譲れない願い
「おろしてっ!……操っ!」
「貴様は……鷺沼、蓮次……!!」
おんぶしたままのアタシを無視して操は、蓮次を睨みつけていた。……以前に二人は一度会っているが、なぜかその時から、操は蓮次を嫌っている節がある。なぜだろう?
「お二人さん、こんな時にお熱いね。ハワイから帰って来たばかりの僕が言うんだから、お墨付きさ」
さわやかな顔でさらりと嫌味を言う……ああ、この感じ、ひさしぶりだ。
「……早く降ろせ、バカっ!」
「……むう」
アタシが背中で激しく暴れるので、操は渋々降ろした……ったく。
「社長!戻ってたんですか!」
「ついさっき空港についたばっか、だけどね」
オープンカーの運転席から、いつも蓮次のそばに控えている、長髪の男が降りてくる。みんからは、「タオ」、と呼ばれる。タオが、誰かと話しているところを見たことも、聞いたこともない。もしかしたら、日本語を話せないのかもしれない。目が合ったので会釈すると、タオは微笑みながら会釈を返してくれた。
「ん?あれは……」
「気にしなくていいよ。ただの地域清掃のボランティアだから」
遅れてトラックがやってくると、オープンカーの後ろに止まった。中から、《イクイプメント》の制服を着た者たちが、裏路地で倒れている不良どもを運び、積み出していた。もちろん、あのハウザーもだ。
彼らへの処遇は、蓮次が決めるらしい……だけど、今はそんなことよりも!
「社長!コータロー……コータローが!!」
「ああ、分かってるよ。もう少しバカンスを楽しもうと思ってたんだけどね……昨日、キミとコウくんが襲われたって連絡が入って、急いで帰ってきたものの……まあ、タッチの差で、遅かったようだね」
「……すみません」
アタシは頭を下げながら、こんな絶望的な状況にもかかわらず……アタシはほっとしてしまった。
――蓮次が来てくれた。
だけど、そんな安堵と同時に、これでもう、アタシには何もできることはなくなったという事実を突きつけられることとなる。
社長が来たのなら、私はお役御免だ。
アタシがどうもしなくても、蓮次なら、必ず皓太郎を救い出してくれるはずだから……。
「貴様……」
「ん?おー、キミは確か、幹君の幼馴染の……何くんだったかな?」
操が、掴みかかる勢いで蓮次に食ってかかる。
「あんたが……あの転入生を、幹に押し付けたんだな」
「はっ。部外者にそんなこと教えるわけないじゃん」
「……!これ以上、幹を巻き込むな!アンタ、いい大人だろ!!子どもを巻き込んで、こんなに傷つけさせて……責任を感じないのか!?」
「感じないね。だって、これは仕事だよ?こうなることを承知で、決めたのは幹君本人だ。ボクは、子どもだからって、甘やかしたりはしない。……そっちこそ、幹君に失礼なんじゃない?」
「貴様は……!!」
「そう、幹君、君に問わなくちゃいけない」
アタシは蓮次の目を真っ直ぐ見つめ、黙って聞く。
「ここから先、後はすべてをボクに任せてキミは休んでいるか、それともキミがコウ君を取り返しに行くか、だけど」
「……はい、行きます!」
「おい、幹!!」
アタシは、またとないチャンスに、反射的に答えていた。
……だけど操は当然、それを許さなかった。
蓮次は、やれやれと、取り合わない。
「あんたが一言、幹にもうやめろと、言えばいいだけだろう!!」
「操……」
「幹!これ以上は、お前がどうこうできる事じゃない!その体で何ができる!?……あとはすべて、コイツに任せて……」
「ありがとね、操……でもアタシ、行きたいんだ」
「……」
正直な所、後先なんて考えていない。
あとのことは絶対、蓮次に任せておけばいい。こんな満身創痍な小娘が、行ったところでどうなる?
皓太郎は助けられないかもしれないし……ヘタをすれば、アタシだって死ぬかもしれない。
それでもアタシが、皓太郎を助けに行きたい理由は――。
「アイツの事が、好きなのか?」
「……どーしてそうなる」
「いいから、答えろ」
そう言う風に、考えたこともなかった。少し悩んで、絞り出して答える。
「……少なくとも、気に入ってはいる、かな」
恋とか愛とか、そういう感情は、一切ない。だけど、見捨てるほどに、情がないわけではない。
それってつまり……絆、というやつなのかもしれない。
「もう運命共同体だと、思っているから……それに、コータローに最後まで護衛をやるって、カッコつけちゃったし……もう、逃げたくないんだ」
「……」
意地――それが、私の答えだ。
その答えに操が満足したかどうかは知らないけど、黙って答えを噛み砕いていた。
そして操は、苦笑した。
「フッ……」
「……なに笑ってんのよ」
「いやなに……あの頃の、お前に戻ったようで嬉しくもあるが……複雑だな、と」
「あの頃?」
「お前と、出会った頃のさ」
いきなり何を言い出すのかと、怪訝な顔をする。
「お前は小さな頃から……怒鳴る教師だろうが負けじと食って掛かり、体罰をする教師には先に殴りつけていた……それで、何度お前の母親が、学校に呼び出されたことだろうか」
「へぇ」
蓮次が、ニヤニヤと操の話を聞いていた。
「……確かに、そんなことあったけど……そんなこと今はいいでしょっ!」
デリカシーの無い操は、まだ続ける。
「そんなお前は、上級生からは恐れられ、下級生には慕われる。お前は、みんなの憧れで、俺の憧れだった。自分が強いと自惚れて、弱い者をいたぶるやつには、鉄拳制裁――そして、どんなものにも優しかった。お前は、昔からそうだ。いつからか変わってしまったように見えていたが……やはり根っこの部分は、そうそう変わらないものだな」
「……」
「まただよ……また、お前に惚れてしまった」
「馬鹿だね、あんたは……こんな女の、どこがいいんだか」
「ほっといてくれ」
操は大きなため息をついた。
「……こうなっては、てこでも動かないんだろうな、お前は……俺が、いくら止めようとも」
「うん。行くよアタシ……でも、助けてくれてありがとう……そうくん」
「っ!!!」
そう呼ぶと、操があからさまに取り乱した。
「そ、そういうのは、その……ズルいぞ!!」
操に出会ったころ、「操」という名前をどう読むのか分からなくて、「そう」と呼んだのが始まりだった。小学生の頃は、ずっとあだ名として「そうくん」と呼んだ。
急にそのことを思い出して口に出してみたけど、思った以上に効果覿面で、恥ずかしい過去を人前でバラした操にこれで一矢報いたので、満足だ。
「……それじゃあ、決まったみたいだね」
「はい、お願いします」
緩んだ気を引き締め直し、ずっと待ってくれていた蓮次に頭を下げる。体はボロボロだけど、気持ちは少しだけ癒えた。癪だけど、操のおかげだ。
「よし、今回は出血大サービス。私が君の水先案内人になってやろう……光栄だろ?」
「……はいっ!」
蓮次が助手席のドアを開け、アタシに席を譲る。どうやら蓮次自ら、私を皓太郎のもとへ、連れてってくれるようだ。
アタシが座り、助手席のドアを閉めた後、蓮次は操を見て言う。
「キミのことは嫌いだけど、能力だけは評価してるよ。……どうだい?将来、うちにでも来る?幹君もいることだし」
「……貴様の下など、死んでも嫌だ」
「あー、良かった。社交辞令を鵜呑みにされたらどうしようかって、内心、ヒヤヒヤしてたんだ」
二人の間で、バチバチと火花が散っているように見える……仲良くやれないものか?
「貴様みたいに、いつもスカして気取って、すべてを見透かしているような大人を、俺は軽蔑する」
「相手が自分と違うからって拒絶するのは、幼稚だよ。心の中でそう思うのは勝手だけど、態度だけでも礼儀は弁えといた方がいい。これはありがたい、年長者からのお言葉だよ」
「……生まれの早さだけで、偉ぶるな」
「こうして余所様の反抗期の子どもの面倒を見てるだけでも、ボクは人間国宝に指定されてもおかしくないけどね」
「いつ貴様などに面倒を見てもらった!!」
今にも蓮次に噛みつきそうな操に、言っておきたいことがある。
「操。アンタをこんなことに巻き込んで、悪かった……色々迷惑、掛けたね」
「迷惑なんて、俺は……」
「ちゃんと学校に戻りなよ、操。アンタにはアンタの、日常ってもんがあるんだから……ここから先は、アタシに任せて。ちゃんと、コータローは連れて帰る」
「……!幹、やっぱり俺も、一緒に……!」
「ウチの従業員が随分とお世話になったね。それじゃあ……そうくん」
蓮次は厭味ったらしく、あだ名で操を呼んだ。
「……お前、今度会ったらぶっ殺……!」
最後まで操の言葉は聞かず、車の扉を勢いよく閉めると、車を走らせた。
「……大人げないですよ」
「視線を合わせてあげた、と言ってほしいね」
サイドミラーを見ると、怒っている操と、頭を下げて見送るタオが映っていた。
「タオさんは、置いてきて良かったんですか?てっきり、社長の側近なんだと……」
「さあ?走ってでもついて来るんじゃない?」
「さあって、そんなテキトーな……」
「そんなことよりも、本当に良かったの?」
「?何がですか?」
蓮次は肩をすくめながら、言う。
「ボクに任せた方が、確実に彼を助けられる。キミはそんな状態だし、この事態だって想定外だった。キミは悪くない。ボクの判断ミスだ。今後、護衛の仕事からは外れるかもしれないけど、だからってキミをクビにしたりはしないから安心していい……そう言っても、やりたい?」
「……はい」
「へえ。ボクはてっきり、キミは護衛の仕事は嫌なんだと、思ってたよ。……どんな心境の変化?」
「……確かに、社長に後は任せるべきなのは、そうなんでしょう。昨日までの私だったら、絶対に丸投げしてました」
ここ一か月のことを、思い出す。皓太郎と過ごした、日々を。
「だって、毎日学校に行けば時間は拘束されるし、世間知らずの坊ちゃんの面倒を見なきゃいけないし……それに昨日なんか、せっかくの休みだっていうのに、無理やりついて来るから、気が休まらなかったんですから」
「でも?」
「……この日々が、今の日常が、案外嫌いじゃないみたいです」
「今の日常、ね」
『鳳仙幹』でも、『宿木幹』でもない、全部ひっくるめた、アタシが、彼、『白牙嶺皓』を――いや、『コータロー』を、救いたいと、思ってしまっている。
これだけは、誰にも譲りたくない。
「操にはあんなカッコつけるようなこと言ったけど、本当はただ、自分の力で取り返したいんですよ。……アタシ、ケッコー負けず嫌いなんで」
「負けず嫌いって言うよりは、跳ねっ返りだよ。キミの場合」
「ふふ、そうかもしれません」
笑う私を横目に、蓮次も不敵に笑った。
「それにしても、ずいぶん、スッキリした顔になったね。少し、憑き物が落ちたみたい」
「ええ、おかげさまで……なんかもう、吹っ切れちゃいましたから。色々と」
「ふぅん」
迷いは、いらない。
何が何でも、皓太郎を助け出す――今はそれだけ、頭にあればいい。
「社長」
「なぁに?」
「もし……アタシがコータローを救い出せなかったら、クビにしていいですから。……生きてたらの話ですけどね。それから、コータローは……」
「余計なことは、考えなくていいよ。好きなようにやったらいいさ……それこそ、死ぬ気で、ね」
「……はい。ありがとうございます」
もし私がダメでも、これで心置きなく暴れられる。
私だって一応社会人なのに、こんな幼稚な願いを聞き入れてくれるなんて……我が社の頼れる社長には、頭が上がらない。
「いくらでも失敗すればいいさ。人間は、失敗から学ぶ生き物だ……ただ、死ぬ気でって言ったけど、本当に死ぬのは勘弁してくれよ?ボクがキミの親父さんに、半殺しにされかねないからね」
「あの、クソ親父が?」
「歪んでる人だけど、ちゃんと人の親だよ。あの人は」
「……それだけは、にわかには信じられませんけど」
「はは、やっぱり年頃の娘は、父親を毛嫌いするものなんだね。……やっぱり一緒に洗濯するのとか嫌なの?」
「そんな微笑ましいもんじゃありません!!」
「冗談だよ。ま、君んちの家庭もなかなか複雑だからなぁ~」
「……もぅ」
蓮次はアクセルを踏み込み、どんどんと加速する。一般道だというのに、法定速度はとっくに超えている。オープンカーなので風を切る音が大きく、声を張り上げないと話にならない。
「目的地までは、まだまだかかるよ。それまで、キミは休めるだけ休んで、少しでも体調を整えたらいいさ……なんだったら、寝てていいよ?」
「いや、今はそんな気には……」
「そうかい?それなら……」
「あのっ!……色々と聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「そう言えばボクら久しぶりで、積もる話もあるもんね。……あっ!ハワイ土産があるんだった!ほら、マカデミアナッツ食べる?ボクはもう食い飽きちゃったから」
「いや、そういうのいいんで」
「はぁ~つれないなぁ」
サングラスを掛けなおした蓮次は、ニヤリと笑った。
「さて、何から話したものだろうか」




