スラとイムのトラップルーム②
ソフィを連れて部屋に入ると、そこは真っ暗だった。
「おいおい、なんも見えないじゃねえかよ。
あ、なんか踏んだ」
「静かに、何かいるわ」
エルフの勘というやつだろうか。
俺にはさっぱり分からない。
でもそう言われたらそんな気がしてくる。
「ちょっと待ってて。
地図によるとこの辺りに電気のスイッチがあるはず」
とりあえず、壁に手をそわせ探ってみる。
すると、何やら手に柔らかな感触を感じた。
「ん!」
なんだ今の声は。
ソフィの声だったような。
まずい早く見つけなくては。
「この当たりのはずなんだけど」
なかなか見つからない。
「早く見つけなさい」
「分かってるよ。
えーっと、あった。
大丈夫か!」
カチッ。
「当たってますわ……」
部屋の電気が付き、顔を赤らめたソフィが見えた。
「本当にすいませんでした!」
俺はすぐに状況を理解し、土下座をした。
悪いことをしたら謝る。
これが上手く生きるコツであり、人として当然の行為である。
「今のは不幸な事故として処理しておきます」
「寛大な心に感謝します」
そんな会話をしていると、ぺちょっ、ぺちょっという音が聞こえてくる。
「なにか聞こえる」
よく分からないがスライムの音だろう。
スライムの音なんて知らないけど。
一人でノリツッコミをし、油断しているとソフィが叫んだ。
「後ろ!」
急いで後ろを振り返ると、ペちょっと衣服にスライムが飛んできた。
「うわ、スライムだ。
なんか気持ち悪いな」
想像より手にまとわりついてくる。
スライムが飛んできた方向を見ると、天井にトカゲ型スライムがいるのが見えた。
でもまずは現状の把握優先。
「おいソフィ、大丈夫か!」
俺は自分より先にソフィの心配をした。
今はもうこの世にいない母と父の教えだから。
父と母は誇れる人達だった。
『まずは誰かを守りなさい。
自分より先に周りを見るの。
なんで自分より誰かなのか、理由は簡単よ。
誰かが悲しんでいる姿を見るのは辛いもの」
本当に俺の両親は素晴らしい人達だった。
でも、どれだけ素晴らしい人だとしても命はたった一つしかない。
車に跳ねられたら、人は簡単に亡くなってしまう。
これが現実なんだ。
「泣きそうになってるところ、ちょっといいかしら」
「あ、俺は大丈夫。
心配しないで!」
「あらあら、自分の服を見てから言ってもらえると助かるわ」
「え?」
自分の服を見ると、スライムが付着していた右脇腹部分、ズボンはほとんどが溶けてしまっていた。
「まあ動く分には問題ねえし、大丈夫だ。
それより、早くここ抜けるぞ!」
話している間にトカゲ型スライムの数は三倍になっていた。
「少し待ってもらえるかしら」
「お、おう」
ソフィは数秒間考え込んだ後こう言った。
「あの椅子を盾にして一気に抜けるわ。
勝率は八割くらいかしら。
行くわよ!」
彼女に手を引かれ、一気に次の部屋へ向かって走っていく。
そしてそろそろ椅子までたどり着けそうだ。
「それを手に持って斜め42度に投げて」
俺は言われた通りの角度に投げた。
まあ大体で、だけど。
投げられた椅子はよく分からない方向に飛んで行った。
「あれ大丈夫なの?」
「問題ないわ。
さあ走って」
言われるままにドアへと向かう。
逃げようとしている俺とソフィを見たトカゲ型スライム三匹は、迷わずスライムを飛ばしてきた。
「や、やばいって!」
後ろを見ながら走る俺には、全てが見えていた。
俺目掛けて飛んでくるスライム。
このままいけば確実にくらってしまうだろう。
付着しただけで簡単に服が熔けてしまうような危険なスライムを皮膚に受けたら、どうなるか想像もつかない。
正直死を悟った。
その時だった。
ドンッ。
投げられた椅子が壁に当たり、下に落ちた。
そしてあろうことか、てこの原理で下に置いてあった二リットルのペットボトルが跳ね上がった。
飛んできたスライムはペットボトルに命中し、俺とソフィは次の部屋へと進むことが出来た。
「ふ~、危なかった。
あれって全部計算通り?」
「いいえ、八割くらいと伝えたはずだけど」
「ということは、死ぬ可能性もあったと?」
「あの子たちは私を絶対に狙わない。
だから死ぬとしたら……あなたね」
不敵な笑みを浮かべるソフィ。
でも助かったのは彼女のおかげだ。
俺にはなにも言い返せない。
それからの俺たちは酷いものだった。
亀型のスライムに踏み潰されそうになるわ、うさぎ型のスライムに抱きつかれそうになるわ、『オチタラシヌヨ』と書かれた橋を渡らせられたりと必死だった。
そして何より、全ての部屋のスライムが服を溶かすスライムだったのだ。
俺はパンツすら全て溶けてしまいそうなくらい、衣服を身につけていない。
本当にとんでもないトラップルームだった。
バーンッ。
「おい、戻ったぞ!」
あえて堂々と登場してやった。
こうしないと恥ずか死する可能性があったからだ。
「ようやく戻ったか。
遅かったではないか」
こちらを見ずに食事をしているスラ、ソファで寝ているイム。
さすがに俺に関心無さすぎるでしょ。
少し悲しかった。
そしてようやくスラがこっちを向いた。
「我が成果たちを超えてくるとは、おぬしもなかなかやりよるの~」
スラと五秒間目が合った。
そして三秒間の沈黙。
察しの通りだ。
「あ~!
なんで服着てないの!
早く着てきて!
ソフィ、早くそいつをつまみ出せ!」
スラが暴れだしてしまったため、一時的に俺は自分の部屋に帰った。
そしてなぜか部屋に置いてあった、日本にいた頃の服を着た。
しばらく時間を置いてから、スラとイムの部屋へ向かった。
その道中ソフィと合流した。
「先程は大変申し訳ございませんでした!」
何度も言うが、悪いことをしたら謝る。
これが礼儀というやつだ。
「もうよい!
よくぞ我が城を攻略した。
そなたの言うことを聞いてやろうではないか」
「スラお姉様がそうおっしゃるなら私も聞きます」
こうして二組目の住人とも知り合うことが出来た。
現状把握は大体出来た。
次は住人の確保にうつる。
「それなら住人に配るチラシを作ってもらいたいんだけど。
頼めるかな」
「むむむ。
我の才能をなめてもらっては困る。
よしイムよ、描くが良いぞ」
「スラお姉様。
かしこまりました!」
「丸投げかよ」
「あらあら、健気だこと」
結局、スラは何もすることなく、イムがものの数分で描きあげてくれた。
出来上がったチラシには、真ん中に大きな文字で『部屋をお探しの方、マンションの部屋空いてます』と書かれている。
それだけでは無い。
隙間に俺、ソフィ、スラ、イムの四人が描かれた実に可愛らしいチラシである。
「お~!
すげえじゃん。
イムさん最高!」
「本当?」
「ああ、最高だ!」
俺が笑顔でグッドポーズをすると、イムも笑顔でこう言った。
「ありがとう!
これからはイムって呼んでいいよ!」
もちろん、グッドポーズ付きで返された。
なんというか、妹がいたらこんなに感じなのかなと思った。
「よし、早速チラシ配りに行こう!」
俺がノリノリで言うと、ソフィが言った。
「その件なんだけど、今は無理ね」
「どうして?」
「前言ったでしょ。
そろそろ移動だって。
外を見てみなさい」
確かに独り言くらいの大きさで、呟いていたのを聞いことならある。
とりあえず俺はソフィに言われた通り外を見た。
見た瞬間俺は膝から崩れ落ちた。
なぜなら、そこにあったのはどこまでも続く砂漠地帯だったからである。
「これじゃあチラシ配り出来ないじゃん!」
とことんついていない俺であった。