孤高の吸血鬼③
キースが来てから早くも一週間が経った。
今キースはソフィの部屋でお世話になっている。
とりあえず上手くやれているようでよかった。
しかし不安の種はまだ残っている。
まだこのマンションは砂漠のど真ん中にあるということ。
次の移動が一体いつ来るのか、検討もつかない。
せめて移動する条件さえ分かればいいのだが。
そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえる。
それも何度も何度もノックされている。
「は~い。
ノックは一度で大丈夫ですよ」
呑気にドアを開けると、焦った様子のソフィがいた。
「そんなに焦ってどうした?」
「キースがどこにも見当たらないの」
「まじか。
とりあえずスラとイムも呼ぼう」
俺とソフィは急いで二十階へ向かい、スラとイムに事情を話した。
スラとイムは理解が早い。
すぐに誰がどこを探すのか決め、捜索が始まった。
ソフィは、一階から五階。
スラは、六階から十一階。
イムは、十二階から十八階。
俺は十九階と屋上を任された。
割り振りはなんとなくだが、屋上は誰もあがったことがないらしく俺に決まった。
「キース! おーい!」
呼びかけをしながら丁寧に探したが、十九階にキースの姿はなかった。
次に屋上を確認するため上の階へ向かった。
スラによると、屋上へ出る扉には鍵がかかっているらしく、
屋上にいる可能性は低いんだとか。
二十階から階段を上がり、例の扉が見えた。
遠くから見る限り鍵を開けた形跡は無さそうだ。
それでも一応確認するため、ノブに手をかけた。
するとノブは下がり、扉が開いた。
「間違いない。
キースは屋上にいる」
俺は急いで屋上へ上がり周りを見渡した。
すると屋上にあるフェンスの奥に見覚えのある姿が見えた。
「キース何してるの?
危ないから戻っておいで」
俺の声が聞こえたキースはこちらを振り向いた。
「もう来ちゃったんだ」
「かくれんぼがしたかったのか?
ならもっと安全な場所で遊ぼう」
もちろんキースの顔を見れば、そんな理由では無いことくらい分かっていた。
でもどうしても頭が回らなかった。
「違うよ。
お姉ちゃんが呼んでるんだ。
やっぱり私はこの世に存在しては行けない存在らしいから」
「そんなこと言われても、何も分からないよ!
もっと分かるようにゆっくり話してくれる?」
「そうだよね。
ならこれを見て」
キースの手のひらに白い光の玉が出来上がった。
そしてその光の玉は俺の方へ向かってきた。
「それに触れて」
俺は言われた通り光の玉に触れた。
触れた瞬間、しゃぼん玉のような形をしたキースのあらゆる記憶が浮かびあがってきた。
浮かんでいる記憶に触れると、頭が張り裂けそうなくらいの痛みに襲われた。
よく見るとどの記憶も苦しく、痛く、そして悲しいものばかりだった。
そんな中、俺の元に一つの記憶が近づいてきた。
この記憶は光に満ち溢れている。
俺は迷いなくその記憶に触れた。
記憶の中には幼いキースだと思われる吸血鬼と、もう一人別の吸血鬼がいた。
今のキースに似て、綺麗な赤い髪をしている。
キースと違うのは髪が短めなところくらいだ。
彼女たちがいる場所は至る所が燃えていたり、建物が崩れ落ちたりしている。
「先に行きなさい!」
「いやだ、私も残る!」
「行きなさい!」
「……」
小さな吸血鬼は目に涙を浮かべている。
「ここにいるみんなは、もう少し残らなきゃいけない用事があるの。
だからあなたは先に行きなさい。
それともお姉ちゃんの言うことが聞けないの?」
「お姉ちゃんも、あとから来る?」
「もちろん!
お姉ちゃんが嘘ついたことあったっけ?」
「わかった!
先に行ってる!」
そう言って小さな吸血鬼の女の子は、その場からどんどん遠くへ、遠くへと走っていく。
「よし、さすが私の妹ね。
ちゃんと言うことが聞けて……偉いわ……」
お姉ちゃんと名乗るその吸血鬼の目から涙が溢れ出した。
「これでお別れか。
最後に嘘をついちゃってごめんね。
こんなお姉ちゃんだけど恨まないで欲しいな。
本当に……本当に……愛してるよ……」
その直後ドーンッという大きな音が響き渡り、一瞬にして火の海に包まれた。
「なんだ今の……酷すぎる」
現実を目の当たりにすると、本当に腹が立つ。
未だフェンスの奥にいるキースは、遠くを見つめながら話し始めた。
「全部見たでしょ。
あの記憶の中にいた小さな私でも分かってた。
お姉ちゃんは私を逃がすために、ここで死ぬ気なんだって。
でも結局、どうしようもなかった。
運命には抗えなかった」
遠目から見えるキースの横顔に涙が光って見えた。
「キースのお姉さんは生きて欲しいと思ってるはずだ!」
「そんなの嘘よ!
この一週間ずっと同じ夢を見るの。
大好きなお姉ちゃんが……ずっと空から呼びかけてくる夢を……」
俺は何を勘違いしていたんだ。
「なにが上手くやれている……だ。
全然解決出来てないじゃないか」
情けない自分に心底腹が立った。
俺が助けたと思っていたキースという女の子は、あくまで表面上でしかない。
俺は彼女の過去と向き合おうともしなかった。
「なあキース、飛び降りるのか?」
「そう見える?」
「ああ。
でもそれなら……俺も一緒に飛び降りる」
そう言って俺はキースの元へと走った。
俺の奇行に焦ったキースは急いで飛び降りようとした。
しかし着ていた服がフェンスに引っかかり、なかなか外せず手こずっているようだ。
俺はぐんぐん距離を詰めた。
しかしあまり時間がかからないうちに、キースは服を外し飛び降りた。
ガシッ。
「つかまえた。
先に飛び降りるなんてずるいじゃん」
俺はギリギリでキースの腕を掴んだ。
「離してよ!」
「いやだね」
「なんで……」
「それはな……俺も飛ぶからだ!」
「……え?」
俺は足の力を抜いた。
すると俺の体はキースに引っ張られ、重力に身を任せるように落ちていった。
「バカなの!
このままじゃ本当に死んじゃうよ!」
「キースはなんで死ぬの?」
俺は彼女の言葉を無視して、自分の言葉を優先した。
「私にはもう……何も無いから!」
気づけばもう目の前まで地面が迫っていた。
そろそろ時間切れだ。
さすがの俺も死を悟った。
そんな時だった。
キースが無理やり綺麗な黒い翼を広げ、空高くへと舞い上がった。
「夢は本当におかしい!
あのまま落ちてたら本当に死んでたんだよ!」
「そうだね。
でもこうやってキースを助けられた」
「それは勘違いだよ。
私はこの世にいちゃいけない存在。
だから死ぬの!」
強気なことを言っているが、きっと本心では過去と向き合おうとしている。
俺はそう確信している。
「俺はこのマンションの管理人だ。
もし死者が出たともなれば、管理人失格だ」
「え……?」
「キースは本当に考え方が幼いな。
まるで子供のままじゃないか」
「どういう意味? 私は真剣」
「なら一つ質問。
もしキースが死んだらどうなると思う?」
「簡単な話。
私がこの世からいなくなる。
ただそれだけ」
「残念、不正解だ。
正解は
『キースを大切に思っている誰かが悲しむ』
だ」
その言葉を聞いたキースの頭の中に、スラとイム、ソフィの顔が浮かびあがった。
それだけでは無い。
亡くなった父と母、それに大好きだったお姉ちゃんの顔も、はっきりと浮かび上がってきた。
「なら私はこれから……なんのために生きればいいの?」
「ああ……そうだな……」
俺は少し考えたあとこう言った。
「俺のために生きてくれ!」
「……え?」
「キースが死んだら、俺も……悲しいからさ」
それは間違いなく、俺の心から出た本音だった。
俺はキースと出会い異世界の現実を知った。
こんな可哀想な人生を歩んできた彼女が、このまま終わるなんてそれこそ納得できない。
だからこそ楽しく生きて欲しい。
「実は私、片目がないの。
これを見たら離れてくれる?」
そう言ってキースは、右目を覆っていた眼帯を外した。
「だから関係ないって言ってるだろ。
キースは……何があってもキースだ!」
「わかった。
私……夢のために生きる!
だからもう、私のそばからいなくならないで」
「ああ、約束する」
キースは声を出して泣いた。
人生で抱えてきた気持ちが溢れ出したのだろう。
そんな時、屋上へあがる扉からこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。
「泣いているところ申し訳ないけど、洗濯物の取り込みはまだかしら」
「我が友よ。
辛い時は我を頼るがよいぞ。
もう友達ではないか!」
「私も頼って欲しいです。
キースさんに会えなくなるなんていやです!」
「みんな……ありがとう……」
人はみな、人生の壁にぶつかる。
それは人によって大きさや、重さが大きく異なる。
人によっては耐えられないほど苦しめられるだろう。
だからこそ、辛い時は逃げればいい。
逃げることは恥じるべきことでは無い。
ただ、死は逃げではない。
死とは自分の人生を振り返るためにあるゴールなのだ。
だからこそ人生は美しい。
砂漠へ移動していたマンションは、元いた場所へと戻って来ていた。