ヴァージン・ロード《独り立ち》
――それから、高速道路を降りて、下道を走っていた。たどり着いた場所は、有名な別荘地だった。まだオフシーズンだからか、出歩いている人の数は少なく、閑静な住宅地を抜けていく。それからさらに人気のない、山の奥まで登っていく。
蓮次は、爆音で流していたカーステレオを切った……そろそろ、なのだろうか?
「ほら、到着だよ」
「ここは……教会?」
車が山の中の開けた私有地に入り、止まったのは――大きな教会だ。
下の住宅地からは結構離れていて人が集まりにくい、こんなところになぜ教会が?
それから、白くそびえる教会から少し離れた奥の方には、豪華な別邸が建てられている。それもこの教会の持ち主のだろう――そしておそらく、皓太郎を連れ去った犯人の、だ。
「ここに、攫ったやつらがいるんですね……!」
「ああ。……でもその前に、軽くチェックインを済ませなきゃ」
「チェックイン?」
教会の大扉の前で待機している数人の黒服のうちの一人が、怪訝な顔でこちらに向かってくる。……ああ、そういうことか。
「来たっ……!」
「……ボクに任せて」
身構えたが、蓮次が手でアタシを制す。……ここは蓮次に、任せよう。
「おいっ!ここは私有地だ!来た道を戻……」
「どうして?今日は結婚式だろう?ボクは、お呼ばれしてきたんだから」
「なんだと?……ちょっと待て」
蓮次の口からでまかせに、黒服はインカムで確認を取ろうとしたが、
「あ、分かった分かった……ほら、これでいいかい?」
「ああ?」
お金を差し出した。
「なんだこれは?賄賂のつもりか?」
「賄賂?何のことだい?」
蓮次は車のエンジンを切って、車を降りた。アタシも続いて降りる。
「ようするに、チップが欲しいってことだろ?……ボーイさん」
「て、てめぇ……!」
「キミ、ボクの車は高級車なんだ。気を付けて駐車してくれたまえよ……ほら、車のカギ」
そう言って、黒服に向かって車のカギを放り投げた。
黒服は反射的に、それを受け取ろうと両手を出した。
「おいおい、それで警備が務まるのかい?」
「――はっ!!」
蓮次は黒服の腕をつかむと、地面に組み伏せた。
「ぐぁっ……!」
「よっと」
うつ伏せになった黒服の背中の上に、ドシッと座る。首筋の後ろに、拳銃を突き付けて。
「動いてもいいよ~。推奨は、しないけど」
「ひ、ひっ……!」
「貴様!なんのつもりだ!!」
遠くから眺めていた他の黒服たちも、事態が急変したのを見て、慌てて拳銃を取り出し、構えたが、
「侵入者だ!銃を――」
「うわっ!!」
「な、なんだっ!!」
黒服たちの構えた拳銃は、すべて弾け飛んだのだ――よく見ると、どの拳銃にも、貫通した跡ができていた。だけど、それをやったのは、蓮次じゃない。いまだ押さえつけている黒服に、拳銃は突き付けたままだ。
「これって、もしかして……」
――噂だが、聞いたことがある。蓮次の周囲には常に、六人の狙撃手が見守っている、と。確か、《シリンダー》と呼ばれる存在。その存在は《イクイプメント》の社員ですら、実際に見た者はおらず、真相は謎。アタシたちの今いる所は、山の開けた場所で、周囲はさらに高い山しかない。少なくとも、五百メートルは離れていて、こちらからは目視で確認できそうにない。
蓮次は他の黒服たちには一瞥もくれず、捕えた黒服に、何やら指示をしていた。
「――さあ、どうぞ?」
黒服は、理解できないという表情をしていたが、首筋に突き付けられている拳銃がグイっと押し込まれると、ビクビクしながら実行した。
「こ、こちら、正門。し、侵入者が、現れた。至急、応援を頼む……く、繰り返す、こちら――」
なんと黒服は、インカムで仲間に呼びかけたのだった。
「ちょ、ちょっと、社長!」
黙って事の成り行きを見ていたアタシも、これには口を挟んだ。
「な、なんてことさせちゃってんですか!仲間なんて呼ばせたら、面倒じゃないですか!?」
「いーの、いーの」
蓮次はいつもの調子で、取り合わない。
「あちこちいられるより、まとまってくれた方が楽でしょう?」
「そんな、無茶苦茶な!」
「ふーんだ。ミキ君は、ボクのこと信じてないんだ?ボクってば、弱いと思われてる?」
「そ、そんなんじゃ……」
「それじゃあ、いい子だから、ボクの後ろに下がって。これ、しゃちょーめーれー」
「……」
「おいっ、いたか!!」
そしてぞろぞろと、武器を構えた黒服たちが駆けつけてきた。
不満たらたらだけど、ここは蓮次の言う通り、彼の背後に回った……しかしこの状況、どうするつもりだ?この男。
「大丈夫。こんなやつら束になったって、ボクが相手するまででもないんだから」
不敵に笑い、倒れている黒服の首根っこを掴んで立たせると、集まった黒服たちに言い放つ。
「なーに、ぼさっとしてんの?ボクがキミらの雇い主なら、速攻クビだよ?ク・ビ……武器を手にした侵入者が現れたんならさ、すぐさま射殺しなきゃ?アホなの?」
「……はあぁぁ」
この男は……。
ド直球の煽り文句に、ため息しかでなかった。
「ひ、ひぃぃぃ……!」
いまだ銃を突き付けられている黒服は、その発言に情けない悲鳴を上げていた。
「……っ!う、撃てぇっ!!」
蓮次に発破をかけられた黒服の誰かがそう叫ぶと、全員が身構え、引き金に指をかける。
……本当にどうすんの!これ!?
アタシは慌てて、力を使おうと右足のリングに手をかけたが――真横を通り抜けていく、影があった。それは、タオだ。どこからともなく現れたかと思うと、黒手袋を両手にしながら、アタシたちの前に立った。
「タ、タオさん!?」
アタシが驚きの声を上げると、ニコリと、いつもの笑顔で一瞬振り返ってみせた。
そして――数多の銃弾が、私たち目掛けて放たれてしまった。
タオが、ハチの巣にされてしまう!
「――!」
しかし、タオは目にも止まらぬ速さで――なんと素手だけで、銃弾を捌いていた!
「う、うそでしょ……!?」
銃弾を掴むと、衝撃を逃がすようにすぐに後ろに振り抜き、また戻しては銃弾を掴む、を繰り返した。銃弾を掴むことでさえ、ほとんど不可能に近いのに、タオ自身やアタシたちに当たるものだけを的確に判断した上で、何十発と銃弾を受けきった――ありえないその光景に、開いた口が塞がらない。
「あー!車に傷ついちゃったよ!」
蓮次はその光景は当たり前だと、タオに労いの言葉すらかけない。
銃声が止むと、辺りは静けさを取り戻した――アタシたちの誰も、かすり傷一つ負わなかった。
「あ、ああ、あ……」
「おっと、ばっちぃ」
人質にしていた黒服は失禁し、気絶していた。蓮次はポイっと放り投げた。
「どういうことだ、これは……!」
タオのその光景を目撃した黒服たちは、アタシと同様に「嘘だろ」と、困惑していた。これだけの数がいるのに、誰一人弾を当てることができなかったのだ。戦意喪失も、仕方がない――相手が、悪すぎる。
「ち、ちくしょう……!」
それでもまだ、懲りずに撃とうとする者がいた。しかし、タオがまだ手にしていた銃弾を指で弾くと、その黒服の銃口に寸分違わずに入った。そして同タイミングで引き金を引いてしまい――拳銃は、暴発した。
「があぁぁぁあぁぁ!!」
指が数本、持っていかれたようだ。
「やれやれ……やりすぎだよ、タオ君。みんなドン引きしちゃってるよ。ここは茶目っ気でも出して、二、三発ぐらいくらってた方が、人間味あって、可愛げあるよ?」
困り笑顔でタオは、蓮次に頭をペコペコ下げていた。……いや、そんな茶目っ気、出しちゃダメだろ。
それよりも、初めてタオの実力を目の当たりにしたことに、いまだ驚きを隠せない。弾丸を的確に掴める動体視力に、それを捌き切れる反応速度と身体能力。さすが、あの蓮次の側近を務めているだけはある……蓮次同様、この人も、底が知れないな。
「いいかい、キミら」
蓮次が、黒服たちに呼びかけていた。
「ボクらとキミたちとでは戦力に差がありすぎることは、痛感してもらえたと思う。だからこれから先は、ボクの言う通りにしてほしい。抵抗すれば頭を打ち抜くし、逃げようとすれば足を貫く。……息をするぐらいは、まあ、許すけど、一歩でも動いたら……さあどうなるかな?どうせ、今日の給料はもらえなくなるんだ。それならせめて、五体満足でお家に帰りたいだろう?」
「う、うぅ……」
その脅しに、この場に集まった何十人もの大の男たちが、動けなくなってしまったのだ。
完全に、この場を支配してみせた。
これが、《アンタッチャブル》鷺沼蓮次のやり方、か……。
「……さあ、ミキ君。僕のお膳立てはここまでだ。ここから先は、キミの出番だよ」
アタシはそれに、ハッとした。目の前で起こった事すべてに圧倒されすぎて、ぼさっとしていた。
蓮次の言葉に、タオも優しく頷く。
「社長、タオさん……」
……そうか。
蓮次は、これから一人で皓太郎を助けに行くアタシの負担を少しでも減らすために、あえて黒服たちを呼び寄せたのか。
まだまだ未熟な、アタシのためにここまで……二人とも、少し過保護すぎるんじゃない?
「準備はいいかい?」
「……ちょっとだけ、時間ください」
「いいよ。これから王子様を迎えに行くんだ。存分におめかしするといい」
「ふふ……攫われた王子様を助けるなんてこと、フィクションだけだと思ってましたよ」
そんなくだらないジョークにも、少しは返せる余裕ができていた。二人には、本当に感謝しかない。
……よし、と、呼吸を整える。
まず制服のタイを外して、鬱陶しい長い髪を束ねる。動くのに邪魔だ。ついでにブレザーも脱いだ。ブラウスの袖をまくる。
そうして最後に――右足のリングを、外した。
《天授具》の、解放。
全身に、熱い血が巡るのが分かる。まるで、心臓に溶かした鉄を流し込むような感覚――やっぱり、一生この感覚は、好きになれそうにない。……でも今は、この感覚が頼もしく、そして心強い。
リングを外したことで、止めていた包帯が、ぐるぐると解ける。足首から長く垂れた状態になってしまったが、取り外している暇はない。
紅い――鳳仙花のような痣が、衆人環視に晒される。
まだ怖くて、この右足に対する抵抗感はあるけど――こんなことで、いちいちためらってどうする!宿木幹!
アタシがあの時、ためらったせいで、皓太郎は捕まってしまった。彼を救うには、この力に、頼るしかない――そう考えることで、体のこわばりが少しだけ和らいだ。この右足が、何かの役に立てるのだから。
――これから我が身一つでやろうとしていることは、あまりにも愚かで、無謀なことだ。
救い出すのは、ただ一人。他は――すべて敵!向かってくるなら、叩きのめすのみ!
目的はこれぐらい、シンプルな方がスッキリしていい。
「いってきます……社長、タオさん」
――ここから先は、私の仕事だ。
するとタオが、まるで召使のように畏まったお辞儀をして、アタシに道を開けた。アタシはそれに、力強く頷く。一歩も動けない黒服たちの間を縫うように、通り抜けていく。
アタシが通過した後、誰かが「……チッ」と舌打ちをした。すると――、
「が、がぁぁぁ!!」
背後で、悲鳴を上げた。その黒服は、顎を撃ち抜かれたのだ。
発砲したのは――蓮次だ。
「子どもの前でそんな下品なこと、やめてくれる?ボクはこの世で二番目に、舌打ちが嫌いなんだからさ」
「「……っ!!」」
先ほどの言葉も冗談ではなく、この男の言う通りにしなければ、次は自分がそうなるかもしれないと、ほかの黒服たちのいい見せしめとなった。
全員が体を硬直させ、息をのむ緊張感まで、こちらに伝わってくる。少し気の毒だけど、蓮次も鬼ではない。彼の不興を買わなければ、無事に帰れるだろう……知らないけど。
そして教会の大扉の前に、たどり着いた。
「ミキくん」
蓮次に呼び止められ、振り向く。
「もしキミが失敗しても、たとえ屍になろうと、後のことはボクがすべて請け負う――だから、まあ……やれるだけ、やってみなさいよ」
「……はい!お願いします!」
それはなによりも、心強い言葉だった。
――そう。私は、失敗したっていい。頼りになる、社長がいるから。
だから、アタシは精一杯、やりたいように、やってやろうじゃん。
死んだらどうしよう……なんて、考えるな。そんなの、死んでから考えろ。
「ふふ、いい返事だ」
蓮次は胸ポケットから、さっき仕舞ったたばこを取り出して、高く掲げる。すると、銃弾がたばこの先端ギリギリをかすめ飛んで、火が付き、それを咥えた。
それを見て、アタシは自然と口角が上がり、前へ向き直る――覚悟は、もうできた。
教会の大扉を――思いっきり、蹴飛ばしてやった。
――大扉が壊れる勢いで開くと、教会の中ではまさに、結婚式の最中だった。
そこには、まだ残っていた数人の黒服たちと、ベールで顔が隠されていて分からない、ウエディングドレスを着た女と――車いすに座らされ、いまだ眠りにつく、タキシード姿の皓太郎だ。
「……お前ら、何を……やってんだぁ!!」
アタシは、激昂した。
眠った人間を勝手に式に連れ出して、寝てる間に愛の誓いを済まそうだなんて……皓太郎の気持ちを完全に無視した、手前勝手な行為だからだ!
祭壇にいる神父の格好をした男が、叫んだアタシを見て、わざとらしく言う。
「アア……汝ラ、迷エル子羊ヲ、撃チナサァイ……アーメン」
黒服たちが、その男の呼びかけに応じて、銃を構えた。
アイツは……!
路地裏で操が倒したハウザーと初めにいた、白人の男だ!それから、あのアラビア系の女も、そばで控えている。
そして黒服たちは、一斉に撃ち始めてきた。
「ちっ……!」
すかさず姿勢を屈めて、並べられている長椅子で視界を遮るようにして駆け抜ける。
皓太郎たちに近づこうと試みるも、近づけば近づくほど、銃撃が激しくなる……どうやって、近づけばいい?
考えろ……考えろ……!
「……あっ!待てっ!!」
考えあぐねているうちに、神父姿の男と花嫁一行は、眠ったままの皓太郎を連れて、奥に続く扉へと逃げていく。その殿を務めるように、路地裏でアタシの足に弾を打ち込んだ、あの女もついていった。
「コータロー!!」
「……」
叫んでも、皓太郎が目を覚ますことはなかった。
銃撃も、いまだ止みそうにない……けどこのまま、モタモタしてらんない!
……策を弄するより、ここは多少強引にでも、突破するのがアタシらしい……か。
「う、ぐぅぅぅ……おりゃあ!!」
「ぐあぁ!!」
吹っ切れたアタシは、固定されていた長椅子を無理やり引き剝がして持ち上げると、黒服たち目掛けて投げ飛ばした。他の黒服が驚いている隙に、飛び蹴りをかまして一人をぶっ飛ばし、別の長椅子をまた持ち上げては、ぶん回したり、盾にしながら突っ込んだ。
――そんな風に黒服たちを一人残らず蹴散らし、急いで扉の前に行く。そしてやにわに、扉を開けた。
「コータロー……!」
そこは、広い通路につながっていた。天井は豪奢なステンドグラスで、軽い立食パーティーならできそうなほど、立派な通路だ。天井から太陽光を取り込んで、色とりどりの光が乱反射して壁に映し出されている。できることなら、しばらく足を止めて、じっくりと眺めていたいものだが……、
「早速……リベンジマッチってわけね」
「……フフッ」
一人だけ、アタシを迎え撃つために待機していたのは――あの、リボルバー使いの女だ。皓太郎たちは、すでに先へと進んでいた。
アタシはさっきの借りを返せると不敵な笑みを、そして女は舌なめずりをして妖艶な笑みを――それぞれ浮かべていた。
※
この国の女の子って、案外タフなんだな……。
さっき、路地裏で足を撃ち抜いたはずの少女が、こうしてまた現れるんだから。
好戦的にほほ笑む彼女に、私は嬉しくて、つい唇を濡らした。
弾を受けたはずの足は……すぐに治る傷ではないはずが、走り回っていた姿を見た限り、もう問題はなさそうだ。たった数時間で、どうやって回復したのだろうか?
それに、
「ワァオ……」
曝け出している白くて綺麗な右足には、何かタトゥーのような、魅惑的な紅い痣――あれが、何か関係しているのだろうか?
でも、一番変わったのは、そこじゃない。狼狽えていた先ほどまでとは違う、覚悟のある、その目――野生の獣のような、今にも取って食われそうな、強食の目……なんだか見つめ合うと、下半身がムズムズしてくる。
ああ……こういう感覚は、あの頃を思い出す……!
私は子どもの頃、小さな町で神童と呼ばれていた。他の子より数学が得意なことで、そのことが誇りでさらに好きになって、どんどん先の勉強をした。親にとっても、自慢の娘だったはずだ。
でも――十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人。
段々と、他の子と大差がなくなっていた。周りが見えてくるようになると、私よりもすごい人間なんていくらでもいることを知り、グレるきっかけになった。
父親の書斎から趣味で持っていたリボルバーをくすねては、町で喧嘩になった時には男どもに発砲してやった。暴力で他人を従えさせようとする奴らには、さらなる力で恐怖を与えてやった。さっきまで強気な顔して殴ろうとしていたやつが、痛みと恐怖で逃げようと必死こく姿を見たときは、タバコや薬物よりもキマッた。
そんな、町のチンピラに成り下がった私には――大事な、ガールフレンドがいた。
初めて好きになったのは……彼女の優しい声。それから黒い真珠のような瞳。彼女のつやのある髪。やわらかい唇と傷一つないきれいな肌……細い腰に、形のいい乳房。そんな彼女の、すべてが好きだった。
――だけど、私には抑えきれない悪癖があった。
それは、気持ちが高ぶってしまうと、すぐ発砲してしまう癖だ。男に殴られてキレたとき、考えなしに撃ちまくっていた。
そんな悪癖が、大切な彼女を、傷つける結果となった。
その日の夜も、ベッドで二人過ごしていた時、いつも以上に気持ちが高ぶってしまった私は、家中に発砲してしまった。驚く彼女に、私は発砲したばかりの熱せられた銃口を……彼女の、中に……。
そして彼女は、とんでもない傷を負ってしまった。泣き叫ぶ彼女の姿を最後に、大人たちに引き離された私は、二度と会うことは許されなかった。
それからは、家族に勘当され、町からも追い出された……教義を破ったのがバレたのだから、当然のことだ。そもそも、好きになった相手を愛せない教えなんて、信じてすらいなかった。
――そんな私には、アウトローになる道しか、残されていなかった。
でも、あの日の夜の出来事を思い出すと、彼女に対して申し訳ない気持ちがあるのと同時に……とてつもなく、興奮してしまうのだ。何度、そのことを思い出しては、味わったことだろうか……!
でも……こんな小さな島国にも、壊しがいのある少女がいるなんて……!
彼女が教会の扉を蹴り破って現れたときは、嬉しくてたまらなかった。
二丁のリボルバーを、取り出して……構えた。
「サック、マイ、ガン……!」
「……!」
それを見た少女は、走り出した。ただ突っ込んでくるのではなく、ジグザグにだ。銃を使う相手との戦い方を、心得ている。
そんな警戒している姿が、可愛くて……嗜虐心をくすぐられる。
彼女からの狙いを外し、引き金を引く。それから、何発も。すべてが壁にぶつかると、跳弾して――彼女の左右から弾が襲い掛かる。
彼女は当然それに気づいて、足を止めた――おしい。あと一歩動いていれば、頬とふとももを撃ち抜いていたのに。
二丁のリボルバーとも、跳弾用のよく跳ねる弾に変えていた。この通路なら、面白いように跳ねてくれるだろう。昔取った杵柄というやつで、どの角度でどこに打ってどのように跳ぶか、計算と経験のおかげで、得意だった。
それからも近づけさせないように、彼女を狙い続けた。
乱れ撃ち、床や壁を使っての四方八方からの跳弾――しかしそれらをことごとく、彼女は避けきった!
視界から外れている弾でも、聴覚が優れているからなのか、気づかれてしまっている……どうやら彼女は、私を焦らすのが得意のようだ。
それにどういう事なのか、かすり傷を負っても、すぐに傷が塞がってしまっている……おかしい!
それと、普通の人間なら絶対に食らっていたはずの跳弾も避ける、尋常ではない身体能力……先ほど路地裏で戦っていたのを見た時とは、本当に別人みたい。
でも、跳弾を避け続けるということは、当たれば確実にダメージになる、という証明だ。サイボーグや不死身というわけではなさそうだ。
そうだとしても、決定打がない。弾だって無限ではない。尽きてしまえば、いずれ彼女に倒されるのは明らか……。
なら、ここは大胆に……彼女の、急所を突こう。
「……!」
少女は、驚きの表情を見せた。
――それもそのはず。彼女への攻撃をやめ、数発、天井のステンドグラスに向けて撃ったのだから。砕け散る音とともに、天井からガラスの破片が大小と降り注いでくる。
……生娘には、大人の余裕を見せて、こちらが主導権を握ってあげるべきだ。
一丁をホルダーに戻し、もう一丁は、空になった薬莢を輩出する。あえて隙を晒し、時間をじっくりとかけ、一発だけを装填する――鼻息荒く、ゴムを急いでつけようとしているようでは、雰囲気が台無しだ。
「……んにゃろう!!」
攻撃の手をやめた私を見て、彼女は降り注ぐガラスの中を、傷つきながら突っ切ってくる……なんと健気で、たくましい女の子だ。
だけど、この楽しいひと時も、そろそろ御終い。
私は彼女を見つめる――その背後から、何が迫っているのかも知らない、無垢な少女を。
この砕け落ちるガラスに紛れるように、まだ一発の跳弾が真後ろからやってくることを、彼女は気づいていない。
ステンドグラスを撃った時に、一発だけは跳弾するよう秘かに放っていた。その後はステンドグラスの割れる音で、跳弾の音も搔き消される。
しかし、跳弾を繰り返した弾の威力は、落ちていくものだ。その一発が、彼女に当たったところで、大したダメージにはならないかもしれない。
でも……それでもいい。
強気な彼女なら、私が再装填している姿を見せれば、突っ込んできてくれるだろう。そして迫ってくる彼女に、跳弾が当たれば――『誰かが背後から撃ってきた……!』――そんな風に一秒でも動揺した瞬間、避けられない距離で止まった彼女に、この一発を撃ち込む。
これが、私の筋書きだ。
……距離二メートルを、切った。想定より速いスピードだけど、近ければ近いほど、私にとっては有利だ。
もうすぐ、彼女の背中に着弾するだろう。笑いそうになるのを堪えて、装弾を終わらせると――彼女が、消えた……!
「ワッツ……!」
いや、違う!一気に接近すると、素早く身を低くしたのだ!
そして、後ろを振り向いていた――気づいたのか、後ろの跳弾に……!?
しかしどのみち、私の前で背中を向けたのは、間違いだ。
銃口を彼女に向けたが、
「ッ!!」
彼女は避けるために、背を向けたのではない!これは……回し蹴りだ!!
彼女の右足が、頭に伸びてくる――、
「シット!!」
動揺させられたのは……まさかの私の方だった……!
だが、同士討ちにはなるけど、この一発だけでも、彼女にぶち込んでやる……!
「……!ッ!」
そう意気込んだ私……だけどしかし、私は引き金を、引くことができずにいた。
彼女の迫りくる右足に――紅い痣に、魅入られていた。
そして一瞬――紅い花びらが、その足から零れ出たように、見えたのだ。
私は、それに……、
「ファッキン、ビューティフ……」
「どらぁ!!」
見惚れていたせいで、回し蹴りを顔面でモロ―それから、高速道路を降りて、下道を走っていた。たどり着いた場所は、有名な別荘地だった。まだオフシーズンだからか、出歩いている人の数は少なく、閑静な住宅地を抜けていく。それからさらに人気のない、山の奥まで登っていく。
蓮次は、爆音で流していたカーステレオを切った……そろそろ、なのだろうか?
「ほら、到着だよ」
「ここは……教会?」
車が山の中の開けた私有地に入り、止まったのは――大きな教会だ。
下の住宅地からは結構離れていて人が集まりにくい、こんなところになぜ教会が?
それから、白くそびえる教会から少し離れた奥の方には、豪華な別邸が建てられている。それもこの教会の持ち主のだろう――そしておそらく、皓太郎を連れ去った犯人の、だ。
「ここに、攫ったやつらがいるんですね……!」
「ああ。……でもその前に、軽くチェックインを済ませなきゃ」
「チェックイン?」
教会の大扉の前で待機している数人の黒服のうちの一人が、怪訝な顔でこちらに向かってくる。……ああ、そういうことか。
「来たっ……!」
「……ボクに任せて」
身構えたが、蓮次が手でアタシを制す。……ここは蓮次に、任せよう。
「おいっ!ここは私有地だ!来た道を戻……」
「どうして?今日は結婚式だろう?ボクは、お呼ばれしてきたんだから」
「なんだと?……ちょっと待て」
蓮次の口からでまかせに、黒服はインカムで確認を取ろうとしたが、
「あ、分かった分かった……ほら、これでいいかい?」
「ああ?」
お金を差し出した。
「なんだこれは?賄賂のつもりか?」
「賄賂?何のことだい?」
蓮次は車のエンジンを切って、車を降りた。アタシも続いて降りる。
「ようするに、チップが欲しいってことだろ?……ボーイさん」
「て、てめぇ……!」
「キミ、ボクの車は高級車なんだ。気を付けて駐車してくれたまえよ……ほら、車のカギ」
そう言って、黒服に向かって車のカギを放り投げた。
黒服は反射的に、それを受け取ろうと両手を出した。
「おいおい、それで警備が務まるのかい?」
「――はっ!!」
蓮次は黒服の腕をつかむと、地面に組み伏せた。
「ぐぁっ……!」
「よっと」
うつ伏せになった黒服の背中の上に、ドシッと座る。首筋の後ろに、拳銃を突き付けて。
「動いてもいいよ~。推奨は、しないけど」
「ひ、ひっ……!」
「貴様!なんのつもりだ!!」
遠くから眺めていた他の黒服たちも、事態が急変したのを見て、慌てて拳銃を取り出し、構えたが、
「侵入者だ!銃を――」
「うわっ!!」
「な、なんだっ!!」
黒服たちの構えた拳銃は、すべて弾け飛んだのだ――よく見ると、どの拳銃にも、貫通した跡ができていた。だけど、それをやったのは、蓮次じゃない。いまだ押さえつけている黒服に、拳銃は突き付けたままだ。
「これって、もしかして……」
――噂だが、聞いたことがある。蓮次の周囲には常に、六人の狙撃手が見守っている、と。確か、《シリンダー》と呼ばれる存在。その存在は《イクイプメント》の社員ですら、実際に見た者はおらず、真相は謎。アタシたちの今いる所は、山の開けた場所で、周囲はさらに高い山しかない。少なくとも、五百メートルは離れていて、こちらからは目視で確認できそうにない。
蓮次は他の黒服たちには一瞥もくれず、捕えた黒服に、何やら指示をしていた。
「――さあ、どうぞ?」
黒服は、理解できないという表情をしていたが、首筋に突き付けられている拳銃がグイっと押し込まれると、ビクビクしながら実行した。
「こ、こちら、正門。し、侵入者が、現れた。至急、応援を頼む……く、繰り返す、こちら――」
なんと黒服は、インカムで仲間に呼びかけたのだった。
「ちょ、ちょっと、社長!」
黙って事の成り行きを見ていたアタシも、これには口を挟んだ。
「な、なんてことさせちゃってんですか!仲間なんて呼ばせたら、面倒じゃないですか!?」
「いーの、いーの」
蓮次はいつもの調子で、取り合わない。
「あちこちいられるより、まとまってくれた方が楽でしょう?」
「そんな、無茶苦茶な!」
「ふーんだ。ミキ君は、ボクのこと信じてないんだ?ボクってば、弱いと思われてる?」
「そ、そんなんじゃ……」
「それじゃあ、いい子だから、ボクの後ろに下がって。これ、しゃちょーめーれー」
「……」
「おいっ、いたか!!」
そしてぞろぞろと、武器を構えた黒服たちが駆けつけてきた。
不満たらたらだけど、ここは蓮次の言う通り、彼の背後に回った……しかしこの状況、どうするつもりだ?この男。
「大丈夫。こんなやつら束になったって、ボクが相手するまででもないんだから」
不敵に笑い、倒れている黒服の首根っこを掴んで立たせると、集まった黒服たちに言い放つ。
「なーに、ぼさっとしてんの?ボクがキミらの雇い主なら、速攻クビだよ?ク・ビ……武器を手にした侵入者が現れたんならさ、すぐさま射殺しなきゃ?アホなの?」
「……はあぁぁ」
この男は……。
ド直球の煽り文句に、ため息しかでなかった。
「ひ、ひぃぃぃ……!」
いまだ銃を突き付けられている黒服は、その発言に情けない悲鳴を上げていた。
「……っ!う、撃てぇっ!!」
蓮次に発破をかけられた黒服の誰かがそう叫ぶと、全員が身構え、引き金に指をかける。
……本当にどうすんの!これ!?
アタシは慌てて、力を使おうと右足のリングに手をかけたが――真横を通り抜けていく、影があった。それは、タオだ。どこからともなく現れたかと思うと、黒手袋を両手にしながら、アタシたちの前に立った。
「タ、タオさん!?」
アタシが驚きの声を上げると、ニコリと、いつもの笑顔で一瞬振り返ってみせた。
そして――数多の銃弾が、私たち目掛けて放たれてしまった。
タオが、ハチの巣にされてしまう!
「――!」
しかし、タオは目にも止まらぬ速さで――なんと素手だけで、銃弾を捌いていた!
「う、うそでしょ……!?」
銃弾を掴むと、衝撃を逃がすようにすぐに後ろに振り抜き、また戻しては銃弾を掴む、を繰り返した。銃弾を掴むことでさえ、ほとんど不可能に近いのに、タオ自身やアタシたちに当たるものだけを的確に判断した上で、何十発と銃弾を受けきった――ありえないその光景に、開いた口が塞がらない。
「あー!車に傷ついちゃったよ!」
蓮次はその光景は当たり前だと、タオに労いの言葉すらかけない。
銃声が止むと、辺りは静けさを取り戻した――アタシたちの誰も、かすり傷一つ負わなかった。
「あ、ああ、あ……」
「おっと、ばっちぃ」
人質にしていた黒服は失禁し、気絶していた。蓮次はポイっと放り投げた。
「どういうことだ、これは……!」
タオのその光景を目撃した黒服たちは、アタシと同様に「嘘だろ」と、困惑していた。これだけの数がいるのに、誰一人弾を当てることができなかったのだ。戦意喪失も、仕方がない――相手が、悪すぎる。
「ち、ちくしょう……!」
それでもまだ、懲りずに撃とうとする者がいた。しかし、タオがまだ手にしていた銃弾を指で弾くと、その黒服の銃口に寸分違わずに入った。そして同タイミングで引き金を引いてしまい――拳銃は、暴発した。
「があぁぁぁあぁぁ!!」
指が数本、持っていかれたようだ。
「やれやれ……やりすぎだよ、タオ君。みんなドン引きしちゃってるよ。ここは茶目っ気でも出して、二、三発ぐらいくらってた方が、人間味あって、可愛げあるよ?」
困り笑顔でタオは、蓮次に頭をペコペコ下げていた。……いや、そんな茶目っ気、出しちゃダメだろ。
それよりも、初めてタオの実力を目の当たりにしたことに、いまだ驚きを隠せない。弾丸を的確に掴める動体視力に、それを捌き切れる反応速度と身体能力。さすが、あの蓮次の側近を務めているだけはある……蓮次同様、この人も、底が知れないな。
「いいかい、キミら」
蓮次が、黒服たちに呼びかけていた。
「ボクらとキミたちとでは戦力に差がありすぎることは、痛感してもらえたと思う。だからこれから先は、ボクの言う通りにしてほしい。抵抗すれば頭を打ち抜くし、逃げようとすれば足を貫く。……息をするぐらいは、まあ、許すけど、一歩でも動いたら……さあどうなるかな?どうせ、今日の給料はもらえなくなるんだ。それならせめて、五体満足でお家に帰りたいだろう?」
「う、うぅ……」
その脅しに、この場に集まった何十人もの大の男たちが、動けなくなってしまったのだ。
完全に、この場を支配してみせた。
これが、《アンタッチャブル》鷺沼蓮次のやり方、か……。
「……さあ、ミキ君。僕のお膳立てはここまでだ。ここから先は、キミの出番だよ」
アタシはそれに、ハッとした。目の前で起こった事すべてに圧倒されすぎて、ぼさっとしていた。
蓮次の言葉に、タオも優しく頷く。
「社長、タオさん……」
……そうか。
蓮次は、これから一人で皓太郎を助けに行くアタシの負担を少しでも減らすために、あえて黒服たちを呼び寄せたのか。
まだまだ未熟な、アタシのためにここまで……二人とも、少し過保護すぎるんじゃない?
「準備はいいかい?」
「……ちょっとだけ、時間ください」
「いいよ。これから王子様を迎えに行くんだ。存分におめかしするといい」
「ふふ……攫われた王子様を助けるなんてこと、フィクションだけだと思ってましたよ」
そんなくだらないジョークにも、少しは返せる余裕ができていた。二人には、本当に感謝しかない。
……よし、と、呼吸を整える。
まず制服のタイを外して、鬱陶しい長い髪を束ねる。動くのに邪魔だ。ついでにブレザーも脱いだ。ブラウスの袖をまくる。
そうして最後に――右足のリングを、外した。
《天授具》の、解放。
全身に、熱い血が巡るのが分かる。まるで、心臓に溶かした鉄を流し込むような感覚――やっぱり、一生この感覚は、好きになれそうにない。……でも今は、この感覚が頼もしく、そして心強い。
リングを外したことで、止めていた包帯が、ぐるぐると解ける。足首から長く垂れた状態になってしまったが、取り外している暇はない。
紅い――鳳仙花のような痣が、衆人環視に晒される。
まだ怖くて、この右足に対する抵抗感はあるけど――こんなことで、いちいちためらってどうする!宿木幹!
アタシがあの時、ためらったせいで、皓太郎は捕まってしまった。彼を救うには、この力に、頼るしかない――そう考えることで、体のこわばりが少しだけ和らいだ。この右足が、何かの役に立てるのだから。
――これから我が身一つでやろうとしていることは、あまりにも愚かで、無謀なことだ。
救い出すのは、ただ一人。他は――すべて敵!向かってくるなら、叩きのめすのみ!
目的はこれぐらい、シンプルな方がスッキリしていい。
「いってきます……社長、タオさん」
――ここから先は、私の仕事だ。
するとタオが、まるで召使のように畏まったお辞儀をして、アタシに道を開けた。アタシはそれに、力強く頷く。一歩も動けない黒服たちの間を縫うように、通り抜けていく。
アタシが通過した後、誰かが「……チッ」と舌打ちをした。すると――、
「が、がぁぁぁ!!」
背後で、悲鳴を上げた。その黒服は、顎を撃ち抜かれたのだ。
発砲したのは――蓮次だ。
「子どもの前でそんな下品なこと、やめてくれる?ボクはこの世で二番目に、舌打ちが嫌いなんだからさ」
「「……っ!!」」
先ほどの言葉も冗談ではなく、この男の言う通りにしなければ、次は自分がそうなるかもしれないと、ほかの黒服たちのいい見せしめとなった。
全員が体を硬直させ、息をのむ緊張感まで、こちらに伝わってくる。少し気の毒だけど、蓮次も鬼ではない。彼の不興を買わなければ、無事に帰れるだろう……知らないけど。
そして教会の大扉の前に、たどり着いた。
「ミキくん」
蓮次に呼び止められ、振り向く。
「もしキミが失敗しても、たとえ屍になろうと、後のことはボクがすべて請け負う――だから、まあ……やれるだけ、やってみなさいよ」
「……はい!お願いします!」
それはなによりも、心強い言葉だった。
――そう。私は、失敗したっていい。頼りになる、社長がいるから。
だから、アタシは精一杯、やりたいように、やってやろうじゃん。
死んだらどうしよう……なんて、考えるな。そんなの、死んでから考えろ。
「ふふ、いい返事だ」
蓮次は胸ポケットから、さっき仕舞ったたばこを取り出して、高く掲げる。すると、銃弾がたばこの先端ギリギリをかすめ飛んで、火が付き、それを咥えた。
それを見て、アタシは自然と口角が上がり、前へ向き直る――覚悟は、もうできた。
教会の大扉を――思いっきり、蹴飛ばしてやった。
――大扉が壊れる勢いで開くと、教会の中ではまさに、結婚式の最中だった。
そこには、まだ残っていた数人の黒服たちと、ベールで顔が隠されていて分からない、ウエディングドレスを着た女と――車いすに座らされ、いまだ眠りにつく、タキシード姿の皓太郎だ。
「……お前ら、何を……やってんだぁ!!」
アタシは、激昂した。
眠った人間を勝手に式に連れ出して、寝てる間に愛の誓いを済まそうだなんて……皓太郎の気持ちを完全に無視した、手前勝手な行為だからだ!
祭壇にいる神父の格好をした男が、叫んだアタシを見て、わざとらしく言う。
「アア……汝ラ、迷エル子羊ヲ、撃チナサァイ……アーメン」
黒服たちが、その男の呼びかけに応じて、銃を構えた。
アイツは……!
路地裏で操が倒したハウザーと初めにいた、白人の男だ!それから、あのアラビア系の女も、そばで控えている。
そして黒服たちは、一斉に撃ち始めてきた。
「ちっ……!」
すかさず姿勢を屈めて、並べられている長椅子で視界を遮るようにして駆け抜ける。
皓太郎たちに近づこうと試みるも、近づけば近づくほど、銃撃が激しくなる……どうやって、近づけばいい?
考えろ……考えろ……!
「……あっ!待てっ!!」
考えあぐねているうちに、神父姿の男と花嫁一行は、眠ったままの皓太郎を連れて、奥に続く扉へと逃げていく。その殿を務めるように、路地裏でアタシの足に弾を打ち込んだ、あの女もついていった。
「コータロー!!」
「……」
叫んでも、皓太郎が目を覚ますことはなかった。
銃撃も、いまだ止みそうにない……けどこのまま、モタモタしてらんない!
……策を弄するより、ここは多少強引にでも、突破するのがアタシらしい……か。
「う、ぐぅぅぅ……おりゃあ!!」
「ぐあぁ!!」
吹っ切れたアタシは、固定されていた長椅子を無理やり引き剝がして持ち上げると、黒服たち目掛けて投げ飛ばした。他の黒服が驚いている隙に、飛び蹴りをかまして一人をぶっ飛ばし、別の長椅子をまた持ち上げては、ぶん回したり、盾にしながら突っ込んだ。
――そんな風に黒服たちを一人残らず蹴散らし、急いで扉の前に行く。そしてやにわに、扉を開けた。
「コータロー……!」
そこは、広い通路につながっていた。天井は豪奢なステンドグラスで、軽い立食パーティーならできそうなほど、立派な通路だ。天井から太陽光を取り込んで、色とりどりの光が乱反射して壁に映し出されている。できることなら、しばらく足を止めて、じっくりと眺めていたいものだが……、
「早速……リベンジマッチってわけね」
「……フフッ」
一人だけ、アタシを迎え撃つために待機していたのは――あの、リボルバー使いの女だ。皓太郎たちは、すでに先へと進んでいた。
アタシはさっきの借りを返せると不敵な笑みを、そして女は舌なめずりをして妖艶な笑みを――それぞれ浮かべていた。
※
この国の女の子って、案外タフなんだな……。
さっき、路地裏で足を撃ち抜いたはずの少女が、こうしてまた現れるんだから。
好戦的にほほ笑む彼女を見て――私は喜びで、つい唇を濡らしてしまった。
弾を受けたはずの足は……すぐに治る傷ではないはずが、走り回っていた姿を見た限り、もう問題はなさそうだ。たった数時間で、どうやって回復したのだろうか?
それに、
「ワァオ……」
曝け出している白くて綺麗な右足には、何かタトゥーのような、魅惑的な紅い痣――あれが、何か関係しているのだろうか?
でも、一番変わったのは、そこじゃない。狼狽えていた先ほどまでとは違う、覚悟のある、その目――野生の獣のような、今にも取って食われそうな、強食の目……なんだか見つめ合うと、下半身がムズムズしてくる。
ああ……こういう感覚は、あの頃を思い出す……!
私は子どもの頃、小さな町で神童と呼ばれていた。他の子より数学が得意なことで、そのことが誇りでさらに好きになって、どんどん先の勉強をした。親にとっても、自慢の娘だったはずだ。
でも――十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人。
段々と、他の子と大差がなくなっていた。周りが見えてくるようになると、私よりもすごい人間なんていくらでもいることを知り、グレるきっかけになった。
父親の書斎から趣味で持っていたリボルバーをくすねては、町で喧嘩になった時には男どもに発砲してやった。暴力で他人を従えさせようとする奴らには、さらなる力で恐怖を与えてやった。さっきまで強気な顔して殴ろうとしていたやつが、痛みと恐怖で逃げようと必死こく姿を見たときは、タバコや薬物よりもキマッた。
そんな、町のチンピラに成り下がった私には――大事な、ガールフレンドがいた。
初めて好きになったのは……彼女の優しい声。それから黒い真珠のような瞳。彼女のつやのある髪。やわらかい唇と傷一つないきれいな肌……細い腰に、形のいい乳房。そんな彼女の、すべてが好きだった。
――だけど、私には抑えきれない悪癖があった。
それは、気持ちが高ぶってしまうと、すぐ発砲してしまう癖だ。男に殴られてキレたとき、考えなしに撃ちまくっていた。
そんな悪癖が、大切な彼女を、傷つける結果となった。
その日の夜も、ベッドで二人過ごしていた時、いつも以上に気持ちが高ぶってしまった私は、家中に発砲してしまった。驚く彼女に、私は発砲したばかりの熱せられた銃口を……彼女の、中に……。
そして彼女は、とんでもない傷を負ってしまった。泣き叫ぶ彼女の姿を最後に、大人たちに引き離された私は、二度と会うことは許されなかった。
それからは、家族に勘当され、町からも追い出された……教義を破ったのがバレたのだから、当然のことだ。そもそも、好きになった相手を愛せない教えなんて、信じてすらいなかった。
――そんな私には、アウトローになる道しか、残されていなかった。
でも、あの日の夜の出来事を思い出すと、彼女に対して申し訳ない気持ちがあるのと同時に……とてつもなく、興奮してしまうのだ。何度、そのことを思い出しては、味わったことだろうか……!
でも……こんな小さな島国にも、壊しがいのある少女がいるなんて……!
彼女が教会の扉を蹴り破って現れたときは、嬉しくてたまらなかった。
二丁のリボルバーを、取り出して……構えた。
「サック、マイ、ガン……!」
「……!」
それを見た少女は、走り出した。ただ突っ込んでくるのではなく、ジグザグにだ。銃を使う相手との戦い方を、心得ている。
そんな警戒している姿が、可愛くて……嗜虐心をくすぐられる。
彼女からの狙いを外し、引き金を引く。それから、何発も。すべてが壁にぶつかると、跳弾して――彼女の左右から弾が襲い掛かる。
彼女は当然それに気づいて、足を止めた――おしい。あと一歩動いていれば、頬とふとももを撃ち抜いていたのに。
二丁のリボルバーとも、跳弾用のよく跳ねる弾に変えていた。この通路なら、面白いように跳ねてくれるだろう。昔取った杵柄というやつで、どの角度でどこに打ってどのように跳ぶか、計算と経験のおかげで、得意だった。
それからも近づけさせないように、彼女を狙い続けた。
乱れ撃ち、床や壁を使っての四方八方からの跳弾――しかしそれらをことごとく、彼女は避けきった!
視界から外れている弾でも、聴覚が優れているからなのか、気づかれてしまっている……どうやら彼女は、私を焦らすのが得意のようだ。
それにどういう事なのか、かすり傷を負っても、すぐに傷が塞がってしまっている……おかしい!
それと、普通の人間なら絶対に食らっていたはずの跳弾も避ける、尋常ではない身体能力……先ほど路地裏で戦っていたのを見た時とは、本当に別人みたい。
でも、跳弾を避け続けるということは、当たれば確実にダメージになる、という証明だ。サイボーグや不死身というわけではなさそうだ。
そうだとしても、決定打がない。弾だって無限ではない。尽きてしまえば、いずれ彼女に倒されるのは明らか……。
なら、ここは大胆に……彼女の、急所を突こう。
「……!」
少女は、驚きの表情を見せた。
――それもそのはず。彼女への攻撃をやめ、数発、天井のステンドグラスに向けて撃ったのだから。砕け散る音とともに、天井からガラスの破片が大小と降り注いでくる。
……生娘には、大人の余裕を見せて、こちらが主導権を握ってあげるべきだ。
一丁をホルダーに戻し、もう一丁は、空になった薬莢を輩出する。あえて隙を晒し、時間をじっくりとかけ、一発だけを装填する――鼻息荒く、ゴムを急いでつけようとしているようでは、雰囲気が台無しだ。
「……んにゃろう!!」
攻撃の手をやめた私を見て、彼女は降り注ぐガラスの中を、傷つきながら突っ切ってくる……なんと健気で、たくましい女の子だ。
だけど、この楽しいひと時も、そろそろ御終い。
私は彼女を見つめる――その背後から、何が迫っているのかも知らない、無垢な少女を。
この砕け落ちるガラスに紛れるように、まだ一発の跳弾が真後ろからやってくることを、彼女は気づいていない。
ステンドグラスを撃った時に、一発だけは跳弾するよう秘かに放っていた。その後はステンドグラスの割れる音で、跳弾の音も搔き消される。
しかし、跳弾を繰り返した弾の威力は、落ちていくものだ。その一発が、彼女に当たったところで、大したダメージにはならないかもしれない。
でも……それでもいい。
強気な彼女なら、私が再装填している姿を見せれば、突っ込んできてくれるだろう。そして迫ってくる彼女に、跳弾が当たれば――『誰かが背後から撃ってきた……!』――そんな風に一秒でも動揺した瞬間、避けられない距離で止まった彼女に、この一発を撃ち込む。
これが、私の筋書きだ。
……距離二メートルを、切った。想定より速いスピードだけど、近ければ近いほど、私にとっては有利だ。
もうすぐ、彼女の背中に着弾するだろう。笑いそうになるのを堪えて、装弾を終わらせると――彼女が、消えた……!
「ワッツ……!」
いや、違う!一気に接近すると、素早く身を低くしたのだ!
そして、後ろを振り向いていた――気づいたのか、後ろの跳弾に……!?
しかしどのみち、私の前で背中を向けたのは、間違いだ。
銃口を彼女に向けたが、
「ッ!!」
彼女は避けるために、背を向けたのではない!これは……回し蹴りだ!!
彼女の右足が、頭に伸びてくる――、
「シット!!」
動揺させられたのは……まさかの私の方だった……!
だが、同士討ちにはなるけど、この一発だけでも、彼女にぶち込んでやる……!
「……!ッ!」
そう意気込んだ私……だけどしかし、私は引き金を、引くことができずにいた。
彼女の迫りくる右足に――紅い痣に、魅入られていた。
そして一瞬――紅い花びらが、その足から零れ出たように、見えたのだ。
私は、それに……、
「ファッキン、ビューティフ……」
「どらぁ!!」
見惚れていたせいで、回し蹴りを顔面でもろに受けてしまい――右足を振りぬかれると、壁にまで吹き飛ばされた。
……この国には、こんなに強くて、魅力的な女の子がいるのか。
「ジ……ジーザァス……」
たまんないなぁ……。
※
「あっ……ぶねぇー」
回し蹴りを食らわした直後、すぐ頭上を弾丸が通り抜けていったので、びくりとした――まったく、気づかなかった!
弾丸はちょうど束ねていた部分を通過し、髪は短くなって解けてしまったけど……ちょうどいい。この方が、動きやすくていいや。
――それよりも、だ。
なんでアタシは、回し蹴りなんかをしようとしたのか、分からない。リボルバーを構えてる相手の前で背中を晒すなんて自殺行為に等しいのに、それでも、体が勝手に動いていた。
おそらくだけど、第六感というやつが、私に回し蹴りを選択させたんだ。真後ろからくる弾丸を避けると同時に、攻撃も行える、最適解だ。
《天授具》のおかげで、五感も研ぎ澄まされてきているのが、分かる。時間が経つにつれて、体中が熱くなっていくのと同時に、身体能力が増してきている。そのおかげで、彼女の弾丸もすべて避けきることができた。
――しかし、この力は、諸刃の剣だ。
このままだと、全機能が停止してしまうからだ。
アドレナリンが過剰に分泌されることで、異常に耐えられなくなった脳がシャットダウンするように、突然気絶してしまう。そうなれば、敵の目の前で倒れたアタシの命はないだろうし、皓太郎も助けることはできない――だから、時間との勝負でもある。
「ぶるるるるぅ……」
頭に積もったガラスの破片を、頭を振って払い落とした。体にもいくつか食い込んでしまったが、進みながら取っていこう。
壁の方に、視線を注いだ。……それにしても、この女、だいぶ手強かった。
四方八方からくる弾丸を避けるのに精一杯で、全然近づけず、長期戦も覚悟したけど……こうしてあっさりとケリがついて、本当に良かったと思う。
なんか、蹴り飛ばす前につぶやいていたようだけど?……いや、今はそんなことより、
「は……はやく……行かなきゃ……!」
少し、頭がクラクラしてきた。全身の熱に浮かされているようだ。
今の私は、軽トラックに、スーパーカーのエンジンを載せているようなもの――いつも以上の力を出せるものの、使い続けていれば、体がもたなくなってくる。
どのみち、他に頼れる力を持たないアタシには、この力を――《天授具》を使うしかない。泣き言は、言ってられないんだ。
吹き飛ばした女が気絶しているのを確認し、先を急ぐ。
どうやら皓太郎たちは、通路のさらに向こう側――外からも見えていた、別邸の方に入っていったようだ。
「待っててよ……コータロー……!」
扉を開け、別邸に足を踏み入れた……。




