっくりと見る余裕だってなかった。

 それでも、あの日の皓様の姿を、今でもはっきりと思い出せる……。

「皓様は一歳でしたので、小さくて、とても愛らしく……キューピットとは、まさに皓様のことなのだと、子どもながらに思いましたわぁ……!」

 私は頭を下げることも忘れて、呆けたように見つめていたと思う……父に促されて、我を取り戻すまで。そして父に手を取られて、すぐさま会場を後にした。滞在できる時間が、限られていたからだ。

 私はその子を名残惜しく、振り向いてまで見続けた。

 ――あの広い会場で、煌びやかで豪奢な物がひしめく中、私は……「白牙嶺皓」に、目を奪われた。

 そんな食い入るように見つめている私に気づいたのか、父は、

「私に、こう言ってくれたのです……『いつかお前は、皓様と結婚するんだぞ』、って」

「なに……?」

「私は、初めは理解できませんでした。皓様を見て、高鳴ったこの気持ちは、何?……でもそうか。これが愛なんだって、父のその言葉ではっきりと理解できました!皓様は、私の生涯を捧げて添い遂げるるべき、愛しき御方なのだと……」

 皓様の膝の上に、頭を置く。

「まだ皓様は、私のことをよく知らないでしょう。でも、私は皓様のこと、大変よく存じております。毎日、皓様のことを思い、過ごしてきましたから。片時だって、忘れたことはありません!……どんなに辛くても、会いたくても、身が焦がれても……皓様のために必死に我慢してきました……!」

「しとね……」

「だから、皓様……私、お慕い申しております!この世の誰よりも、あなた様を敬愛しています!どれだけ時間がかかろうとも、皓様に私のことを愛してもらえるよう、精進いたしますわ!」

 私の精一杯の思いを、打ち明けた……淑女として、はしたなく、恥ずかしいけれど……。

 でも、愛は伝えなきゃ、届かない。

 それに対して、皓様は、

「何を、言っているんだ?お前は……?」

 少し、混乱しているみたい……それはそうでしょう。いきなりこんなことを告白されて、恋愛経験のない、初心な皓様は戸惑うにきまってる。

 ……でも、そんな可愛い顔も見れて、ついつい口元が綻んでしまう。

 やっぱり、皓様といるだけ、こんなにも幸せになれる。

 私も、彼のことを幸せにしてあげたい。

「……ですから皓様、今日私と結婚式を……!」

「コータローォォォ!!」

 ――突然、そんな野蛮そうな大声とともに、部屋の扉が激しく開けられた。

 こんないい雰囲気の時に、不届き者が現れるなんて……!

「チッ……」

 硝煙臭い匂いをまき散らしながら現れたのは――ボロ雑巾のように薄汚れた姿の、宿木幹だ。

「はぁ、はぁ……」

 疲れ切って喘いでいる。爆発で服はボロボロ、顔も煤だらけ。髪もヘン。ほどけた包帯から見える右足は、醜い痣だらけ。

 ……汚らわしい人。

 同じ女として、恥ずかしい……もし私が彼女だったら、いますぐ自分で首を絞めて死を選ぶだろう。それくらい、みっともない。

「幹っ!お前……!!」

 みすぼらしい彼女を見て、皓様も驚きの声を上げた。

「それは姿は一体どうしたんだ!大丈夫なのか!?」

 皓様の声に反応して、宿木幹は焦点を合わせる。そして、

「はあぁー…………良かったぁ。コータローが、見つかって……はは」

 安堵した表情で、笑った。

「…………っ!!」

 この、分をわきまえない、売女が……!

 気安く、そんな変な名で呼ぶんじゃない!

 ……そんな怒りを抑え、笑顔を作り、向き直る。

「すごいわぁ、幹ちゃん……。まさか、こんなところまで、やってくるなんて……ねぇ?」

 宿木幹は、皓様のすぐ横の、私に視線を変える。

「やっぱり……しとねさん、だったんですか?」

「あら?気づいていたの?」

「……」

 幹は顔を背け、唇を噛み締めた。信じたくなかったと、言わんばかりに。……一丁前に、傷ついた素振りなんかして。

 そんな表情が見れて、少しだけ溜飲が下がったから、まあ良しとしよう。

「そっかぁ……幹ちゃんには、気づかれていない自信、あったんだけどなぁ」

「……分かったのは、ついさっきですけどね」

 悲しそうな表情で、言う。

「この目で確かめるまでは、信じたくはなかったですけどね。……しとねさん。あれもこれも、全部噓だったんですか?仲良くしてくれたことも、友達になったことも……!」

 あー、くだらないわ。

 いちいち喚き立てて確認取らなくたって、この状況を見れば、分かるじゃない。わざわざ皓様の前で悲劇のヒロイン気取りをして、同情を得ようとしているつもり?……イライラする。

「そんなこと、どうだっていいじゃない」

「……」

「ねぇ、幹ちゃん……あなた、本当にしつこいわよ?呼んでもないのに、こんな所までわざわざ押しかけて、皓様を奪いに来るなんて……みっともないわ。少しは遠慮を……」

「しとねさん…………どうして、こんなバカなことしたんですか?」

 ……呆れた。そんなことも、察せられないんだ。

 困惑する幹に、私は言ってやる。

「昨日、幹ちゃんに言ったわよね?」

「……え?」

「私、皓様のこと好きなんだって」

 あの小汚い店で、二人きりになった時、コイツに釘を刺しておいたはずだ。

 それを、この女は……!

「それなのに、幹ちゃんったらさぁ……ひどいじゃない?人目もはばからず、皓様といつも親しくしてさ……いいなぁ。学校でも、外でも、いつでも会えるなんて……挙句の果てには、二人きりで、あんな汚らわしい所まで、行っちゃうんだからさぁ……!!」

「……!」

 ラブホテルに皓様を連れ込んだのを知った時は……気が狂いそうだった。生まれて初めての、殺意。誰かを妬んだり、羨んだりしたこともなければ、殺したくなるほど憎いなんて感情、これまでの私の人生で一度もなかった。

 それを、この女は……!

「護衛という立場を利用して、皓様と親しくなっては、たぶらかし!……ホテルに連れ込むだなんて……外道のやることよ!……だからね、幹ちゃんをどぉーやって殺してあげようかと、ずーっと考えてたから……昨晩は一睡もできなかったの!!あははっ!!」

 皓様の前で、はしたないとは思いつつ、どうしても言わずにはいられなかった。

 そして、塞き止めていた怒りのタガが外れると、言葉が一気に流れ出る。

「皓様を愛していいのは、私一人だけなのに!無垢な皓様に、これ以上近づかないで!……そんな髪も、肌も!まともにケアしたこともないような、薄汚いアナタが!……ねぇ?皓様のために、なにかしたことあります?私はこれまでの人生、すべてを皓様のためだけに捧げてきましたわ!所作や芸事などの習い事も!スタイルのためのトレーニングや摂生、毎日のケアだって!……全部全部全部っ!皓様に愛されるためだけに、励みましたわっ!……それなのに、泥棒猫がいきなり現れて、愛する人を掠め取っていこうとしているのだからもう……我慢なりませんわ!宿木幹!アンタさえいなければ……皓様の前に、現れなければ、良かったのにぃ!!」

 一気に喋りすぎたせいで、息が荒くなる。胸を押さえ、呼吸を整える。

 ……いけないわぁ。皓様の前では、いつでもおしとやかな淑女で、いなければ。

「……」

「しとね……」

「ふふっ……だから、ねえ、幹ちゃん?……私たちが幸せになるために、今日、ここで死んでちょうだいっ!!」

 私はこれから、宿木幹の息の根を止める。障害は、排除しなくちゃ。

 そうすれば、皓様と私――二人の幸せな門出は、素晴らしいものになるだろう。

「……あのしとねさんは、初めからいなかったんだ……」

 ぽつりと、宿木幹が、何かをつぶやいた。

「……なぁに?幹ちゃん、よく聞こえなかったわ」

「聞けて良かったよ。しとねさんの、本音」

「はぁ?」

 さっきまでの、ためらいがちだった目ではなく――真っすぐな視線で、私を見ていた。

「しとねさんがこんなことするのは、なにか、同情する余地があるんじゃないかって……もしかしたら、何か深い事情があるのかもって、考えたりもしたけど……そんなこと、清々しいぐらいに、微塵もないようでさ。なんつーか、逆にスッキリしたよ……だってこれで遠慮なく、アンタを叩きのめせるんだから……だから、本当に聞けて良かった」

「……っ!!」

 そんな生意気な物言いに、顔をしかめる。

 やっぱりコイツは、殺すしかない……!

「これ以上は、問答無用だね……しとねさん」

「宿木、幹……!」

 そして宿木幹は、不愉快な笑みを浮かべ、言い放つ。

「絶対に取り返させてもらうんだ……コータローを……!!」



   ※



 ――アタシがそう啖呵を切ると、しとねは鬼の形相で、睨みつけてきた。

 あの、温和でお淑やかだった、しとねの面影はない。眼鏡を外し、ウエディングドレスとメイクで綺麗に着飾っていた。学がなくて、表現がありきたりな文言になってしまうけど……女神さまのように、美しい。

 別人のようだけど……本当にあの、しとねなんだ。

 そして、彼女は叫ぶ。

「あのアバズレをやれ!トーマス!!」

「『サー!イエッサー!!』」

「……!」

 悲しみに浸る余裕もなく、しとねの呼び掛けとともに、隣の部屋から壁をぶち壊して現れたのは――さっきまで神父役をしていた、あの男!

 その体には倍以上大きな機械――外骨格のようなパワードスーツを身に着けていた。金属でできた手足が延長するように取り付けられており、大きな背骨のような太い管に、体を預けている。全長で三メートル近くはあるだろうか。隣の部屋から伸びているケーブルが、背中と繋がれている。電源供給で、駆動しているのか。

 ……が、これ以上じっくりと観察する暇も与えてもらえず、すぐさま攻撃を仕掛けてきた。トーマスと呼ばれた男が自身の腕を振るうと、大きな機械の腕も連動して動く。とっさのことで避けることができず、両腕で防御した。

「ぐわぅ……!!」

「ハーイ!サムライガール!!」

 その鉄の腕を思いっきり振り抜かれ、激しく吹き飛ばされた。背中から壁に激突し、激しく咳き込む――しっかりと防いでいたものの、威力はとんでもない。たったの一撃で、両腕が痺れ、感覚がなくなるほどだ。

「く、くそっ……!」

「オー、タフナ女ノ子ダネ!」

 ガンガンと、鉄の腕でうるさい拍手をしていた。

 指も開いたり閉じたりと、タイムラグもほとんどなく、その上重量のある機械を身に着けていても、動きが鈍重ではなさそうだ。そういう点では、生身の人間と、ほとんど大差ない。

 ……こいつだ。

 この別邸に踏み入れた時――アタシは、一斉に機械たちに襲われたのだ。

 お掃除ロボのような機械とドローンだった。邪魔だから蹴散らしてやろうと蹴り飛ばしたら――爆発した。自走式の地雷と、カミカゼ・ドローンだった。一つが爆発すると誘爆して、次々に爆発が広がっていった。危うく吹き飛んで死ぬか、焼け死ぬ所だった。おそらく、このトーマスが作ったものだろう。

 こんなパワードスーツまで作れるやつが、敵にいるなんて……。

 ――しかし、そんな大層な外骨格を纏っているとはいえ、トーマスの前身はほぼむき出しだ。

 それなら、攻撃を掻い潜って、一発ぶち込んでやる!

 腕の痺れが多少残るものの、泣き言は言ってられない。四の五の言わず立ち上がった……が、トーマスがこちらに、軽快に走ってきていた。

「なっ……!」

 一般的な人間の一歩分を、軽く三倍の速度で進み、それをあの巨体で走っても、バランス一つ崩さらないとは……まさに驚異のメカニズム。

 面食らいはしたが、相手の攻撃に備えて身構える……一度パンチを受けて、攻撃速度は分かっている。落ち着けば、対処できるはずだ。

「来い……!」

 鉄の拳が、振り上げられた。

 しっかりと相手の攻撃を見て……ちゃんと引き付けてから、避ける!

「オー、スゴイ」

 避けた拳は、アタシの背後の壁を突き破っていた。それに冷や汗を流しながらも、

「……うらぁっ!!」

 隙だらけのどてっ腹に、全力のブローをかました……やったか!?

「フーム……」

 ……ダメだ、効いてない!

 多少のダメージはあるみたいだけど、《天授具》の力を解放しているアタシの一撃が、その程度で済むはずないのに……!

 力を抜いたわけでもないし、手ごたえもあった。……だけど少し、違和感を覚えた。 

「AIガ、『姿勢制御』ヲ、シテル」

「……あん?」

 アタシの疑問に答えるように、片言でトーマスが語り出した。

「揺レヤ衝撃ヲ感知シテ、『攻撃』ヲ受ケタト即座ニ判定シ、ダメージヲ最小限ニナルヨウ逃ガス。ソレヲ可能ニシテイルノガ、『姿勢』ダ。計算デハ、損傷ヲ八十パーセント、カットデキル。私ガ開発シタ、コノ『姿勢制御AI』ハ、急激ナ重心変化ニモ対応デキ、ソレカラ、フレキシブルナ関節ト背骨ガ衝撃吸収ヲ……」

「あー、もういいよ。……何言ってんのか、さっぱり分かんないから……日本語しゃべれ」

「オー……アナタ、頭悪イ?カワイソウ……」

 そう言って、肩をすくめていた。

 アタシが一撃を入れたとき、感じた違和感――それが『姿勢制御』、なのか。

 ……厄介だな。

 攻撃をしても、その『姿勢制御』とやらのせいで、上手いように威力を逃がされる。暖簾に腕押し状態だ。その上、相手は大きくて素早く、それでいてあの鉄の腕を振り回していればいいのだから。

 昨日は巨体の男――こいつらの仲間だったんだろうけど――と戦ったけど、その比じゃない。殴っても、蹴っても、攻撃が通用しないんじゃ、やりようがない。 

 果敢に攻めて、顔を蹴り飛ばしたところで、鼻血を流させるので精一杯だった。

 正攻法では、太刀打ちできない……!

 狙いを変えて、伸びているケーブルに掴みかかろうにも、素早い動きですぐに阻止される。

 突破口も、活路も見いだせず――時間だけが、無為に過ぎていく。

「……くっ」

 足元がふらついてきた。頭に靄がかかり始めていた……マズイ。

 その隙を逃してくれるわけもなく、まともな一撃を入れられていく。防御している腕も、麻痺しすぎて感覚がなくなり、次第に上がらなくなった。

 ――そこからは、一方的な展開だった。

「モウ、オシマイ?」

 殴られ、蹴飛ばされ、投げ捨てられ……疲弊し、朦朧としてくる。

 血を流しすぎてしまった。体はまだまだ熱くなっていくのに、体中がカラカラに干からびているような感覚に陥る。

 《天授具》の力で、いくら怪我の回復が早くても、深刻なダメージはすぐには治らない。どんな小さな傷だって、ダメージが蓄積していけば取り返しのつかない傷になる。血を流しすぎれば、出血死もあり得る。頭や心臓を撃ち抜かれれば、当然即死する。活動時間にも、限りがある。

 この力は、無敵なんかじゃない。

 もう……限界なのか、アタシ…………?

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 倒れ伏したまま、犬のように息を吐いて体内の熱を逃す。

 立ち上がりたくても、疲労感と倦怠感に襲われ、踏ん張ることさえできない。

「アナタノ体、調ベテイイ?」

「うっ……」

 近づくトーマスに、抗うこともできず体を持ち上げる。

「み、幹……!」

「あら、もう終わりなの?……残念。でも、よく頑張ったわ、幹ちゃん」

 しとねはへらへらと、心にもないことを言う。

「名残惜しいけど……なにか言い残すこと、あるかしら?」

「…………十月十日(とつきとおか)が、楽しみだ」

 精一杯の、強がりで答えた。腹でもさすりながら言ってやりたがったが、掴まれていてそれができないのが残念だ。

「こ、このっ……トーマスっ!!」

 持ち上げてアタシをじっくりと見回していたトーマスは、

「ンー?コノ右足、一体ドウナッテル?」

「――!!ああぁぁぁぁぁぁ!!」

 右足を、握り潰した。

「オオ!ゴメンナサイ!力、入レ過ギタ!!」

「――、――、――」

 鉄の拳の間から、アタシの血が噴出する。

 ――やばい。血が、足らない。

 世界が、ぐるぐると回る。貧血だ。左右前後、天地の方向が、分からない。ぐったりと、体から力が抜けていく。体内の血が、さらに煮詰まって焦げつくような感覚。鼻につく機械油のにおい。

 もう……これ以上、は…………。

「もういい!やめてくれ!!」

「……コ……コータロー…………?」

 必死に叫ぶ皓太郎のおかげで、なんとか意識を繋ぎ止める。

 でも……なにが、もういいの?

「ありがとう……幹。もう、十分だ。ここまで来てくれただけで、嬉しかったぞ。感謝する……だが、私はこの通り、危害を加えられていない。殺されるわけでもない……だから、安心してくれ」

「な……なにを……?」

「これ以上は、お前が殺されてしまう……!……お前の気持ちは嬉しいが、お前が傷つく姿を、私はもう見たくはない……死なせたくは、ないのだ……!!」

 皓太郎は、これ以上は心配かけまいと、微笑む……それは、数々の思い出とともに。

「……お前には、たくさんのことを教えてもらった。学校のこと、町のこと、電車やファミレスに……それから駄菓子やコーラのことも、だな。……うむ、実に楽しかった」

 一つ一つを噛み締めながら、思い出している。

「……そうだ。私には過ぎた、いい思い出ばかりだ。お前と過ごしたこの思い出さえあれば、この先の人生も幸せに送れる……そう確信しているんだ」

「……」

 ……違う。

 違うんだ。

 違うんだよ、皓太郎。

 こんなことを言わせるために、ここまで来たんじゃない……!

「だから……私のことは、もういいんだ……どうか、幹っ……!頼むから、ここから、去ってはくれないだろうか……!!」

「……っ!」

 アタシの身を案じる、皓太郎の切なる願いに、何も言い返せなかった。

 本当は、助けを求めたいはずなのに……!

「……皓様は、本当に心がお優しい方だわ」

 うっとりとした声で、しとねが言う。

「こんな、役にも立たない護衛に愛想をつかすどころか、死なせまいと配慮してくださるんだから……身勝手で使い物にならない幹ちゃんとは、大違い……あは、あははははっ!」

 そう言って見下し、笑っていた。

 しとねさん……。

 本当に、どうして……。

 皓太郎を攫った張本人だなんて、ありえないと、この目で確かめるまで信じなかった。

 でも……それが真実だった。

「ミキ君。……キミ、不覚取ったね?」

 高速道路を走行中、蓮次は突然そう言った。

「はぁ?一体何のこと……」

 蓮次はおもむろにアタシのバックを手に取ると、昨日もらってつけたばかりのキーホルダーを引き千切り……なんと、道端に放り捨てたのだった。

「ち、ちょっと!!」

 慌てふためくも、一瞬で遠ざかり、もう見えなくなった。

「あ、あれ!友達からもらった、大切な……」

「ふーん……ほんとに、友達?」

 困惑しながらも、蓮次の説明を聞いた。

 ――あのキーホルダーには、GPSが仕込まれていたらしい。キーホルダーをくれたのは……しとねだ。

 皓太郎も同じものを渡されていたが、そっちには何も仕掛けられていなかったらしい。要人ゆえに身体チェックなどで、バレるのを避けたい――それなら日中、皓太郎のそばにずっといる護衛なら、都合がいい。

 今日の帰り道、待ち伏せされて取り囲まれてしまったのも、こちらの位置が分かっていたから……そんなわけがないと、信じたくなかった。

 ――だけど真実は、嘲笑う。

「皓様を取り返す、でしたっけ?……邪魔なのは幹ちゃん、あなたの方だって、まだ分からないの?」

 目の前にいるのは、アタシが知っているしとねとは、別人のようだけど……いや、これが本性だったんだよ、チクショー……。

 彼女は、アタシなんかとは比べ物にならないくらい、美人だ。

 元から持っている美しさに満足することなく、ケアや体重管理など、常に美を追求しながら生きてきたんだと思う。それも、皓太郎を想う一途な気持ちから……彼女が美しいのは、そんな努力の賜物だ。

 アタシはそんなこと、人生で一度も、気に留めたことなんてない。だから、素直に彼女のことを感心するし、尊敬もする。

 なのに……やり方が、間違ってる!

 こんな風に、皓太郎を無理やり攫うんじゃなく、もっと普通にアプローチすれば、皓太郎だって振り向いてくれただろうに……!

 ――彼女を、こんな強硬に走らせてしまったのは……。

「私ね、幹ちゃん……心から皓様を愛しているわ!……でも、所詮あなたは、お金で雇われただけの、くだらない縁でしょ?どうせ、皓様に色目を使ったのだって、《白牙嶺》家の財産が目当てなんでしょうけど……ああ、あさましいし……意地汚い……!そんな不埒な人間、皓様が許しても、私が絶対に許さないわ……!」

 それは、嫉妬だ。

 その嫉妬のせいで、彼女の美しい顔を、酷く歪ませてしまっている。

 ……本気で人を愛せることは、何よりも素晴らしいことだと思う。

 でも、時に行き過ぎた愛は、こんなにも人を狂わせ、醜くさせてしまうものなのか。

「しとね!頼む……!もう、やめてくれ……!幹を、解放してやってくれ!!」

「いいえ……こればかりは、ダメなのです」

 びしゃりと、皓太郎の頼みを突っぱねる。そして、車椅子に拘束されている皓太郎の背後から、首元に抱き着く。

「皓様……私は、皓様の願いなら、どんなことだろうと叶える所存です。……ですが、この女のことだけは、聞き入れられません。……皓様、お目覚めください。あなたは、騙されているのです……!無垢で純真な皓様を誑かす、この薄汚い泥棒猫には、ここで潰れてもらうべきなのです……ええ、腹の中に溜めた()()も、すべて吐き出させるために……!」

「しとねっ!!」

 そんな二人のやり取りを横目に、怒りがふつふつと、湧いてきた。

 好き勝手に、言いやがって……!

 そうだ……アタシは、何のためにここにいる?

 目の前の敵全部ぶっ潰して、皓太郎を、救うためだろうが。

 消えかかっていた闘志に、火がついた――。

「――泥棒猫は、オメェーだろーが」

 その時、ごとりと――鈍く重い物が、落ちる音がした。

「ンー?」

 それは……鉄の塊だった。アタシの右足を握りつぶした、パワードスーツの指だ。他の指も、今にも取れかかっている。

「ワッツ!?」

「あぁ……!」

 トーマスは慌ててアタシを離した――地面に落とされるが、なんとか両足で着地する。

「うっ…………ぐぅぅぅぅぅっ!!」

 地面に伏したら、アタシはきっと、もう立てない――だから、残る気力を振り絞り、両足に力を入れた。体はもうガタガタだけど、それでもどうにか踏ん張って耐える。

「アナタノ体、ドウナッテル!?血ガ鉄ヲ溶カスナンテ!千五百℃ハ無イト、無理ダヨ!!」

「……知るかよ、そんなこと」

 理屈だとか物理だとか、喚き立てられたって、どうだっていい。

 もっと大事なことが、この世にいっぱい、あるんだから。

「心配させてごめん……コータロー」

「み、幹……」

 ムカついたのは、しとねにだけじゃない。皓太郎にもだ。

「でも…………アタシはまだ懲りてないけど……アンタは、諦めんの?」

「!!」

 これで言いたいことは、言えた。

 皓太郎にアタシの意志表示を、しっかりと示せた。皓太郎がこれ以上何と言おうと、アタシは引く気はない。

 ……だって、諦めるにはまだ早いだろう?

 そしてあともう一人――これまでのを倍返しにしてやらないと、気が済まないやつがいる。

「おいっ!なんちゃってブリキ野郎……!」

「……」

 トーマスを、指差す。

「……よくも人を、カブトムシみてーに持ち上げてじろじろ観察して、無邪気に甚振(いたぶ)りやがって……いいか、よく聞け!今からお前のその、自由研究の工作お釈迦にして、泣きべそかかせてやるからな!覚悟しとけよ!!」

「ナ、ナニ……?」

 困惑するトーマスの返答を待たず、アタシは――走り出した。

 これが、最後の攻撃だ。

「ッ……!」

 トーマスはとっさに、初めての防御姿勢を取った。大きな鉄の両腕が、トーマスの全身を覆い隠す。

 ……アタシの右足に、恐れをなしたんだ。気持ちで負けているようなやつにだけは、絶対に負けたくない。

 もう――止まれない。立ち止まったら、踏ん張れなくて(くずお)れてしまうから。

 だからもう、この先どうなろうとも、絶対に後悔しないよう――アタシの全身全霊を込めて、

「その腕ごとへし折ってやるぁ!!」 

「!!」

 右足の跳び膝蹴りを、鉄の両腕の上から叩きこむ。

「でぇぇぇりゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ウ、ウウッ……!」

 こんなに力を込めた一撃でも、『姿勢制御』のせいで威力は抑えらえてしまう。

 叩きのめすことは、出来ない。

 ……でも、この()()は、倒すための攻撃じゃない。

 吹っ飛ばす方向は……上ぇ!

「あっ…………がれぇぇぇぇぇぇ!!」

 体をひねり、膝を上方に向けてねじり込む。

 ギ、ギ、ギ……と、鈍い音を立て、鉄の足が地面から離れていく。

「オォ……ノォーーー!!」

 そして巨体が――宙へと浮いた!



   ※



「……なあ、しとね」

「!は、はいっ!……んん……なんでしょう、皓様?」

 ――怒気をはらんだ顔で幹を睨みつけていたしとねに声をかけると、すぐに取り繕うように、笑顔で私に振り向いた。

 幹に言われた言葉に、私は気づかされた――私は、なんと愚かだったのだろう。

 いや――幹という少女の評価を、見誤っていたようだ。

 私が護衛に頼んでしまった少女は、とんでもない傑物だった――それは、彼女の人並外れた強さにではなく、理不尽には絶対に屈しないという、精神のことだ。

 ……それなのに、私は何を、勝手に諦めて、彼女を最後まで信じようとしなかったのか?

 幹が私に向き合ったように、私もしとねと向き合わなければ。

「お前の私に対しての好意は、素直に嬉しいと思う。……長いこと、私なんかを愛してくれたのは、とても考えられないことだ。そういう人間がいてくれたというのは……幸せ者なのかもしれないな、私は」

「皓様……!」

 ぱっと広がる笑顔――しとねは、私のそんな言葉で、嘘偽りなく喜んでくれている。私のその言葉も、また本心だ。

 しかし……。

「だが、すまない……私はお前の、その愛に応えてやることはできない。ただ受け取ることもできない。……お前のことを、まだよく知らないからではない――私の心が、お前ではないと、そう告げているからだ。……だからお前を、生涯愛することは、できない」

「いいえ!そんなことはありませんっ!たとえ、どれだけ時間がかかろうとも、私は諦めません!皓様に振り向いてもらえるように、一生懸命努力を……!」

「そんなことは、しなくていい」

 幹が覚悟をしたように……私も、覚悟を決めたのだ。

「もし……幹が、この戦いで敗れたのなら、私は……どんな運命でも受け入れよう。お前を《白牙嶺》に招待し、私と共に暮らそう。この先どんな邪魔者が現れようとも、お前を婚約者として迎え入れるよう約束する……それで構わないか?」

「皓様っ……!はい!しとねはそれで構いません!……至上の喜びです!」

 しとねにも、諦められない、強い願望がある。

 そのために、無理やりに私を攫い、助けに来た幹を返り討ちにする、敵まで用意して……そんなことを犯してまで、欲したのだ。

 多くの人間が、彼女のせいで巻き込まれているのだ。幹だけではなく、おそらく、蓮次や会社のものだたちも、動いているはずだ。いずれは、《白牙嶺》にも連絡がいくだろう……。

 しとねにとっては、自身の周りにいる存在たちが、どうなろうと関係ない……そういう風に見て取れる。

 ――だが、人間は玩具ではない。なんでも他人を、自分の思った通りにできるわけがない。

 それは……私の心も、そうだ。

「……どうやら、私にも諦められない……譲れないものが、できてしまったようだな」

 苦しみながらも、今にも倒れそうになりながらも、必死に戦う少女――宿木幹は、絶対に諦めない――慟哭()かない!

 彼女を見て、思う。

 かつて、スズおばあさまを助けようと、虎に挑んだ寅彦おじいさまは――幹のように勇ましかったのだろうな、と。 

 だから、これは決して、無謀な賭けなどではない。

 宿木幹なら、きっと……。

「あっ…………がれぇぇぇぇぇぇ!!」

 彼女の叫び声が、部屋中に轟く。

「な、なんてこと!?」

「幹……」

 そして、あの機械仕掛けの男の体を――なんと、上空へと蹴り上げてしまったのだ。

「やっぱり、お前はすごいな……」



   ※



 アタシは、こう考えた。

 ――『姿勢制御』のせいで攻撃が効かないなら、その動きを取らせなければいい、と。

 なら、どうやって、姿勢は変えることができる?――それは、足が地面についているからだ。重い体を支え、衝撃を逃がすように、関節のような複雑な機構が働いているからだ。

 それを空中でなお、自由に姿勢を変え、制御できるなんて、可能なのだろうか?――だから、やってみた。

「アリエナイッ……!!」

「ははっ!……なんだよ、案外イケるじゃん……!」

 AIもまさか、吹き飛ばされるのではなく、持ち上げらえるとは、夢にも思わなかったはずだ。なにせ、何千キロとある巨体を持ち上げるような敵が現れるとは、想定していないだろうから。

 指が熔け落ちたことで、バランスが少し崩れていたのも、持ち上げられた原因かもしれない。

 ――ま、細いこたぁ、どーでもいい。

 とにかく、次の攻撃をぶち込んでみないことには、話が続かない。

「うりゃっ……!」

 鉄の両腕の間に生まれたスペースを抜けるように、曲げていた右足を伸ばし、つま先でトーマスの顎を蹴り上げた。

「ブフッ……!!」

 トーマスの顔が、天井を向く。

 ……ヨシャッ!まともに食らったぞ!

 これでどうやら、空中での『姿勢制御』は、AIもまだ勉強不足なことが分かった。

 ――攻撃が決まるってんなら、こっちのもんだ。

 次の一撃で、何もかもを、終わらせてやる!

「くぅぅぅらぁぁぁえぇぇぇぇぇぇ!!」

「!!」

 伸びきった右足でそのまま顔面へと、踵落とし――トドメを、叩きつけた。

 《鳳仙家直伝・蹴術『三連・流落花』》。

 踵を容赦なく振り下ろし、そのままトーマスを床へと叩き付けると、部屋中が揺れた。床に亀裂まで入る。出し惜しみすることなく、最後の一滴まで力を振り絞り――床ごと、踏み抜いた。

「……ガハァッ……!!」

 衝撃を逃がすことができずなくなったパワードスーツは、バラバラに砕け散り、気を失ったトーマスは、そのまま下の階へと落ちていった。

 アタシはトーマスの顔を踏み台にしてジャンプし、部屋に留まることができた。

「ハァ、ハァ、ハァ……そのまま、ブラジルにでも行ってろってんだ……チクショー……!!」

 部屋にできた大きな穴に向かって、悪態をついた。

 ……体が、熱い……喉が、渇いた……頭が、痛い……横に、なりたい。

 もう、限界……。

「幹」

 アタシを呼ぶ声が耳に届き、振り向く。

 今にも泣きだしそうな、笑いそうな……そんな皓太郎と、目が合った。

 ……そうだよ。

 アタシにはまだ、やらなきゃいけないことがある。

「ハァ……ハァ…………」

 限界(オーバーヒート)で頭も回らず、幽鬼のような足取りで、皓太郎へ近づく。

「ば、化け物……!?」

 アタシに怯えるしとねが、尻もちをついて後退る。……もうこれ以上、彼女を守る者は、誰もいない。

「……おいっ」

「ひぃぃぃっ!」

 声を掛けただけで、しとねは小さな悲鳴を上げていた。

「さっさと失せろ……二度と、アタシたちの前には現れるな……!」

 こんなことをしでかしたしとねを、許す気はない。……だから、これは警告。

 アタシたちの人生に、これ以上関わらないなら、蹴り飛ばすのはやめてやろう。

 ――だけど、

「ご、ごめんなさい、幹ちゃん……!こ、腰が抜けちゃって……うう、う、うまく、立てないのよ……!」

「……」

 怯えて情けないことを言うしとねに、呆れた。

 しとねの襟首をつかんで無理やり立たせると、ドアの方向に突き飛ばす。

「……きゃあっ!!」

 こちとらもう、色々限界だっていうのに……!

「……幹ちゃん、幹ちゃんって……いつまでも馴れ馴れしくしてんじゃねーぞ!地面這いつくばってでもいいから、とっと消えろって言ってんの!甘えてんな!……アタシが、心変わりしないうちになぁ!!」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ!」

 ようやくしとねは、無様に床を這いずりながら、部屋を出ていった。

 ……これは、アタシの甘さかもしれない。

 ぶっ飛ばしても良かったけど、戦意のない人間をボコボコにするほど、人の道は外れちゃいない。

 できることなら、もう二度と、しとねとは会わないことを願うばかりだ。

 騙されていたとはいえ、久しぶりにできたと思った友人と、こんな別れ方をするなんて思わなかった。でもそこに、自然と虚しさはなく、むしろ、スッキリできた。

「幹、お前……」

「……そうだ……そうだ」

 車いすの拘束を力づくで解き、皓太郎を解放した。

「よし……これで、もう……」

「幹っ!!」

 そこでぷつりと糸が切れたように、アタシは倒れ込んだ。

 皓太郎を救い出せた安堵で緊張が解け、とうとう足に力が入らなくなってしまった。

 意識がシャットダウンする前に……伝えるべきことは、伝えなきゃ。

「……うちの社長が、すぐ近くにいるはずだから……早く、ここから逃げて……」

「大丈夫か!……っ!!」

 アタシの体に触れようとして、ぱっと手を引く……当然だ。アタシの体は、今とんでもない熱を帯びている。触れたら、火傷どころじゃすまない。

「体がこんなになるまで……!くっ、私は一体、どうすれば……!?」

 慌てる皓太郎に、アタシは笑って答える。

「バカだなぁ……ほっときゃ、いいんだよ……アタシはさ、大丈夫だから、早く……」

「馬鹿者!!そんなわけにいくか!!」

 ギョッと、驚く。

 だって、あの皓太郎が……涙を流しながら、怒鳴るもんだから……。

 皓太郎の涙が、腕に落ちる。すぐに蒸発するけど、そのわずかな雫でさえ、今は冷たくて気持ちいい。

 泣きじゃくる皓太郎に何も言えず、気まずい沈黙が流れる。

 働かない頭で、ただじっと皓太郎を見つめていると、口を開いた。

「すまない……すまない…………私のせいで……!」

 こんなことになるだなんて、昨日までは思ってもみなかっただろう。アタシだって、まさか、ここまでの事が起こるだなんて、覚悟していなかった。

 ……でも、皓太郎のせいなんかじゃない。悪いのは、しとねのような、自分勝手な連中だ。

 だから、謝ってなんか、ほしくない。

「……アタシ、仕事を立派にやり終えたんだからさ……謝罪の言葉より、労いの言葉、欲しいんだけど?」

「み、き……?」

 皓太郎が、《徒花百選家》という、穢れたちの一族の人間だと知ってもなお、アタシを護衛として選び、アタシも、皓太郎があの《白牙嶺》の跡継ぎだと知ったうえで、納得して契約をした。

 ……これは、アタシの一方的な気持ちかもしれないけど。

 でもね、その時――絆が、芽生えた気がしたんだよ。

「あーあ……それよりもう、疲れちゃった。……だから、ね、帰ろう……アタシたちの、いつもの日常に、さ」

「幹……!ありがとう……!ありがとう……!!」

 ……ああ、温かい。

 これが、アタシが今まで、怖くて避けていた、人との繋がり、か。

 久々に感じる心のぬくもりに、少し、惜しい気持ちになる。

 ……アタシは、なんてバカだったんだろう。

 こんなにも嬉しいものを、たった一度の過ちで、手放してしまったんだから。

「ふふ……」

「……!死ぬな!幹っ!!……生きろ!生きてくれっ……!!」

 必死に呼びかける皓太郎の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れた。

 ……アンタとの約束があるんだから、死んでなんかいられないよ。……いや、そうじゃないな。

 仕事だから、責任だから、契約だからって……アタシが生きることなのに、皓太郎を理由(だし)にしてるみたいで、なんか嫌だ。なんとなく、恩着せがましいというか……。

 だから……そうだな……。

 ――アンタがいるなら、まだ生きてみたいんだって……そう思えるよ。

 だから――こちらこそ、ありがとう。コータロー。

 皓太郎の叫びが、どんどん遠ざかって聞こえてくる。意識が、遠のいていくのが分かる。

 そしてぶつりと意識が遮断され、アタシは、気を失った――。

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