虎の威を剥奪う者
風を浴びるように、高速道路を爆速で突き進んでいく。フロントガラスはあるものの、オープンカーなので髪がものすごく靡く。
「……フゥー、……フゥー」
心身を少しでも回復するため、全身に力を入れた後に、息を吐きながら脱力する――筋弛緩法というやつだ。アタシはひたすら、それを繰り返していた。
「ふん、ふふーん♪」
隣の蓮次は、鼻歌交じりに運転していた。まるでドライブ、なんて気分で……いかん、自分のことに集中しよう。
すると、一台の車が急に割り込むように、前方に進路変更してきた。あからさまに遅いスピードで、ミラー越しにこちらを見てへらへらしている。煽り運転だ。
「……」
蓮次はどうするのだろうと静観していると、懐から拳銃を取り出した……何やら不穏だ。
「ふん、ふふん、ふふんふふふん♪」
間髪入れず、前の車のミラーを打ち抜いた。何事かと驚いた運転手は急ブレーキをかける。続けて、後輪に弾を打ち込んだ。パン!と破裂音を立ててパンクし、車体が一瞬浮くと、急停車した――それをするりと横に避け、何事もなかったように通過していった。
運転手は、ただ呆然とした顔をしていた……かわいそうに。今度から煽る時は相手を選べよ。またやる度胸があるならな。
その後も制限速度超過で、何度もフラッシュがたかれたが、蓮次は構わず突き進んだ。
「えぇ……」
いくら先を急いでいるとはいえ、こんなことが許されるのだろうか?
十分後には……ほら来た。サイレンを鳴らす白バイが、後方から追ってくる。
スピード違反か、さっき起こした事故か、はたまた拳銃をぶっ放した件か。心当たりがありすぎるが……冷静に考えると、全部か。
「『そこのオープンカー、止まりなさい』」
白バイはスピーカーで停止を促しつつ、横に並んでくる。
「やあ」
蓮次はそれを、片手を上げて挨拶するだけで、スピードは落とさない。止まる気は、ないらしい。
だけど警察官は、蓮次の顔を見て「……ハッ!」とすると、サイレンを止め、スピードを落としてどんどんと離れていった。お咎めは、なしだった。
それはなぜか?――理由は彼が、「鷺沼蓮次」に他ならない、からだ。
《アンタッチャブル》――彼の数ある《通り名》の一つに、そう呼ばれるのがある。
正式名称は、「公務執行協力者ならびに、公的接触不可能者」――接近禁止者だから、《アンタッチャブル》。この国の行政が定めた、人格、精神鑑定、身体能力、功績、など、すべての項目でクリアした人間だけが、その資格を得られる。《アンタッチャブル》として認められたものは、警察署内や事件現場だろうが、いつでも出入りすることができ、勝手に内部資料を読むことや、現場検証することもできる。警察で得られる情報は、何でも手にすることができるのだ。
そして今回のように、スピード違反しようが、発砲しようが、罪に問われることはない。警察の人間は、いかなる時でも、彼の存在を無視しなくてはいけない――この国で彼は、治外法権なのだ。
ただし、警察上層部から直々の依頼――相当厄介な案件が来た時には、優先的かつ、ただ働きしなくてはいけない誓約付き、だが。
この国で三人しか認められていない貴重な存在であり――認めたくはないけど、蓮次はかなりすごい人なのだ。
……これ以上は長くなるので、割愛する。今は、それどころではない。
ふと、蓮次が口を開く。
「コウ君の事だけど……少なくとも、身の安全だけは心配しなくていいよ」
「なんで?だってコータローはあの、《白牙嶺》の……」
そこまで言いかけて、慌てて口を閉じる……しまった。
皓太郎は確か、蓮次からそのことは秘密にしろと言われていたのに、アタシに話したのだ。うっかりそのことを忘れて、蓮次に漏らしてしまった。
「なぁんだ、やっぱり話しちゃったんだね」
「……いや、その」
「あぁ、いいのいいの。コウ君が話すって決めたんなら、ボクが口出すことじゃないし」
にやりとして、
「それより、よっぽど信用されたんだね。彼に」
「……それはどうだか」
ばつが悪くて、顔をそらした。
「ま、その通り。彼は《白牙嶺》の御曹司……「白牙嶺皓」だ。この国の誇る、大財閥のね」
「危険じゃないって、言い切れませんよね?」
「さあ、なんでだと思う?」
「……」
正直鬱陶しいが、何でも聞いてばかりじゃなく、自分で考えるのも必要なことだ。仕方なく頭をひねらせる。
「……大事な人質だからこそ、危害は加えられないって、ことですか?」
「お、いい線。でも残念~……答えはもっと、オカルトなことさ。聞いてない?《白牙嶺》のある噂を」
「噂?」
皓太郎から聞いたことといえば、あの白い髪と黄色い眼のこととか、曾祖母のスズが白虎だとか、だけど……。
「《白牙嶺》の初代当主、「白牙嶺寅彦」は、昔戦争で赴いた土地で、白虎と取り引きを交わしたんだって。嘘か真かは、知らないけど」
皓太郎からは聞いていないことだ。
「白虎との取り引きって、それはどういう……」
「『《白牙嶺》の永久の繁栄を約束する代わりに、生涯に一人の子しか産むことができない』……なんていう、奇妙な誓約さ」
「……なんですか、それは?」
「意味、わかんないよね~……でも事実、寅彦から続く《白牙嶺》の世継ぎは、一世代に一人だけ。寅彦も、その息子も、そのまた息子も……そして、コウ君にも、兄弟はいない」
「そんなの、たまたまじゃ……」
「もちろん《白牙嶺》は、何も手を打たなかったわけじゃない。もしものために、子孫を増やそうと試みたさ。不妊治療や妾を作ったり、なんてのは当然……でも結果は、ダメだった。良い所まで行っても結局は流産。最悪、妊婦ともども、事故に巻き込まれて帰らぬ人に……なんてこともあったそうだよ。虎の子は、どうあがいても一匹しか作れなかったのさ」
「……」
それだけ聞くと、本当に白虎の契約のせいに聞こえなくないけど、ただの偶然が重なって、みんながそう思い込んでいるとしか思えない。
「僕だって、君と同じように信じてないさ……でも実は、もっと面白い話があるんだ」
蓮次は掛けていたサングラスを外して、頭に乗せる。
「キミは見た?コウくんのあの、髪と眼を」
「ええ、まあ」
あの、まさに白虎の出で立ちのような、皓太郎の白い髪と黄色い眼を思い浮かべた。
「あれはね、《白牙嶺》に生まれた人間の証しさ……でもね、子どもができると同時に、あの、白い髪と黄色い眼は、段々と黒く染まっていくんだ」
「え?」
「そして、白い髪と黄色い眼をした子がまた生まれる……白虎の力が、受け継がれるみたいに、ね。一子相伝なんだよ――だからそのせいで、寅彦の子孫たちは、彼の言った白虎の呪いなんてものを、信じてしまうようになった」
「信じられない……」
まるで、別世界の話を聞いている気分になる。
「はは、君んちも、大概だけどね」
「……まあ、そうかもしれませんけど」
蓮次の言う通り、《鳳仙》も大概だけど、《白牙嶺》はさらに上をいっているように思える……よそはよそ、うちはうち、なのかもしれないけど。
アタシがまだ混乱している中、蓮次はため息をつきながら話を続ける。
「はぁ……それからね、こんなの馬鹿馬鹿しくて口にするのも恥ずかしいけどさ……」
「まだ、あるんですか?」
「彼らはね……とてつもなく幸運体質なんだ。命を狙われようと、どんな事故や災害に巻き込まれようとも、今まで無事に助かってきた。それも、白虎の加護のおかげなんだろうね」
「いったいなんなんですか、《白牙嶺》って……!!」
荒唐無稽すぎる!――しかしだからこそ、眩しく輝いて見えて、その光に寄ってくる虫が、現れてしまう。
「そんな《白牙嶺》の子を産めば、生涯安泰は約束される――誰も彼もが、《白牙嶺》の子種を欲しがっている。身代金なんてその場しのぎのはした金より、子づくりした方が掛け金はでかいのさ」
「で、でも、攫った時点で、《白牙嶺》は絶対に許しませんよね!大事な一人息子を攫って、襲って……金なんて、手に入るわけが……」
「言ったろ?《白牙嶺》は生涯に、一人の子しか作れない」
「……」
「つまり、出来てしまえば、その子しか《白牙嶺》の跡継ぎはいなくなってしまう。たとえ母親が犯罪者だろうと、関係ない。《白牙嶺》はそれをなかったことにして、迎え入れるだろうね。《白牙嶺》の子を産んだ、貴重な母親として」
「そんな、馬鹿な……!!」
子どもができたら、誘拐はなかったことになるなんて、ふざけてる!!
《白牙嶺》は存続さえできれば、皓太郎の気持ちなんて、どうでもいいってこと?
それが、《白牙嶺》に生まれてきたものの、定めだっていうの?
――右足を掴む手に、思わず力を込める。
「だからみんな、近づけるチャンスを欲しているんだ。……この噂の真贋は、誰も分からない。しかし、ただの運だろうとも、続いているのは確か。確実に嘘とは言い切れない、見極めきれない現時点では、誰にとっても値打ちがあると見なされるのは、仕方のないことさ」
偶然も続けば、それは必然となる。
でも、そんなことはどうだっていい……!!
「……コータロー」
皓太郎も、アタシと同じような、一族の呪いを抱えていた――それもアタシとは違って、他人から常に狙われ続けるような、厄介なものだ。彼は常に、周りからそんな目で見られてきたのだろう。絶対的な権力と、莫大な富を欲するような、意地汚いやつらから。
それなのにアタシは、自分ばかりが悲劇の主人公だと気取って……ダサすぎ。
皓太郎はそんな素振り、一回も見せなかったのに。
「それにとある決まりで、高校生の三年間、《白牙嶺》の人間は家を出て、一般の高校に通わなくてはいけない。……だから、キミのように護衛をつけて、守らせていたわけ。これは、親御さんからの依頼だ」
それは、初代当主・寅彦が定めた決まりだ。
――つまり、この三年間が、敵にとっても狙い目だった、と。虎穴に入らずんば虎子を得ず――だけど今は、虎穴から出た虎子を捕まえる、絶好の機会。
そしてまんまと、連れ去られてしまったわけ、か……ふがいない。
「……すみません、アタシが、守り切れなかったせいで」
「いいや、君が謝る必要はない。今回の仕事、本来ならミキくん一人で十分だったはずなんだよ。判断を誤ったのは、このボクさ。詰ってくれてもいい。はぁ……まさか、昨日あんなことがあったばっかで、一応と思って急いで帰ってきたんだけど……こんなに短絡的で、思慮の浅い連中だとは思わなかった。せいぜい、コウ君の外堀を埋めてく程度だと、油断していたよ。ボクの裏をかいたことだけは、褒めてもいいかも」
そう言って、顔は笑っているけど……ずいぶんと、イライラしていた。それがアタシのせいでもあるので、わざわざ指摘するつもりはないけど。
蓮次は珍しく、タバコを取り出して咥えた。蓮次がタバコを吸ったところを、今まで見たことがなかったので、少し驚いた。ライターを手に、無意識に蓋をカチカチ鳴らしていると、私の視線に気づいて、タバコに火をつけず、胸ポケットに戻した。
「吸わないんですか?」
「ボクは、子どもの前では吸わない主義なんだ」
――話しを戻す。
「とにかく、コウくんが攫われたことを、嘆いていても戻ってくるわけじゃないんだ。……白虎の加護?呪い?なんてもの信じちゃいないけど、この際、仕事を引き受けた身としてはぜひとも縋りたいね。依頼主に失敗の報告なんて、死んでも嫌だし」
「……」
「《白牙嶺》の加護ったってさ、どこまで守ってくれるんだろうね?命の危険にさらされれば、もちろん守ってくれるんだろうけど……誘拐は防いでくれなかったし、強姦は?彼の貞操は守ってくれるかな?御家の繁栄は約束してくれるけど、そのお相手がどこの誰かまでは、教えてくれないし……もしかしたら運命の相手は、その誘拐犯だったり、ね。だからこうして、急いでいるわけだけど……」
そんなくだらない冗談を言う蓮次を、ぶん殴りたくなるけど――その通りだ。
こうしている間にも、皓太郎は襲われているかもしれない。
子どもをこさえれば、金どころか、権力も一挙両得できてしまうのだから――そんなふざけた話が、あるだろうか。犯罪者が、得をしてしまう話が。
「……るさない」
「ん?」
――でも、私が一番憤りを感じているのは、そこじゃない。
「ぜったいに、ゆるさない……!!」
今――人の気持ちをないがしろにして、理不尽を押し付けようとしているやつらがいる――アタシが、この世で一番嫌いな連中だ。
……アタシと違って、皓太郎のように純粋な存在は、もっと……好きになった人と恋愛をして、家族になって、それから……新たな命を、育んでほしいと思う。
《白牙嶺》として、生涯を決められた生活を送らなくてはいけない彼には、それくらいの権利、許されていいはずだ。
なのに、そんな彼のささやかな幸せさえも、奪われようとしている……!
「フンッ……!」
蓮次の目もはばからず、カバンからビーフジャーキーを取り出して咀嚼する。今は少しでも、回復するための血と肉が欲しい。蓮次がさっき放り投げたハワイ土産も勝手に開けて、貪る。
「ふふ……いいねぇ!若いってのは、そうでなくっちゃ!!」
蓮次はサングラスを掛け直し、カーステレオで音楽を爆音で流す。それはロックな曲で、激しい音が鼓動を高鳴らせる。
必ず、助けてみせるから……!
負けん気という薪を、心の炉にくべて、静かに闘志を燃やしていた。




