孤高の吸血鬼②
マンションに着くと、エレベーターで十七階に上がった。
まずは俺の部屋に行き、一旦俺の服を着てもらうためだ。
こうでもしないとあいつらになんて言われるか分からない。
「大きいのしかなくて悪いな」
「お兄さんの匂いがする」
彼女たちはくんくんと俺の服の匂いをかいでいる。
「や、やめて……」
なぜか、恥ずかしかった。
次に十八階へ向かう。
十八階にはソフィの部屋がある。
彼女はママのような安心感を持っているため、この子たちも怖がらず接してくれると思ったからだ。
コンコンッ。
「ソフィいるか?
急用で戻ってきた」
「はーい……その子たちは一体誰なのかしら?」
「あとで全部話すから、とりあえず出てきてくれ」
「わかったわ」
しばらくしてソフィが出てきた。
部屋から出てきたソフィと彼女たちは、長い間静かに見つめ合っている。
「あ、あの〜……」
俺が話そうとした時、三人はソファの元へ飛びついた。
「お姉ちゃんだ!」
「はいはい、いい子いい子。
まるでイムみたいですね」
さすがソフィといったところだろう。
もう三人はソフィにベッタリくっついて離れない。
俺たちは最後に二十階へ向かった。
ピンポーン、ピンポーン。
「はーい!」
「俺だけど」
「スラお姉様、管理人さんです」
「部屋に通すがよい」
「はい、かしこまりました!」
ガチャッ。
鍵が開き、俺たちは中へ入った。
「お邪魔するよ」
「気を使わんでよい。
さあ座りたまえ」
「じゃあ遠慮なく」
スラとイムともだいぶ仲良くなれた気がする。
「ところでこの子達は誰なのですか?」
興味津々にイムが聞いてきた。
まるでぬいぐるみを見ているかのような目をしている。
「ああ、これから話す。
これはあくまで推測だが、彼女たちは吸血鬼だと思う」
俺がこういうと、ソフィ、スラ、イムの表情が強ばった。
何も知らない俺がしたこの発言は、かなりやばい発言だったようだ。
「みんなどうかしたのか?」
俺が聞くとイムが教えてくれた。
「吸血鬼といえば伝説の種族です。
噂によると無差別に人を襲い、血を吸うとか。
だからこの世界では忌み嫌われているんです」
「そんなことがあったのか。
この子たちも言ってたんだよ。
『ここからずーっと遠いところから歩いて来たの。
そうしないとね殺されちゃうから』ってな」
俺、ソフィ、スラ、イムの四人は黙り込んでしまった。
その時だった。
「それは間違いだ」
三人の女の子が発光し、俺たちの視界を奪った。
少し経ち、視界が回復するとそこには一人の女の子が立っていた。
赤く長い髪、背中から生えた黒い大きな翼。
片目に眼帯、ふっくらとした胸元。
間違いない吸血鬼だ。
「何度でも言ってやる。
それは間違った知識だ」
彼女はとても美しい姿をしていた。
彼女の姿に見とれていると、ソフィにバシッと頭を叩かれた。
「痛っ!」
「いつまで女の子の裸を見つめてるつもりですか?」
ソフィに言われてハッとした。
確かに小さな女の子が突然大きくなったら、服のサイズが合わなくなるに決まっている。
「私は気にしない。
お兄さんは私を助けてくれた」
「そんなこと今は関係ないです!
とりあえず服を着てくださーい!」
吸血鬼の少女はイムに奥の部屋へと連れていかれた。
しばらくして二人が戻ってきた。
水色がメインのお腹の当たりが出た服に、デニムパンツ姿の彼女はさらに魅力的だった。
「それで、さっきの間違いだとはどういう意味なのだ?」
スラが聞きたいことを聞いてくれた。
「そのままの意味だ。
確かに血は吸う。
でも絶対に無差別に人を襲ったりしない。
なのに……父と母……それに姉も……ほかの種族によって殺された」
こんなに辛そうな顔をしている彼女が嘘を言っているとは思えなかった。
「一つ気になることがあるんだけど。
何で三人の女の子が一人の女の子に変わったの?」
「簡単な話だ。
小さな女の子三人なら、まず吸血鬼だと疑われることも無い。
生き残るために身につけた一種の護身術さ」
彼女が本当に辛い過去を乗り越えきたのだと改めて思い知らされた。
というかそもそも俺は吸血鬼が嫌われていることすら知らなかった訳で、彼女が悪いとは微塵も思っていない。
ここは俺が彼女の心の拠り所になってあげるべきだと思う。
「よーし、分かった。
これから君の名前はキースだ!」
「キース……?」
「そう、キース。
これからよろしくな」
「私はソフィよ。
よろしくね、キースちゃん」
「我はスラである。
よろしく頼む」
「私はイムと言います。
よろしくお願いしますね、キースさん!」
「みんな優しいんだな。
本当にありがとう」
これこそが本来あるべき世界のあり方なのだろう。
噂で聞いたからとか、誰々が言ってたよとかそんなしょうもない理由で人をはかるな。
自由に生きてこそ、人生だ。
「あ、ところでみんな。
これからは俺のこと夢って呼んで欲しいな」
「あらあら、出しゃばらない方が綺麗に終われたのに」
「我も助け舟は出さん」
「ほんと空気読んでください」
みんな冷たすぎる。
でも今回は違った。
「夢……夢と言うんだな!
これからよろしくな夢!」
そう言ってキースは俺を抱きしめた。
みんなの視線が、より冷たく俺に突き刺さってくる。
でもそんなとこはどうでもいい。
今日は異世界に来てから、一番幸せな一日だ。